(5)
比奈さんとおしゃれなお店にいる。
女性と二人でこんな小粋なお店に入ったらもう、これはデートです。
神様、僕は帰り道に車にはねられるんでしょうか。その節は、どうか軽自動車でお願いします。
「一度来てみたかったんだけど、一人だと入りにくいし、きっかけがなかったの」
「僕で良かったんですか?」
「何が?」
「いや、人選的に」
比奈さんはまた、クスリと笑った。
「デートに誘ったのは、誰かな?」
これはやばい。大天使が小悪魔になった。天使と悪魔の両属性持ちとは、比奈さん、強すぎる。
店の雰囲気が加わって、比奈さんの表情がいつもより大人びて見える。いや、正真正銘、大人の女性なのだが。
「普段は自分で作るから、外で食べるなら、自分で作れないものがいいじゃない?」
「ああ、なるほど。でも、比奈さんなら、フレンチぐらい作れちゃいそうな気がしますけど」
「……それは、わたしに対する挑戦かな?」
「え?」
比奈さんに、なんか変なスイッチが入った。
比奈さんは、負けず嫌いだ。
「前菜の鮮魚のマリネでございます」
ダンディなギャルソンが皿を滑らせるようにテーブルに置く。白身魚を使った、色鮮やかな一皿だ。
「ちょっと、よろしいですか」
比奈さんは去ろうとするギャルソンを呼び止めた。
「この甘みは、はちみつですか」
「ええ。マリネ液に加えています。甘みももちろんですが、魚の臭みを消す効果もあります」
「なるほど。写真を撮ってもいいですか?」
「構いませんよ」
比奈さんはスマホで料理の写真を撮ると、メモを取り出した。
「牛頬肉の赤ワイン煮込みでございます」
メインの料理が出てきても、比奈さんは味わうというよりも、吟味している感じだった。
一口口に入れると、メモを取り、そのたびに何やらつぶやいている。
「あのう、比奈さん?」
「しっ」
僕が話しかけても、比奈さんは斜め上を見つめて咀嚼しているばかり。余計な事を言ってしまった自分をとっちめてやりたいと思った。
結局、デザートが出てくるまで、比奈さんの興味は料理のみといった様子だった。所詮、比奈さんとデートなど、儚い夢だったのだ。
「僕が払いますよ」
「わたしが来たかったんだから、いいよ」
比奈さんが支払いを譲ろうとしない。男としてここは引き下がるわけにはいかないのだ。
「いやいや、払わせてくださいよ。元はと言えば、僕が連れ出したんですから」
「うーん、じゃあここはお願いしようかな」
比奈さんはそう言うと、やっと財布をしまった。
「ごちそうさま、結城君」
「いえ」
店を出ると、夜風がやたらと身にしみる。後は帰って寝るだけだ。比奈さんとデートと浮かれてしまった自分を呪いたい。
「ねえ、結城君。今度の週末、うちに来ない?」
「はい。……え?」
最初、幻聴かと思った。隣を見ると、大天使の笑顔が僕を見上げていた。