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 比奈さんが、愛でられている。

 いつもの窓際で日向ぼっこ中の比奈さんが、女子社員たちに囲まれている。代わる代わる比奈さんの頭を撫でているが、僕もそっと加わりたい。


「比奈ちゃんなら、電車とか子供料金で乗れそうだよね」

「小学生で通用しそうだもん」


 みんなで好き勝手言っているが、比奈さんは気分を害していないのか。黙って日向ぼっこしている姿は、猫っぽい小学生にしか見えないのは事実だ。しかし、子供扱いを受けたら、普通はあまり喜ばない。


 休憩タイムが終わって、比奈さんが席に戻ってくる。

「比奈さん、撫で回されてましたけど、いいんですか?」

「別に、慣れてるから。どうして?」

「子供扱いされてて、嫌じゃないのかなって」

「みんなが喜ぶんなら、わたしは構わないけど」

 身体は小さいのに、なんと器が大きいのだろう。

「……じゃあ、僕も撫でていいですか」

「別に、いいよ」

 冗談のつもりだったが、比奈さんは顔色ひとつ変えずに、こちらに頭を向けてきた。

「いやいやいや、無理です、すみません」

 もちろん撫でたかった。撫でたかったが、今ここでそれをやったら、一線を超える気がする。

「お、比奈ちゃん。今日も可愛いなぁ」

 と、そこへ通りかかった営業の山本先輩が、比奈さんの頭をさらりと撫でた。

「ちょっ、先輩っ」

「ん、なんだい、結城」

 先輩はなんでもない事のようにけろっとしている。この人はこういう人だ。

「……ずるいっす」

 今日ばかりは、彼の軽さがうらやましく思った。


 比奈さんは、笑わない。

 いつもぽうっとしている比奈さん。別に機嫌が悪いということはないのだが、どちらかというと、表情に乏しい。


 仕事中はもちろん、みんなに愛でられている時も、顔色ひとつ変えないのだ。

 僕は衝動的に、比奈さんを笑わせたくなってしまった。普段でも可愛いのだから、笑顔は大天使に違いない。


「くしっ」


 比奈さんが、くしゃみをした。今日の仕事は終了だ。


「比奈さん、映画とか興味あります?」

「よく見るよ」


 これはチャンスだ。今話題になっている、人気監督のコメディ映画。あれなら比奈さんも笑ってくれるのでは。顧客先でもらった優待券が何枚かあるのだ。

「よかったら、一緒に行きませんか?」

「いいけど」

 比奈さんは、少し不思議そうな表情で答えた。

「あれ、何か予定あります?」

「そうじゃなくて、これってどういうお誘いなのかなって思っただけ」

 言われて初めて気づいた。何気にさらっと映画に誘ってしまった。途端に顔が熱くなってくる。

「ゆっ、優待券が余ってたので」

 これは余計に言い訳がましいだろうか。比奈さんの顔をうかがうと、彼女はクスリと笑った。


「いいよ、行こう」

「はっ、はい。ありがとうございます」


 目の前に大天使が現れた。もう目的は達成したが、こんなに幸せでいいのだろうか。


 比奈さんと映画に来ている。

 もしかして、僕は間もなく死ぬのでしょうか。

 嬉しいやら緊張するやらで、映画の内容が全く頭に入ってこない。


 他の観客が笑うタイミングで、比奈さんも笑っているようだ。笑顔を見るのが目的だったが、暗い映画館では比奈さんの顔はまともに見えないではないか。結果オーライではあるが、我ながら考えが甘すぎる。

 ただ、顔は見えないものの、笑う声がとにかく可愛い。僕は、映画よりもこちらをずっと聞いていたいと思った。


「面白かったね」

「はい、すごく可愛かったです」

「可愛い?」

「あの、主役の男のヒゲが」

「うーん、可愛いかなあ。独特の感性だね」


 つい口が滑った。適当な事を言って誤魔化したが、ずっと比奈さんの声を聞いていたなど、バレてはならない。


「ご飯食べていくでしょ? ちょっと行きたい店があるんだけど、いい?」

「はっ、はい、喜んで」

 これはもう、デートなのでは。僕はいよいよ死を覚悟した。

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