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比奈さんは猫みたいなくしゃみをする  作者: 神楽一斗


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(13)

「くしっ」


 比奈さんがくしゃみをした。時刻は七時五十七分。気付かれないように何に備えるのかうかがっていると、比奈さんはテレビをつけた。


「もうすぐ〝夜桜犯科帳〟が始まるの。見ていい?」

「どうぞどうぞ」


 たった今、比奈さんに異国の雰囲気を見出していたばかりだというのに。でも、時代劇好きの比奈さんもまた、可愛らしい。


「それにしても、イギリスと時代劇って、異色の取り合わせですよね」

「おばあちゃんはチョンマゲがキュートだって言ってたよ」


 武士の象徴が可愛いもの扱いされている。なんかもう、俳優たちがそういう風にしか見えなくなってきた。


「結城君が座ってるところ、おばあちゃんの指定席なんだ」


 テレビを見ながら、比奈さんはぽつりとつぶやいた。


「いつもこのソファで一緒にテレビを見てたの」

「僕が座ってもいいんでしょうか」

「いいの、そこにいて。安心するから」


 比奈さんは寂しがりなのかも知れない。会社にいるときはあまり感情を表に出さないが、色々と気持ちを内に隠しているに違いない。


『今宵もまた、花が夜に降る折に触れ、世に振る刃も詮無きことよ』


 テレビの向こうで、着流しを着た桜清十郎こと、風間翔太朗が口上を述べる。この後、彼が一人で悪人十数人をボコボコにするわけだ。カッコいいのだが、ちょっと強すぎないか、あの人。


「すごいよねえ、清十郎」


 冷静に見ている僕の横で、比奈さんが目を輝かせている。彼女が喜んでいるのなら、僕は何でもいい。清十郎、やっておしまいなさい。


 時代劇に夢中になっている比奈さんは本当に子供のようで、見ているこっちが幸せになる。外ではこんな表情は決して見せない。推しの僕の前だから、などと自惚れるつもりはない。出来るなら、いつも我慢せずにさらけ出せた方が、彼女も楽なはずなのだ。


 考え込んでいると、急に比奈さんが僕の手を握ってきて驚く。どうも無意識らしく、彼女の目はテレビに釘付けだ。

 結局、エンドロールが流れ終わるまで、彼女の手はずっとそのままだった。


 次回予告の後、CMに切り替わると、彼女は大きく伸びをした。


「面白かったね」

「……はい」


 彼女は本当に気づいていない様子だ。彼女と繋いだ手の温もりは、ひとまず胸にしまっておくことにした。


 比奈さんが歯を磨いている。

 ピザを食べ終えて箱やコップを片付けた後、比奈さんは洗面所に向かった。僕は今、リビングに取り残されて、彼女がシャカシャカと歯を磨く音を聞いているのだ。


 時刻は八時十二分。テレビでは音楽番組が始まっている。僕はこの後どうすべきだろうか。これは、一緒にいるように言った、比奈さんの真意によって変わってくる。


 一緒に時代劇を見るためだった場合は、そろそろ帰ると切り出すべきだろう。気にかかるのは、彼女が何度か見せている寂しそうな表情と、おばあさんの言葉だ。しかし、ずっとひとりでいたはずの彼女が、僕にそんなことを頼んでくるだろうか。そもそも僕に頼む理由ってなんだ。


「くしっ」


 いつの間にか比奈さんが僕の横にいた。今日何度目かの不意打ちで、そろそろ心臓が持たない。


「あれ、着替えたんですか?」


 比奈さんは、もふもふした白いルームウェアに着替えていた。妙にラフな姿だが。


「パジャマだよ」


 思い切り混乱する。パジャマって普通、寝るときに着るはず。なんで今着替えたのか。


「もしかして、もう寝ます?」

「うん、わたしはお風呂は朝に入るから」

「いや、そういうことではなくて」


 僕がいるのに堂々とパジャマに着替えたということは、これはどっちだ。いやいや、何を勝手に暴走しているんだ僕は。


「じゃあ、そろそろ帰りますね」


 比奈さんは何とも言えない表情で僕を見ていたが、うつむいて、小さくうなずいた。


「……うん」


 か細く、あまりにも寂しげな返事だった。

 僕は比奈さん推しだ。彼女を何よりも第一に考えたいと思っている。そんな相手にこんな顔をさせていいはずがない。


「お邪魔でなければ、いますけど」


 ぱっと比奈さんの表情が明るくなる。やっぱり、彼女は僕にいて欲しかったのだ。

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