(12)
比奈さんが英語を喋っている。
「ハロー、楓。オーライ?」
「オーライ。今日はお客さんが来ているの」
比奈さんは、僕に手招きした。訳がわからないまま、比奈さんの側に行く。画面の向こうから、柔らかい笑顔のおばあさんがこちらを見ている。
「ボーイフレンド?」
「ええとね……自分の推しって英語で何ていうんだろう」
比奈さんと喋っているのは、間違いなく写真のおばあさんだった。
「こちら、結城君。わたしの会社の同僚だよ」
「ハロー、ミスター結城」
「は、ハロー」
まさか、写真を見て数分後に本人と話すとは思わなかった。遠いところにいるというのが、そのままの意味だったとは。
「あのう、比奈さん。おばあさんは今どちらに?」
「ロンドンだよ」
「ロンドンって、あのロンドンですか」
「他にもロンドンがあるの?」
「……ええ、カナダやアメリカにも」
ピントのズレた会話をしていると、画面の向こうから笑い声が聞こえてきた。
「楽しそうね、楓」
おばあさんが急に日本語を喋ってびっくりする。いや、比奈さんはさっきから日本語で応答していたではないか。
「楓はずっと一人だったから、心配していたんです。でも、これで安心ね」
「はあ……」
横の比奈さんを見ると、うつむき加減で、はにかんだ表情をしている。これはどういう状況だろうか。
「結城さん。楓の事をよろしくお願いしますね」
「え? ええ、もちろん」
何をよろしくお願いされたのかはわからないまま、僕は反射的に返事をしてしまった。
「楓から、あなたの話は聞いていたんですよ。いつもお世話になっているみたいで」
「いえいえ、お世話になっているのはこちらの方ですよ」
恐縮して、タブレットに向かってペコペコしてしまった。隣の比奈さんを伺うと、少し頬が赤くなっているような気がした。
その後も、比奈さんとおばあさんは時代劇の話で盛り上がっていた。一方で、僕の方は頭の中でぐるぐると思考が巡っていた。
おばあさんと交わした、先程のやり取り。あれはどういう意味だったのか。
同僚としてのよろしくなのか、友人としてのものか。それとも、その先の事を指していたり。いくらなんでも、初対面の相手にそれはないと思うが。
比奈さんたちが通信を終えた後、二人だけの部屋に急に沈黙が流れた。僕はたまらず、咳払いをした。
「ピザ、もう食べられるんじゃないですか」
「……うん。ごめんね、変なタイミングで始めちゃって。いつも、この時間におばあちゃんとお話ししてるの。結城君の分、温め直してくるね」
「いや、僕も大丈夫ですよ」
立ち上がろうとする比奈さんを制して、ピザを大げさに頬張る。比奈さんは、いつもよりぎこちない表情に見える。
「まさか、あんなに前のめりになるなんて思わなかったな」
比奈さんはつぶやくように言った。
「……結城君のこと、すっかりそういう人だと思っちゃったみたい」
「そういう人と言いますと……」
もちろん、比奈さんが言わんとする事はわかっていたが、僕はあえてとぼけた。いや、とぼけざるを得なかったのだが。
「ピザ、いただきます」
「……はい。どうぞ」
比奈さんは僕の問いかけには答えずに、ピザを手に取った。
「おばあさんって、イギリスに住まれてるんですか?」
つい、気まずくなる前に話題を変えてしまう。僕は意気地なしだろうか。
「うん。おばあちゃんはイギリス生まれなの。ずっとこっちで暮らしてたんだけど、先月、向こうにいる妹さんが身体を壊しちゃって」
「もしかして、イギリスの方なんですか」
「おばあちゃんのお父さんがね」
つまり、比奈さんにもイギリスの血が入っているという事だ。途端に比奈さんが神秘的な存在に見えてくる。




