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比奈さんは猫みたいなくしゃみをする  作者: 神楽一斗


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「夕食どうします? 食べれそうならピザでも取りますけど」

「うん」


 ネットでピザを注文している間、比奈さんはソファの上で膝を抱えて、ずっとこちらを見ていた。少し寂しそうにも見える。


「注文出来ました。昼、まともに食べて無いですもんね。ちょっと待っててくださいね」

「うん」


 比奈さんはうなずくと、ソファの端っこに移動した。僕に隣に座れと言っているようだ。


「しっ、失礼します」


 会社の席と同じ、比奈さんの左側。座ってみたものの、急に緊張感が押し寄せてくる。まともに顔を見ることも出来ない。


 何か話題はないかと、部屋の中を見渡す。一人暮らしにしては少し広めのマンション。きちんと片付けられていて、あちこちに猫のグッズが置いてある。

 猫好きなのは知っていたが、もう一つ、異彩を放つ物が目に留まった。


「比奈さん、あれは何ですか?」


 棚の上に、毛筆で書かれた色紙がある。達筆すぎて何が書かれているのかはわからない。ただ、その隣に見覚えのある人物の写真が添えられているのだ。


「風間翔太朗のサインだよ」

「やっぱり、そうですか」


 風間翔太朗とは、時代劇俳優の重鎮。子供の頃からテレビで何度も見たことがある有名人だが、御年七十を超えているはず。よく見ると、〝楓ちゃんへ〟と書かれている。忘れがちだが、比奈さんの下の名前は楓だ。


「わたし、大ファンなの。京都に行ったときに撮影現場を見てたら、声をかけてもらったの」

「へえ、渋いというか、意外ですね」


 〝楓ちゃん〟と書いているし、風間翔太朗も彼女を子供だと思ったんだろうな。


 風間翔太朗のサインがある棚には、他にも提灯やら十手なども置いてある。

「時代劇が好きなんですか?」

「うん、子供の頃からおばあちゃんと見てたから。〝夜桜犯科帳〟とか、オススメだよ」

「それなら、僕も見たことありますね。風間翔太朗が主演でしたよね」


 この話題になってから、比奈さんがいきいきし始めた。これは、かなり好きに違いない。

 おばあさんと一緒に時代劇を見る比奈さんを想像してほっこりしていると、チャイムが鳴った。


「ピザが来ましたかね」

「お金払うよ」

「いいから、ゆっくりしててください」


 ピザを受け取り、テーブルの上で蓋を開ける。定番のピザが何種類かまとめてあるメニューを注文した。湯気が上がっていて、食欲をそそる。比奈さんはよく食べるので、少し大きめのものを頼んだ。

「このまま手づかみでいいですか?」

「うん」


 比奈さんは返事をしたものの、じっとピザを見つめて動かない。また電池が切れたかと思ったが、彼女が猫舌だと言っていたのを思い出す。

「熱そうですもんね。冷ましましょうか」

「気にせず食べてていいよ。飲み物持ってくるから」


 キッチンへ向かう比奈さんを目で追う途中で、ふと、カウンターの隅に置かれた写真立てに目が留まる。比奈さんとおばあさんが写った写真だ。

 比奈さんは会社では僕以外は見たことがないという、大天使の笑顔でカメラを見ている。その肩を抱くおばあさんは、比奈さんと顔立ちがよく似ている。比奈さんの方が少し小さいので、子供の頃かと思ったが、服装は大人のものだ。


「くしっ」


 いつもの比奈さんのくしゃみの音を聞いて、反射的に時刻を確認する。午後七時半ちょうど。いつの間にかそんな時間になっていたのだ。


「お待たせ」


 写真を見ていると、比奈さんがオレンジジュースを持って戻ってきた。


「あの写真、比奈さんのおばあさんですか」

「うん。可愛いでしょ」


 比奈さんは嬉しそうにそう答える。確かに、上品さと可愛らしさを併せ持つ、素敵なおばあさんだ。しかし、部屋に飾ってある写真はこの一枚だけのようだ。


「おばあちゃんは何でも出来るから、料理とか裁縫も教わったんだよ」


 そう言いながら、比奈さんはコップにジュースを注ぐ。その表情が、少し寂しげに見えたのが引っかかる。


「おばあさんは、お元気なんですか」


 つい、聞いてしまった。比奈さんが顔を上げ、その大きな瞳と視線が合う。僅かな沈黙の後、僕が聞いたのを後悔していると、比奈さんはクスリ笑った。


「結城君は、優しいね」


 心臓がひとつ大きく胸を打つ。


「おばあちゃんは、遠いところにいるんだ」

 比奈さんは写真を見ながらそう言った。僕はかける言葉を失う。つまり、そういうことなのだろう。


「すみません、余計な事を聞いて」

 なぜ、聞かなくてもいいことを聞いてしまったのか。比奈さんにとってかなりセンシティブな話題なのは察していたのに。

 彼女が寂しそうなのがどうしても気になって、抑えが効かなかったのだ。


 僕が後悔している横で、比奈さんはタブレットを持って来て、画面に向かって話し始めた。


「……ハロー、おばあちゃん」


 今、英語が聞こえたのは気のせいだろうか。

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