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第3話 悠々自適な暮らし

 俺がセシリアの家に居候になってから三ヶ月が経過した。その間俺は、目が見えなくて不便ながらも悠々自適な生活を楽しんでいた。例えば今日は、昼過ぎに起きて飯を食い、近くの広場でコンサートをしているアーティストの歌を聞いたり、セシリアの私物を漁って遊んだりして過ごした。どんな環境も慣れれば楽しいものだ。


 ちなみにセシリアは仕事に行っている。先月、ギルドが再建されたらしい。

 ゴーン、ゴーンと時計台の鐘の音が聞こえる。午後六時か。そろそろセシリアが帰ってくる時間だな。夕飯楽しみ〜。


「ただいま〜」


 お、帰ってきたぞ。


「おかえり〜」

 

 セシリアは家に入るなり、はっと息を呑んだ。ヤバい、これは怒る前兆だぞ。


「またこんなに部屋を散らかしたんですか? いつもいつも物を散乱させて、足の踏み場もないじゃないですか!」

 

 あー、やっぱり怒った。こいつ怒ると怖いからな〜。


「そんなこと言われても、目が見えないから仕方なくない? 出した物をどこにしまえば良いか分からないんだもん」


「まず私の私物を勝手に漁らないでください!」


 ここでまた必殺技を披露するか。


「本当に申し訳ありませんでした! 反省しております!」


 俺は目にも留まらぬ動きで綺麗な土下座を決める。今回の土下座は過去最高に美しい自信がある。


「そうですか。次から気をつけてくださいね」


 あー良かった、許されたわ。やっぱり土下座は効果てきめんだな。


「と言うと思いましたか? あなたの土下座にはもう騙されませんよ。心の中では反省してないことはお見通しです!」


 クソ、そんなに甘くなかったか。この三ヶ月で土下座を多用し過ぎたみたいだな。やはり必殺技はむやみに連発するべきじゃなかったか。


「だいたいあなたこの三ヶ月間、家事も仕事もしてませんよね? あの約束は嘘だったんですか?」


「俺は絶対に嘘をつかないと心に決めているんだ! 嘘をついた訳ではなく実現困難な約束をしただけだ!」


「同じことでしょう!? 家事も仕事もしないだけならまだしも、あなたは自分の身の回りの世話も私にさせるじゃないですか! 『目が見えないと、一人で風呂にも入れない』とか言って、私に体を洗わせてますよね。後ろも前も全身念入りに!」


「でもトイレはちゃんと自分で行ってるし…」


「それは当たり前です!」


 セシリアの怒りはどんどんヒートアップしていく。今日は、いつもより激しいな。


「あなたが誕生日に誰も祝ってくれなかったことを悲しんでいた時、私はロウソクが十六本刺さったバースデーケーキを作ってお祝いしてあげましたよね。私はいつもあなたの希望を叶えてきました。なのに、あなたは私の希望を何一つ叶えてくれないんですか?」


 彼女の声はどんどん掠れていく。視覚が失われているので直接見ることはできないが、恐らく泣いているのだろう。

 この時、俺は自分がクズ男なんじゃないかと思い始めた。俺が小さい頃に死んだ父さんがよく言ってたな。女を泣かせたらいけないって。


「はぁはぁ……私はこんなに頑張ってるのに……あなたは……あなたは……はぁはぁ……」 


 彼女の声はここで途切れた。泣きすぎて過呼吸気味になってしまったのだろうか。

 そういえばセシリアはなんだかんだ俺にすごく優しくしてくれたよな。友達が誰一人おらず、母親にすら見捨てられた俺を唯一気にかけてくれた。


「ごめんなさい。明日から働きます!」


 今回ばかりは俺も本気で心を入れ替えた。これ以上、彼女を苦しめたくないと思った。


「嘘じゃないですか?」


「ああ、嘘じゃない」


「実現困難な約束でもないですか?」


「必ず実現する約束だ」


「分かりました。今回は信じます!」


「ああ!」


 口だけじゃなくてマジで明日から働くつもりだ。ギルドでクエストを受けてそれを達成すれば報酬が貰える。簡単なクエストならアイマスクしたままでもどうにかなるだろ、多分。

 

「じゃあ今から夕飯作りますね」


「今日の夕飯は何〜?」


「あなたが食べたがっていたとんかつにチャレンジしてみます!」


「遂に異世界料理を作れるようになったのか! すごいな!」


「私あなたのこと、ちゃんと考えてるんですからね!」


 何この子、超良い子じゃん。でも、悪い男にひっかかりそうなタイプだな。変な虫がつかないように俺がしっかり見張っておいてやろう。目が見えないけどな。


「できましたよ〜」


「これ美味いな! お前、才能あるよ!」


 お世辞とかじゃなくて本当に美味しい。サクサクの衣にジューシーな豚肉。異世界食堂の店主よりも上手かもしれん。


「ありがとうございます!」


 彼女の声色から嬉しそうな顔をしていることが想像できる。

 俺のために飯を作ってくれ、その味を評価されると心の底から喜んでくれる。俺はそんな彼女のことを愛おしいとすら思ってしまう……かもしれない。まだ自分の感情に確証が持ててないんだよ。今までまともな交友関係すら築けなかった人間だから仕方ないだろ?


「ごちそうさま!」


「お風呂沸いてますよ。入りますか?」


「おう、そうしようかな」


「体洗うの手伝いましょうか?」


 セシリアの意外な申し出に俺は一瞬固まる。本当は俺の世話するの嫌なんじゃなかったか?


「良いのか?」


「ええ。明日頑張ってもらうためですから!」


「そんじゃあ頼むわ!」


 夕飯を食べ終わった俺は風呂に入った。

 そして入浴を終えた後は、明日に備えて早めにベッドに入った。













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