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平和に生きられれば結構幸せだと思うの。幸せの量は人それぞれだけど。

 ───ある世界のある場所。

 光の差さない静かな島のとある場所にて、大いなる戦いがあった。


「覚悟しろ魔王! 今日こそお前の最後だ!」

「はー!? ふざっけんなタコ! なに急に人ン家押しかけて殺しにかかってんの!? 頭イカレてんじゃねぇのかお前!!」

「なっ……イカレてなどいない! 魔王を倒すのが僕らの使命だ! そしてお前は魔王だ! 世界の平和のためにも、お前は今日、ここで僕らが倒す!」

「だっ、ちょっ、やめろ馬鹿! 滅多やたらに魔法なんて撃つんじゃねぇよ! あー壊れる壊れる! この家作ンのにどれだけ苦労したと思って……やめちょっ……やめろってやめろ馬鹿やめろー!!」


 大いなる戦いが……


「いーかげんにしろこのタコー!!」

「ぐっはぁああ!! ~……っく……! なんていう強大なパワーだ……!」

「カイト! まだ行けるか!?」

「もちろんさユウリ! 行くぞ魔王! 僕らの勇気は……こんなもんじゃ砕けない!!」

「知らんわ馬鹿! いーから帰れよぅ! なんのためにこんな無人島で一人ぽつんと生活してると思ってんだ! 俺が何かしたかよ! つか話聞けマジで! 魔王とか知らんから! 確かに世界的には魔王に設定されてるのかもしれんよ!? でも俺なんもやってないじゃん! ヌレギヌじゃん!」

「嘘をつくな! 知ってるんだぞ……怯える姫を、自分の妃にするために王を脅していることを!」

「こんなところに居てどうやって王を脅せるんだよ! あと姫とか知らんわ! 見たこともねぇのにどうすりゃ妃にしたいとか思えるんだよちったぁ考えてから行動しろタコ! ボケ! 勇者! むしろどうすりゃそんなアホな話信じられるのか俺が聞きたいんだけど!? 誰にも迷惑かけずに別の場所の誰かと会話する方法があるなら教えてよもう! 俺もうずーっとここで一人でつまんないったらなかったんだからな!? そんで誰かが来たと思ったらいきなり剣振り被ってあぶおぉわああああっ!? ちょっ……だから今俺が喋ってるでしょー!?」

「僕は惑わされない……っ! 魔王は勇者をたぶらかす存在だ! たとえ世界の半分をと言われようが、僕がお前側に傾くことなんてない!!」

「人間サマに迷惑かけずにここで朽ちていくと魂に誓うのでもうほっといてください」

「騙されないぞ魔王め!!」

「おン前ほんと自己中だな!? 大概にしろよお前ほんと! どっちが魔王に相応しいかわかったもんじゃねーよお前この馬鹿おまっ……お前ー!!」


 ……大いなる戦いが、あったって言ったらあったのだ。

 魔王と呼ばれる魔族の青年は、産まれながらにして魔力が異常であった。その魔力の所為で同族に疎まれ、他種族にも疎まれ、孤独に生きて来た。

 その力をどれほどの善行に扱おうと、どの種族も恐れ、距離を取った。

 ならば、と。彼は独りになることを選んだ。魔族でありながら、とても清い心を持った当時の少年はたった独りでこの島に辿り着き、誰にも迷惑をかけないよう、溢れ出す力を時折放出しては、日々を静かに、けれど寂しく生きていた。

 が、ある時。彼が無人島で霞を食いながら生き始めて10年が経った頃、なんか魔王が来て“お前俺より魔力も素質もあるから魔王やって? 俺もう勇者とか毎度迎えるの疲れたわ”といって、なんか知らんけどドス黒いパゥワーを彼に流してとっとと消滅した。

 したっけなんか今まで放出してきた魔力が魔物となって空から降り注ぎ、なんと暴れ出すではないか───!!

 いやこれ俺関係ねーじゃん! と思ったものの、周囲は聞いてなどくれない。魔力が流れる元を辿った結果、そこに魔王と呼ばれることになった彼が居ただけなのだから。

 そんなわけで襲い掛かる勇者らをコテンパンにノした後、最寄りの町の前に捨てては戻る、という行為をもう何年続けたのか。


「百年だぞ百年! 無人島で暮らし始めて、ようやく趣味も見つけて無人島を自分好みに改造する楽しさを見つけたのに、お前らと来たらそれを土足で踏みにじりやがって! だから勇者なんて嫌いだっつーんだバーカバーカ!! こっちの話なんてちっとも聞かねぇで剣振り回して! ただのエリミネーターじゃねぇかふざっけんなバーカ!!」

「うるさい黙れ! 僕らには元の世界に残してきた家族や友人が居るんだ! あの世界に戻るためにはお前を倒さなきゃいけないんだ!」

「おーおーそりゃ幸せなこったなぁ! こっちにゃ理解を示してくれる友人も家族も居ないってのにさぁ! なんだそりゃ自慢話か!? いいよなぁ帰れる場所があって! 自分の話をちゃぁんと聞いてくれるヤツが居て! なあ勇者! お前にわかるか!? ただ生まれ付いて魔力が高かっただけで化け物扱いされて、こんな島まで追いやられて魔王に仕立て上げられた俺の気持ちが! 俺の世界はこんなちっぽけな場所にしかない! 帰る場所!? 友人!? 家族!? 恵まれてるヤツはそのために孤独者を殺すんだな寄って集って!」

「お涙頂戴のそれっぽい話で動揺を得ようなんて姑息なヤツめ!! 許さないぞ魔王!」

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおほんっとこいつ話聞かねぇなちっくしょぉおおおおおおおっ!!」


 転生勇者はなんか基本、人の話を聞かないことで有名である。

 現地人が覚醒して勇者になるケースの場合、まだ話は通じたりするのだが。しかしこの他称魔王の魔力が魔物を生み出していることは事実なため、結局は現地勇者も魔王討伐にはめっちゃ乗り気である。

 あーだこーだ言いながらも魔法と斬撃が飛び交い、傷を負えば賢者が傷を癒し、斬撃が迫れば戦士が盾で攻撃を防ぎ、魔法が迫れば魔術師が魔法壁を展開、防御する。そして勇者はそれらを掻い潜り、魔王へと勇者の剣を振るってゆく。


「ビンタ!」

「げひゅん!?」


 そんな、掻い潜ってきた彼をビンタする他称魔王。ベパァンと、良い音が鳴った。


「お前らいいからもう帰れー! お前らの都合なんか知ったこっちゃねぇんだよ! 寄って集って魔王だ敵だ害悪だーって一人を攻撃して! あのなぁ! 俺がお前らに直接なにかしたか!? 体質と押し付けられたものでこんなことになってんだよ! むしろまず魔物を倒したいから協力してくれくらい言えないのかよ! お前らアホなのか!? こっちだって魔物にゃ迷惑してんだ! お前らアレだろ! 俺が魔物たちに命令してこんなことになってるとか思ってんだろ! 俺ゃなんも命令とかしてねーからな言っとくけど! つーか勝手に産まれてくるやつが、俺を討伐したくらいでなんとかなるとかほんとに思ってるのか!?」

「黙れ魔王め! 惑わされないと言った筈だそんなこともわからないのか馬鹿め!」

「ギィイイイイイイイイイイイイイイイ!!」


 勇者は本当に話を聞きませんでした。魔王は思いました。馬鹿はどっちだと。

 怒りのあまりに魔王全力ナックルで堅牢なる守りごとブチ破り、勇者一行を一時戦闘不能までに追い詰めた。


「ぐっ……なんてことだ……! まだこんなにも実力を隠していたなんて……!」

「……はぁ。あーのーさー。いーからまず人の話を聞けタコ。お前ら勇者ってほんとなんなの? 人の生活圏侵しておいて問答無用で死になさいとか頭ほんとイカレてる。お前らの正義がどーとか知らんけどさ、俺がお前らの生活圏一度でも侵したか? 俺は生涯をここで過ごすつもりで、こんな誰も居ない島で生活してんだぞ? はっきり言って、俺に敵わないなら出てくる魔物を倒すだけでもよっぽどお国様に貢献してんだろーが。それを魔王だからなんだとかイチャモンつけてズケズケズケズケよくもまあああああ好き勝手やってくれるわタコボケカスイモグズゴミアホ」

「ぐぅっ……お前が、国のみんなを苦しめて……っ……!」

「だから。国のみんなって誰だよ。俺はなんも命令してないし指示も出してない。勝手に産まれる魔物が勝手にすることになんで俺が関係してる? てか魔物、べつに俺の命令なんて聞きゃしねぇよ」

「う、うそをつくな!」

「……だから、話聞けって何度も言ったんだよ馬鹿。魔物が俺の魔力から出て俺の言うことを聞く? じゃあなんでこの島には魔物が居ないんだ? 意のままに動かせるなら、邪魔にならねぇ程度に揃えてお前ら妨害すりゃいい話だろーが」

「…………お前が余裕ぶって用意しなかっただけだろう!」

「……なぁ、えっと、お前賢者だよな? この勇者の言動どう思う? 俺ここまでイタい存在って歴代勇者の中でしか見たことないんだけど……」

「あ、いや……えー……まあ、うん……。思い込み激しすぎるのはほんとよく分かるっていうか……正直ついていけねぇ……って思う時、あるッス……」

「だよなぁ……」


 なんか倒れてる賢者クンとしみじみ頷き合ってしまった。

 魔王は日々の退屈だけど仕方ないと受け入れていた日々に、まともに話せる瞬間を得たことで密かに感動していた。


「ま、待つのである! 本当に、貴殿は魔物とは関係がないと……!?」


 と、そんな魔王に戦士クンが話しかけてくる。


「魔力から生まれてるのは本当だ。ちなみに魔力放出しないと大爆発が起きる。一度それで島が一つ消滅した。放出してモンスターを生み出すなっつーなら、地図が変わっても文句言わない約束くらい出来るか? じゃあ同じところにずっと放出してりゃあいいだろ、とか空に向かってーとか思うよな? 同じところに撃つとそこが歪んで、なんか劣悪な魔物が生まれるんだよ……強いとかじゃないぞ? 災害レベルの病気撒き散らしたり、そいつ自身が魔物を発生させる厄介なのが出てくる。……なぁ、わかるか? わかるよな? わかって? 俺だってこの魔力にほんと迷惑してんだよ……助けてくれるならいっそ助けてくれよドチクショウ……」

「……いや。ええとその、魔王。話が出来るなら、聞いてもらいたいことがあるんだが……いいだろうか」


 しかし改まった賢者の言葉に、ハテ、と眉間に皺を寄せた。どうにもいい予感はしなかった。


「俺達は……王の命で、魔王討伐を頼まれてるんだ。その……遠回しに遠慮もなしに言うのなら、魔王を討伐しないと……その、元の世界に帰してもらえないんだ」

「…………へえ」


 異世界転移。魔王ならば聞いたことなど何度もあるもの。

 今まで何人もの勇者が呼ばれ、その度に帰るためだ帰るためだ、いいや俺はお姫様と結婚するために、ハーレムのためになどと言って襲ってきたものだが、魔王は心底哀れな者を見る目で若者達を見つめた。


「あーその、な。……通常、勇者召喚には多大な魔力を使う。いや、異世界へと世界を繋げること自体がそもそも禁忌級の魔法だ。お前達が転移して来た時、周囲に倒れている魔術師やらは居なかったか?」

「……? 居た、けど、それがどうした。彼らは魔王に苦しめられているからこそ、それを倒す手段として僕らを呼ぶために魔力の枯渇によって昏倒したんだ。彼らの努力や労力に報いるためにも───」

「なにを言っている。そいつら、死んでるぞ?」

「「「「───…………え?」」」」


 魔王の言葉に、勇者一行がじわり、と汗を滲ませ息を飲んだ。

 死。その言葉に、まさか、という考えがよぎったからだ。


「身の丈に合わない魔力消費をすると、存在は命まで削ってそれを為そうとする。それが転移系の、それも異世界級ともなれば数人、数十人規模では死ぬだろうさ。その場に居た者は倒れた者を昏倒しているだけだと言っただろうが、人間の魔力でそれを為そうとするのなら、聖人聖女級の魔力持ちを十数人は集めなければ不可能だ。普通の魔術師数人にやらせるのなら、当然そいつらは死ぬ」

「……そんな、うそだ」

「さてここで問題だが。お前らは俺を殺せば元の世界に戻してもらえると思っているようだが、言った通り世界の壁を超える転移を魔術師にやらせれば人死にが出る。……お前らは、本当に“魔王とやら”をまんまと始末してもらい平和になった世界で、人間どもがそれをしてくれると思うのか? せっかく平和になった世界で、勇者様を帰すためだからと命を捧げてくれる魔術師が居ると思うのか?」

「「「「───!!」」」」

「居るわけがないだろう。魔王を倒し、平和な世界に辿り着くためだからと心を燃やすものならきっと居る。自分の命が明日の大事な者の命を守ってくれるのなら、と差し出す健気な若者も居るだろうよ。だがどうだ? せっかく平和になったというのに、何故また命を差し出さなければならない? そんなことをするくらいなら───」

「うっ……うそっ……うそだうそだうそだ! お前は大うそつきだ!! 彼らが、僕らを殺すだなんて!」


 勇者は喚き散らかすように言う……が、魔王はそんな彼を楽しげに見つめては、たはっと笑うように言葉を返した。


「……ほほう? はて? 俺はそんなことをするくらいなら、と言っただけだが? 随分はっきりとした答えを出せるじゃないか、ええ? 勇者よ」

「っ……!! ちっ……ちがっ……僕はっ……!」

「だが、その通りだ。やつらはお前らを殺すか、はたまたこの世界に永住させるように動くだろうよ。それこそ嫁でもあてがい、次の魔王に備えるために子孫を、などと言い出すかもしれないな」

「なっ……ふざけるな! 僕には将来を誓い合った恋人が居るんだ!」

「───……」


 涙すら滲ませて叫ぶ勇者に、魔王はぶすっとしたアヒル口を横に伸ばすような顔で、鼻から溜め息を吐いた。そして、トン、と勇者の額に触れ、意識を集中させた。

 すると彼の記憶にある少女の姿が頭に浮かび、その軽い情報だけを異界から引き出し、読み取らせた。

 だが……


「……オカモトマサシ、という男を知っているか、勇者よ」

「……? 僕の親友だ。それがどうし───」

「いや……なにな。お前があんまりにも喚くから、お前の記憶から引き出したその……お前の恋人? とやらの情報を異世界から引き出してみたんだが」

「!? そ、そんなことが出来るのか!? どっ……どうしてる!? 友里恵は! 友里恵は今っ……」

「……そのオカモトマサシとやらと、寝具の上で裸で抱き合って蠢いているが」

「────────────……は?」


 ぴしり、と勇者の動きが止まった。

 が、魔王はその行為がどういう意味を持つのか知らない。

 なにせこんな無人島に、そんな知識があろうはずもございません。子供の頃から周囲から距離を取られていた彼に、自分が生きていくための知識以外など分かるはずもなく。


「ああほれ、声だけなら引き出せるぞ」


 魔王が指を鳴らすと、その場に居た勇者一行の耳にも、その声は届くようになった。


『あぁああんっ! すごぉいマサくぅん!』

『はぁっ……しっかしお前もひでぇよな。周囲にゃカイトの恋人だ~とか言って腕に抱き着いときながら、隠れて俺と何度も何度もって』

『だってさぁ、カイトって顔はいいけど奥手すぎてて引くっていうか……んぅんっ♪ 信じられる……? キスすらしないで、手ぇ握るだけでモジモジニヤニヤしててさぁ、あ、これ本気で結婚初夜まで手ぇ出さない、てか出せないパターンだ、とか思ったらさぁ、そんなの無理でしょ?』

『おいおい……俺一応あいつの親友ってことになってんだぜ? バレたらどーしてくれんだよ。もうお前、俺で初めて卒業しちゃったし』

『あぁほら、運動で破れることもあるっていうし、それで誤魔化すよ。ていうか最近家にも帰ってないらしいし? なんかの事件に巻き込まれた~とかだったらちょっとめんどいっていうかさ』


 ……明らかにイタしている声と、音。勇者一行は声も出せぬままに固まり、勇者に到ってはガタガタと震え出している。


「うそだ……うそだうそだうそだ……! 友里恵……将司……どうして……!」

「っ……お、落ち着けカイト! 魔王がなにか細工をした可能性だって───」

「いや、初めて聞く声や性格をどうすれば都合よくいじくれるんだ。そんな方法があるなら教えてもらいたいくらいだが」

「いや今ちょっと慰めたいから黙ってて!? 一方的に悪者にしようとしたのはなんかもう反射的でっていうか謝るから!」

「そうだ……そうだ、魔王、お前が───お前が! 友里恵がこんなこと……将司が僕を裏切る筈が! うあぁああああああっ!!」

「へ? あ、ば、ちょ待」


 一言で言えば近づきすぎていた。

 状況的に、勇者にちょっぴり同情的になってしまっていたのもあるのだろう。

 結果、近すぎた彼は、勇者が怒りとともに突き出した剣に心臓を貫かれることとなった。


「───!! ばっ……あ、いや、いいのか!? いやでも……!」

「落ち着くのである賢者よ! こうなってしまっては……御免っ!!」


 次いで、戦士も剣を振るい、魔王の腹に突き立てた。


「ぐ……、っふぁ……! き、貴様、ら……!」

「……すまない、魔王よ。だが、どのみち……この道を選ばねば我らに未来はないのである……」


 戦士がとても申し訳なさそうに言う。


「……ごめん。話し聞いてて、あんたがちっとも悪くないことくらい、俺にだって分かったよ。でもさ……それでもお前は魔王で、お前の魔力から魔物が生まれてくるのも事実なんだ。帰れないならせめて、この世界で生きる道を選ぶよ。ダメだったら……国、亡ぼすかもだけど」


 賢者がいっそ泣きそうな口調で。


「貧乏くじだよなぁ……せっかく魔術師ってジョブを得たってのに魔王は実は悪くありませんでしたパターンとかひっでぇよなぁ……」


 やがて魔術師が杖に魔術を宿らせ、刃のようにして……魔王にトドメとばかりに己の武器を突き立てる。それを……魔王は静かな目で見つめていた。


「……、お前らは……そうまでして、待つ者が居ないかもしれない場に、戻りたいと思うものなのか……? 俺と同じく、そこにはもう……“なにかを殺めた者”を待つ者など居ないかもしれないのに」

「……だよなぁ。もう、数え切れないほど、殺してきたよ。魔物だなんだってどれだけ決めつけようが、生きてるものを……さぁ」

「……ドッペルゲンガーを殺した時など散々吐いたものである……」

「どのみち、まともな生活なんかさ……どっちでも送れねーって……そう思うわけだ。ならさ、せめて……すまん。魔王を討伐した、なんてちったぁマシな武勲みたいなのでも欲しくなるんだ。これからの世界にそんなものがどんだけ必要なくてもさ。だから……悪ィ。お前がなんも悪くないの、なんとなく分かるのに……俺達すげぇ勝手なことしてる」


 知らず、勇者以外の戦士、賢者、魔術師の目からは涙がこぼれていた。勇者は魔王の心臓を貫いたまま、なにかをぶつぶつというだけ。やがてその勇者の剣から流れる聖なる力が、魔王の心臓から体へ伝わっていき、少しずつ彼を消滅させてゆく。


「……ごめん、魔王。自分の先の未来が幸せかどうかも分からないのに殺すことになって。それでも……俺、あっちに戻りたいんだ。賢者なんてジョブを得たのに、結局頭のいい行動なんてとれなかったよ。どこまでいっても俺は日本人で、グズでのろまだった。それでも…………死ぬんじゃないかって思ったら……さ。そしたら……さぁ。親孝行くらい、したいなって……思っちゃったんだよ……」

「………」


 口の奥から血が溢れ、ごぷり、と魔王の口からこぼれた。

 喉の奥を埋める大量の血を吐き出してみれば、少しは圧迫感は消えた。

 だから、魔王は笑った。生き方を強制されたのは、なにも自分だけではなかったんだな、と。

 こんなこと、もっと早く気づけばよかった。そして、最初の勇者と手を組んで、魔物を潰していく旅にでも出ればよかった。

 今さら叶うこともない夢を胸に、彼は苦笑して……魔力を解放した。今までずうっと本気で解放したこともないそれで魔法術式を編んで、発動させた。


「っ……!? これはっ……あの時と同じ!?」

「まさか……転移の魔法陣であるか!?」

「お、おい魔王っ!? これってひょっとして……」

「……フン。勇者が見た術式を読み取らせてもらっただけだ。……片道切符だ。精々向こうで平和に暮らせ。俺は……ここで、孤独に消滅するとしよう」


 もうなにもかもを諦めた目で、魔王は告げた。その間にも魔法陣は編まれてゆき、地面から眩いばかりの光を放ち、勇者一行の体を少しずつ宙に浮かせた。


「っ……! 魔王! お前はっ……本当に、なにもしてなかったのか……!? 僕達は、王様に騙されていただけで……僕達は、お前を敵に見立てて殺した、名前だけの勇者だったのか!?」

「人の心臓貫く前にまずそれ訊けよほんと話聞かねーなこのタコ」


 ずるり、とその過程で抜けた勇者の剣が魔王宅の床にがちゃんと落ちる。とある無人島の、子供の頃から彼が頑張って作った魔王宅は、お世辞にも良いお宅とは言えない。むしろこんなところで5人が暴れればそりゃぶっ壊れるわってくらい狭かった。


「ああそうだ。お前らはただの、自分の目的のために魔力で苦しみ続けた美男子をいきなり殺した最低最悪のクズどもだよ。お前らは自分が助かるために様々を殺した。俺は誰にも迷惑をかけないために無人島目指して逃げたよ。吐き出さなきゃ大爆発を起こす魔力を抱えながら、どうしようもないから魔力を放出し続けた。……なぁ、本当の魔王って、どっちだろうな。俺はさ、ただ静かに暮らせてればそれでよかったんだ。言った通り、一緒に魔物を倒して回る関係でもよかった。……お前ら勇者一行が、少しでも話を聞いてくれてたら……もうちょいなんとかなったかもしれないのに」


 ドチャッ、ガチャッと音を立てて、血を含んだ杖や剣が床に落ちていく。が、それとは逆に、魔王の服を掴む手があった。


「……なんの真似だ」

「勇者の剣は抜けただろ!? だったらお前もこっちに来い! 全力で傷癒して、こっちで静かに暮らしてけばいーだろ!」

「ユウリ!? なにを!」

「うーるーせぇ! カイト! お前はいっつも一人で決めて一人で勝手に突っ込みやがって! 俺はこいつを連れていく! そんであっちで勝手に暮らしてもらう!」

「やめろ! 向こうが魔物だらけになるかもしれないんだぞ!?」

「この島に魔物は居なかった……たぶん、限定的にでも魔物を出現出来なくする結界くらい使えるんだ! それ使ってもらえばなんとかなるかもだろ!」

「けど!」

「それ以前に地球に魔力なんて無いかもしれない! 放出した先から消える世界かもしれない! ~……もううんざりなんだよ! 俺は日本に帰りたかったからくだらない冒険にだって付き合ったんだ! 賢者がなんだよ! ファンタジーがなんだよ! 人に利用されて誰かを殺す冒険譚なんてうんざりだ! 陰キャぼっちって言われようが自分の時間を好きに使えた頃の方が幸せだったって断言するね!」

「…………同意見である」

「……だね」


 次々と魔王に手が伸ばされ、浮いていく彼らと同じく魔王の体も浮いていく。

 魔王は転移魔法に相当な魔力を使ったために、傷を軽く癒す程度しか出来ない。だが、このままならば確実に生きられた。ならば? ……誰が好き好んで死にたいなどと思うものか。退屈な百年ではあったが、やろうと思えばまだまだ出来ることはあったのだ。ならば、その異世界とやらで出来ることを探してみたい。

 ……諦めていた心に、希望が湧いてしまった。そうなれば、もう命を諦めることなど───


「~……ああもうっ!」


 そう思っていた時、とうとう勇者の手が魔王の服を掴んだ。


「将司のやつはぶっ飛ばす! 友里恵だって知るもんか! ……信じるよ、魔王。国は最低で、僕もきっと最低だった」

「……やっと気づいたのか、馬鹿めが」

「お前ほんと口が悪いな!? そんなだから歴代勇者に信じてもらえなかったんじゃないか!?」

「知るかバーカバーカ! 人の心臓遠慮なく剣で刺すタコに言われたかねーわ! お前みたいなヤツが居る人間どもの何を信じろってんだよターコ! てかこれは勇者ら一行から学んだ喋り方だ! 文句があるならそいつらに言え!」

「アー、デースヨネー、口調が明らかに日本の高校男子みたいな喋り方だしネー……」


 賢者は心底呆れたという。そんな呆れも飲み込むくらいの魔力の渦が、やがて空間に穴を作り───この場に居た5人は、ここで言う異世界───日本のどこかへと、転移したのだった。


……。


 ───最初に勇者───加藤海翔(かとうかいと)が感じたのは、懐かしい香りだった。

 そして、走る車、行き交う人々、それらがざわめく光景。

 着ていた鎧はいつの間にか転移前に身に付けていたものへと戻り、アスファルトをとんとんと……靴で踏み締めるたびに、心がどんどん喜びに溢れていくのがわかった。


「やった……やった! 帰れた!」

「おっ……おぉおおおおおおっ! おっしゃああああああっ!! 帰れたのであるぅーっ!!」

「ははっ……やったやった! うわぁ制服懐かしい! そうだよそう、俺はこういうのがいいんだ! なぁにが賢者だ俺はぼっちだっての! っはははは!」

「あー……でも魔術は使えたままがよかったなー……プチフレア、プチフレア~……あー、やっぱだめだ、発動しねー」


 勇者一行の四人はそれぞれ喜び、やがて後ろに気配は感じていた魔王へと向き直ると───


「……興味深い。これは……どうろ、というのか? 硬い岩で出来ているような……なるほど、こんな感じで家を作ったほうがよかったのか。そうすれば勇者一行にいきなり破壊されることも……ぬなっ!? なななんだあの板は……丸い何かが光っている……? 【言語理解】……メ、メイド喫茶、魔法の館……? 魔法……この世界にも魔法があるのか!? 調べウボァーッ!!」

「「「「MAOOOOOOOOOOOOッ!!」」」」


 道路に出て、興味深げに景色を見ては地面を見て、気になるものでもあったのかシュバッと飛び出した途端、巨大なトラックにドゴォと轢かれた。


「救急車ァァァァッ!! 救急車を呼べェェェェ!!」

「人が撥ねられたぞー!」

「いやぁああああああっ!!」

「なんかイカレたコスプレしたような男だったぞ!」

「角っぽいのつけてなかった!?」

「なんか時をかける少女みたいなポーズで飛び出して轢かれてたぞ!」


 ……異世界最強と言われた魔王、アーサー・R・E・スマッシュジェイルはこうして死亡した。

 油断したところへの突如の衝撃。魔力も枯渇し、かつ魔素すら無かった地球では、どうあっても助からない衝撃だったという。のちに勇者一行は語る。“あさりのすまし汁みたいな名前だったよな……”と。


……。


 で。


「アーサーさん。あなたは不幸にも死んでしまいました」

「うん、ちょっと待とう?」


 異世界魔王は女神の前で椅子に座ってツッコミを入れていた。

 いやうん、聞いたことはある。歴代勇者は転移もそうだが死んだ魂を転生させたものもあったと。むしろ転生チートがどうのこうのと騒ぐ勇者も居たのだ、知らない筈もない。

 しかしそれってそのー……地球? に生きるものが死んだ場合じゃなかと? なして他称とはいえ魔王の自分の身に起こっとーと?


「私は転生の女神、アウラリア。日本で若くして死んでしまった者を、異世界へと転生させる仕事をしています」

「待って? ねぇ待って? 聞いて? なんで俺の人生って人の話聞かないやつばっかと遭遇するの?」

「あなたは……ええと、地球に産まれて落ちて数十秒で死に至りました。おかわいそうに……あなたのその姿はきっと、生きていられたならば到る青年時の姿なのでしょう……ええ、ええ、わかっています。この空間は、一番その人が話が通じる時代を反映させる場ですから」

「俺に話が通じる以前にお前が話を聞いてくれ」

「これからあなたを転生させる世界は、とても平和な世界です。争いが起きている場所はありますが、あくまで冒険者や警備隊がモンスターと戦うようなもので、魔王だとかそういった物騒な存在はおりません。そこで生活し、生存を続けるための力を、今からあなたに授けましょう」

「……ァハイ、平和に静かに過ごせるならもうなんでもいいッス……」


 そして魔王は考えるのをやめた。


「さぁ、欲しい力を仰ってください。不可能でない限り、どんな能力でも授けましょう」

「エッ!? ぇじゃああの、完全魔力制御、とか……」

「お安い御用です。さ、あと二つ、どうぞ」

「ぇお、俺の人生の苦悩がそんな簡単に……? って三つもいいのか!? な、ならば……魔力変換……魔力を好きなものに変換する力を!」

「はい、それも叶えましょう」

「……!」


 魔王は驚き、けれど……初めて無邪気な子供のような笑みを見せた。今まで苦労してきたのはなんだったんだろうと思う程にあっさりと叶ったそれに、けれど呆れることなく真っ直ぐに受け止め、最後の能力を───


「さ。最後のひとつはなにがいいですか?」

「最後は───……器用さを。その、初めてやることでも、慣れれば誰よりも上達できるように───あ、いやっ……」

「?」

「…………いや。器用さで頼む」

「わかりました。ではあなたの次の人生が輝かしいものであることを願っております。……ところでひとつ、いいでしょうか」

「え? な、なんだ? もしや不備が───?」

「いえそれは問題なく。けれど産まれて早くに亡くなったあなただからこそ、世界の不思議についてを語りたいと思いました。……日本人ならばご存知かもしれませんが、異世界転生をする人って首を傾げることとか無いんでしょうかね? もう一度人生を歩むことが出来るだけでも素敵なことなのに、やれチートだなんだと。だから私、転生者にはとある縛りをすることにしているのです」

「縛り……? それは?」

「願われない限り、記憶も容姿も引き継ぎません。だって、異世界で別人として、知らない誰かの間に産まれるのですよ? “こんな筈じゃなかった、人生をやり直したい”と願う人はたくさん居ますよね? そこですよ。“どうして日本人である自分として”転生しないのでしょう。知らない夫婦の間に産まれるまったく別の自分であれば、もうそれは人生のやり直しとは呼べません。“あなた”をやり直さないのなら前世の記憶など必要ですか? 転生はさせましょう。言ったことは守ります。けれど欲に目が眩み、懸命に生きた“あなた”を諦め己の願望を優先する者に、“あなた”としてのやり直しなど無意味です」

「なるほど。つまり───」

「はい。あなたは自分が願った能力を持って、別の誰かに転生します。記憶を願わなかったので、あなたはあなたではなく別の誰かとして産まれるでしょう」

「そうか。ならよかった」


 言われた言葉に、魔王は嬉しそうに笑って返した。

 器用さを願った時、ふと気づいて“自分のまま”を願おうとしたが、やめた。

 こんな、暗い過去を持ち、知識も乏しい自分では、たとえ転生したとしても繰り返すだけだろうと。ならばいっそ未知から歩み、この渇いた心を満たせればと。

 その笑顔を見て、女神もやさしげに笑う。


「……そうですか。理解した上で願ったのですね」

「違和感は感じていた。転生させるとは言っていたが、俺を俺としてなどとは一度たりとも言っていたなかった。そもそも魔力制御をあんなに簡単に引き受ける時点で、俺としてではなく、新しく生まれる子を都合よく作り変える心づもりなのだろう?」

「願ってくれればいくらでもしましたよ? 女神ですから」

「こンのヤロウ……」


 勝手に緩む頬とは逆に、悪態をついてみるも……女神は楽しそうに笑うだけだ。

 まるで俺との会話を楽しむかのように、満足げに笑っていた。


「ふふふっ……これに気づいたのはあなたが初めてです。どうでしょう? 一度だけならもう一度チートを選び直す機会を差し上げますけど」

「どんなものでも?」

「許可を出せるものなら」

「じゃあ……よし、頼む。早速だが一つ目だ」

「はい」

「“さっき選んだ三つ”」

「───……やりますねコノヤロウ」

「二つ目は“今まで俺が育ててきた能力や勝手に育った能力はそのまま引き継ぐ”こと」

「はいはい、三つ目は?」

「それら全てを完璧に把握しコントロールできる能力」

「…………器用さはあるのにそれを完璧に使いこなせないポンコツにしようと思ってたのに」

「おい女神コラ」

「ホホホ、ええ女神に二言はありませんよ。それがチートでいいんですね? 育てた能力、勝手に育った能力はそのままですが、記憶は引き継がれませんよ?」

「それはどーでもいい。この記憶を持ったままやり直すのに、姿が違うのはお前の言う通りやり直しとは言わないと思うからな」

「……ええ、大変よくできました。だってそれってやり直しって言いませんもの。生涯を共にした自分を捨ててまで、ぬぁ~にがやり直しですかってんだ、ですよ」


 口悪いなこの女神。彼は素直にそう思ったそうです。

 やがて彼は転生し、別の存在として別の世界で生きることになりました。

 その世界は本当に平和で、彼は……いえ、かつては彼であった存在はすくすくと成長し、幼い頃から何故だか知ってはいる魔法能力を人知れず行使し、より平和が長続きしますようにと生きていったといいます。ただ、それらの何故だか知っている経験が常に注意を促すのです。能力を見せれば利用される淘汰される孤独を味わうと。

 なので彼は生涯、誰にこの能力を伝えるでもなく、争いの絶えない場を平和にしたり、平和のない場を平和にしたりのために使いました。



  その後のとあるお話になるけれど。


 とある世界に帰還した勇者一行は、まず浮気者とゲス親友を血祭にあげることにしたそうです。

 ええ、魔法は使えませんでした。異世界で手に入れた魔法も武具も、全部消えてしまっています。しかし賢者が密かに魔王バトルにて使っていた“元の世界の記憶媒体スマフォ”にて動画に収められた音声から、あっさり浮気とゲス発言が学校中にバレ、二人は相当に肩身の狭い思いをして生きていくことになったといいます。

 なお、勇者一行は友人関係となり、陽キャ陰キャぼっち非ぼっち関係なくその後も連絡を取り合っているそうな。 あの日以来勇者は人の話を聞くとてもやさしい存在になり、周囲には別れて当然だよあんな女、なんて言葉に苦笑しながら日々を楽しんだ。恋人はしばらく欲しくもないそうです。

 そうして相変わらず生きづらい世の中だなと思った時には、動画を再生して私利私欲で魔王を刺したあの日を思い出すのだとか。

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