あー……まあ、うん、そうね、そうだわな
学生時代に純愛と浮気を経験すると、結構異性不信になったり。そんな話。
でも信じられる人が出来るってとっても素敵。
浮気する奴をどう思う? まあ、まず呆れる。しかし中にはそんなヤツを褒め称える存在も居る。
あんな男よりあっちの方がいいに決まってるじゃなハハァ~いとばかりに友人女性を褒める女性はよく見るよく聞く実際居る、なののだが、そういう奴らに限って男の浮気は全力で許さない。うん頭おかしい。いや、許せって言ってるんじゃなくて、お前が言うなって意味で。
女性は肯定されるのが好きで、同意同調されるのが好きだというが、まあそういったことをしてくれる回数が多い相手を好むって話も……あったはあったよな。
しかしだ。
問われりゃどんな時だって何度だって同じことを言ってやろう。
浮気はするなよアホか。別の誰かを好きになったんなら、やることは浮気じゃなくて別れることだろうが。
「俺からの誘いは断っといて、俺の友人とホテェルより生まれいずるは我が恋人、と。いやー、ほんと頭イカレてるわ」
なにかしらの本能でも働いたのか、ショックを受け呆然とするよりも、スマホのカメラでバッチリ写真も撮り、なんなら間違えて写真じゃなく動画モードにしてしまったまさにその時、動いた証拠としてカメラの先でチッスしやがったわ。あいつら馬鹿なんだろうか。その直後にうっとり顔で友人の腕に抱き着いてすりすりしてたし。もちろんそれも捉えた。仰天ニュースとかでナレーターが言う“その時カメラが捉えた───!”なんてものを、まさか自分が掴み取るとは思わなかった。
───俺の中での歴史的瞬間をカメラが捉えた───!
瞬間、俺の心に鋭い感情が迸る───!
“嗚呼ぁああああっ!! ちっとも嬉しくねえぇぇぇっ!!”
などと、おそらくは死んだ目で激写だの激撮だのしてる中、二人は町のざわめきの中に消えていった。まあ俺がどうのこうの言う以前に……あんなラヴラヴっぷりなら俺の方こそが浮気相手で、あいつ───木下幸則との関係が本物だった、ってことだろう。証拠も撮ったし、どーのこーの言われる謂れもなし。このまま連絡を絶っていって、関係は自然消滅させるとしよう。あ、ちゃんと日付とかもしっかり記録しておこうね? はい、曜日固定で流れる広報と、日付が表示される電光掲示板だよー。はいよし。
まーほらあれだ、高校の内の恋愛なんてこんなもんだろう、なんてひどく冷静に受け止めている俺が居る。実際、中学高校、下手すりゃ小学の頃からの恋仲が結婚までこぎつける可能性はひどく低い。3%とかそういうレベルで低い。高校からは5~10%くらいになるらしいけど、大体は入る大学でモメたり大学入ってからも───なんて言ってたら別のやつに惹かれたとかで別れる話もチラホラどころかゴシャメシャと存在している。
じゃあ浮気しやがった相手にそれ相応の報いを、なんて思うのかと問われれば……いや俺別にざまぁとか興味ないし、なんならもう関わりたくもない。や、うん。人間関係ぶっ潰すって分かっててする行為を平気でする相手に、それ以上関わりたいって思う? 俺は無理だ。もちろん友人……幸則との関係の継続とかも無理です。
「えー……というわけで、スマホでの撮影になります。恋人と友人が恋人と友人裏切って浮気してやがりました。これで明日普通に挨拶してきやがったら本当に頭疑う」
自分の声もしっかり入れて、溜め息と一緒に録画は終了。ほんと、明日ガッコ行くの億劫だー……。
もうほんとほっといてくれたらいいんだけどなぁ。
……とか思ってた翌日。教室でフツーに挨拶してきやがりました。頭おかしい。
すっげぇスガスガシイ顔でおはよう大樹、とか言ってくるのだ。きもちぃことしてすっかりなんでも許せる菩薩の心でも目覚めさせてしまいましたか? んなこたもう俺にはもうどうでもいいんじゃボケが、なんだお前コノヤロウ、わざわざ俺に絡んできてこの浮気野郎がァとか言いたいのか? それともボクちん貴様よりとっても格上でしてよノォホホノホとか笑いたいのかコラ。
「モノスゲーいい笑顔してんなオイ。なんだ、恋人でも出来たのか?」
「恋人? んにゃ出来てないけど、なんだよ急に」
「───」
セフレだったみたいです。やばいこいつやばい。えー……マジでそんなんするヤツ居るんだ。え? ちょっとマジでか? セフレだなんだって物語の中のものだけかと思ってたよ。もし話しかけてきたら、記念に録音しておこうと用意していたスマホに新たなる歴史が刻まれた───! 嬉しくねぇ。
痛む頭を軽く押さえながら、幸則に気分悪いからちと座ってくると言って自分の席へ向かう。
と、そんな俺にわざわざ近づいてきておはよー言う元恋人。スマホは録音状態のままである。
「おはよ、大樹。昨日ENIL送ったのに返事どころか読まれもしなくて驚いたよ? どしたの? 眠かったりした?」
「気分が悪かったから横になってた」
「えっ……大丈夫なの? どっか悪いの?」
(気分が悪いんだよ。けどお前の頭ほどじゃねぇよ)
軽く手をひらひらさせてから机に突っ伏す。話かけんなオーラ全開で。
いやー……ほんとわからん。なんなの? 俺もうお前のこと全力で嫌いなんだが? 俺はな、別に他の誰かを好きになるなとは言わない。好きって気持ちは素晴らしいもんだ、それに夢中になって、それが実った時なんてとても幸せな気分だった。でもな、他人になびくならな、好きになるならな、恋人関係ってのをちゃんと清算してからにしろダァホ。
……。
元カノに対する怒りや元友人に対する怒りはあるにはある。しかし自然消滅させると決めたからには、そんな怒りを何かにぶつける必要があるわけで。俺はそれを勉学へと向けることにした。
……が、まあそんな簡単に頭良くなりゃ苦労はしない。ので、昼休みになると話しかけてくる元カノをスルーしつつ、センセに質問するため教室をあとにした。やってられん。てかどのツラ下げて話しかけてきてんだほんと正気を疑う。
浮気しといて嘘をついてるヤツってホント演技とかスゲーよね。いやさ、なんでそうまでして今の関係続けようと思えるの? 別れりゃいいじゃん、スッキリするだろうに。もしかしてバレるかもしれないとかそういうスリルを味わいたいっての? いや~……理解に苦しむし、苦しんだとしてもその先での理解とか欲しくないわ~……。むしろ軽蔑する。ていうか軽蔑するし、人として間違ってる。
「はぁ……」
そういったことを何日も何週間も続けていると、さすがになにかしら感じることがあったのか、相手の方から仕掛けてきた。普通に自然消滅してくれりゃあよかったのに、ああもうほんとめんどくせぇ。
そう、それはとある───あれから大体一ヶ月近く経った日の出来事だった。朝、教室に入ったら空気が張り詰めていて、俺に気づいた元カノの友人が、俺をキッと睨んできたのだ。……元カノは……いないな。まだ来てないのか? それともヴェンジョか?
「あー、来たよ最低ヤロー。ねぇあんたちょっと、どういうつもり?」
「とりあえず最低ヤローって言われたことはきっちり覚えておく。で、なんの話?」
「すっとぼけんなよ! あんた……唯奈って彼女が居ながら浮気したんだって!?」
「あー……」
なるほどそう来たか、とこの時は素直に思った。馬鹿だねー、素直に自然消滅しときゃあいいのに。
なんの未練があって今さら俺に絡んでくるのか。
「浮気って。いつの話?」
「はぁ? あたしが知るわけないでしょ!? 自分の胸に聞いてみなよ!」
「おいふざけんなよコラ。確証もねぇのに人を最低扱いして怒鳴りつけてんのかてめぇ」
「っ……な、なに、よ。開き直る気? あたしは唯奈から事情を聞いて───」
「ああ。だからその事情を聞いて、俺がいつどこで浮気したのかって話をしてんだよ。聞いたんなら言えるだろ? 言えるよな? いきなり最低ヤロー扱いしてきたんだから言えるよな? 言えないのにいきなり怒鳴るとかなに考えてんだ?」
「いっ……今はそんなことカンケーないでしょ!? アンタが浮気したって───」
「だから! 俺がいつ浮気したかって聞いてんだよ! 会話する気もねぇんならいちいち突っかかってきてんじゃねぇ!!」
「ひっ……!?」
埒が明かない。ほんと、こういう友情を盾にした輩ってのは性質が悪い。だから怒鳴った上でこちらをジロジロ睨んでくる目の前のクラスメイトを手招きして、びくりと怯えながらも律儀に近寄ってきてくれた彼女に、例の画像と録画保存された動画を見せる。
「……は? な、なにこれ……」
「あのな、一ノ瀬。俺は浮気なんかしてない。浮気以前に、あいつとの関係なんてあいつが浮気した時点でとっくの昔に消滅してんだよ。日付見てみろタコ、もう一ヶ月も前だぞ。俺はこれが発覚するまでアイツに尽くしてきたし、自分の時間ってものの大半をあいつに費やしてきた。それらはお前らも知ってるよな? よく俺達を夫婦なんてからかってきたもんな。……なぁ、言える言葉があるなら言ってみてくれよ。こんなことされて、裏切られて、お前は俺があいつより最低だって言えるか? 言えるなら正直に感性疑うわ」
「………」
「ちょっとゆかりん? なにやってんの? そんな男になに見せられて───」
と、そんな時、他のメイツが元カノの友人に声をかける。心配して近づいてきてくれたその友人女子をこの女子……一ノ瀬由香里サンは手招きして、首を傾げてさらに近寄ってきたところで俺が見せているスマホの画像を見るように促した。
「───…………OK、状況は把握したわ。あーそー、そーいうこと? ふざっけんなよあいつ」
そしてその友人、矢野沙耶は人を騙すようなことを嫌う性質だ。正義感が強い方なのは俺も知っているので、まあ友人から友人が浮気されたーなんて聞けば、怒りもするだろう。そうしてからの彼女の行動は早かった。速やかに他のメイツたちを手招きして、画像と動画を見せて、早くもクラスメイツどもを味方につけた。
「んじゃまずは。村瀬、ゴメン。一方の意見だけ聞いて、信じて、最低ヤローとか言った。怒鳴られて当たり前だった。ごめん」
「いや、謝ってくれるならいいよ。俺も怒鳴って悪かった。で、そっちはどうする気? 俺としてはこのまま後腐れなく自然消滅してほしい。ていうか面倒に関わるのも嫌だ。あいつも俺以外に好きな相手が出来たなら、さっさと別れてからにすりゃいいのにさ、ようするにキープだろ? これって」
「あーね。写真と動画見せられて頭疑ったわ。そんでアタシたちには村瀬が浮気した~でしょ?」
「村瀬、一応訊くけど、唯奈以降、誰かと付き合ったりは?」
「してない。つか、こんなことされて、女信じられると思う? 自然消滅狙ったのも近づきたくもなかったからだよ。急に勉強始めたのも知ってるだろ? なにかにぶつけなきゃ……正直、爆発しそうな何かがずっとずっと胸ん中にあったんだよ」
「あー……」
「…………ご、ごめん……村瀬……最低ヤローって言って、ごめんなさい……」
「ああいや待った待った悪いごめん! こんなことってのは、浮気ホテルのことだからっ! 言い方が悪かった、悪い!」
それでも、とその場に居た全員がきっちり謝ってくれて、俺の心も少しは軽くなった……と思いたい。悪いことをしたら謝る。当然のことながら、それを出来るやつってのは案外少ない。だから、一ノ瀬の真っ直ぐな謝罪はありがたかった。
でも……言ってしまえば、ありがたかっただけで気分は晴れない。集団で囲まれて追い詰めるみたいなことをされて、少しも息苦しいと感じないやつとか居ないと思う。嘘はいかん。はい、正直気分は晴れませぬ。
「でもさ、村瀬はそれでいいの? あたしらにまで嘘ついて、元カレを悪者に仕立て上げるとか、ショージキあたしは許せないって思うけど」
「あー、うん。言った通り、もう関わりたくもないんだ。だからここに居るみんなが事実知ってて、あいつらがどんだけ嘘を並べて人を馬鹿に出来るのか、人間のきったねぇところ知る機会って感じで見守ってくれるとありがたい」
「……なるほど? そりゃ確かに興味あるかも」
「俺の方はあんな場面見た瞬間に恋も愛も砕け散ったわ。もう嫌悪感しかない。俺の友人に抱かれた翌日に平気な顔して彼女ヅラして話しかけてきたんだぞ? 正気疑ったし、友人も人じゃないナニカに見えたわ」
「うーわ、最悪じゃんそれ」
「あー……それってもしかして、村瀬が机に突っ伏したままで大して反応しなかった時のヤツ?」
「あ、それ覚えてるわあたし。村瀬が木下に恋人でも出来たか? って訊いて、違うって答えたやつっしょ?」
「うーわ、なにそれ、じゃああいつセフレ扱いってことじゃん」
「うわキモ……カレシ居るのにそういうことするヤツが身近に居るとかマジないわ……」
「んまぁ、おけ。せいぜいあのタコどもの言い訳とか聞いてやろうじゃん? 言い訳っつか、村瀬ンこと悪にして自分は~とかお花畑爛漫してる話聞いて、人ってどこまでクズになれるか確認しよ」
「「「りょ」」」
決定した。うん、あいつらのこれからはきっとろくでもないものになるだろう。
あ、でもこれだけは言っておこう。
「ところでみんな」
「あ? なに? どしたし」
「どんだけ口達者に立ち回ってこようが、あいつらがラブホから出て来たのは確かで、18歳以下と、あと高校生がラブホ入るのは“法律で禁止されてる”って覚えといて。“18になっても、高校生はラブホに入ったらアウトです”。OK? というわけで、勝気で行ってOKだから」
「え、なに? じゃああいつら犯罪者じゃん」
「そゆこと」
「てか高校でラブホとか、あいつらヤバくね?」
「どっから金捻出したんだろ。貯金から? 貯金崩してラブホとか、どんだけスリル味わいたかったんだろ」
……ふむ。
「……中学まで“未来のために貯金しとくのー♪”とお金を溜めて、高校になったらヴァラ色の浮気ラブホのために貯金崩します、か……」
「「「ぶっは!! あはははははは!!」」」
言葉にしてみると、女子たちは笑った。笑って、突如真顔……というか、陰の差した顔になって、呟き合った。
「……ないわ。マジないわ。いくら恋にバカになっても、そうはならんよーにしよ……」
「あーしも……」
「あたしも……」
「てか、浮気のために金使うってどーなん? や、本気だったらいーとおもーよ? そりゃさ、好きな相手のためとかでのオシャレはそれからの関係にも影響あるし、先行投資ってやつっしょ? それを本気じゃない相手にとかさ。や、もう移り気完全にしてて、別れ話待った無し~とかだったら解るけどさ。……あ、ごめ、やっぱわからん。移り気する前にまずはきっちり別れ話じゃん。なのに村瀬の写真と動画が一ヶ月前として、今日まで別れ話も無しって。え? ほんとやばくね? あいつどんな頭してるん?」
「俺に隠れてっていうのがスパイスになってるんだろ。あーだこーだ言い始めたら、とりあえずあいつの親に写真と動画見せに行くよ。んで、浮気しといて人を悪人に仕立てようとしてる~って切り返す」
「おっけ、そん時ゃあたしら全員が証人になったげる」
ニッと笑った一ノ瀬さんがそう言ってくれる。おお、これはとても心強い。
でも正直、女子より男子の証人の方がこの場合は心強い気が。何故って、実はあなたの浮気相手がこの人たちなんじゃないの? とか言われそうだし───などと思っていたら、少し離れた席の眼鏡くん、松原春斗くんが眼鏡をクィイと上げ下げしながら微笑んできた。
「……ふっ、話は耳に届いちまったぜ」
「聞かせてもらった、じゃないんだな」
「いやすまん、聞こえないようになんとかいろいろしてみたんだけど俺元からここに居たしさ、それで聞こえてくるのは俺べつに悪くないだろ」
「確かに」
「まあそんなわけでの何かの縁だ。俺にも証人として活躍させてくれ。自称! “女子は一途が一番美しい同好会栄誉会長”松原春斗! 及ばずながら、人に悪を押し付ける者の成敗に協力させてもらおう!」
「おー、よろしくマッパー」
「マッパと呼ぶなぁああっ!!」
松原くんが、矢野さんにマッパと呼ばれて唸りを上げた。
「マッパ?」
「松原春斗。松原で略しても姓名で略してもマツハだからマッパ。あーしと同小同中なんだけど、プールの着替えん時に男子に体鍛えてんなー、ちょっとポージング決めてみてくれーって言われて、真っ裸のままポージングキメた時から定着したあだ名らしーよ?」
「らしいでそこまで説明しないでいただきたいのだが!? お、おのれィ矢野沙耶ァァァ……! 高校に入ってまで貴様と同じクラスになるなど、俺はァァァ……!」
「んで、マッパとは家近くて幼馴染。そィで恋人同士」
「マジで!?」
衝撃の事実! ガリヴェンっぽい容姿の松原くんが、まさかギャルのオサっぽい矢野さんとそんな関係だなんて……!
「騙されるな村瀬くん!! そんな事実は一切ない!!」
「えー? あーし告白したじゃん。そしたらあんた、顔真っ赤にしておのれおのれーって逃げ出すし」
「告白は告白でも、マッパのあだ名を広めたのはあーしなんだ、という事件性的告白だろう!? 好いた惚れたの話の告白でもなく、しかも俺は絶句してなにも返せなかったというのにいつから恋人になったのだ!!」
「しょーらいはさやちゃんをおよめさんにしたいから、ぼくのこいびとになってください~♪」
「グワァアアアアアアアアアアアアアッ!! やめっ……ヤメロー!! キサマ何故覚えている!? いや覚えているのなら何故俺にこんなひどい仕打ちをぉおおおおおおおっ!!」
「強烈なインパクトがあれば、気にしてくれるっしょ? あーし……ん、んんっ! ……あの時、わたしがうんって頷いたら、“じゃあぼく、ねんしゅーにせんまんえんくらいかせげる、おっきなおとこになるから!”って言ってくれたし」
「ふむぐっ!?」
「勉強に力入れまくってんの、その約束のためだと思ってたけど……違うの?」
「違わない! 違うものか! この松原春斗! 約束を違えることなど絶対にしない! のに、お前が急にギャルになどなるから、約束などとうに忘れていたものだと……!」
「あーこれ? 余計な男子とか近寄ってこないよーにって、そのためのものだし。あーしは元から、あの頃から、マッパ一筋だかんね?」
「キャミッ……!?」
松原くんが顔を真っ赤にして、片手で口を押さえつつ後退った。何故か漏れ出た悲鳴めいた声がキン肉マンのマリキータマンぽかったのは謎だ。
ちなみに、マッパ呼びを広めたのも、そんなあだ名の男子と付き合う女子なんて居ないだろうってことを思っての行動だったとか。
……いいなぁ、こんな関係。いいなぁ……いいなぁ……!
「俺もこんな尊い恋愛したかった……!」
「や、村瀬の場合は相手が悪かっただけでしょ。あたしも唯奈があんなクズだなんて知らなかったし」
「この場合、木下幸則もクズ野郎だな。俺もあの男が友人の恋人と知りながらホテルに入るようなクズだとは思わなんだ。ようするに外面を良くし、寄ってきた女性を食い物にする最低野郎だった、ということだろう」
「……ちなみに松原くんは、恋に一途なタイプ───……悪い、言うまでもなかったな」
「一途が過ぎて、矢野沙耶がギャルになった時など、一晩中泣いたほどだ……!」
「あーね。お陰で激烈避けまくるし、こうなった事情もてんで聞いてくれないし、説明しようとすると逃げるしっしょ? こんなさー、分で終わるような簡単なことするためにどんだけ時間取らせてんだって話で。だから村瀬には話をするきっかけくれてサンキュってことで」
「松原くんどんだけギャル嫌いなの……」
「俺は出会った頃から矢野沙耶の黒い髪を綺麗で美しいと思い続けていたんだぞ!? それを急に金色に染め上げて、制服も着崩し、みみみみみ耳にピアス! 傷穴をつけるなどぉおおおおおおっ!! しかもギャルといえばっ……! ごめっ……ごめんよ沙耶ちゃん……! 俺、きみのことを守り抜くって約束したのに、傷なんて……うぉおおおおおおおおいおいおいおぃいいいっ!!」
「ぇ、ちょ、泣く!? それで泣くの!? ぁ、やー……ほ、ほら、みんな見てるっしょ? てか、えと、えー……? ピアス? ピアスでって……」
「……あのー、さやち? これ絶対ギャルがどーとか関係ないでしょ。アンタが悪いわ」
「あーうん。さやち? あんたこんだけ想われてんのに避けられてる~とか、全部じごーじとくじゃん」
「あちょ、それ言わないでって……!」
矢野さんも松原くんも一途が過ぎた。なんでも松原くんは、矢野さんが突如ギャル化したのは、好きな人が出来てその人が派手系女子が好きだから~とかでイメチェンしたのだと思ったらしい。そうなれば一方的に好きで、一方的に過去の約束を守ろうと、勉学も鍛錬も頑張った勘違い野郎など傍に居たとしても邪魔だ、と思い、避けるようになったとか。
一方の沙耶さんも一途が過ぎた。いろんな人に相談して、自分が思うよりも容姿が優れ、会話もしやすい彼女は、松原くん以外に言い寄られることが嫌だったし、なんならその所為で自分の友人が好きな男子に言い寄られてぎくしゃくするのも嫌だったそう。だから家族に相談したり本などを読んだり、時にはネットの友人に相談したりして、一人を好きで居るための努力を続けた結果……好きな人にこそ距離を取られてしまったと。
……ちなみに。そのネット仲間がたまたま唯奈だったというオチまである。お陰で矢野沙耶女子の、俺の元カノに対する不満は溜まる一方のようだ。お陰でアンニャロブチノメーションとばかりに今この場に居る女子や松原くんの心は震え、燃え尽きるほどヒートしていた。そんな彼や彼女らにほれほれと応援されるように“ざまぁしよ? ね? ざまぁしよ?”と提案された俺……なのだが。
……。
とある日常、とある俺達。
あれからギャル連中や松原くんと仲良くなった俺は、元友人や元カノがどれだけ策を弄そうと無視をした。や、だってどうでもいいことに意識割いてる暇あったら、楽しいことしたいじゃん?
いやー……好きの逆は無関心ってマジだった。ざまぁとかどうでもいいわ。下手に関わって不快な想いをするくらいなら、そもそも関わらなきゃいいんだ。両親にもあいつとは別れたって話はしてたし……まあ“どうせアンタが原因でしょ?”なんて真っ先に疑われた時は、ええいこの親どうしてくれようかとか思ったもんだけど……日頃の行ないの所為だって思えば納得もできましゃう。さういふ諦めも時には必要といふことで。
で、いざって時にはあの動画とかも見せる所存。今は誤解されようが、いつかは分かってくれりゃあいいやと納得した。
「てーかさ、ほんと毎度こういうお話を振り返ってみるとさ、世の中おかしいよね」
「んー? どしたんさやち」
「や、だってさ? こういう状況の参考としてあーしら、誘われるがままあのー……WEB小説? ってのに手ぇ出し始めたじゃん? したらNTRとかBSSとか知ったわけだけど……村瀬と同じ状況に陥ったやつらい~っぱい見て来たけどさ、なんであいつらの周りのやつらって“自分に気分の悪い話”ばっかしてくる奴の話ばっか信じるんだろね? んで、なんで大事に思ってるヤツほど信じないで一方的に見放したりすんだろって」
「あー……あれね、馬鹿だよねー」
矢野女子の言葉に、一ノ瀬女子がとほーと溜め息を吐く。俺も同じ気持ちである。
最近じゃあ放課後に残って、松原くんと矢野さん、一ノ瀬と俺とで話し合うのが日常となっていた。ちなみにもう一人居た片桐さんは、元友人と元カノの嘘っぱち可哀想なワテクシ劇場&浮気者の元カレ元友人を庇ってやるやさしい友人劇場の中で元友人のクズっぷりと元カノのカスっぷりに激怒。その舞台劇の最中、片桐さんの幼馴染だったらしい南条薫くんとともに説教という名の攻撃を仕掛け、意気投合。なんでも久しぶりに話した“実は好きだった者同士”だったらしく、今はカップリャとしてデートなぞをしているらしい。
松原くんと矢野さんは? と訊いてみるも、デートなどはきちんとしているらしい。といっても、おうちデートなので、家に帰ればいくらでも出来るから気にすんなし、とのこと。
「はぁ……てかさ、こーなるとあたしと村瀬だけおひとりさまじゃん。なんか疎外感っていうか……んー、ねぇ村瀬? あんたさえ良ければあたしと付き合ってみる? ……あ。あたしギャル入ってるけど浮気とか許さないし、あたしだって浮気なんて大嫌いだから。他に好きな奴できたら真っ先に言うこと。んで、まずあんた。あたしにも言えることだけど……ああいや、これは誰にだって言えることか」
「?」
「まず、ちゃんと好かれる努力、してほしい。あたしも全力で頑張るから、その……悪いとことか、独りよがりじゃなくて、お互いにこれはないってとこ、直してこ。あたしね、タイプじゃないからとか言って、相手の全部を諦めるやつとか大っ嫌いなの。一部分が苦手だからってのは誰にだってあると思う。個人的にそれだけはないわってのはしょうがないかもだけど、ちょっと苦手かもくらいで相手の全部を否定するつもりは、あたしにはないから。だから、あー……なんてーかその」
「……一ノ瀬さん」
「ん、んん? なんだし。今あたしが頑張って言葉かき集めて組み立ててんだから、邪魔とか───」
「俺、一つずつよく噛み砕いて吟味して、一ノ瀬さんのこと知っていくから。好きになれるところ、いっぱいいっぱい探して、苦手な部分だって……なんかいいなって苦笑混じりに受け入れられるくらい、知っていってもいいか? 俺はそうしたい。だから、一ノ瀬さんも俺のこと、知っていってほしい。直せるところは直すから、一緒の時間、歩いてほしい。歩かせてほしい」
「………」
「……一ノ瀬さん?」
「由香里でいい。まず名前呼びから始めよ?」
「……よ、よし。じゃあ……由香里」
「───……~……え、えちょ、呼び捨て!? フツー、まずは“さん”とか付けない!?」
「えっ!? ゆ、由香里でいいって言うからっ……あ、いやだったか!? じゃあ由香里さん、とか……」
「…………」
呼んでみれば、真っ赤になって半眼にした目を逸らすようにそっぽ向いて、口を尖らせて言う。呼び捨てでいいと。
「……大樹」
「ん? なに? 由香里」
「~……や、その。これからその、よろしく。……その、ギャルとか苦手なら言ってね。べつにポリシーあってやってるわけじゃないから」
「んにゃ、前は正直苦手だったけど、今はそれほどでもないから。もしこのままお互い上手くいけたら、まあそのー……その先の時にはギャルからは足を洗って欲しいかなって」
「先って。…………あー。っふふ、なに? お試しみたいな今なのに、もうそんな先まで考えてんの?」
「好きになるなら半端は嫌だから」
「……おーけ。はーぁ、ほんと、唯奈も馬鹿なことしたねー。相手んことこんな真っ直ぐ思ってくれるやつ、なんで裏切ったんだか」
「スリルが欲しかったんじゃない? 清楚に見えるやつほど、日常に刺激求めるもんだって南条くんとか片桐さんも言ってたし」
「あー、なんかわかるかも。でもま、それを浮気で埋めるとかは理解できないやあたし。ってわけでさ、むら───ん、こほん。大樹」
「ん、なに?」
「手、繋ごう」
「手?」
言って、ほいと差し出すと、きゅむと握られた。握られて……両手でなんだかさすさすと擦られる。
「んー。正直まだ好きだとかそういう気持ちはないかなぁ。でもま、付き合うってか、デートとかにはばんばん出かけようね。べつに金かけろとかは言わないし、知ってくとこからじゃんじゃん始めてこ」
目を細めて、ニッと歯を見せて笑う一ノ瀬……もとい由香里は、放課後の教室に差し込む夕日に照らされて、なんとまあ大変綺麗に見えた。や、実際綺麗なんだけどさ。わかるだろうか、綺麗な娘だなぁ~とか男子どもとワヤワヤ言うんじゃなく、“あ……綺麗だ”ってなんか口から漏れそうになるものを見た瞬間っていうか。
「わーお、すっごい積極的」
まあそんな心内を漏らさないように気合いを入れて、口では別の言葉を吐き出したわけだが。
「知りたいって思う相手に遠慮しててもしゃーないでしょ? あたしね、男の方から来て欲しい~とか言って、来てくれなけりゃイジケて他に走る女とか大嫌いなんだよね。“来て欲しい”とかアホでしょ? 恋愛ナメんな。恋愛ってさ、お互いを知っていくもんでしょ? なのにその一方が相手任せとか、それもう前提から間違ってんじゃん。そーゆーもんは二人で作ってくもんなんだから、来て欲しいなんて甘えだっての」
……なんか畳みかけられている気がする……! ていうかちゃんと相手のことも考えてくれててすっごい良い娘じゃないですかこのクラスメイトさん……!
「……? 口押さえてそっぽ向いてぷるぷるして、どしたの?」
「尊……い、いや、なんでも。……けど、そっか、なるほど。だから浮気したって話を聞いた時、あんなに……」
「あれはごめんなさい。何度でも謝る。本当にごめんなさい」
本当に悪いって思ってるのか、声のトーンがガラリと変わった。顔も一気にどよーんってなったし、なんなら今すぐ泣いてしまいそうなくらい“申し訳ありませんでした”がにじみ出まくってます。
「い、いやいやいいって。ああその、ほら。二人で作っていくものを片方が放り投げるって、無責任だもんな。恋人関係ってものを二人で作ったっていうのに、すっげぇ失礼な行為だってわかるから。それ考えれば由香里は本当に友達想いだよ」
「……ほんと、馬鹿だわ唯奈。今頃木下の傍で後悔してんじゃないかな。ちょ~っとカッコに自信ある男子なんて、こんな話をすれば決まって“はぁ?”とか“いやいやそこはそっちが譲歩しないと~”とか言い出すのに。大樹はいい男だね。うん、いい男だ」
「褒められてる?」
「ん、褒めてる。あたしが自分で思うくらいには珍しく、すっごい褒めてる。正直さ、男子ってガキだから。女性が年下男子に恋する確率が学生時代にはかなり少ないのって、男子が同年齢や年下男子が恋愛対象に思えないからだ~っていう理由、結構多いって知ってる?」
「まあ、分かる。俺は逆に落ち着きすぎてるとか、趣味がお爺さんとか言われたりするけど。唯奈もそんな俺のことが好きだ~とか言ってくれたんだけどね。付き合っていく内に飽きたんだろうな」
「や、それは唯奈が馬鹿でタコなだけだから。次なんか失礼な絡み方してきたら茹でてやろうかねほんと」
新しい彼女が逞しい。茹でるってなんで? ……ああ、タコ呼ばわりしたからか。
しかし……なるほど、お互いが作るべきもの、か。確かに恋愛ってそういうものだよな。気持ちは育むものなんだから。でも、言葉を受け取るとするのなら、彼女ばかりに来てもらうのはNGだろう。俺からももっと歩み寄っていかないと、彼女を無駄に空回りさせてしまう。
「……まあ、あいつのことは保留ってことにして。えっと……由香里、さ。俺もどんどん知る努力重ねてく、ってことでいいか? 俺にも努力、させてほしい。言われんでもするつもりだったけど、俺一人じゃ由香里のこと知ろうとしても空回りしそうだし」
「ん、いいね。そうしたいって思ってることを汲んでくれるのはほんと嬉しい。由香里さんポイントアップだね」
「ほほう、ポイントとな? 溜めるとなにか特典が?」
「べつに? ただあたしがあんたのことを好きになるってだけ。そんなもんじゃない? 大樹もそーでしょ?」
「…………なるほど、そりゃそーだ」
してもらって嬉しいこと、分かってもらえて嬉しいことが重なればなるほど、そりゃ嬉しいわ。
……なるほど、つまりは俺達の関係のステップアップとはつまり、そういったものの延長の先にあるようだ。
「……で、話は纏まった? おめっとー、新カップル誕生だねー」
「おめでとう、村瀬くん。一ノ瀬とは俺も面識がある。口は時折悪いが、彼女は本当に“良い人”だぞ」
手を繋ぎっぱなしだった俺に、矢野沙耶女子と松原春斗男子が声をかけてくる。……おおう、今気づいた。俺も由香里も、今本気で二人の世界作ってた。
「でもめずらしーじゃん? 由香里が急に付き合ってみる? とか」
「まーね。いーかもって思ったのは、フラれても人を悪く言い触らすでもなく、一ヶ月我慢したってのがポイントに繋がった~って感じ。男ってガキなくせに執着してることに対してはネチネチしつこいからね」
「や、それあーしら女子にこそ刺さらない?」
「口にしないだけマシっしょ?」
俺の場合は……執着は、正直してた。独占欲は強い方だって自覚もある。けど、友人と浮気してホテルって時点で、“あ。あいつもうダメだわ”って思った。どっちから誘ったんだか知らないけどさ、さすがに恋人も友人も裏切るとかはダメだろ。せめて誠実に打ち明けるとかして別れてから付き合えばよかったのに。
「っかし、未だに悪いのは大樹だ~とか浮気したのは大樹だ~とか言ってるあの二人も、なんていうか懲りないよねー。クラス中が真実知ってるって知らないまま嘘ばらまいてるとか、しかもクラス中が誰もそれを言ってやらないとか、奇妙な連帯感っつーの? 一体感っつーの? あるよね、今のウチのクラス」
「嫌な一体感だがな。しかしまあ、こうして放課後に残るのにも慣れたものだな。片桐と南条はまあとにかくデート、とことんデート勢だったようで、楽しそうでなによりだが」
矢野さんと松原くんは結構辛辣だ。俺はもう興味もなくなったから、よくもまあこれだけ嘘吐けるなーなんて感心しながら眺めてる。クラスの誰からも関心を持たれてないって気づかないかなぁ。気づかないんだろうなぁ。気づけるなら、もっと周囲に気を使った行動出来てるか。
「松原くんらはいいのか? 俺は結構放課後の教室の静かな感じが好きだから残ってるクチだけど」
「あ、それあたしも。そかそか、そういやたま~に大樹と鉢合わせることとかあったっけ。それが目的だったんだ。あたしてっきり唯奈に待ちぼうけ喰らわされてるのかと思ってた」
「……あの頃から幸則もそそくさ帰ることあったから、まあ既に、って感じだったんだろうな」
「うわー……好きな景色でのんびり待ってる男に隠れて浮気とかないわー……」
「思い出せば思い出すほど、都合のいい彼氏だったんだろうなぁ。むしろ幸則に近づくための橋渡しみたいな感じだったとか?」
「んにゃ、最初は間違い無く大樹のこと好きだったよ、唯奈は。今日こんなことがあった~とかいっちいちノロケてきてたくらいだし。それがいつだったか急に止まって、悩みでもあるんかな~って様子みてたのに、普通に大樹と話して笑ってるでしょ? で、それからしばらく、なんか大樹があからさまに唯奈のこと避けてんなー、喧嘩したんかなー、なんて思ってたら大樹が浮気した~だもの。あたしからしてみたら大樹の方がそっけなくなっていったから、ああ、あいつ浮気してたんだなってあっさり信じちゃって。ごめん」
「いいって。ていうかむしろ納得いった。傍から聞いてると俺がただの最低人間でしかない」
証拠映像&画像が無ければ確実に俺が干されてたわ。危ない、物的証拠、大事。
「ねーねー村瀬? きっかけ~とかに心当たりとかってないの?」
「あっても考えるのも面倒。大事にしたいって思ってた分が一気に反転した気分なんだ」
「ふーん? あ、そういや村瀬、唯奈と肉体関係とかはあったん?」
「ないけど……? …………あ。あー……なるほど。あのさ、矢野さん。言っておくけど“大事にしすぎてステップアップがちっともなかった”、とかは無いからね? むしろお誘い全部断られてるから」
まさか、なんて視線を寄越してくる矢野さんにすかさずそう返すと、矢野さんは「なるほど」と溜め息を吐いた。
「じゃあもうあれっしょ? 大事にしてくれる相手がどこまで許してくれるのかを試してみたくなって、まずは友人と一緒に居てみたら~……とかの延長。まずは嫉妬してもらいたかった~ってのもあるかもしれないけど、そこで“いつバレるか、どれだけ怒られるんだろう”ってスリル方面のドキドキを恋心と勘違いしちゃったってやつ」
「え? そんな阿呆なことあるの?」
「あっははは、ほんとアホだよねー。でもね、彼氏に大事にされてる女ん中だとあるんだなーこれが。ほんとアホな話だけどね。たぶん村瀬に誘われて断ってる時も“もっと綺麗になってから……!”とか考えてる内に、木下に相談してたら相手が本気になっちゃったパターンだとおもーよ? ……あ、違うか。セフレ関係なんだっけ? っははー」
“ほんっと、くっだらない”って顔で矢野さんは続ける。聞いている内に、あー別れられてよかったわー……とか普通に思えてしまうんだから、人の、人に対する関心って大事なんだなって思った。あれだけ好きだったのになー、なんとも不思議。
そんな折、どうしてかさっきから黙っていた由香里が、はぁ、と呆れたような息を吐いて言う。
「ほんと、こんな歳で肉体関係に走るとかどーかしてるよね。そういうのはさ、お互いのことをよく知ったあとに、結婚初夜とかさ……」
「「「え?」」」
「? え、なに?」
きょとんとする顔に、心がきゅんと来るのを感じた。あ、やばい大事にしたい。え? こんな発言ひとつで? 元カノに感心無くしてまだ二ヶ月程度ですよ? ……あ、引き摺ってるならまだしも関心が無くなれば二ヶ月って十分なのかも。なにせ初カノだったわけだ、前例がないからなんとも言えない。
「ゆ、由香里!」
「わっ、な、なに? どしたの? あたしへんなこと言った?」
「次の休み、予定ある!? きみと、デート、したい!」
「……!? ぇ、と。予定はない、けど。だ、だいじょぶ? 顔、赤いよ?」
「~……!」
人を好きになるきっかけは人それぞれ、なんてことを聞いたことがある。
告白された瞬間に好きになる人も居れば、やさしくされたことで~とか、軽く助けてもらった~とかでも結構聞く。なんなら一人で本を読んでいる姿に惹かれた~なんてなんでもない姿に心惹かれる人も居るんだとか。
俺の場合はどうやら守りたいとか思うことが強いきっかけになっているようで。この、ギャルぶってるけど案外中身が天然さんっぽい人を守りたいと思ってしまった。そんなんだから、たぶん……守りたい相手に自分以外の守ってくれる人が居るなら、俺はそいつに託せてしまえるのだろう。結構薄情じゃなかろうか、なんて思うものの、好いた相手に他に相手が居るのなら、後腐れもなく関心を無くせるのはそれはそれでいいのかもしれない。初めて見たのが一緒に手を繋いで歩いてる~とかだったら、まだ嫉妬から始まって自分を磨く努力をして奪い貸してやる~とか思えたのだろう。現に、もしも由香里が他の男に狙われているのなら、なんて考えれば、“もっと努力しなくちゃ”って意志と一緒に、“ぐいぐい迫ってでも彼女を知りたい”って意欲が湧きだしてきている。
けど俺、初カノの浮気を知ったのがよりにもよってラブホから出てきてキッスまでしてる、なんて状況なんだもん。取り返したいと思う暇も無かった。彼氏にも許していない体を友人には許している女性を必死になって取り返したいと思いますか? と自問してみれば、“や、それ俺が浮気されたんじゃなくて、元々俺の方が浮気相手だったんだろ”なんて思えてしまうわけだ。諦めも興味も一気に死ぬよ、そりゃ。
なのでなにやら顔を赤くしてもじもじと俯いてごにょごにょ言っている由香里を見つめて、胸に沸き上がる懐かしい熱い気持ちにもっともっと燃えなされと心の薪をくべていく。そんな俺を見て、矢野さんが“ははぁ~ん?”なんて顔をして由香里の耳に顔を寄せた。
「ゆかりんゆかりん? アータ大変だよ~?」
「さやち……?」
「村瀬、ほんと相手を大事にするタイプみたいだから。ちゃんと相手の方を見ててあげないと、好きなままでいてくれなくなるかも。逆に、ちゃんと目を向けてれば一生尽くすタイプと見た」
耳に顔を寄せて喋っても、静かな放課後の教室である。他に生徒も居なければ、囁き声なんて聞こえるってなもんで。ていうか矢野さん絶対に隠す気もなく喋ってる。
「一生って……。や、そりゃあたしだって付き合うならそれくらいの覚悟でって昔っから」
「ふむ。なんだ、ならばお似合いじゃないか。既に村瀬くんは一ノ瀬に夢中のようだし、あとは一ノ瀬がどう寄り添えるかだな」
「へっ!? ぞ、ぞっこんって……え? なんで? さっきまで全然───」
ぞっこんなんて言ってないんだが、なにやら由香里の中で松原くんの言葉が変換されたらしい。いや、まあ、ぞっこんですが。なればこそ、その決意表明として、俺は由香里に真っ直ぐ告げることにする。
「俺、明日からとは言わずに、デートの時からとも言わず、今から本気出すからっ!」
「ぇえ、え……えー……? や、努力する人は嫌いじゃないけど……」
言われて、少しおろおろする赤ら顔の由香里は、けれど“ゔ~……”と唸ると目を閉じて、深呼吸をして、ん、とひとつ頷いた。
「……わかった。でもあたしにもちゃんと努力させて。一方的ってのは好きじゃないから。一応カレカノになるんだし、好きになる努力をしようって言ったのもあたしだしね。……あ、なんかだめだなこれ、やだな。あたしがそう言ったから、じゃなくて、ちゃんとお互いがそうって意識したから。……ん、これだね。やっぱ一方的なのはよくないし」
「………」
「んひひ~♪ ゆかりん、いい顔してるゥ♪」
「んー……ほら、こう、分からないかな。昔っからいろんな人生論だとかを見たり聞いたりしてきてさ? 現実だろうがフィクションだろうがいろんなものを見つめてきてさ。“自分はどういう時に『今だよ』って瞬間に出会えるのかな”って思い続けてきてさ? そんな瞬間が今なんじゃないかなって思えたら……やってやらなきゃ、努力してみなきゃ今までの自分が嘘になるよ、って……そんな感じがしたの。義務でも使命感でもなくてさ、あたしの心がわくわくしてる。そんなわくわくが、一緒に努力しようって言ってくれる人の傍で湧いてくるなら、今動かなきゃ嘘でしょ」
「ふむ。……村瀬くん。気をつけた方がいい。一ノ瀬は俺が思うよりもよっぽど重い女かもしれん」
「あーうん。ゆかりんきっと重いわ。でも───……んひひひひ~♪ たぶん村瀬っちとは相性いいと思うんだよね。自分と、誰かのためにきちんと努力出来る人なら、一緒に頑張っていけるとおもーよ?」
「誰が重いよ誰が! ~……重くないわよね? ふ、普通でしょ? だってこれからお互いを知り合っていくんだから、“今まで生きて来たあたし”で目一杯ぶつかっていかなきゃ、あたしじゃないでしょ? それとも、その人だけに気に入られるために無理して作ったあたしの方がいい?」
「一緒に歩いてみて、歩きやすい自分になっていけばいいと思う」
「───」
由香里の質問に、そりゃそうだって言葉を返してみる。
と、なにやらこう、すぅ……とゆっくり大きく息を吸うように由香里の瞳が見開かれていって、息を吐くのと一緒にやさしく細められる目が、どこまでもやさしさを帯びて……
「……一緒に……歩いてくれる……?」
「ん。結構重いらしい俺で良ければ」
「……うん。結構重いらしいあたしで良かったら、隣を歩かせてください」
手と手が重なり、重なった上にさらに手を重ねる。さあ、知る努力と好きになる努力をしよう。一目惚れだとか、もう好きになったんだからなんてものに胡坐をかかず、いつまでも、何度だって好きになる。それを互いに口にすることなく、けれどまるで約束するかのように、やさしく、けれどきゅっと手を重ねた。
「…………ねぇマッパ。これもう完全にお互い好き合ってない?」
「驚いたな。一ノ瀬がこんな、甘えるみたいなやさしい笑顔を男に向けるとは」
「あーね。あーしもかなーり驚いてる。え? どっかに琴線あったん? どこだし?」
「……思うに、先程の“一緒に歩いてみて、歩きやすい自分になっていけばいい”、というところだと推測する。言われた途端、明らかに表情が変わった」
「あー……一緒に努力しよって言っておいて、無理矢理変わった自分がいいのかって質問しちゃった後にそれは……あー……」
「嬉しかったのだろう」
「嬉しかったんだろーねぇ。そかそか、じゃあ……うひゃー♪ あれがゆかりんが恋に落ちる瞬間かー♪ 目ぇゆっくり開いてって、細めた時にはもうほっぺた桜色だったし、あー、なるほどねー♪」
にししと意地悪く笑い、由香里の肩をうりうりと人差し指でこねこねつつく矢野さん。そんなことをされれば大体の人は反発したり怒ったりするのだろうことは想像に易いんだけど……なんと由香里はひょいとその指から逃れると、椅子ごと俺の隣に来て……なんと、大胆にも俺の左腕に抱き着いてきた。
「ワーオこいつぁゆかりんダイターン!! え!? さっきまで理屈こねこねちゃんだったのにそこまで大胆に変われるものなの!?」
「いーじゃん。あたし、重いんでしょ? なんかね、さっきまで大樹との間にあった、見えないけど分厚い壁みたいなの? これっぽっちも感じなくなっちゃって。壁がないなら傍に居たいし、傍に居るなら知っていきたい。……んー……なるほど、こりゃ確かに重いかも。でも自覚ある上で好きって言える。……うぁあああぁあぁ……傍に居て、こんなに心地いい男子が居るなんて思わなかった……!」
言って、腕、というか肩? にすりすりと頬をこすりつけてくる。俺はどうすれば? と目線を矢野さんと松原くんに向けてみると、二人して右手をスッと軽く上げて、丸いものを撫でるようなゼスチャーをしてみせる。……頭を撫でろということらしい。
(そりゃ、俺に甘えてきてくれる女性が居たら~とか考えなかったわけじゃない。むしろ考えまくってた)
もし俺に恋人が出来たなら、なんて妄想は中学の頃からあった。やさしくしよう、大事にしよう、毎日“好きだ”は届けよう、恋人なんだから分かる、分かってもらえているは甘え、などなど……まあそのどれもを元カノにやったところで無駄だったわけだが。
だからそれを踏まえ───ず、近づく努力をしようとしている今だからこそ試してみる。元カノだから嫌がったのか、別の人なら喜んでもらえるのかを。結果は───
「……♪」
あ、なんか気持ちいいみたいっす。撫でる手に、もっともっとと相手からぐりぐりと頭を寄せてくる。元カノ、やっぱダメでした。なるほど、そもそも付き合えたのが不思議なくらい相性が悪かったってことか、俺と元カノは。で、幸則となら上手くいったと。なんだい、浮気されて正解だったじゃないか。
なのでやさしくやさしく頭を撫でながら、改めて“この人を大事にしよう”を高めていく。すると、やばいくらいに自分の奥底から湧き出してくる“この人が好き”って感情。
ああだめだ、抱き締めたい。胡坐かいた足の上に座らせて後ろから抱きしめて、頭とかめっちゃなでなでしてあげたい。どんなものに興味があるのかを知って、それを知っていく努力もしたい。
元カノが浮気をしたことで滅んでいた感情が、久しぶりにじわりじわりと湧いてくる。それはとてもゆっくりとしたものなのに、一度湧き出してしまえば抑えることが出来ない謎の分泌物めいたもので、ただとにかく大切な人をもっともっと大切にしたくなる。
それを過剰にしてしまうことで、人が遠慮してしまうことくらいは自分でも分かっているのに止められない。恐らく元カノは確かに俺のことが好きだったんだろう。最初は。でもまあ……過干渉が、それこそ過ぎたのかもしれない。過干渉が過ぎるって、干渉しすぎたね、うん。自分で考えてみて相当にヤバい。
(あぁ……)
俺も悪かったかなぁ。いや、悪かった。断言しろ、俺。どんな理由があるにしろ、付き合っていた相手が別の相手を選ぶなら、俺に足りないなにかをあいつが持っていたってことだ。どこまで許せるか~とかを探っていただけ、なんてそんな言い訳はこの際忘れてしまえ。俺よりも、あいつと一緒の方が楽しいって思えたからあっちに行ったんだ。
でも、ちゃんと理由を話して別れてからなら、悔しくはあってもきちんと別れられたろうに。付き合っているままで浮気して、なんてひっどい裏切りをしてくれた。それは俺が悪いのか? いや、それだけは絶対にないわ。
いや、さ? 俺が言葉も通じない激烈最低暴力男で、そこから逃げるために幸則が協力してくれた~とかならもう全然いいよ? いいと思うとかじゃなく最高だし応援する。でもこれそういう話じゃないだろ。そりゃ婚約者だの許嫁だったわけじゃない。ただ付き合ってる~なんてお互いの言葉同士の確認作業があっただけかもしれない。でも、じゃあ、それ以降に俺が浮気しただのなんだのを言い触らす理由が何処にある?
あれをやられた時点で俺が引いたり謝ったり罪をおっ被る必要性も滅んだ。こちらに迷惑かけない程度に幸せに暮らせばいいと思うよ?
(うん。じゃ、結論)
なにかしらが足らない所為で幸則に取られた? はは、結構なことじゃないですか。お陰で人の信頼を裏切って、てめぇらが傷つけた一人を二人がかりで悪者にしようとするクズらと関係を切れました。あらまあこれって最高じゃないですか! しかも事情を知っているクラスメイツは、あの二人の“俺が悪い説”を白い目で見るばかり。俺がなにかしなくても勝手に自爆して勝手に信頼滅ぼしていってるんだから、あれが人の信頼を踏みにじった者の末路ってことでいいんだろう。
俺からなにかをする、なんてことは今のところはない。ただしこれ以上人様の平穏を侵すようなことをするのであれば、このムラセイツォ、容赦せん!
そんな愉快に黒い思考が、隣の女性の頭ををやさしくやさしく撫でる毎に浄化されていく。一度目は盛大に失敗して、恋愛なんてクソだよクソ、俺の恋心なんてゴミクズだったに違いない、なんて思っていた俺だけど、“結局のところ人生なんて経験しか活かせるものがないのだから、失敗でもなんでもしておけばいい”と言っていた松原くんには感謝だ。
『初恋は実らないというだろう? あれは恋というものに対する人の理想が高すぎるために起こってしまものだと俺は思う。初恋同士ですれ違うのは当然。知り合っていくのが当たり前。だというのに、話し合いもせず相談もせず、恋人とはこういうものだ、こうでなければいけないと理想を押し付け合い、それを許容するだけの経験が無いから、やがては破綻する。浮気ものの体験談や物語にもあるが、浮気相手の大半が先輩や上司という理由も、相手が経験豊富で頼れるからだと思われる。ようするに、最初から理想を高く設定し、理想ばかりを見て相手をこれっぽっちも見ていない、知る努力さえしない様々な経験が不足している、知ろうとも足そうともしない者達に“純粋な恋愛”など不可能だ』
と、松原くんは眼鏡をクィィと上げ下げして言った。なるほど、と思った。では浮気相手が後輩の場合は? これも簡単で、純粋に自分を慕い、憧れ、褒め、敬ってくれる相手にやさしくしたくなる感情の延長だ、と言われているらしい。
そんなことを言ってくれた松原くんは今、俺と由香里を見て物凄くやさしい笑みを浮かべている。まるで眩しいものを見るように。
「うん、そうだ。これこそが恋人同士、というものだろう。話し合い相談し合い、補い合い支え合って、知る努力をしてゆっくりとお互いを知っていく。恋に恋してこいつとは合わないこいつはだめだ、とろくすっぽ知る努力もせずに相手をフる自分勝手なクソどもになど、恋を語る資格は無いということだ」
「ふーん? あーし、知ろうとしたのにマッパに避けられたんだけどなー?」
「それについてはきっぱり言わせてもらおう。せめてギャル化する前に事前に相談くらいしろ馬鹿者。なにもしなくても分かってもらえるなど、それこそ知る努力の放棄だろう。あのな、俺は怒っているんだぞ? どうしようもなく怒っている」
「え……マッパ?」
「確かにギャルの格好をすれば、ギャルを苦手とする男は寄ってこないだろう。しかしそういう輩は勝手な噂を流すし、教師だっていい目では見ない。あることないこと吹聴された噂というものは独り歩きをするものだし、遊んでいる女を好むチャラチャラとした男は平気で寄ってくるだろう。俺はな、矢野沙耶。もしお前がそんなチャラ男どもに無理矢理連れていかれて、なんてことが起きていたら、首を掻っ切って死んでいたぞ。もちろんそのチャラ男でもを地獄に落としてからだが」
「───……わ、目がマジだ……ご、ごめん、確かに相談、すればよかったね。でもさ、それまで約束だけで繋がってたみたいなあーし……わたし達だったでしょ? ……イメチェンすればさ、なにかしら感想くれるかな、って……ちょっぴり期待してた。ごめん」
「俺は黒髪清楚で俺の傍に居てくれる矢野沙耶が好きだ。べつにもう髪を戻せとは言わないが、誤解を受けるような行動に出て感想を求められても、正直その時の俺はなにも言えなかったと思う。誤解に誤解を重ね、お前が誰かのものになったと絶望して、お幸せにとしか言えなかっただろうな」
「春斗がわたしにそんなこと言ったらわたし死ぬから! 死んでやるから!!」
「そんな思い切りのいい行動に出る前に相談しような!?」
矢野さんも松原くんも、やっぱり一途が過ぎるようで。ともあれ二人も俺達のようにすぐ隣に座り直すと、ぴとりとくっついてえびす顔になっていた。
「あ、そだ。ねね、ゆかりん? 今度の休み、ダブルデートしない?」
「さやち、まずはそっちはそっち、こっちはこっちで初デートを楽しむべきだとあたしは思う。だから却下。ていうかやだ」
「ひどい!? むぅ、でも気持ちは分かるかも。でもさあ、春斗……マッパの本音聞いちゃったら、ギャルファッションでいくべきか、元の姿でいくべきかーってゆかりんを参考にしたかったっていうか……」
「知る努力、するんでしょ? 聞いてみればいーじゃん。隣に最適解をくれる相手が居るよ? あ、大樹はどんな服が好き? 髪型は?」
「ゆーかーりー? まずは自分の“好き”を相手に知ってもらおうってば。相談してくれるのは嬉しいけど、最初っから相手に合わせすぎたら“自分”が死んじゃうから」
「むうっ……でも初デートって大事っていうし、大成功させたいっていうか……まずは相手に喜んでもらいたいじゃん? それからあたしのこと少しずつ知ってもらって、とか……ほら」
「じゃあ由香里の好きな服装とか髪型って? 言ってくれたら帰りにでも親戚の理髪店行って整えてもらうけど?」
「むぅぐっ!? ……ごめん、大樹。あたしもまずは、大樹が自分で好きだと思う服装とか知りたいって思った……」
「ん、俺もだ」
「大樹……」
「由香里……」
へにょりと表情が笑みになる彼女がぎゅうーっと腕に抱き着いてきて、そんな彼女の頭をやさしく撫でる俺。……正面では、松原くんと矢野さんが「「うーわー……」」と遠い目で俺達を見つめていた。
いや、さっきのあなた方も相当いちゃいちゃしてましたからね? 俺達だけがバカップルだなんて思わないことだ。
「んー……ねぇマッパ? 幼馴染でも、知る努力とか居ると思う?」
「お前がギャル化した理由さえ分からなかった俺と、俺がどうしてお前を避けたのかも分からなかったお前だ。努力なんて要らないって思う余地、あると思う?」
「……がんばります」
「よろしい」
しょんぼりした矢野さんを、松原くんはグイッと男らしく抱き寄せた。びっくりしたけど嬉しかったらしい矢野さんは、「行動は男らしいのに顔真っ赤だね~?」なんて松原くんをからかっている。まあ、言ってる本人はもっと赤いわけだが。そんなからかいにムッとした松原くん。
「急に抱き寄せたりして、あーしは俺んだーってアピール? 必死んならなくてもべつにいーとおもーよ? 抱き寄せたくらいでマッパのものだーって証明するのはむつかしーし、それで騙されるのなんて諦めのいいナンパくらいっしょ? それともなんか、証明出来るものでもくれる? マッパだけがあーしに贈れるなにか~とか。あ、おもちゃの指輪でもいーよ? てか昔にもらったおもちゃの指輪、まだ持ってるし、なんなら明日から、むしろ今日帰ってからすぐにでも付けて───あ、あれ? マッ……春斗? はるくん? なに───うひゃああああああっ!?」
目をぐるぐるさせながら、テンパっているのか一気にとにかく喋りまくっていた矢野さんだったのだが、ムッとした松原くんに急に首を吸いつかれ、その感触に素直に悲鳴をあげた。その体験したことのないであろう感触にしばらくばたばたと暴れていたけれど、がっしりと抱き締められて身動きを封じられたまましばらくののち、くたりと抵抗をやめ……ややあって松原くんが離れた彼女の首には、くっきりとキスマークが……!
「次冗談でもからかったら反対側にもつけるから。必死にならなくてもいい? なるに決まっているだろうが。お前に彼氏が出来たと誤解した時、俺がどれだけの絶望を味わったと思っている……!」
「ひゃ、ひゃいぃ……っ」
先ほどまでのギャルっぽさはどこへやら。矢野さんは真っ赤っかになり涙目のまま目をぐるぐるにして、小さくそう返すことしかできなかった。
それにしてもキスマークって。松原くん、見た目はがり勉くんなのに、なんと大胆な……───ぁあハテ、なにやら俺の服がすぐ横からくいくいと引っ張られてるんだけど、ナニカナー。アー、横向きたくないなー!
「……ねぇ。ねぇ、大樹。大樹……」
「………」
呼ばれれば無視など無理。ちらりと見れば、羨ましそうに二人を見たあと、顔は動かさずにちらりとこちらを見上げてくる由香里さん。そして、静かに頬を染めると、ん、と髪を撫でるように払い、自分の首を俺に見せてくる。ああもう肌綺麗だなぁくそう! ていうかやれと!? まあやるけど!
(なめるなよオロチ……! もとい由香里……! 一度フられた男ってのは、ダメな自分を想像して次はこうはなるまいと頑張るものだ……! 唯奈が俺とはせずに幸則とイタしたって事実を糧に、奥手な俺に苦手意識を持っていたのかも、とか考えれば、これしきを躊躇するわけはないのだ!)
いやまあ誘ったってなにもかもを断られたんですけどね!
とまあそんな経験もあったことから、俺は遠慮せずに彼女の首筋にキスマークをつけることを決意。よく漫画や小説、アニメなどではこんな場面で男が真っ赤になって拒否だの否定だのするわけだが、馬鹿めと言って差し上げよう。相手が求めていることを“恥ずかしいから”で否定するな拒絶するなアホか貴様はいや馬鹿だった、馬鹿めと言ってやるって決めたんだから馬鹿めだな、うん馬鹿め。相手のことを思いやって~だのなんだの口ではいろいろ言っているが、それはただ貴様がヘタレなだけだ。求められて断られた女性がどれだけ傷つくか、おまん知っとっちょ? 女性がどんだけ勇気を出して、好きな異性にそれを口にすると思っている。受け止める側ってのはいつだって怖いもんだ。逆なら行ける? いやいやははは、うはははは、もし好きで好きでたまらない相手が“ぐいぐい行く男が嫌い”だったら? それで破局することになったら? そういうことを相手も考えた上で口にしてるって想像してみろ。断れるものかよ。ていうか好き同士で断る理由がない。好きな相手が好きな俺に証をつけてと言っているなら躊躇は要らぬ! 突き進め男の子!
(と、思いながらめちゃくちゃ緊張している俺です)
覚悟を決めて、そっと……唇をちゅ、ちゅ……と由香里の首に当てる。と、「んっ……」なんて可愛い声が聞こえた。
んん……しかし……うーむ。
(これから思い切り、痕が出来るまで吸うんだよな。……吸うだけとはいえ、痛くないだろうか。……ここはまず、やさしく舐めてから───)
れるっ───
「ふひゃあっ!? やっ、ちょ……大樹!?」
「ぷあっ……大丈夫、驚いたり慌てたりすることないから、じっとしてて。やさしく……するから」
「ふえっ───あ、は……───……はぃ……」
首から口を離し、彼女を真っ直ぐに見つめて伝えるべきを伝える。
そう、キスマークをつけるためとはいえ、乱暴に吸ったりしたら彼女の綺麗な肌が痛むかもしれない。ので、やさしくゆっくりと、痕をつけるにしたってヘンに痛んだりしないように───やさしく、優雅に、そして力強く……!
まずはちろり、と舐めたあと、ぞる、ぴちゃ、ずーっ、ずーっ、れろ……れる……とゆっくりと、けれどやさしく舐めていく。
耳元に「んっふ!? んんぅ!? んぅっ! んー!」と涙声が混じったような、両手で口を塞いで懸命に塞いでいるような声の漏れを感じたけど、松原くんのようにしっかりと彼女を抱き締めて、びくんと体が跳ねた時は、彼女が驚いて逃げてしまわないように力強く抱き、彼女の首の一箇所を吸い続けた。
……うん、結局なんだかんだ言って、俺も彼女に自分の彼女なんだって証が欲しかったのかもしれない。唇を離し、ついてしまった唾液をれるぅ……と舐め取り、取り出したハンカチでやさしく拭う……と、綺麗についたキスマーク。……を見たら、なんだかよくわからないけど誇らしい気持ちが湧いてくる。男って単純。でも嬉しい。
そんな調子で勝手にこぼれてしまう笑顔のままに由香里の顔を見ると………………ものすげぇ真っ赤な顔で、きゅっと握った片手で口を塞ぎながら涙を零して震えていた。
…………ややっ!? もっ……もしかして冷静に考えたらキスマークなんて要らなかった、とかそんなオチが───!?
などと思っていた俺が、突如として飛びついてきた彼女に唇を奪われるのは、この2秒後であった。
由香里とする初めてのキスは友人二人に見られながらというものになってしまったものの、驚き固まる俺の視界の隅で、苦笑したあとに静かにキスをする二人を見たからか───俺ももう開き直って、好きな人とする大切なキスの時間を大事にすることに決めるのだった。
……。
おまけ的な話になるけれど。
「大樹! わたし騙されてたの!」
「へー」
鵜呑みにするなら、結局幸則は唯奈と本気なんかじゃなかったってことなのだろうか。
とある日の放課後、唯奈に校門で待ち伏せされていて、言ってきた言葉がこれである。
なお、既に唯奈に関することの大体は封印済みで、着信拒否&画像動画等はスマホからPCに移しているので、ほぼ目に映ることなどない。PCに移したものはこいつがやらかした証拠になるかも、と思ったので残してあるだけで、本当なら全て抹消してしまいたいほどだ。
と、いうか。散々俺が浮気した、みたいな話をばら撒いておいて、久しぶりに言う言葉がこれってなんなんだろう。
「へー……って……! な、なにそれ!」
「いや、だって俺もお前に騙されてたし、どの口が言うのかなーって。あとあいつがお前を騙してたからなに? それを俺に言ってくる必要がどこに? 散々俺の、ありもしない悪評ばら撒いてスッキリしたろ? まあ誰も信じなかったようだけど」
「っ……」
「話は終わり? じゃ、俺急いでるから」
「あっ……まっ、待って! 待ってよ!」
一応止めていた足を動かし歩くと、腕を掴んでまで止めてくる唯奈。……うわー、触られるのも嫌だーとかの感情さえ湧いてこない。俺、本当にこいつのことどうでもよくなったんだなぁ。いやもうさぁ、お前もさぁ、ただのクラスメイツの一人でよくない? 俺に関わろうとする理由ってなに? なんなの? いやべつにどうしても教えて欲しいかって問われたら、廊下側一番前の席の立花さんの家にいるとかどっかで聞いたようなメダカが元気かどうかくらいどうでもいいんだけどさ。ほんと、メダカを飼ってるかどうかも明確じゃないんだけど、そのレベルでどうでもいい。
「あ、の……ど、どうしてわたしのこと、避け始めたの? あっ……ていうかわたしたち、べつに別れてないよね……?」
「ん? や、お前が幸則と、“俺が浮気してた”って噂を流し始めて、教室でもいろいろ言ってくれたあと、もう近づかないでとか唯奈に近づくんじゃねぇとか言ってくれただろ? あれで別れてないは無理がある。ていうか話を続けるなら歩け。ほんと急いでる」
「え、あっ、ちょっ……」
掴まれていようが歩く。まあ話を聞くとは言ったから、ずかずか歩く俺の隣を歩こうとした時点で「話を続けるなら、手、離してくれ」って言って離してもらったけど。
「ぁ……の……話し辛いっ……」
「急いでるのにお前が呼び止めるからだろ。走らないだけマシだって思ってくれ」
「うぅ……っ……だってなかなか一人になってくれなかったからっ……! ~……あのっ! 由香里と付き合ってるって……ほんと?」
「え? ああ、付き合ってるけど……えぇと? それが……どした?」
なんで今さらそんなことを訊いてくるのかが本気で分からなくて、ふつーに問い返した。や、だって普通に謎だろ、嘘を言い触らすようなことをしておいて、その対象にそれ今さら訊く?
「な、なんで? なんで由香里と? 大樹、なにか接点とかあったっけ……」
「ある日に教室に入ったらいきなり最低ヤローって言われた。俺が浮気してるってお前から聞いたんだぞーな。接点それな」
「───!!」
「まあそんなわけだ。納得出来たならなにより。んじゃほんと俺急ぐから、また明日ガッコでな」
「まっ……待ってよ! なんでそんな他人行儀なの!? そりゃ、その、誤解とか早とちりで、浮気してるとか由香里に相談とかしちゃったけど、怒るでもなくそんなに普通なの、なんで───!?」
「ああうん。俺お前のこと確かに好きだったけどさ、それが反転したらどーでもよくなったんだよな。俺自身、こうまで興味がなくなるとは思わなかったよ。今の俺の中じゃ、お前って人の悪口言って陰で笑うただのクラスメイト~って感じだ。イジメをいじりだ~とか言う勘違い陽キャの一人、みたいな……まあ、そんな感じ。そんなわけでもう走っていいか?」
「そんな……待って! 話を聞いてよ! そりゃ……も、もう元カノ、って関係かもしれないけど、困ってるの、話、聞いて……!」
「話があるなら走ってくれ。ていうかどうしても今日じゃなきゃいけないならそっちが合わせてくれ。こっちは前からの約束があって急いでるんだ」
「だって……! そっちが着信拒否とかするから連絡できないんじゃない! 言伝頼もうとしても、友達もみんな“いや無理”とか言うし! 友達でしょって頼み込んでも“や、そこで友達って立場を盾にするのは違うと思う”とか言うし! 直接話そうとしたって大樹、いっつもいっつも沙耶とか由香里とか松原くんと一緒に居るし!」
えー……俺ただ恋人と、その友達との会話を楽しんでただけなのに、何故キレられているので……? や、お前も幸則とお楽しみしてたんでしょ? それで俺だけを怒るっておかしくない? ……と、思ったので、思ったことを言ってみた。……ものすげぇ気まずい顔された。
ていうかクラスメイトの皆様方、ほんとみんなあくまで深い興味を外しただけで、クラスメイトとしての最低限の付き合いは続けてるんだなぁ。
「むしろ浮気してるとか噂流されて、急に最低ヤローとか言われて、なんで普通の関係が続くって思ってるのかが謎でしょうがないんだけど。いやいーよ、俺最低ヤローなんだろ? お前の中じゃ俺が浮気したんだろ? いーよ、幸則と仲良くしてればいーじゃん。むしろなんで俺のところ来るんだよ。もうただのクラスメイトだろ? お前の中じゃ浮気したクラスメイトらしいけど」
「ち、違うの! 擦れ違いがあっただけなの! ほ、ほら、あの頃、大樹って急に勉強しだして、わたしの話とか全然聞いてくれなかったでしょ? そのあと、その……ほら、えと、……図書委員の女子と話してるとこ見ちゃって。それで浮気してる、とか思っちゃって」
「───」
ああうん、こいつの接触から逃げるために勉強に走ってた時、確かに図書委員の女子と話した。『この図書室で一番静かな場所ってどこですか?』『あっちの窓際ですけど』『感謝』……これだけであるが。わー……これって浮気なんだなぁ。世の中のカップリャって大変だなぁ。
「そっか。でももう別れたんだからどうでもいいことだろ? お前も幸則に守られてとろけた顔してたようだし」
「ちがっ……違うの!」
「いやうん、違うとかどうとかいいからさ、えーと、本題なに? 家に着く前に終わる? なんなん? ほんと」
「~……わ、わたしたち、やり直そ?」
「や、俺由香里と付き合ってるって言っただろ? 今すごい幸せだから無理」
「待って! 違うんだったら!」
「違うとかどうとかはいいったら。他に用は? やり直しは、絶対に、無理だから。で、他には?」
「……な、なんで!? なんでそんな冷たいの!? 誤解だって言ってるじゃん!」
「理由話して納得出来れば関わらない?」
「…………聞いてから決めるから、そんな理由があるなら言ってみてよ」
「そかそか。じゃあ───数ヶ月前。放課後。イトバシホテル」
「───」
びしり、と表情が固まり、みるみる真っ青になる元カノ。そんな彼女にクラスメイトへ向ける最上の笑顔を向けて言う。
「あ、ちなみに出て来た先でキスしてるところも動画で撮ってあるから。あー……納得できた? ってわけで、俺べつにざまぁとかに興味ないし、いやほんとお前に対する感情とか幸則に対する感情、あれを見た日に消滅しかけて、翌日にお前らがフツーに話しかけて来た時点で完全消滅してるから。気分が悪いって言って突っ伏してた理由も分かったろ? んで、勉強とかに走る理由も分かっただろ? むしろなんでフツーに話しかけられてたのかが俺の中じゃ一番謎だったんだけど……まあ、今となってはどうでもいいよな?」
どう? と訊ねてみても、真っ青なまま。このまま走り去りたかったけど、納得したかどうかを聞いてない。こういう輩はきちんと言質でもなんでも取っておかないと後々面倒だと聞いたことがある。
「まあうん、そんなわけで俺、お前らが浮気がどーだか言い出すずっと前にお前とは終わったって思ってたし、関わり合いたくなかったから、関係の自然消滅を願ってただけなんだ。むしろお前さ、俺が誘ってもダメで幸則ならよかったなら俺なんて眼中にないってことじゃん。納得出来る理由? お前が俺よりあいつを選んだ。それだけだろ? 違うとは言わせないし、言ったりこちらに迷惑かけるってんなら全力で潰す。あのな、俺、お前に興味がない。俺が行動したことでお前がどうなろうと知ったこっちゃない。分かる? 関わってくれなきゃそれでいいから」
「……ぁ……ぅ……」
「お前は幸則を選んで、ラブホから出てきてラブホ前でラブラブキッスをしてた。いやぁ俺も見たことがないくらい幸せそうな顔してたぞお前。良かったな。だからさ、もういいだろ? 俺も幸せになる努力、してるところなんだよ。きっぱり言うなら邪魔しないでくれお願いだから」
「~……ま、……って……待って、おねがい……図々しいのはわかってるし、酷いことしたって思ってる……! でも、こんなこと相談出来るの、もう大樹しか……!」
「もし浮気されてる~とかだったら俺に相談はお門違いだ。ていうかあいつ、俺がした“恋人でも出来たか?”って質問を否定してたから、お前のことセフレとしか考えてないかもだが」
「!?」
「……それとも、あぁ、その、なんだ。高校に通わせてもらっている身分で、まさかのお子が出来ちゃった……とか?」
びくん、と肩が跳ね上がった。お前マジか、そのくせ俺と復縁とか言ってたのか。頭大丈夫!? え、ちょ、怖い!
「あー……ったく……! あのな、だったら、自分と相手の両親に相談しろ。相手が否定して逃げてるようなら、それこそ幸則にじゃなく相手の親に相談しろ。同意の上での行為だったんならお互いに責任があるし、勝手にスキンせずにしたのがあいつなら責任取らせりゃいい。お前から誘ったなら誰に相談してんだフルボコルぞこのタコ」
「……っ……ど、どうしても、って……幸則が……言って、きて……」
「はい親に相談一択。激怒されようが泣かれようが、叩かれようが殴られようが相談して、責任取らせろ。ていうか本気の本気で俺関係ねぇなおい……。堕胎するか産むかも俺には関係無いし、俺が考えてやる理由もまったく分からんのだが……。……とにかく。産むんだとしたら、いつかDNA鑑定でもしてきっちり幸則に責任取らせちゃれ。いいか、お互いだけで解決しようだなんて絶対に思うな。家族巻き込め。でも俺は巻き込むな。あのな、ほんとマジで言うけどな、俺関係ないにもほどがあるぞ? なんで俺しか相談出来る人が居ないとか言うんだよ、これ聞いたら胸がざわつきすぎて、ほっぽっても後味悪いやつじゃねぇか……ほんと心の底から恨むぞてめぇ……!!」
「で、でも、お父さんとお母さん、絶対に許してくれない……!」
俺の悲しみはフツーにスルーされた。
あの、ここで俺が絶対に許さなくていいですか? お前俺に相談してるんだよね? 言うこと無視するなら他の人に相談してくれません?
「許されることをやったって思ってるんなら前提が違うわアホウ。許されないことをやったのになんで許されること前提を願ってんだアホか。いいか、熱心に願われたからって許すのもアホだが、その後のリスクも考えないでやる方がもっとアホだ。結局は男が出さなきゃデキないんだからな。だから逃がすなよ。婚約しているわけでもねーのに授かりものを授かる行為を安易にするからそうなるんだよ。ああちなみに。高校生がラブホ行くのは法律で禁止されてるから。それについても全力で叱られてこい」
「!? う、うそっ」
「じゃあ俺もう走るから。もう関わり合うことないと思うけど、幸せにな。俺はべつにお前のこと嫌いじゃなかったし、恋人関係だって思っていた頃は全力で尽くしてきたつもりだ。でもお前はあいつを選んだ。……分かるだろ? あとはお前らの問題であって、ただのクラスメイトの俺に相談するようなこっちゃない。やり直しの話は妄言だったってことで忘れるから、お前はお前がしたことの責任を取ってこい」
「…………」
唯奈は俺を見て、涙を溜めて、こくりと頷いた。
「ごめん。ごめんね……ごめん。初めはね? 大樹のこと相談してるだけだったんだ……。でも、親身になってくれるのが嬉しくて───」
「じゃーなー」
「───って、えぇええええっ!?」
今さらそれ聞く意味がございます? 結果しか残らないだろ。結果が今だ。もう決着ついてることに過程なんて持ってこられても、今さらなにも出来やしない。相談してる時に無理矢理襲われたんだとしても、ラブホ前では幸せそうだったんだから何も言うことはない。ほれ、結果しか残らない。あ、でも。
「あ、そうだ。最初の関係を持った時ってのが無理矢理だったら、それただの犯罪だからポリスに突き出すことも出来るぞ。のらりくらり逃げようとしたらそれを相手の親に言ってやれ。あ、話し合いの時にお前と幸則のスマホをお前の母親にでも預かってもらえ。んで、強引になんてやってないーとか言い出したらメッセでのやり取りだのなんだのを親に見せてやれ。ゲッスいメッセとかあったら動かぬ証拠になるから」
……言ってやると、唯奈はぼろぼろぼろぼろ涙をこぼし、こくこくと頷いた。頷いて、ごめんごめんと言い続けた。……まあ、クズにいいようにされて、そんな“いけないこと”にいつしか酔ってしまいましたってパターンのようだ。まあ、もしかしてとは思った。想像しなかったわけではないけれど、ラブホ前の唯奈があんまりにも幸せそうだから、その線はない、と思ってたんだけどな。断られ続ける関係の中、いつしかこいつは結婚してからじゃないとそういうことはしたくない女の子なのかも、なんて思っていた頃が懐かしい。そうなれば、もしかしたらって考えてしまうこともあったわけで。そしてビンゴだった。相談って体で二人きりになって襲うとか……いやー、かつての友人がクズでした。
でもこれで完全に無関係だ。自分のものにしたいって気持ちがあったから行動に出たんだろうし、女性に手ェ出しておいて出来心で~は通じねぇぞ、幸則よ。責任を取れないっていうんだったら唯奈の父親がフルボコってでもなんとかするだろうし。
「んじゃ、もう忘れようか」
一応浮気の証拠などは残しておく方向で。
そして家に帰ったら、おうちデートをするのだ。そういう約束になっている。むしろガッコで用事を頼まれなければ一緒に帰って、そのまま俺の家で、部屋で、いちゃいちゃしましょって話だったのにちくせう。まあそんなわけで、由香里は一度帰って着替えてから俺の家に来るらしい。今日の私腹姿、どんなかなぁとわくわくしながら、家路を急ぐのだった。
なお、幸則くんは本当に唯奈嬢を好きだった模様。
そんな彼女は、HAJIMETEはとっくに大樹と経験していると思って、相手の話も聞かないままに奪ってしまった。大後悔時代の到来である。
結婚初夜までとっておきたかったものを穢され、そういうものの全てを好きな人にあげるつもりだった彼女は、ここから曲がっていったとさ。ようするに〝奪われたのではなく……”と、そういう風に思い込むことで精神の自己防衛を開始。その先で好きになろうとしていたと。
そうして習慣自己催眠みたいに自分に言い聞かせることで、確かに好きにはなっていったのだけれど……そんな彼女を嬉しく思いつつ、なにかが欠けていると感じていた幸則くん、やっぱり俺じゃだめなんじゃ……と思い、大事な話があると唯奈さんにメッセ。
別れ話をしようと落ち合ったら“子供が出来たの”と告げられ大混乱。本当に好きだから全ての初めてが欲しいとイケナイことまでイタしちゃったわけですが、その一発でまさかの。
責任を取ろう、と覚悟を決めようとするも、動揺と、互いの親になんて言ったらいいんだなどといろいろなものが一気に押し寄せ、爆発。ひどいことを言ってしまい、唯奈さん、泣きながら逃走。追おうと頭では考えたものの、足は動かなかったんだって。
あとは本文の通り。裏切られた、騙された、愛されてなんてなかったんだと思った唯奈さん、かつて誰よりもやさしさをくれた元彼の許へ。浮気の愛に溺れて裏切り、ひどいことを言ってしまった相手は、それでもかつてのようにやさしい顔でそこに居た。そんな顔を見たら、なにかしらを許されたくなったんだって。なんでもいいから、些細なことでもいいから許されて、やさしくされたかったんだとか。そして全部知られていたことを知り、絶望。許された、やさしくされたんじゃなく、興味がないだけなのだと知ると、もう追えなかったようです。ただ本当に申し訳なくて泣いてしまったと。今では幸則のことが好きだけれど、あの時死に物狂いで抵抗していたら、どんな未来があったのだろうと思わずにはいられなかったらしいです。
のちの両家の家族会議ではまず先手でYUKINORIが「娘さんを俺にください!」と言ってガンスト(顔面ストレート)を欲しいままにした。まずは誤解を解くところから始めるべきだったそうです。まあ、楽ではないけれど、なんだかんだ幸せに向かって頑張っていっているようです。
大樹くんと由香里さんは呆れるくらいに距離が近く、甘える側と尽くすくらいに甘やかす側で綺麗な需要と供給が出来ているらしく、相性がいいそうです。
おうちデートで念願の胡坐掻いた足に彼女を乗せて、後ろから抱きしめて頭を撫でる、をついに達成。今では体重を預けてくれるくらいに甘えてもらっていて、村瀬大樹の傍ではとろける一ノ瀬由香里は、学校でも外でも家でも大樹にべったりすぎて胸やけがする、などと教師にさえ言われている。