死にたくなるほど世界を嫌いになったことはありますか?
注意。残酷描写、暴力描写があります。
気づけば真っ白な世界に居た。
途端、あ、これアレだ、死後の世界だ、なんて思った。
「斎藤憧さん。あなたは不幸にも死んでしまいました」
「あのー、あなた死んだ人全員にわざわざそれ言ってるんですか?」
「………」
思ったら、きっと言われることを想像して、実際言われた途端に言ってみたかったことを言った。……ら、困ったような雰囲気を出された。そりゃそうだ、世界中で、一日に人が何人死んでいると思ってるんだ。
「若くして死んでしまったあなたには、地球とは異なる世界……いわゆる異世界へ飛んでもらい、そこで活躍する機会を与えたいと思います」
「え? いや、なんででしょう。死んだならもう休ませてくれませんか? せっかく義務だの人間関係だのの面倒なことから解放されたっていうのに」
「………」
今度は悲しそうな雰囲気を出された。
「あ、あの。チート能力もつけられますよ? 魔法を思う存分使えるぞーとか、剣を誰よりも上手くさばけるぞーとか。それで魔王を倒してくれませんか?」
「そういう能力は現地人にあげてください。なんでわざわざ別世界の人巻き込むんですか」
「頭の中がそういった能力に順応しやすく、受け入れるという人が多いからです。特に日本人はとてもそういったものに順応、適応力が高く、理解も広い。だからです」
「………」
じゃあ現地人で適応力の高い人探してくださいよ。そう思ったけどやめといた。だってこのお方、ただ案内を任されてるだけっぽいし。
神様って本当に居るんでしょうか。こういう場所に死んでから飛んだとしても、いまいち信じられない俺が居る。近所の神を微妙に信じてるかもしれないこともないお兄さんも、「神を信じる前に自分信じてみ。自分さえ信じられない、個ってものを持ってない奴がなにかを信じたって、どう足掻いても利用されて滅ぶだけだから」と人生を気怠そうに生きつつ言ってたっけ。
「ブラック企業をやめりゃあ何かが待ってるって思ってたけど、思ったよりも自分の周りにゃなにも無かったよ。ストレスからは解放されたのかもだけど……なぁに楽しんで生きるかなぁこっから……」と死んだ目で。
「あの」
「はいっ? 転生ですかっ? チートですかっ?」
「神様って居るんですか?」
「はいもちろんですっ! いえまあもっとも忙しくてここ数百年はお顔を拝見出来ていないそうですが。わたしは出会ったことさえありませんっ!」
「…………」
「あの?」
「……神様がチートを容認して、現地で必死に努力して魔王をなんとかしようとしてる人を蔑ろにする世界になんて、俺行きたくないんですけど」
「あー……ですよねー……。で、でもですよ? チート能力で引き延ばさないと日本人なんて簡単に潰される世界なんだそうで……チートありきでないとさすがに案内なんて出来そうにありません」
「でも貰い物の力で“俺最強~!”とか言っても、気づけばその世界の誰より生き物殺した存在になるんですよね、最後は。時にはこんな風な姿勢でキメた方がウケがいいかもとか決めポーズとか取りつつ殺される誰かも出てくるわけですよね。誰より努力してきた現地人が、ぽっと出のどう見てもヒョロガリ野郎がヒョロガリマジック無双とかヒョロガリブレード無双とかした所為で、気づけば強くなるための努力がおべんちゃらを放つ努力に変わる姿とか俺見たくないです……」
「うぁああ……それは私も見たくありません……! え、えぇえ……? 日本人ってこう言えばみんなノってくれるんじゃないんですか……? 話が違いますよぅ先輩……!」
「おや、もしや初めての担当様で?」
「あ、はい。実は転生者を管理するのは今回が初めてなんですが……あ、別にわたしの勤務期間と神様を拝見した期間はまるで関係ありませんよ? むしろ私、超新米ですから。つい先ほど仕事を任されたばかりのホヤホヤの新米ですから」
いえ、べつにそれはいいのですけど。
「とにかく、どうにかしてチート受け取って異世界に降りてもらえませんかね。わたし、さすがに一回目から失敗は辛いんですけど……」
「じゃあ強さを無限に譲渡出来る能力をください」
「現地人強化する気満々ですね!? 無理ですからそんな能力ありませんから!」
「えー……? じゃあどんな感じのがあるんですか? “女性に関わること以外で”」
「……あの。もしかしておホモなお方ですか?」
「いえ、ただ女性の気持ちをガン無視して能力で惚れさせて、自分がいい男だと思い込んでる悲しいオスが嫌いなだけです」
世間で言うところの善行? を積んできて、それが認められて死後に幸せになる~とかならまだわかる。うん、あなたは頑張った。転生先でも頑張って人に好かれる努力をして、その先で能力関係なく好いて好かれて結ばれる。とても素晴らしい。
でも前世でクズで来世でチート使って女性をモノにする男って……あの、はい、うん。そういった漫画やラノベを見たことある俺が言うのもアレなんですけどね? ほら、途中でこう……もんのすごーく上から目線で女性を罵倒したり俺様発言したりするじゃないですか。前世でいじめられたーとかひどい目に遭わされたーとか、そういう人の心の闇が思い切り出ておりますじゃ。
“なので来世で能力使って女性を犯します”はなんか違くないですか?
ひどい目に遭わされました。復讐がしたいです。同じことを仕返しして思い知らせてやる。なんてことを考えときながら、女性を犯すとかアホでしょ。なに? アータ犯されたの? 違うでしょ? これだから激怒という素晴らしい感情論に性別持ち出すクズはまったく……。
俺もまあイジメられた経験あるよ? 嫌なことが重なって、死にたいなとか毎日思ってたこともある。でも脳内でブチ殺すイメージは散々しても、本当に殺したいというか……実行したいと思ったことは…………あったわ。まあ、そりゃあるわ。だってクズだもの、ヤツら。なんか急に陽キャ陰キャ言って区別し出すし、迷惑かけてるわけでもないのにいきなり存在がキモいとか言い出してくるだろ? なんでそこに居るだけなのに、わざわざ自分達からちょっかい掛けにくるのかね。
でも膝蹴り抜いて顔面殴り抜いて床に叩きつけたあと顔面潰れるまでマウント取ってボコりたいとは思っても、犯したいとかちっとも思えなかった。いじめだのなんだのしてくる外道ってさ、なんかこう……男女とかさ、ほら、性別? 考えられなくなるんだよね。こいつはただのクズだ、としか思えなくなる。
真にクズだって思える理由なんて、“ただの思い付きや気まぐれで人の人生を台無しにした”ってだけで十分なんよ。
まあ、それとは別にいじめの主犯格がさ、○○をすれば○○を抱かせてやるよなんて言ってきた時、なに言ってんだこいつ、って思ったし……言われて目を向けられたそいつの女が、ケラケラ笑いながら軽くボタン外して挑発してきたときなんか“あ、こいつ殴ろう”って思ったもんだ。いやさ、だって気持ち悪くない? こっちは激怒してんのに性的に挑発とかさ、人間の怒りナメくさってるだろ。や、実際正面から渾身の力で殴り抜いたけど。いやぁ、いじめってほんとクソですね。いじめ自体もクソだし、笑いながらそれをやってくるヤツもクソです。
でも人間死ぬ気になりゃあまあまあなことは出来るもんだ。 提案される前に、絶対に殴り尽くす気満々だったし、主犯格は絶対に殺すって決めてたけどね。……? や、冗談とかなじゃなくてね? 人として、絶対に殺すって、決めて向かった。嘘はない。絶対だ。
「ところであなた様は俺の死因、知ってます?」
「いじめっ子を巻き込んで窓から、ダイブですね」
「当たりです」
トラックに轢かれて? まさか。そんなトラックの運ちゃんの人生をブチ壊す死に方なんて許しません。
人の人生をブチ壊してゲラゲラ笑えるいじめっ子クズを巻き込んで飛んだのだ。
その前にはどれだけ集団でボコられようが、その場に居たいじめっ子全員を殴った。や、まあそりゃもうひでぇって思えるほどにボッコボコにされたけど。
殺す気で行きゃあ案外クソ力も出せるもんだ。どうせ家族居ないし、金ももうやばかった。生きていく希望なんてなかったし、そんな俺を狙っての、“他人を利用して”のいじめ。そりゃ、全力で潰すでしょう。殺す気で行くのも当たり前だ。
相手はただいじめるため。自分らが俺より上なんだってマウントを取って、おお悦に入る……! って上機嫌になりたかっただけだ。アホだねぇ、殺す気で向かう存在を相手にイジメのつもりで向かうなんて。一緒に飛び降りた時のヤツの悲鳴は本当に人間じみてて一番素晴らしかったと思うよ。ようこそ、男も女もない、人間の世界へ。そして死ね。
「胸元を広げて挑発してきたJKの顔面をストレート。倒れたところに踏み付け大将軍ばりの顔面ストンピング。怒鳴って殴りかかってきた男子に姿勢を低くして抱き着いて勢いのままに前方へ跳躍、倒れた男子の腹に全体重を乗せたダブルニープレス。悲鳴を上げる男子の顔面に頭突きをして痛がって横向いて丸まったところへ脇腹への跳躍ニープレス……掴みかかってきた主犯格の腕に噛みついて、皮膚を噛み千切って、悲鳴を上げて下がったところへ渾身の急所蹴り。倒れたところへ椅子を振り上げての凶器攻撃に……止めに入った女子の顔面にやっぱりグーパン。鼻血を出して痛がりながらも罵声を浴びせるその子に躊躇いもなくナックルナックルナックル。やがて、やめてと言い出したその子に、大真面目に質問を投げる。“なんで自分はやめてもらえるだなんて思えんの?”と。そして拳。その頃にはなんとか持ち直した主犯格の男が、椅子を持って調子に乗んじゃねぇぞクソが、ブチ殺してやる、などと言いつつ攻撃。で、あー……」
「殺しにかかってくるなら殺しますよね? ていうか元々殺しにかかってる俺相手にイジメでかかるとか、本当にアホですよね」
「……近くにあった椅子を主犯格の男に投げて、怯んだところへ膝の皿を砕く正面からの蹴り。当然絶叫。倒れて痛がってるところに顔面ストンピングの嵐。抵抗も反応も薄くなったところで人命救助訓練の際に教えられるように腹の上に置かせた腕を背中側から掴むと、窓までズリズリと引きずっていって……」
「懇願も失禁脱糞も無視して一緒にダイブです。やぁ、奴らの集会場がガッコの最上階の空き教室でよかったようんよかった。お陰で素敵な悲鳴を聞けた。なにする気だてめぇとかふざけんなとか言ってたヤツの怒声が、やめてくれ俺が悪かったごめんなさいごめんなさいに変わっていく様といったらもう」
「うわー……」
男女平等パンチなんて言葉には微笑みを向けましょう。真に殴りたい相手に性別なんてそもそも考える必要なんかございます? ござーません。ていうか心の底で“殴る!”って決めたら女だからどーとかなんて考える奴は居ない。と、俺は思う。世間体だの立場だの、そんなものはそうしたあとにそれがある奴が考えればいい。その後、なんてものが無い奴は遠慮なんてする意味がない。
だから……いじめられし者よ。自殺をする勇気があるのなら、殺す気でかかろう。遺書もしっかりクソ詳しく、いっそドン引くぐらいにびっしり詳細に書いて、もう無理だわ、的なことを親にも教師にも相手親にも言うのもありかも。それでも状況が変わらない時。
いじめっ子と一緒にダイブ出来る仲になろうぜッ☆
自分ごと殺すなら自分が一番恨んでるヤツがいいよ? そいつを殺せるなら我が命なぞくれてやる! って気持ちで立ち向かおう。余計なことは考えんでよろしい。なにもせず死ぬくらいなら共に死ね。俺はそうした。手段なんざ選ぶな。相手を殺すと決めたなら相手の何処だって噛み千切ってでも隙を作って踏み潰せ。踵は対人の素敵な武器でございます。
「で、こんな人殺しが転生して現地人蔑ろにして魔王を倒すとかちゃんちゃらおかしいんですが」
「それ自分で言っちゃいます?」
「いやきっと魔王にも事情があるんですよ。なにかそもそも人間が原因の過去とかがあるんでしょどーせ」
「いえ、魔王はそもそも会話が成り立たない生粋の魔物ですし、食事のために人間を襲ったり面白半分のハンティングのために人を襲うことだってあります。食事と言ったって部分だけ食って食い捨てる、なんていうのも結構ありますし」
「うわぁ、自分が思う異世界転生ものよりよっぽど魔王が魔王だった」
「あの。魔物の、王なんですよ? 魔物に決まってるじゃないですか。百獣の王に言葉が通じますか?」
「それ聞きたくなかった」
「大体、常々思っているんですが、転生者はちょっと夢を見すぎだと思うんです。いえまあ今回初めての担当のわたしが言うのもなんですけど、これまでの先輩方の話を聞くに、やれ精霊使いの能力を得て~だの女神を召喚出来る能力を~だの。精霊や女神様に大変失礼な上に、そもそも───」
「うん、ていうかさ、」
「「実際の精霊や女神様が人の形してるわけないでしょ」」
「………」
「………」
やっぱり。
思ったことない? 人間なんぞよりも超常の存在がさ? 人間の姿してるなんてなんで思うの?
中には人を見下す精霊妖精神様女神様、いろいろおりますよね? 見下す超常な奴らどもが同じ姿形してるわけないじゃない。そんな存在らとねんごろに、とか……うん、いや、うん。趣味がこう、向けば、ありって言えばありなのかもだけど。
獣人は“人”がついているからまだわかる。でも妖精精霊神様女神様はそもそも違うと思う。
そして超常の存在の全てが美しく描かれているのも納得いかん。なんだあれ。
あ、ちなみにこの案内のお方、人の姿してないです。なんかね、こう、なにかの輪郭みたいなのがこう、光ってる感じ。
「……あの。提案なんですけど」
「聞きましょう」
死後の水先案内人……人じゃなかった。水先案内光? さんが、提案を口に……口、無いな。は、発声……する? 発声だな、うん。
「なんか思ったより死後の案内ってつまらないので、私はあなたについていきます。で、サポートとかしますので転生先で魔王をブチノメしませんか?」
「具体的にはどんなサポートですか?」
「チートがいらないそうなんで、まあ死にそうになったら癒す程度のサポートですよ。死んでも蘇らせることが出来ますけど、どうします?」
「あのー……それ、それこそ現地人の頑張っている人をサポートすべきでは?」
「……いえあのー、私もですね、何度もあなたにそう言われて、今までこの世界でそういった感じに導こうとした先輩が居なかったのか調べてみたんですけどね。ほら、一応担当になったわけですから、世界の情報くらいはと」
「はい……」
「……そしたら、どれだけ教えても竹槍構えて突撃するしか脳の無い人しか居ないみたいで。そりゃ、どれだけサポートしようとしても魔王が優勢なわけですよ」
「………」
「………」
あのー……。俺、そこ行きたくないんですけど。
そんな言葉が表情に出たのか、光もなんだか輝きを薄めてデスヨネーな空気を絞り出していた。
「そ、それってなんとかならないんですか? 言葉が通じないわけじゃないんですよね?」
「よくある学園ものの、成績はいいのに常識って方向では頭が悪い、俺様こそが正しいと思い込んでいるカマセ役」
「え? ……えと? それが、どう……?」
「武器を手にする全員が、そんな性格だとしたら?」
「すいません、魂消滅してもいいんで、そこに行くのだけは勘弁してください」
「どうにも戦闘意識を高めると、自動的にそんな性格になってしまうようでして。一種の呪いですねこれ」
「じゃあ戦闘意識を高めずに、まずは事情を説明してみせるとか」
「無理です。転生名物として、なんか異様に知能が低い驚き方と褒め称えられ方がセットで返ってきます」
「……た、たとえば」
「“すごいです”や“さすがです”はもちろんのこと、もしや天才かとかこんなことが可能だったとは……とか無駄に壮大な驚き方をされます」
「あのすいません、ほんと嫌なので勘弁してもらえませんか? チートで褒められるとか嫌なんですけど。だってそれ、そこでいうカマセさんの言葉がピッタリそのまま当てはまってるじゃないですか。不正だーとかイカサマをしているんだろう、とか、そんなキャラを漫画やアニメで見たことはありますけど、正直“うわー、すっげぇ正しいこと言ってるなぁ”としか思えませんでしたし」
「いえ、けど転生して頭脳系チートを貰わなかった人に、それは当て嵌まらないと思いますけど……」
「いやあのー……よく考えてみてください。普通の人は、一度人生が終わればそれで終わりです。知識と経験持って人生やり直し、なんて、それが一番のズルだってなんで案内人さんが分からないんスか……。不正はしてない? してるでしょ、産まれた瞬間から」
「……うわぁ、普通に受け止めすぎてて、思いもしませんでした。そうですよね、それがなによりのチートでした。あの、ということは転生していただけないのでしょうか。もういっそ付いて行くことを名目にこの案内係をやめられるならそれでいいんですけど」
「えー……」
やだなぁ。……うわ素直な言葉が心に浮かんだ。やだなぁ。や、その世界に行きたくないって意味でね? この光さんはべつに嫌な感じとかしないし、むしろ温かな感じなので、一緒に居たいとは思うんだけど。
「もうそこ魔王国っていうか、魔王世界でいいんじゃないですか? ずっとそんな戦いが続いてるなら、双方ともに学ぶことも得るものもなさそうだし、いずれ自動的に滅びそうですし」
「なかなかにえげつないこと言いますね。まあそんな世界だから私に回ってきたんでしょーけど。でもまあ私もいいかなぁ……誰かが救ってくれればそこから作られて行く世界を眺めていよう~なんて考えてたけど、救ったって残るのが性格カマセの人類とか楽しみが全然無いし……え、えっと、カマセくんはほっとくとして、カマセさんを負かして愛をはぐくんで、キミの血で性格を変えて行く気とか……無いかなッ!」
「ないです」
「愚問でした。あと言った自分が不思議なくらい、吐き気がするほど腹立たしいですドチクショウ」
むしろ愛が育まれるどころか、発芽し育むための種すら現れる未来が見えない。
どんだけ外見が良くても性格が拷問レベルじゃ毎日が地獄になります。毎日が辛い!
いずれ魔物の方がまだモフれたわ! とかそんなことになるんじゃないでしょうか。いやまあ俺自身も性格がいいとは思えないのでどっちもどっちだろうけど。
こんなこと考えてる時点でヤバいよね、魂ごと来ちゃったほうがいいんじゃないでしょうか。
「ということで、俺はべつにどこぞの世界を俺の色で染めてやろうとかそんな気はこれっぽっちもないので、このまま眠らせてくれませんか? それが無理なら争いがあってもなくてもいい世界で俺だけは健康な老人みたいな生活が出来るチートをください。あ、他との交流とかべつにいいです要りません」
「鬼つまらない生活じゃないですか!?」
「いやもうそういうのいいですから。もらいものの力で無双とかしたくもないし、そんなんでなんか急に女性に惚れられても空しくなるだけでしょ? 洗脳催眠の類だってもし自分が相手側にやられたらとか考えると吐けるレベルの所業だし、女神様に頂いた力で僕はキミたちを救ってみせるー! とか急に現れた勇者に言われて、今まで努力してきた自分たちが他の奴らにヒッソォ……と愚痴られる未来とかどーですか。泣けますよ実際。助けられる命があるなら助けたいですよそりゃあ。女性が襲われてる~とかだったら正直助けてあげたい。それでなんとか助けられて、好意を抱いて貰えるのは嬉しいってどうしても思っちゃうと思いますよ。……でもですね、それで好意を持たれても、じゃあその後は?」
「……エ? その後?」
「女性助けて惚れられて、完。じゃないでしょ、人生って。助けたってだけで一生恩に着て好意を持ったまま傍に居てくれる人なんて絶対に居ません。もっと大事な人が出来ればそっちに行くのは当然で、好かれる努力をどれだけしようが、相手にとってのその努力が好意を育てるものじゃなければなんの意味もありません」
「そうですね。なんだか知りませんけどよく分かります」
そうだとも。生前の俺がそうだったし。
たまたま痴漢から女性を助けました。好意を持たれました。好かれる努力をしました。相手もしてくれました。好き合いました。告白されて、付き合うこととなりました。でもどうしても好きな人が居て、その人に嘘をついたままでいられないそうでした。で、別れました。完。
ありがたかったのは、彼女がちゃんと誠実だったってことだ。好きな人が居るってちゃんと俺に謝って、別れてから、好きになってしまった相手に告白した。結果は玉砕。結ばれることはなかったけれど、だからってそれからの俺と彼女の関係が戻ったわけじゃなかった。
偶然ばったり出くわすことがあって、気まずい雰囲気にはなったこともあったけど……きちんと話もして、フラれちゃった、なんて涙ながらに笑って、ごめんねって言って。言葉で慰めもしたし、それからの応援もした。
彼女の瞳が潤み、揺れた瞬間を覚えてる。けど彼女は唇を噛んで、寄りかかってくることなく微笑んで、ありがとう、○○も頑張って、と……きちんと別れを告げてくれた。
……まァ~ァァァその場面をたまたま通りがかったメイツに見られていたらしく、そこからイジメが発生するとは誰も思わんよなぁ。ていうか俺があいつをこっぴどく振った、みたいな誤解が飛び交って、俺もあいつも否定したのに、始まったことは消えず、理由なんてどうでもよくてきっかけが欲しかった馬鹿どもはこうしてそういった行為に走り、仲良く俺と潰れたわけだが。
イジメっ子ってアホだねぇ、なんで自分はそれをして、仕返しされないなんて思い込めるんだろうね。人ってねぇ、男や女で居るうちは我慢が効くけど、限界迎えてただの人間になれば、相手が誰だろうが排除しようって思えるもんなんだよ? 大体の人が我慢出来るままに自分の命を断っちゃうけど、その多くの理由は残していくものがある場合だ。“自分にはもうなにもない”って人間なら躊躇なく“人”に戻れる。
「というわけで、なんかもうその世界がどうなろうとどうでもいいので、平和に生きられるチートをください。ダメっていうならそんなもんは“チート”でもなんでもないですよね」
「うん……私もそれでいいかなぁ……」
妥協した。考えてみればチートはチートでも、戦わなきゃいけない理由とかないし。
自分が平和に暮らせるならそれでいいじゃない。
「あ、でも……一応規則的な世界転生の原則として、魔王は倒してほしいなぁと───」
「じゃあ魔王が寿命で勝手に死ぬまでの余裕で生きていられる来世をください」
「倒すってそういう意味じゃなくてですね!?」
「えー、もういいですよ、俺と魔王って実はどちらが長生きできるかって宿命を背負って生まれ落ちたんですよ。だから一秒でも長生きすれば俺が魔王に勝ったことになるんす。はいこれにて魔王討伐完了」
「そ、そんなやり方が神様に受け入れられるわけ───ぇ、ぇぁえっ!? かか神様っ!? えっ!? 聞いてらして……え? ……えぇっ!? いいんですか!? OKなんですか!? え、えー……!?」
なんか光が灰色になったり輝いたりと忙しい。
けれど願いは通ったようで、俺の体が急に足元に現れた輝きに飲まれてゆく。
「……はぁ。それでは斎藤憧さん。あなたのこれからを応援させていただきます。あちらでは是非とも、平和な生活を───」
「や、シャイニングさんも来るんですよね?」
「シャイニングさん!? って、どうして私のところにも光が!? 神様!? え!? 神様ー!?」
「受理されたようでなによりです」
「………………はぁああ……わかりましたよ覚悟決めます。どーせあまり向いてないなぁって思ってましたし」
「ですね。人の形してないくせに、人に近すぎるんですよシャイニングさん」
「あの……結構存在として丸出しなのかもしれませんけど、そのシャイニングさんやめてください」
「じゃあ光で」
「…………そのまんまなのに、なんであなたにそう呼ばれるのが嬉しいんでしょうね」
過去にね、イジメがあったんです。過去っつったって生前の話で、俺の前に自殺しちゃった子が居たってだけ。第一発見者は俺で、俺は誰に知らせるでもなくイジメっ子のところに乗り込んだ。ただそれだけのお話。俺の前に自殺しちゃったそいつが、死後どういった扱いを受けたのかは知らんけどさ。目の前のシャイニングさんの声も性格も彼女を思い出させるようなものなら、それでいいと思うのだ。
「光ってなんで急に死後の水先案内人を始めたの?」
「知りません。視界が広がった途端に記憶を植え付けられた感じですかね。自分にはこういう先輩が居て、こういう面倒臭い世界があるからお前が担当するように~って」
「なるほど」
「ところで斎藤憧さん」
「ショウでいいよ」
「ではショウさん。…………いい響きですね。なんだかとても呼びやすいです」
「ありがと。ちなみに憧はドウとも読めるからって、サイトウドウサンとか呼んではいけません」
「? はい、呼びませんよ?」
「そりゃよかった」
いよいよ光が眩しくなる。ああ、どっか飛ばされるんかな~、なんてのんびり考えていると、
「私、光のままの方がいいですか? それともテンプレみたいに女性の姿にでもなりましょうか」
「ああ。じゃあベタだけど、俺が未だに惚れたままの、そいつのためなら死ねるって女の姿で頼む」
「ほほう。容姿はまあ読み込むとして、お名前は?」
「名前? ああ名前か。名前は───」
パッ、と光が強くなって、視界を埋め尽くす。その瞬間、目の前にふよふよ浮いていた光の球が人の形をとっていくのが見えて、くすりと笑う。
「美作光。いい名前だろ?」
痴漢から守って、でも当時からチャラグループにイジられてて、たまたまやつらが決めた嘘告相手が俺で、俺に嘘告をしなきゃいけないことに悩みながら辛そうにしながらしてくれて、俺はそれを受け入れて。でも付き合う中でどんどん好きになってしまって、嘘で付き合うのはやっぱり嫌だと、彼女は俺に別れを告げて、別れることになった。
アホなのは、俺はそれが女性の本性、というか……そういうのが女性ってものなのだと受け入れてしまったこと。きっと自分を好いてくれている、好き合っていると思っていた俺は、その別れを嘘告を取り消すためのものだとは受け取れなかった。や、説明不足にもほどがあったとは思うけど。
だから俺はフラれ、空虚状態になって、でも……こいつが本気で好きになったやつが居るのなら、と。短い間でも本当に好きだったから、きっと応援しようと思った翌日、同じ人になんか告白されたもんだから、なんじゃあそりゃあと断ってしまった。俺は本気で、光のやつが“好きになった相手にあっさりフラレたから俺にまた告白してきたんだ”と思ってしまったのだ。アホだ。ちゃんと相手の顔を見ていれば、そういうことだったんだって気づけたろうに。でも説明不足ではあったとはツッコみたい。
でも……わかるだろ?
俺をフり、俺にフられたことで笑いものにされ、エスカレートしたイジメに光は追い詰められ、頼る人も心を許せる相手も寄り掛かれる相手も居なかった彼女は……自殺した。本当にそれだけの、くだらない擦れ違いの所為で、人なんて死んでしまえる。
置いてあった俺宛の手紙を見て、ようやく彼女の気持ちに気づけば馬鹿は走り、イジメをする馬鹿どもをブチノメした上で自殺したわけだ。ああもちろん、天井からぶら下がる彼女を下ろし、悼んでからだ。
その時、彼女の遺書とは別に、俺もきっちり遺書を残した。
『今から彼女をここまで追い詰めた奴らをブチノメしに行きます。主犯格の男は殺す。なにがあっても殺します。同時に俺も死にます。……イジメをする全ての人間へ伝えたいことですが、てめぇらの都合で追い詰められる奴らが、いつでもてめぇらの都合通り動くと思うなよ? 男でも女でもない。人間を追い詰めたことを後悔させてやる。人の人生を面白半分で潰すようなクズ相手に、いちいち老若男女なんか求めるものか。人として等しく潰す。邪魔するなら子供だろうが老人だろうが女だろうが病人だろうが、鼻砕かれて顔面踏み潰される覚悟くらい持ってこい。俺はお前らがイジメの気分やちょっと注意する気分で掛かってくる間に、全力で殺す気でかかる。それでいいのなら』
と。まあ読んでもいない主犯格どもがこんなこと知るわけないんだけどね。
イジメは本当にくだらない。なにがくだらないって、イジメをしている側が、自分には絶対に危険がないと思い込んでいるところだ。やられている相手の我慢が限界を超えてしまえば、あっさりと人を殺せてしまえることをやっておきながら、仕返しされる未来をちっとも考えていない。クソだろう。
だからこそ、孤独に死んでしまった彼女に言ってやりたかった。
自分の命を手放せるほどに……命を懸けられるほどに躊躇なく行動が出来るなら、せめて誰かを巻き込みやがれ、って。それが俺でもよかった。嫌いな相手でもよかった。一人で死ぬこたなかったんだって、言ってやりたかった。俺に言ってくれたら、今回みたいに全員巻き込んだ上で、喜んで一緒に死んでやれたのに。……いやまあ全員ブチノメしたら、光も自殺なんて気持ちは吹き飛んでたかもだけどね。
───……。
……。
平和な日々が始まった。
光の球から“人間:美作 光”の姿になったシャイニングさんは、途端に驚いた風情で俺を見て、なんだかとっても遠慮するような雰囲気になったものの……「そっか、これ、夢なんだ」なんて言ってから、弾けるような笑顔でこんな生活を俺と過ごしてくれた。
必要なものは……まあまあって部類で用意されていた。それを増やして継続させるのがこれからの俺達の仕事。
なので、初めてやることだらけの生活を笑いながら続けて、続けて、続けて……
「光」
「うん。なに? ショウくん」
呼びかければ幸せそうな笑顔で振り向いてくれる彼女に、俺は何度だって言うのだ。
「好きだ。俺ともう一度……いや、嘘じゃない恋人になってくれないか?」
「───……あ、あはは、あー……さっすが夢だなぁ。こんな都合のいい夢とか、あはは……」
「光?」
「……だめだよ、ショウくん。わたし、ずるい子なの。痴漢から助けてくれて、好きになって、イジメてくる子に嘘告しろって言われて、泣きたくなるくらい悔しかったのに、告白するきっかけが出来て喜んだ最低な、ずるい子なの。結局そんな関係が嫌で、自分から告白したくせにショウくんを傷つけて、別れて、そのあと告白して……」
「や、知ってるから。てかいきなり自殺とかないわ。あとまず嘘告のこときちんと話してから再告白しろ馬鹿者。いきなりフラれてまた告白されて、やられたこっちにしてみれば明らかにからかわれてるって思うだろうがこのばかちん」
「ふえっ!? え、えやえっ!? …………え? あ、の…………ショウ、くん?」
「おう、ショウくんだぞ。お前が自殺してから、お前を自殺に追い遣ったグループをブチノメしてから自分も死んだショウくんだ」
「……っ……!!」
俺の言葉に、光は息を飲んだ。軽く仰け反るように体を震わせ、両手で口を覆い……ぼろぼろと涙をこぼし始めて───
「ば───」
「馬鹿って言う方が馬鹿だこの馬鹿!!」
「えぇえええええっ!?」
「説明不足にもほどがあるだろ! いや余裕無かったのは分かるよ!? ああいう馬鹿らに絡まれて、精神的に落ち着けてなかったのもまあわかる! でも話せよ説明しろよなにも知らんままで嘘告と本告とかわかるかばかもん!! いいか!? 何度だって言うけどな! 死んだ後でだって言うけどな! 俺は美作光が大好きだ! お前はどうなんだ! 嘘告する勇気はあっても一回フラれたくらいで諦めるのかコノヤロー!! 自殺する勇気があるならもっとぶつかってこいよ! なんでそんな勇気があるくせに、人に相談する勇気がないんだよ!」
「っ……そんなの……! そんなのっ! ショウくんに迷惑かけたくなかったからに決まってるでしょ!? 人がっ……人が死にたいって、死んでもいいやって本気で思っちゃうくらい辛いことだったんだよ!? 話せるわけないじゃない簡単に言わないでよ!!」
「それでも話せよ! 死にたくなるくらい辛いことがあったなら、そんな時にぶちまける相手に選んでくれよ! 愚痴聞かせるのでもよかった! どんなに面倒なことがあっても、最後にお前に好きだって言ってもらえりゃ喜べる馬鹿がそこには居たんだよ!」
「っ……だったらフラないでよばかぁ!! そんなにばかみたいに好きでいてくれたなら、なんでフッたの!? その時も喜べる馬鹿でいてくれたら、いくらだって相談したよ!? 話してたよぅ!」
「んなもん俺がキープにされてるだけだって誤解したからだろうが! だから話せよって言っとんのじゃコンニャロー!! 前のが嘘告で今回のは本気だってきちんと前置きくらいしてくれよ! 本気で惚れて、本気で好きで、お前が幸せになってくれるならって、“自分だったら”だなんて思わない“お前が好きな男”に勝手にお前を幸せにしてくれるように願って、翌日にいきなり告白!? そんなの本命のヤツにフラレたから俺のところに戻ってきたみたいに思われて当然だろうが! てか再会して話した時にでも言ってくれりゃあちゃんと聞いたわお馬鹿さん! 話してくれたらイジメグループをフルボコるだけで済んだわ! なにも主犯格の男に“完璧・陸式奥義ジャッジメントペナルティ”キメんでも済んだわ!」
お陰で心中って形で死にましたけどね!
しかし腹を割って話すっていうのはどうしても俺達には必要だったのだ。それこそ、もう邪魔も入らないこんな世界に二人きりだからこそ。
……いやまあ、ゴッド力場から外れれば魔王軍に襲われるのは間違いないんだろうけどね?
実際、広い広い草原と木々の先、隔たりがあるところから先には魔物が居た。いかにも話など通じません、オレサま、オマエ、マルカジリ、って感じの“THE・獣”がおりましたさ。
でもこちら側に来られないならどうでもいいことだし、それよりも、言ってしまったからには顔が赤くなるのを抑えられなかった。……だって俺の遺言、っていうかさ、最後の言葉、“有罪”だったのよ? 改めて考えてみるとものすごーく恥ずかしい。いやいいんだけどさ。別にあいつ巻き込んで自殺したことには後悔なんてこれっぽっちもないし。なんならキン肉マン大好きだし。
地面が近づいてくる時に世界がスローモーションで流れて、あいつが潰れるところや、その顔面を押さえていた俺の腕がゴシャアとあっさり砕けて骨が腕を貫いて出てきて、あっさり体勢が崩れて俺も顔面から地面に叩きつけられて終わった。
高いところから重いものが落ちた時の効果ってのはすごいね、人ってあんなに簡単に潰れるんだねぇ。人が下に居るからクッションに~とかフィクションで見たことあったけど、衝撃ってそうそう殺せんよ。むしろ高校男児が高校男児の上に居て、ハミ出さずに居られると思う? 言った通り腕が折れて体勢崩れて顔面から地面にパーンだったわ。なんなら最後にゴモッ、と首側から音が鳴った気もした。頭が無事でも首が完全にアウトだったと思うよ?
と、なにもこんな自分の死を事細かに思い返したいわけではなく。事細かに、なんて言うならむしろこういう時は、ラノベ主人公サマとかなら女子の容姿を事細かに説明せねばならんだろうに。でも俺べつにファッション詳しくないし、なんなら髪型の名前すらよく知らん。
ラノベ主人公には本当に頭が下がるな……よくもまあ頭がよろしくないとか漫画アニメゲームばかりの人生だったと豪語しておきながら、あそこまで容姿に対しての言葉がボロボロと出てくるもんだ。俺には無理だ。なんなら光の容姿についてだって、ほら、そのー……ンー……あれだ、おー……つまり、あー……なんだ、えー…………それみたことか無理じゃねぇか!
だがええっとその、ね? うん。……女性の容姿ってさ? 惚れた男が“可愛い、綺麗だ”って想えればそれで充分だと思うんです。
むしろ惚れた男からしたら、それ以上が必要ですか? そんな女性が自分を好きだと言ってくれます。それ以上なんて贅沢すぎて、とてもとても…………とてもとてもとてもとてもとても……。
はい今の気持ちを素直に言葉にしてみましょう。それが男だ任侠だ。……任侠って聞いてヤクゥザしか連想しないお子は、メーなお子。任侠の意味を調べてみよう。
「光」
「ぁぅ……な、なに? ショウくん」
「可愛くて綺麗だ」
「脈絡ないにも程が無いかな!? ぅれっ……嬉しいけど、なんか複雑だよ!?」
うん。俺も正直なんで完璧・陸式奥義からそこに行きついたのかが分からない。
でもいいのだ。喧嘩しているよりは、きっと、ずっといい。
「助けられなくて、ごめん。出来ることなら、ずっと一緒に生きていたかった」
「ショウく……っ! ……ぅん……うんっ……! わたしも……! フラれちゃって、自業自得だって思って、でも偶然会って、話、聞いてもらえて……! 出来るならあの時にもう一度って……そう思ったのに、わたしは……」
「いや……あの時は俺も悪かった。フラれちゃった、っていうのが“俺に”って意味だと思えてなかった。なのにへったくそな慰め言葉なんて言われたら、もう望みなんてないんだ、なんて思っちゃうよな……ごめん」
光はそんな言葉に涙をこぼしたままに首を横に振るう。「それでも、って勇気を出せばよかった」って。
「……ありがとう。その、出来ることなら、これからはちゃんと、自分の気持ちを真っ直ぐにぶつけられたらって思う。さっきの可愛い、綺麗っていうのはー……あ、あーその……うん、本当の本当に本心だから、出来れば素直に受け取ってほしい」
「ひぃぅっ!?」
ストレートな気持ちをそのまま剛速球で投げるつもりで放ってみれば、光がぼしゅんと瞬間沸騰レベルで真っ赤になった。
「~……ぁの」
「うん」
「わ、わたし……ね?」
「うん」
「結構、その……重たいかもしれないけど……」
「俺と光しか暮らしてないのに、重いもなにもないって。遠距離恋愛してるわけでもないんだし」
「じゃっ……じゃあっ、あのっ……ききょきょっ……今日からっ、その……ぃいい一緒のベッドで眠っても、いい……?」
「どんとこい」
「~……!!」
胸を叩いて言ってみれば、光は顔を真っ赤に、涙まで溜めながら喜んでくれた。
他に気を取られるような女性が居るわけでも、特別離れて生活するわけでもない。なんなら住んでいる家まで一緒で、たとえば彼女がヤンデレの才を持っていたとして、なにを恐れることがありましゃう。や、ありましゃうじゃないが。
「むしろもっと甘えてくれ。寄り掛かってくれ。俺、嘘告時代から光に甘えられるのも寄り掛かられるのもすごい好きだったんだ。あ、ただし怠惰してお太りめされるのはメーな? 適度に運動も、筋トレもしよう。もちろん一緒に」
「うんっ! うんっ! ……そっか、ショウくんはマッチョ専だったからわたしをフッたんだね……?」
「だ ん じ て ち が う」
適度の意味を知ってほしい。前から思うこともあったけど、この娘は案外天然さんで、“こう”と思ったら思い込みすぎてしまうところがある。自覚している部分もあるのか、そういうところを自分で重いと勘違いしてらっしゃるんだろう。……個人的に、それは重いとはまた違うんだけど。
俺はまずこの愛戦士にいろいろなことを説かなければならないらしい。その上で相手にも説いてもらって、お互い理想をぶつけ合い妥協し合い、努力出来る部分は必ず埋めると約束し合おう。どーせ時間はたっぷりあるんだし、今度こそ幸せになるために。
んん? たっぷり……とか言っておいてアレだけど……ところで魔王様の寿命っていつまでなのかしら。
まさか今日にもこう……急性㊙ポックリララバイって感じで死んだりしないよね……? 一応は“魔王を倒してほしい”なんて条件でこの世界に来ておいて、まさか真剣に魔王の長生きを願うことになるとは思わなかった。
……カマセさんらのこと? や、正直もう他人とは関わり合いたくないし、そもそもなんで転生者って現地人助けなきゃならんのかしら。や、魔王を倒すのは転生条件としてあるから分かるよ? 現地人にチートあげて強化してほしい、って願ったのも本当。どうせなら努力の先で強くなって、魔王を討伐してほしいもんだけどさ。でもそれがもう何年何十何百年と無理だったから転生者にお願いするんだろうし、その条件としてチートもあげるんだろうけどさ。それこそ、チート無しじゃ日本人なんてすぐ死ぬから、なんて理由で。
でも現地人助けなきゃいけないのは別に条件に含まれてないのよな。残酷なようだけど、また生きて歩めるなら、危ないことなんざしたくない。なにより、誰かを幸せにしたいって心から思えるなら、魔王討伐に出たいなんて普通は思わんし。必要にならん限り。
(カマセくんカマセさんを味方にしてPT募って魔王を討伐? ……いやいやないないない!)
正直俺、勇者の使命だから~とか女神様のお告げだから~とかそういうのは好きじゃない。やるなら自分の意思で、自分の決定で命懸けなさいな。って、そう思いませぬ? 俺はそう思う。
なので───
「光」
「は、はいっ、なんですか、シュウくんっ」
「………」
「? ?」
一瞬、光の姿に犬耳と犬尻尾が見えた。大変嬉しそうに尻尾は振るわれていた。
そして上機嫌になると、なんでか口調が丁寧になるのも変わらない。
神を信じてそうでいて信じていない、ちょっぴり信じてるお兄さんに彼女のことを話した時は、“ああそれ潜在的なMな女の子にあることだから”らしい。尽くしてくれるんだけど、もっと寄り掛かって欲しいって感情が時間経過とともに歪んでいって、“もっと無理を言って、わたしに尽くさせてほしい”とか、極端なものにまでなると“もっといじめてほしい”という方向に変わってしまうんだとか。
ただしそれは相手が好きな場合に限り、好きでもなんでもない人からのソレはただのイジメなので、尽くす意味もなければ受け入れる理由にもならんから、まあほどほどに。あと爆ぜ散れ、と言われた。
ようするに、寄りかかりも頼りもするけど、そういうタイプの娘は“愛され方”を知らんのだそうだ。だから相手の“困っていること”を尽くすことで解決解消して、自分の方にもっと傾いてもらいたい、という考えしか出来なくなるんだと。でもさ、人って結構強欲で、慣れるのも案外早いのだ。“こいつは俺に尽くしてくれる”なんて考えを持ってしまうと、次第に感謝もしなくなって、“こいつがそれをするのは当たり前だ”という考えが沸いてくる。しかしながら……
「光」
「は、はいっ、なんですかシュウくんっ」
「…………」
「っ、っ」
なんだかウキウキ状態、フンスフンス状態で待機してらっしゃる。
なのでちょっぴりレベルを上げて。
「ハグさせて?」
「うやっ!?」
うや、頂きました。なんだ、うや、って。
“い”と“う”を間違えたんだろうか。
などと思っていると、赤くなって火照ったからか、頬を両手で支えるように包み、しかしもじもじとしてから───「えいっ」と。ぽすんと俺の胸に飛び込んできて、腕の中に納まった。
ピシャーン、と俺の心の中で雷が落ちた。いつも心に平穏を、がモットーの俺の心の八幡宮にお住まいのハトが、『ホォォアアアア!』と叫ぶくらいの雷だった。
……話の続きになるが、ああうん、“しかしながら”の続きだけど。
俺の場合は親が早くに死んだ所為で、感謝ってものをひどく尊いものだと思っている。今まで親が無条件でしてきてくれたことを急に担うことになれば、感謝くらいは抱くと思うけど……抱くよね?
ともかく、“こいつがこれをするのは当然”の例えと一緒で、子が、“親が炊事洗濯をするのは当たり前”~なんて考えているように、それに慣れてしまうと自分じゃそれらをしなくなる。
俺は……引き取ってくれる人は居たけど、自分の生活を邪魔されるのは嫌だということで、借りた部屋に一人暮らしを強制され、ずっとそこで暮らしてきた。不自由しまくってたし、覚えなきゃいけないことは山積みだ。大変だったし、泣いてしまったことも何度もあった。だから、“してくれたこと”は決して忘れないようにしようって思ったんだ。
痴漢は許せなかったし、好意を向けられたなら頑張って応えようって思ったし……告白されたんだから頑張ろうって思って、もっと好かれる努力もしたし……完全に惚れ込んで、彼女が幸せならって涙も呑んだ。説明不足もそりゃああっただろう。でもその時、俺は自分が追及すべことを妥協してしまった。本当に苦しかったから、なんていくらでも言えるけど、相手が死んでしまってはもう何も訊けない。
だから……こうしてもう一度会えて、話せて、抱き締められるのなら、何を躊躇する必要があるのだろう。死んでしまった、もう何もしてやれなくなってしまったと泣いた瞬間を思えば、自分に出来る全てで彼女を幸せにしたいと思えた。
「あ、あの。光?」
「なんですかっ? ショウくんっ!」
ああ、どんどん口調が丁寧に……! そしてやはり見える犬耳と尻尾の幻影。
「あのー……ハトはお好きで?」
「? 生前にショウくんが教えてくれた服部さんですか?」
「いや、あのどこまでも人間くさいハトらではなく」
心の八幡宮で、ハトらがビクゥと驚愕顔で振り向いた気がした。
言い回しはあれだけど、よーするに“平和は好きですか?”と問うているだけだ。
ゴッド力場がどれだけこの地を守ってくれるのかも分からない。なら、出来るだけ鍛えて、いつまでも平和に過ごせればと……まあ、そんなことを思ったのだ。日本人の身体能力じゃ、到底勝てるような魔物じゃないらしいけど……努力は好きなのでどんとこいだ。
まあその、よーするに。俺も、誰かに尽くすのが好きなのだ。感謝を押し売りたいのではなく、自分のしたことで間接的に誰かが幸せになってくれればそれでいい。あれ? これ押し売りか? まあいい、勝手に幸せになりやがれってことで。……あ、俺以外に光しか居ないや。カマセくんさんらは数には含みませぬ。
「その。俺、平和が好きなんで。将来そのー……子供が出来た時、間違って範囲の外なんかに出てもいいように、って」
「……魔王を、倒す気ですか?」
「まさか。ただ、力場の外から力場に近づいてきた魔物をちまちま退治していこうって、それだけ。そうすれば多少なりとも数は減らせていけるかなって」
「あ…………はい、そうですっふえぇえええええっ!?」
「お、おぉおっ!? どどどうした光……」
「ショ、ショウ、くん? あのっ……わたしと子作りっ……!? 夫婦にっ……!?」
「……好きな人と一つ屋根の下……なにも起こらぬ筈もなく……ッツ!!」
「ッツじゃないですよ!? なに柴田〇美風に力込めてるんですか!?」
「あ、ぁやー……いや、うん、そういう行為が嫌だっていうならその、いいんだ、うん。あとこういう言い方がとんでもねーほど下種っぽいのも分かるっていうかあーもー! ……美作光さんっ!」
「ヘェアッ!? ひゃひゃひゃぃいっ!?」
「好きです! 愛しています! 俺と結婚してください!! この世界に結婚なんてものがなくても、祝ってくれる人が居なくても、俺はきちんと光とそういう関係になりたいんだ!」
「ショ……ショウくん……」
想いをぶつけ、じっと見つめ合う。
光は頬を染め、俺を見上げたままに視線を逸らさず……やがて、その目からつぅ……と涙をこぼす。
俺は変わらず光を抱き締めたままだったので、そんな至近距離で涙されりゃあ当然驚くってなもんで、何事かァァァァとばかりに慌てたのだけれど。それこその体を解放して距離を取って、嫌だったのかどうかと問おうとしたところでドッゴォオとその距離をゼロにされた。
「オ゛ーゥ!?」
さっきの“ぽすん”、なんて可愛いもんだった。人が出せる限界の速度でダンターグ流奥義ぶちかましをされたのではと思うほどの衝撃に襲われ、俺は地面へドグシャアと「ゴァヘェッ!?」……倒れることになった。自分の体重+恋人の重さとともに。
「ショウくん……ショウくぅんっ……! わ、わたしっ……わたし、頑張りますからっ……! もっともっと尽くせるよう、頑張りますからっ……!」
「オッ……ッグゥヴ……あっが、オぉご……!!」
「愛しています、ショウくんっ……!」
漫画的表現のようにゲッホゴホどころじゃなかった。どこまでもリアルに、人を受け止め背から倒れた男子高校生のように悶え苦しみながら、光のオヘンジを耳で受け止めた。
涙が滲んだ視界で見る光は、とても幸せそうな顔をしていた。それはとてもとても俺の心を満たしてくれたのだけど、今は肺いっぱいに酸素がほしい。なので必死になって呼吸しようとするのに上手くいかず、さらには感極まったらしい光に口を塞がれ(キスをされ)、やがて俺は夢心地と地獄を味わいながら酸欠で気絶した。
……。
目が覚めてから、努力は始まった。
この家の周囲には草花や木々はあるものの、肉はない。米などがなんか雑草のように生えていて、それを集めて脱穀して……なんて作業を経て、ようやく米になる。
水は……川があったのでそこで米を研いで……あ、やべぇ、釜なんてないぞ、なんて最初はなった。
なので最初は食べられる野草や木の実などを食べて凌いだ。
のちに岩を削って火を熾して、熱した岩を釜代わりにして米をご飯に変えた。
もちろん最初は水の量も半端でべちゃっとなったり硬くなったりで大変だったものの……まあ失敗してもお粥やオコゲみたいに楽しんでもちゃもちゃゴリゴリ食べたりした。
ものの増やし方はシャイニングさんだった光が天啓として受け取ったらしく、それらをヒントに田畑を作った。まあ、植えるのは雑草っぽい米なわけだが。
不思議なもので、そうした日々を一週間一ヶ月一年と続けていくと、体が妙に軽くなった気がした。特に三ヶ月を越した辺りからは、体は体の使い方を理解した、みたいに……体力も増えたし、特別筋肉がついたような気もしないのに、体がとても動かしやすくなったのだ。なにより疲れない。
……ちなみに経過した月日は案外適当だ。だってカレンダーもスマホもないし。
「うへー……前はあんなに重いって思ってた岩釜が、随分楽に持ち上げられるようになった……」
「んー……ねぇショウくん」
「ん? どした? 光」
「丁持、って知ってる?」
「ちょーもち?」
「うん。昔の日本人ってね、食べるものがとても質素だったのに、すっごい力持ちだったり、体力おばけだったんだって。でも、食べるものがお肉ばっかりになってから……あと姿勢とか動き方も外国寄りになってからは、そういった力も体力も落ちちゃったってお話」
「……えと。まさか、食事事情が俺達をこうさせた……とか? 俺の意思を無視してチート与えたとかじゃなく?」
「天啓は降りてくるけど、チートは一切ないよ? ショウくん、努力し続けてるもん。むしろ昔の日本人に近づけたことを喜ぶべきだよ」
「え、えー……そんなもん……?」
昔の日本人っていっても。そんなの、何を基準に考えたら───だ、誰?
「昔の人ってさ、あ、侍さんとかだけど、人を簡単に切ってたっていうでしょ? あれって現代人じゃよっぽどの達人で、相手が動かない状態じゃないと難しいって知ってた?」
「えっ……そうなの?」
「うん。まず刀を持った一般人じゃ服すら切れないらしいから。よっぽど薄着で、重ねてないとかならわかるけど、昔の服って結構分厚かったらしいよ?」
「あー……そういえば似た服……道着とかだって、触ってみると結構ゴツいっていうか……布、って感じじゃないもんな……。作務衣とかだって結構分厚い感じだし」
「勢いよく袈裟に切ろうとしても、服を切って皮膚切って……骨まで達せても、そこで引っかかって終わり、みたいな感じだって。骨は折れるかもだけど、刀って上手く引きながら振るようにしないと切れないとかで」
「うわー……斬れなかったとしても刀怖い……痛みで動けなくは出来そう」
「あはは、それはうん、わたしもそう思う」
殺す気なら包丁チックにいけというわけか。つまり、刺突。
そう考えてみれば、包丁振り回して傷つけられるヤツは居ても、振り回されて死んだ、なんて人って聞かない。つまりそういうことなのか。そりゃあ頭部や首を狙われればやばいかもだけど、服の上からっていうのは想像しづらかった。
つまりえーっと……そんな昔のお方を服の上からずんばらり出来る昔の人っていうのはそのー……。
(あ)
ナ、ナルホドォ~……どこぞのムサシ・ミヤモトが人を容易く両断出来るわけだよ……!
「ち、ちなみに、昔の人ってどれくらいの重さのものを持ちあげてたり───」
「女の人で、300kg」
「うそでしょ!?」
「ううん、証拠の写真まであったくらいで、体力で言うとえ~っと、飛脚さんとかは、二日で500kmを往復できた~とか言われてるよ?」
「ごひゃっ……すごっ……往復!? ……マジ?」
「まあ、えと。500km~とか言われても想像しづらいかもだけど」
「いやいやいや、早朝ランニングとかしてたから多少は分かるって! スマホのアプリで距離も測ってたし、3km目安で走っても結構キツかったし……2日で500kmってことは、つまり1日で250kmってことだろ!? ああいや往復だから……うへぇ……!」
500kmを往復って。それもう1000kmじゃないですか。
すげぇ。飛脚さんすげぇ。ああいや、往復で500kmってことなのか?
「なるほど。じゃあ俺は昔の人になるつもりで動けばいいわけか」
「うん。わたしも結構動かし方とかわかってきた気がするし、一緒に頑張ろうね?」
「うん、もちろん」
のちに気づく。
この世界の俺達の体は、何年経っても変わった様子はない。髭が伸びてきた~とかもなければ、シワが出て来た、ということも。なにせ髪の毛も望まなければ伸びない、みたいな感じで、そのくせ望んでも必要な時間が経たなければ伸びないとくる。
変わらないものばかりかと思いきや、筋肉などは成長するようで……むしろまずは体が“体の使い方”を思い出してくれる、みたいな感じで、それを経てからようやく筋肉がついていった。面白い世界だ。
食べ物はやっぱり米が主食だ。糠や麹も出来るから、そこから様々な工夫が活きていく。
必要なものはまあまあ用意されていた、といっても、あくまで本当に必要なものだ。塩はあった。かなり有難い。が、醤油はなかったので食事情においては工夫が必要だ。
最初はカレーが食いたい症候群に陥ったけど、それも月日が流れれば抜けていった。そういう他方に伸びる欲求が消えていくたび、体はより強靭になった気がする。ようやく、血の一滴まで江戸時代あたりまで戻ったんじゃなかろうか。
……。
筋肉がゴリモリとまではいかずとも、これ以上は無駄だと思える程度にまで成長したところで、無理な筋トレはやめた。無駄は切り捨てていって、必要最低限で生きていく。体ってのは不思議なもので、満たしすぎると弱るのだ。なので、多少は飢える程度で押さえて、いつだって多少足りない程度に抑えた。
生前はきっちり三食だったのが二食になると、体は一層に軽くなった気がする。余分なものが削げて、そのくせ、体は細いながらも逞しい筋肉に覆われた。そしてその……。ああうん、はい、足りないものが多いと、精力とか……はい、すごいです。子孫を作ろうと本能が叫んでいるのかもしれない。でも不思議と子供は出来ず、ただ愛し合い、生きていく日々が続いた。
「よし、っと」
今日も今日とて川から水を汲み、出来た風呂釜に入れていく。
ファンタジーらしいこの世界には謎なブツが多い。熱を加えると長時間帯熱する石とか、よく燃える上に鎮火は簡単な木とか……あとは煮出すと醤油味が滲み出る謎の草とか。木の実も植えると結構な勢いで成長する。まあ、結構な勢いといっても、翌日にすぐ食えるなんてものではないのだけど。
帯熱石を数個熱して、たっぷり川の水が入った木製の風呂釜に入れる。
帯熱石は水に入れようが熱が下がらない。一定時間同じ温度を保つため、熱が引く頃には川の水は湯舟へと変化している。最初は入れ過ぎて熱湯になって大変だった。もちろん、冷まして入ればいいだけの話なので、そうしたわけだが。
そうした生活が随分と続くと、人の心っていうのは案外太くなるものだ。
たまにゴッド力場の境界線で見かける魔物を、倒してみたくなったりする。
今までそれをしなかったのは、“こちらから攻撃を加えれば、力場が消失するのでは?”という恐怖心からだった。しかし、やはり人というのは慣れで心が太くなる。
どうせ○○○だから大丈夫、なんてクソの役にも立たない自分理論だって分かっているくせに、手を出さずにはいられないのだ。ほんと救えない。こんな勝手な考え方の所為で、生前どれだけ苦労して後悔したのかも知っているくせに、その機会が目の前にくると抑制が利かないのだ、人間ってやつは。
……まあ、その。普通ならね。
しかし守りたい大切な人が居る場合は、案外その自制はコントロール出来たりする。自ら危険に飛び込むような真似はしないし、たとえ討伐しても力場が消失しなかった、なんてことになっても、その行動はいずれ“もっと強い魔物を討伐してみたい”なんてクッソくだらない考えに向かうかもしれない。その先にあるのは魔王だ。倒せば俺達の寿命はその瞬間に決定する。
他の誰にクズだと言われようが構わない。見たこともない誰かのためにスローライフを捨てるバカはなかなかいないだろう。俺もその一人でいいし、最初からそのつもりで転生を受け入れたのだ、問われれば悔いはないと見栄を張ってやる。胸は張らないが。
「よっ、ほっ、はっ……ホレッ! ホレッ! ハーッ!」
風呂が沸くまでは案外暇だ。なので体を動かして汗をかく。……といっても、この世界って発汗速乾が基本のようで、基本であるから大した匂いも出ずに、汗はすぐに消える。
まあつまりは互いを嫌だなぁと思うことが基本的に無くなる仕様になっている世界っぽくて、垢らしい垢もなく、汗臭い~なんてことにもならず……ただ人として、個人個人の香りというものはやはりあるようで、俺と光は互いにお互いの香りが大好きである。長時間嗅いでいると欲情するくらいには。基本基本で例えるのも、それが見事に基本になっているっぽいからである。何年も生活してると分かってくるのです。
そんなわけで、どれだけ運動しようが皮脂やらなにやらで汚れることもない謎体質になった俺達は、服が汚れることなんて一切気にせず、運動が出来るわけで。
なもんだから、崩撃雲身双虎掌のポーズを取りつつ体をほぐしていく。
どれだけ筋肉鍛えていても、いざという時に体が固くてダメでしたとか、泣けると思うから。
あと筋肉ばっかり鍛えてあっても、誰かと戦う方向で体が動くようにしておかないと、喧嘩では負けるらしい。そういった意味では、喧嘩慣れしている不良ってヤツは、べつに鍛えてるわけでもないのに強かったりするし、逆にイジメられないように~と体だけ鍛えている奴は、いざカッコつけてみても負けるのだとか。うん、悲しい。
「ふうっ……ん、よし」
鍛えただけの奴は殴るよりも掴む方向で考えよう。掴んで、振り回せるなら振り回して、投げられるのなら放り投げよう。ヘタに殴るよりも投げた方が強かったりする。柔道とかの投げじゃなく、“本当に放り投げる”ことが大事。相手の安全とか考慮しない方向で、投げられるなら投げよう。そこが学校なら、机目掛けて放るのもいいかもね。痛いよ? 痛がってるうちに追撃出来るし。
多少しか投げられなくて、ドデッと転ばすことしか出来なくても、相手を仕留める気で行くなら踏み付け大将軍もいいし、ダイビングセントーンとかもオススメ。殺す気ならダブルニープレスで顔面か喉か肋骨か柔らかな腹を狙いなさい。避けられたら膝がゴキャアと鳴るかもだけど、構わん。殺したいほど憎らしいイジメクズなどそれで始末してしまえ。
(……ああいやいけないいけない。もうあっちでのことは忘れろ。俺は、光を───)
幸せに出来れば、それでいい。俺が幸せになるのはその副産物だ。
でも……まあ。こうして異世界に二人きり、なんて状況になってもまだ、あっちでもっと、誰にも邪魔されずにデートとか重ねて、結婚とか出来てたらどうだったんだろう、って思わなくはない。
きっと二度と帰ることの出来ない日々を思っては、やっぱりイジメってクソだわと溜め息を吐いた。
特に仕返しされた途端に被害者ヅラするやつらとかほんと───あぁやめやめ。
「……そうだ。光、抱こう」
京都へ行くような気軽さで、心の拠り所へとダッシュする俺が居た。
抱く、というのは言葉の意味の通りで、おせっせするわけではないので。
いつか歳をとらない俺達のまま、くだらないイジメの記憶も風化するのだろう。
その時まで、心の底から彼女と笑い合えるまで、どこまでもスローなライフを楽しむとしよう。
……その時が来たら? そりゃあ……もっと笑い合いながら、スローライフを続けるってことで。
この世界で、俺と光は互いの好感度を上げることはあれど、下げることは叶わない。なんかそれっぽいことが、常識として頭の中にこびりついてしまっている。けど、それがこの世界の常識になっているのなら、いつまでだってお互いに夢中でいられる。
だから……まあ。飽きることなく、いつまでもバカップルでバカ夫婦な俺達でいこう。
好きになりすぎて、互いに病んでしまったとしても、二人しかいないのならまあやっていけるだろう。逆に好きになりすぎて、延々とキスと抱擁ばかりを繰り返すマッチュモッチュ星人になってしまわないか心配である。
お互いがどこかでクズになってしまわないように気を引き締めながら、お互いを愛し続けていられる自分を目指していこう。人生百年どころか、魔王が滅ぶまで何年かかるか知らないけど……いっそ死ななくてもいいなんて思っている俺は、やっぱりどこか薄情なのかもしれない。
でも……同年代で人を自殺に追い詰める集団が居るあんな世界を知ってしまえば、人に期待したくなくなる気持ちも……どこか仕方がない、なんて思えてしまった。殺して、死んで、こんな世界に飛んで、それがリセットされるわけでもないって気持ちを抱きながら、そのくせあいつが死んだことにこれっぽっちも罪悪感を抱かないからこそ、もうクズなのかもしれん、なんて苦笑して。