恥ずかしかろうが想いは伝えなさい。
少し読んだら『次へ >>』、少し読んだら『次へ >>』……違う! もっとなんかこう……どっしり読みたい!
完結済みって書いてあるのに一日一話を短く読むなんて嫌なんだ!
ていうか一気に読まないと一日前に読んだ話しなんて覚えてないんだ! おっさんっていうのはさ、悲しい生き物なんだよ! 記憶力がそんなに立派なら、仕事で忘れ物をして注意なんかされないんだよぅ!
というわけで短編です。なんか駆けたら追加します。もとい書けたら追加します。
それは晦日も過ぎ、三箇日も過ぎ、毎年毎年、今年の抱負とか案外決まらないもんだよなー……なんて過去を懐かしんでいた時だった。
ポインッ♪
メッセージアプリのENILに、幼馴染からのショートメッセが届いた。
内容はとっても簡潔で、『好きな人が出来た』なんてものだった。
今年は胸を張って豊富を掲げよう、なんて思ってたのに。
「───」
心が凍てつくのを感じた。マジか。いや、マジか。
ちょっと待てよおい、俺今日イメチェンのために脱ボサ髪して清潔感も出した風貌に変えて来たばっかなのに、なんで翌日のアタックにさえ踏み出させないタイミングで好きな人作ってんのお前。
そんなことを頭の中にテロップのようにズザーと流していた俺、がっくりと項垂れつつ溜め息。……すると、視界に映るは少し前まで大好きだったラノベが。
「……ラノベの神よ。俺はあなたに救われてきた。世にラノベというものを送り出す作家さんたちには頭が下がるばかりだよ。でもさ、これはねーよ。俺、信じてたのに……!」
思い出したら泣きたくなってきた。部屋のカーペットの上に落ちているラノベを拾い上げると、『陰キャぼっちとギャル恋小話 ~あーしを天気にしておくれ~』というタイトルが目に入る。
ボサ髪陰キャぼっちがギャルと恋をしていく物語で、闇を抱えているギャルの心を陰キャぼっちくんが天気にするというお話だった。
途中まではよかった。なんだよやれるじゃねぇかって主人公を応援したくなったり、ギャルだってほんといい子で、もうこの二人のラヴの先をすっげぇわくわくしてたのにさ。途中でやらかしやがったのだこんちくしょうめ。
「……陰キャのイメチェンとか、まあ幻想だったなー」
言いつつ、つい数時間前まではボサ髪だった自分を振り返る。奮発して、人気があって要予約の美容院に行った。おまかせで、大分カッコよくはなったと思う。そうとも、ボサ髪モップ前髪の以前よりは全然マシになっただろう。けど、陰キャが髪切ったらイケメンで、女子にモテまくる~とか意中の女性と急接近~! とかってさ……。アレってさぁ……。
「……ちくしょう! なにが陰キャぼっちとギャルの恋だよ! ボサ髪ばっさりしたらイケメンだっただ!? ふざけるなよ! そんなの陰キャぼっちの恋物語じゃねぇよ! ただの“ただしイケメンに限る”な話じゃねぇか!! おーおーそりゃイケメンでもいろいろこじらせりゃ陰キャぼっちになるかもしれねぇよ! けどさぁ! 最初から“イケメン”を武器に惚れさせる物語なら陰キャ設定いらねーじゃねーか! そのギャップがいい!? だからそれ結局外見に惹かれてるんじゃねーか! 髪切るまでの陰キャぼっちくんの頑張りなんだったんだよ! 結局トキメキ描写は髪切ってイケメンだって知った時が一番トゥンクしてるしさぁ! っはー! これでイケメンじゃなければ“あぁ髪切ったんだ、鬱陶しかったもんね”くらいしか言われないんだぞ!? この差! っはははこの差だよ! 大体イケメンだったらぼっちになる前に周りがほっとかねぇだろ!? しかも恋小話~とか書いてあるのに嘘告白から始まるだけで本気の告白しないで終わるし! お前はなにか! 俺達の戦いはこれからだとか言いたいのか!?」
もはや我慢ならぬと、部屋で一人、叫んでみる。……虚しいのは自覚している。けど、抑えられん。
「確かに告白する前に身形を整えたのはスッゲェいい場面だと思うよ!? 見た目も気にせず告白して、玉砕してからざまぁのために身形を整える奴らとか心の底から性根腐ってると思うよ! ほんとふざけんなだから! いくら〝内面が好きになった”って女の子の話でも、ちったぁ身形気にしてやれよ! いきなりボサ髪で見るからに不潔って感じの男に呼び出されて告白される女の子の気持ち、少しでも考えたことあるか!? それが幼馴染だったら!? 良いところは知ってても悪いとこもバッチリ知ってる幼馴染で、普段からもうちょっと身形綺麗にしたら? とか言ってきてくれてた幼馴染だったら!? ───断るわ! 当たり前だろ断るわ! OKすれば不潔な男でも告白をOKする女子♪ なんてレッテル貼られるんだぞ断るに決まってんだろうがちったぁ考えてから行動に出ろよ! なのにそれでごめんされてざまぁに走る奴とかなんなん!? アホか! 貴様らは我ら陰キャぼっちの顔に、血と汗と涙が混ざった泥を塗ったのだ!! そんな奴は陰キャぼっちの風上にも風下にも台風の目にも四天王の末席にも置けんわ! 滅びの風にピューピュー吹かれてお前はそこで乾いていけ!」
ああいやそれ以前! それ以前の問題だったよそもそも!
「というかだ! ざまぁ大好き陰キャボッチくんよ! お前本当にその人に好かれる努力とかした!? してねぇのに一方的に“俺って好かれてるゥ~ン♪”とか勘違いして告白してフラレて逆恨みしてざまぁ!? 確かにフり方とか言い方にも問題ある女子も居るよ! 見ててこれは言い過ぎだって思うものもあるよ! でも容姿とか陰キャって部分は間違えようもねぇ事実だろうが! なのにざまぁに走るとかほんとわけわからん! そんで自分の身形は気にしないくせに、憧れてるのは学校一の美少女とかな! お前何様なの!? 垢ぬけた幼馴染に恋するなとは言わねぇよ! でも告白する前にお前も自分の身形をなんとかして垢ぬけてから挑戦しようってなんで思わない!? 馬鹿なのか!? そしてそんなインキャーノ男爵が嫌いだから告白前に身形を整えた俺です本当にすいませんでした! そしてざまぁみろ俺! 告白すらできねぇでやんのワハハハハちくしょぉおおおっ!! これが“もう遅い”か! そりゃ遅いわ遅すぎるわ! だっせぇええっ! ダッサダサだぁあーっ!! ざまぁねぇったらねぇよもう!」
でも、言わせて欲しいのだ。想わせてほしいのだ。〝実はイケメン陰キャ”は陰キャじゃねぇと!
「ていうかさ! そもそもさ! いろんな困難が待っている陰キャの恋物語とかさぁ! お話がイケメンってことで解決することばっかだけど、結局それってイケメンじゃなきゃなんにも解決しねーってことじゃねぇかよ! あとなんか実は金持ち~とか高校生株主だの超絶プロゲーマーだの! フツメンブサメンで解決できる案件なにかあった!? 陰キャとか自称しながらなんか途中からめっちゃ積極的に動き出してるあの自称陰キャぼっちどもなんなの!? 陰キャのフリしてたとか暴露しちゃうヤツも居るし! お前脳内自己紹介で“俺の名前は○○○。なんの取り得もない陰キャだ”とか言ってたじゃねぇかよぉおおっ!!」
言ってたらなんかもう泣けてきた。いやもう幼馴染に好きな相手がって時点で泣けて来てたけど、いよいよもって、泣けてきた。
「ちくしょう陰キャ騙るのも大概にしろ! “ここで動かなきゃ……!”とかそういう場面でも結局動けないから陰キャやってんだよ! ゆ、勇気を出して声かけて、友達になってもらうんだ……とか思ってても結局動けないから陰キャやってんだよ分かるだろ!? ちっとでも誰かのために積極的に動ける度胸があるならなぁ! 大事な場面見極めて動けるならなぁ! 最初ッから陰キャなんざやってねぇっつーんじゃチックショォオオ! ───まあその所為でもう遅い味わってるんですけどね!? ワハハハハハ世界よ! これが陰キャぼっちだよ! ざまぁねぇ! もうやだ死にたい! セルフざまぁもう遅いBSSとか胃も心も胸も頭も涙腺も大激痛にも程がある! 俺もう後悔ばっかだよ! もういいだろ俺! 次くらい頑張ろう!? もう散々そうやって結局やれずに後悔してきただろもういいだろなぁもうさぁ!! もっと早くにって頑張れる俺になろう!? やらずに後悔するよりやって後悔ってほんとそれだよ! もうっ……も、もう……もうやだー! やだー! 俺の馬鹿ぁあっ! ばっかやろぉおおおおっ!! ぶえぇえぁああ~っ……!! っ、っ……あー……! あ~……!」
そう、結局現実なんてこんなもんである。陰キャぼっち? がり勉野郎? 真面目なあなたを好きになった? あっはっはっは、それだけだったらよかったのになんで陰キャぼっちの話ってだいたい“実はイケメン設定”入るんだよ! 結局顔じゃねーか! 見てみなさいイメチェンしたばっかの俺を! 鏡見たって髪が整っただけの陰キャが居るだけですことよ!? 泣いて顔もぐっちゃぐちゃでブッサいったらありゃしねーよ。筆頭株主でもプロゲーマーでも超有能プログラマーでも実は隠れた才能があるでもねーよ? ほら、俺に何が出来ますか!? 自分の何処に自信を持って、幼馴染を幸せに出来るって思いますか!? ……無理だー! あっはははは無理だー! あいつに対してやさしく出来るってこと以外でなんにもしてやれねぇ! ぃゃっ……いやマジでそれしかねぇよ!? え……俺やばくない!? なんの取り得もないって……え!? いやなんかあるだろ!? ィャ……ェッ……?
「…………俺、なにやってんだろマジで……。告白しようと髪を整えた? 身なりを小奇麗に? んなことする前に出来ること、いろいろとあったろうがよ……運動も勉強も、あいつに教えられるくらいにはやってきた……けど。でも、もっともっと出来た筈だ。コミュだって諦めずに何度だってぶつかっていきゃよかったのに……」
先に立つ後悔があればな……と、とあるヒゲなゼロさんは仰った。でもそれ後悔言わない。
「ぐすっ……」
それでもばっさりさっぱりする前よりはマシには……あくまで多少はマシになったんだからと、明日は幼馴染に告白するつもりだったのに……出鼻どころか決戦たる翌日が来る前に希望が打ち砕かれたよ。心が折れそうだ……ってなったので、幼馴染NTRもののWEB小説を見ていたら、涙がこぼれた。想像以上にダメージがデカすぎた。そして自分のメンタルが実はモノスゲーもろいものだったと知った。あと俺が見るべきはNTRではなく、BSS……“僕が先に好きだったのに”系になるわけだ。
「あ、やばい、死にたい、こんなの見るんじゃなかった」
俺が読んだのは幼馴染彼女が寝取られるものだった。……んだけど、いやぁ相手役の男がクズでさぁ。主人公の彼女を本当の意味で寝取ったっていうか……まあ、寝込み襲って無理矢理イタしちゃったのね。で、そこからも脅して関係を持って、合体動画等を主人公に送りつけてゲヒャヒャヒャと笑ってたんだけどね? ……主人公がその動画をクズの親と元カノの親に渡しまして。なんかモノスンゲー速度でざまぁが成立した。まあ、だよなー。学生が出来るざまぁなんて回りくどくてめんどっちぃもの。んなことよりそいつらがあぐら掻いてる家庭環境ぶち壊してやったほうが、よっぽどざまぁじゃない? あと強姦は犯罪です。まだるっこしいことしてる暇あったらポリス呼ぼうね? 人は14歳から逮捕できるからさ、うん。是非。
「……なんでざまぁしようとする人って、こんな回りくどいことするんだろ。証拠もある。生々しいものがたっくさん。なのに何故? 普通こんな、自分にとってやべぇと思える幼馴染の本性知ったら、相手のことなんてどうでもよくならない? 関わるのも嫌にならないか? さっさと相手親に証拠という名の爆弾プレゼントして、幼馴染って関係ぶち壊したくなりません?」
ちなみにそのクズは元カノの父親にフルボコられた後、自分の父親にもフルボコられ、竿ごと黄金をシュゥウウウーッ!! されて男として終了。他にもハメドリャ関係の女子(脅迫)が居たらしく、その親も呼ばれ、彼はフルボコルボバルボ。血祭にあげられて絶縁された。元カノはクズがフルボコられたあとにハッとして、急にボロボロ泣き出して……まあ、その。壊れた。精神的自己防衛でそれまで保ってただけで、原因が取り除かれた瞬間、泣き出し、俯き、ごめんなさいごめんなさいとしか言わなくなり……精神病棟送りに。……うん、誰一人幸せになれないNTRものでした。……これNTRっていうかただの犯罪レイプ物か……? でもね、うん。救い……無かったんだ。主人公が学校一の女子と出会う~とか金持ちになる~とかそんな救いも一切無し。もう一人幼馴染が居た~とか、親友が居た~なんて話もない。支えてくれる級友も居ない。……うん、ほんと、しんどかった。NTRってほんとしんどかった。そしてそんなものを見てしまった俺。……心が折れそうになったわけで。
だってさ、彼女を守れなかった~とか急に両親言い出して、お前の育て方がーとかあなたなんて育てていないじゃないとか喧嘩しだして離婚して、どっちも親権放棄して路頭に迷って……あぁぁぁぁぁ……!! はは……奇跡的に誰かが通りすがって拾ってくれるとかそんな救いもなかったんだ……。なんならホームレスやって冬越せなくて凍死したまでありますが?
「…………~……くそっ……ぐしゅっ……なんで俺こんなので泣いふぇっ……っく……ぐしゅっ……! ~……辛かったな……辛かったなぁ……! そうだよな……普通救いなんてねぇよな……! 俺だってもしかしたら、告白したこと言い触らされて笑いものになってたかもしれなくて……───ぐしゅっ、い、いや、あいつはそんなことは───!」
めそめそ泣きながらそんなひっでぇものを、同族を知ることで癒しを……なんて思ってダメージを喰らった俺であるにも関わらず……それでも好きな幼馴染に既読無視なんかしたくない。俺はいつだってあいつに誠実で居たい。随分時間経っちゃったけど。すまん、いやほんとすまん、心の整理とかしたかったんだ。整理どころか月面クレーターのごとくボッコボコにされた気分ですが。
しかし、だからこそ、好きな人が出来た~なんてことをENILで伝えて来た好きな相手に、俺も自分の気持ちを飛ばすことにした。……俺は陰キャぼっちである。“ここで逃げたらもう一生……”なんて場面で結局しり込みして、一生に一度の機会を何度だって取りこぼし続けて、どんどん勝手に腐っていく自業自得型陰キャぼっちである。そんな俺でも彼女にだけはと思った。思ったのなら行動せよ。今ぞ……! 腹に力込めて根性入れろ。ここで逃げたらもう一生、なんて大げさなことはどうでもいい。ただ幼馴染であり好きな相手を応援するための言葉を吐き出せ。
俺に出来ることなんて、昔っから“あいつにだけはひたすらにやさしく”を貫くことだけだったんだから───!!
『すまん、衝撃がキツすぎてしばらく立ち直れなかった。でも……マジか……おめでとう。だったらこれが最後になるな。俺、お前のことずっとずっと好きだった。本当は明日告白するつもりだったけど、これを励みに好きなやつと幸せになってくれ。こんな俺に告白されてもメーワクだろうけど、少なくともお前は一人の男には告白されるくらい、人に好かれる魅力的な女性なんだって自信つけてくれたら嬉しい。……じゃあ、幸せにな。出会ってくれてありがとう。本当に本当に、好きでした』
これでいい。
送信したメッセを読み返して泣きそうになったけど……これでいい。
既読がついたことを確認すると、自然とぽそり、さようなら……って言葉が漏れた。ついでに涙もこぼれた。ぼろぼろこぼれた。
「あぁ……あ~……好きだったなぁ……!」
そんな言葉を最後に、ひっくひっくと声が震えてきて、本格的に泣き出してしまった。
高校二年にもなって、なんて思うけど、悲しい現実に年齢なんて関係ないのだ。
敗れ去った俺に、誰か寄り添ってくれる人は居るだろうか。救いをくれる人は居るのだろうか。そんなことを望んでもいないのに考えてしまう自分が嫌だ。今はただ普通に泣かせてほしいのに、居もしない誰かが突然やってきて、俺を救ってくれる妄想を止めることが出来ない。そしてそれが、余計に自分を惨めにした。ああ、いやだ、なんでこんな自分なんだ。もうやめてくれ、ただ普通に泣かせてくれ……頼むよ。
とか思ったら、ドアチャイムの音。
それも一度だけではなく何度も。なんなら、どんどんどんとドアを叩く音と、「ごめんなさい音羽さん! 開けてください! お願いします!」という幼馴染の声。音羽さんとは俺の母親のことだ。って……え? なんで来てんのあいつ。とか思っていたらドタタバタバタダットットンッタンッタンッと物凄い勢いで階段を上がってくる音。え、え? え? なに? なんなのっ!? と、失意の内に崩れ落ちていた体を立て直すように立ち上がって、ドアに近づく段階で、
「ケータ!」
どばーんと開け放たれた扉から現れる、幼馴染で同い年の川村のどか。
驚きつつ、涙目のままのどかを見ると……彼女は俺の情けない顔を見てどうしてか切なそうな顔をして……
「の、のどか……? なんでこkドゥゥゥエッ!?」
有無も言わさぬままに俺に抱き着いてきた。なんでここに、って言葉が悲鳴に変わるくらいには勢いよく。お陰でベッドに押し倒されるかたちになって倒れた俺は、マウントポジションを取られたままに幼馴染を見上げる結果となった。
「げっっっっ……~……っほ……!! っは、はー、はぁ、はぁっ……! ちょ……な、なに……!?」
「~……」
「え、え? あれ? ぇちょっ!?」
腹へのタックルと、結構な勢いで倒れた衝撃と、さらには状況への判断材料の少なさに戸惑っていたことも手伝って、おろおろしている内に手を取られ、気を付けをするようにのどかの足の下に揃えられ、封じられた。
「のどか……なにんむぅううっむむぐーっ!?」
途端、のどかが俺の両頬に手を添えると、体を折るようにして顔を接近させ、俺の唇を奪って───ホワッツ!?
え!? キス!? なんで!? ……おろおろしている内にずずっちゅぅううるるるる、レルレルレロロマッチュモッチュと口内を蹂躙され、吸われ、舐められ、息を止めてた所為で息を荒げる俺に、最後にチュッとキスをして……うっとりとした幸せフェイスで俺を見下ろすのどかさん。顔はすっかり桜色に上気して、けれどマウントポジションのまま、いとおしそうに俺の頬をさす……と撫でてきた。
「な、なにを……! のどか、お前……好きな人が居るんじゃ……!」
「うん……うんっ……! わたし、わたしね……? ケータ……あなたが好き───!!」
「…………へ?」
「幼稚園の頃から、自分だって怖いのに、いじめっこからわたしを助けてくれたあなたのことを、ずっとずっと……! でもケータは……わたしのことなんて女友達くらいにしか見てくれてないって思ってたから……!」
のどかの言う分には、彼女は幼稚園の頃から俺が好きで、好きだからこそ俺の傍に居てくれたらしい。居てくれたからこそ、住居は離れていても幼馴染というポジを確立、時間さえあれば俺の傍に居たことから、昔っからクラスメイツに“夫婦夫婦~♪”なんてからかわれもしたけど……俺がそれを激しく否定し続けたことで、俺に脈が無いと傷ついてしまい、せめて友達で……と、最近までそのポジションで居続けようとしていたらしい。こんな無難なポジションにつけるわたしは、きっとそれでも特別な存在なのだと思い込むようにしたのだとか。今では彼女がマウントポジション。やられているのはもちろん俺こと柏木圭太。何故なら、彼女もまた……恋する乙女だからです。いやそういう話じゃなくて。
ああうん。今になって思うけど、ああいう時───子供の頃に夫婦夫婦と揶揄われた時は、否定するんじゃなくて自ら肯定に飛び込むくらいが丁度いいのだと思う。むしろ今ならそうしたい。でもそういう時に行動出来ないから陰キャぼっちやってます。はい、本当にどうしようもないですね陰キャぼっちってやつは。
「でもお前……好きな人が……“出来た”って」
「だって……頑張って頑張って我慢してたのに、ケータがまたわたしを助けるから……! 強引なナンパにからまれちゃった時もそうだし、勉強の時だって、運動の時だって……。無理だよ……わたし、こんなに好きなのに……! 諦めようとして、我慢して、離れようとして、何度好きになったと思ってるの……!? 好きでもないならやさしくしないでって思うたび、思うのとは逆に好きになって……! それなのに最近はもっとそっけなくなるし、助けておいて、やさしくしておいてそっけなくとかやめてよ……! どうしろっていうの……!? なのに好きって……好きだったって言うから……!」
「う…………ごめん」
情けなくも、俺が〝こいつのことがずっとずっと好きだったのだ”と気づいたのは最近だった。距離が近すぎて、それが恋だと自覚出来ていなかった。確かにあいつの傍に居ると心がぽかぽか温かかったり、幸せな気分だったり、もっとやさしく接したくなったり、手とか握りたくなったり笑顔にしてあげたくなったり……ああうん、それ思い返すだけでも恋以外のなんだっつーんじゃい。
けどだ。自覚した時には昔に比べてとんでもない綺麗な女の子になっていたのどかは、高嶺の花すぎて手を伸ばすことさえ烏滸がましく、なんて思って。だったらいっそ、当たって砕けようって……イメチェンして、でも陰キャは陰キャでしかなく、実はイケメンでしたーなんてこともなくて、自分の在り方にがっくりしながらも向き合おうとしたのだ。
すまん、父さん母さん、理不尽にも〝なしてもっとイケメンに産んでくれんかったとや”、なんて思ってしまった。
「で、でもな? や、好き合ってたのは純粋に嬉しいし、お前が好きだったのが俺だったってのもとんでもなく嬉しいんだけど……さ。さすがにいきなりキスが来るとは思ってなくてその……」
「……ケータ。さっきからその、硬いのが当たって……」
「ケンゼンな高校生男子に、好きな女に押し倒されてキスされて、興奮するなとか無茶言わんでくれません!?」
「赤くなってるケータ、かわいい……! だ、大丈夫だよ? わたし、ケータのためならなんでも……! 好きになってからずっと、ずぅっと、二人でしたいこととかいっぱいあったんだよ……? だから───」
また体を折り、俺の頬に手を添えるようにして、ちむ、とキスをされる。
「……あの。とりあえず両腕封じたマウントポジション、やめてくれません? ていうか腕の極め方完璧すぎて抜けないんだが!?」
「将来ケータに嫁ぐんだって決めた時から、他の男に絡まれたらヤだなって思って……ずっと護身術とかこういうの、習ってたの。もちろんケータに好きになってもらうために、お洒落だって勉強だって運動だって頑張った。……ケータは出来る子なんて好きじゃなかったみたいで、逆に距離置かれちゃったし、そう思ってからは教えてもらおうって口実で、わざと勉強しなかったりしたけど……」
「陰の者に天上の者は視界に毒だろ……。でも、いつからかお前が俺のこと見てるって気づいてさ。や、正直言えば昔っから俺のことを見てたのは知ってた……ああいやこれも違うか。気づいてたっていうか。でも自分に自信が持てなかったし……自意識過剰だ、なんて言われるのも嫌だったんだ。ガキの頃の男なんて、女と一緒に居ればからかってくるのが当たり前、みたいなところがあったから」
「わたしは……嬉しかったよ? 夫婦って言われて、嬉しかった」
「いやうん、夫婦言われてドヤ顔してるのを見たことなら何度かあった」
「あったの!?」
うそ、なんて言って、桜色だったうっとり顔が、羞恥の赤で染まった。にぎやかな表情である。
「まあ。でも、そうしてる理由があるのかなって考える方が先だった。で、それはすぐわかった。夫婦って言うたびに嫌がるんじゃなくて、むしろ胸張ってたら相手はつまらないって感じるもんだもんな。すぐにからかうヤツは居なくなって……」
「えっ?」
「えっ?」
「………」
「あー……いや、ほんとにか? 黙らせるためじゃなくて、嬉しさからなのか? あの頃から、夫婦って言われてドヤ顔するくらい、俺のこと……?」
「生物学的に、って言えばいいのかな……人間の男女ってね? 好きって気持ちは多くて4年くらいしか保っていられないんだって。もちろんわたしだって、ケータに不満だって覚えることはあるし、もうべつに好きじゃないかな、なんて思うことだってあった」
「ぐっふ……結構クるな、その言葉……! 童貞陰キャぼっちのラノベ好きな俺には、一途で気持ちも変わらない愛とかが憧れすぎて辛い……!」
彼女もおらぬ童貞陰キャなんて、女性に夢見て泣く存在ぞ。夢見る以前に玉砕覚悟の告白するつもりで、するまでもなく恋が終わったと思って泣いた俺だけど。
「無理だよ。あのね、ケータ。一途って、ずうっと一人しか愛さないことじゃないの。いつか、なにかの拍子に、瞬間に、べつの誰かを好きになったとしても……結局そんな好きよりも、最初に抱いた思いが大切だから~とか、好きとはべつのいろんな感情に支えられるからこそ貫けるものなの」
「のどか……」
「嫌いになっちゃう時だってやっぱりあるよ。どうして、って、なんで、って思って泣きたくなっちゃって、泣かせてるのは、こんな想いをさせてるのは誰なのかなって思えば、離れたくなることだってあるんだよ? ……それでも。やっぱりそこがいいって、その人の傍に居たいって、あぁ、わたしも悪かったなぁって、相手も真剣に謝ってくれたなぁ、怒ってくれたんだなぁって、それから支えたいって、寄り添いたいって……いろんな想いに支えられて、その度にその人のいろんな部分を見て、知って、また好きを重ねるからこそ続けられるの。その人のたった一箇所だけを好きになった恋なんて、きっとずっと続かない。だから何度だって同じ人を好きになるの。わたしの中の一途って、そういうことなんだよ」
「……俺に、そんなに何度も好かれる要素なんて……あったかな」
言ってみれば、また……ちゅむ、とキスをされて、すぐ近くに慈しむようなやさしい笑顔。
「ね、ケータ。ひとつの好きで4年も寄り添える人間がさ、付き合って数日で“思ってたのと違った”なんて別れるの、すっごく馬鹿なことだって思わない?」
「え……」
「その人はさ、相手のことなんてこれっぽっちも好きじゃなかったんだよ。むしろ、思ったのと違ったって自覚したって“そこから好きになる努力さえしなかった”。……ばかだよね。そこでもっと寄り添ってみれば、そりゃあいいことばっかじゃないかもだけど、自分が欲しかった幸せをくれる人だったかもしれないのにさ。あ、もちろん暴力振るう~だとか浮気癖がある~だとかのクズは別だけど」
だから大前提。そう言って、のどかは俺の額に自分の額をくっつける。
「やさしくて、自分に対して真っ直ぐな人を好きになるの。そんな人と歩いてみて、刺激がないからもういいやって離れるんじゃなくて、“その穏やかさ”を楽しめる自分になってみるの。刺激を求めて一緒に歩くんじゃなく、味わい尽くしてるって思ってるつもりの、なんでもない日常をその人と歩いてみるの。そりゃさ、たった一度の青春を、つまらないだけで埋めちゃう結果もきっとあるんだと思う。片方だけが努力したって、片方が一緒に歩いてくれないんじゃなんも意味ないよね?」
「……のどかは、俺にそんな可能性を見てくれたって……ことか?」
「えへー♪ 何年一緒に居ると思ってるの? もう何度だって自分が変わった自覚があるし、退屈だなって思える瞬間を“案外いいかも”って思える自分にもなったりしたよ? そのたびに、他の人とだってきっとこんな日常は送れるけど、遠慮とか……面倒な感情をそこに乗せないままに一緒に居られるのって、きっとケータだけなんだって思えるから」
「……あー……もしかして、その」
話を聞いてみて、もしかしたらに思い至る。
つまりは、そもそもは、今回のことだって───
「好きな人が出来た、っていうのも、その流れか?」
だから訊ねてみる。と、のどかは少し苦笑まじりの表情で首を横に振った。
「……ううん。普通に探りから入らなきゃ怖かっただけなんだ。いろんなことで好きを重ねて来たんだよ? 告白するって、恋人になりたいって漠然と思うのとは訳が違うから。今まで積み重ねてきたものが、たったひとつの言葉で関係ごとめちゃくちゃになっちゃうかもしれないんだ」
「……だよな。そりゃ、そうだ。俺だって本当は明日、お前に告白するつもりだったんだ。関係がブッ潰れるかもしれないってすっげぇ緊張しながら、考えすぎて泣くくらいに怖かった」
「えー……? まあ、うん、泣いちゃうくらいっていうのはちょっと嬉しいけど、それにしたってケータはちょっと卑屈になりすぎだよ? いじめっ子相手からわたしを守ろうって時は、あんなに勇気があるのに。明日の告白を思うだけで……ううん、わたしにフラれたって思うだけで、こんなに泣いちゃうなんて」
「……昔っから、お前を守ろうとか……お前を助けたいって思うと、思ってもみない勇気が湧いてくるんだよ。我ながらキモいとは思うけど、のどかに関することだとさ、なんかやたらと頑張れる」
「あははっ、それってわたし以外の人を好きになった時、とっても大変なことにならない?」
「うぐっ……そ、そだな。いつかのどかに捨てられたなら、雑草のように生きていくのもいいかなぁ……」
ぶわわっと涙が出た。そうだよな、こいつ以外を好きになるなんて今の俺に想像できないけど、きっといつか捨てられたなら、そうしなきゃいけない時が……時が……!!
なんて思っていたら、ガヂッ、と音が鳴るくらいの勢いでキスされて、悶絶した。
「~ったぁ~……! もう! 卑屈禁止! 泣いちゃうくらい心配なら、わたしが必死になって“別れたくない!”って縋りつくくらいいい男になればいいでしょ!? 大体さ、男子っていう存在は“今の自分のこと”で卑屈になりすぎなの! ……あのさ、わたしたち、まだ高校生なんだよ? 高校生活だってまだあるし、大学でだっていろんなこと出来るよ? どうして今の自分が、自分の人生ってものの最高潮だ~なんて考え方で物事決めつけるの? 一週間あれば出来ることだってたくさんあるし、たとえば太ってる人だって一ヶ月あれば10キロも痩せられるんだよ? そんな一ヶ月があと何回あると思ってるの?」
「そりゃ、そうだけど」
「これまでの自分なんかに敗けるな男の子! “高校生活があと一年くらいしかない”って言葉しか出せないなら、じゃあその残りを悔いの無いように動かないで、どの口が“あと一年くらいしか”なんて言うのさ! 一年が短く感じるなら“まだ12ヶ月ある!”って叫ぼうよ! 自分に自信が持てないなら持てばいいでしょ!? 何かが足りないなら足らす努力をしようよ! なにもしないで諦めて、ケータは何に対して胸を張って“頑張った”って言えるの!? 努力もしないで人から好きになってもらえるだなんて思わないで!」
「あたっ、当たり前だ! だから努力しようって思ったんだ! お前に好かれる努力を始めたんだよ! けど大学が同じだなんて誰が約束してくれるんだ!? お前が、俺が努力し切るまで待っててくれるだなんて誰が保証してくれるんだよ! 努力はする! 当たり前だ! 自信だって持つさ! けど間に合わなかったら、なんて考え始めちまったら誰だって怖いんだよ! ~……お前が好きだ! 好きなんだ! 誰にも渡したくないし、俺だけの大事な人になってほしいんだよ! 自分がこんなに独占欲が強かったなんて知らなかった! 戻れるならもっと小さな頃に戻りてぇよ! 戻って、ガキの頃から努力してぇよ! 俺なんかじゃ間に合わないって思うのが嫌だ! 人と比べるたびに、どうして俺はって理不尽に親を怨む自分が嫌だ! 夫婦だって揶揄われたガキの頃に、胸のひとつも張れなかった自分が情けなくて仕方ない! ……なにより! 相手がイケメンであればそれだけでお前がなびくんじゃないかって思う俺が嫌だ!!」
自分の心の奥底を吐き出すように言う。叫ぶように言った言葉に、のどk「あ、わたし顔だけ男子とか興味ないから」……手をナイナイとばかりに振るいながら、どうでもいいって顔でそう言った。
「えっ……金持ちイケメンで運動勉強なんでもござれ男子とかっ……」
「顔整ってる男子って大体が女の子をモノとしてしか見てないからね。要らない」
「要らんとな!?」
え、えー……? いやなんでそんなイケメンに対して風当たり強いの……?
「わたしイケメンってむしろ嫌いだよ? ケータと話してるのになんか割り込んできてベラベラ自分のことばっかり話すやつとかも嫌だし、女子は自分を好きになるのが当たり前、って構え方とか本当に……死ねばいいのになって思う」
「……!」
アー! そういえばこいつ、顔のいいヤツに話しかけられるとなんか急に眩しいばかりの笑顔になったっけ!? なんか眩しいんだけど作りものめいてるなーなんて思ってて……え!? マジで作り笑顔だったの!?
「……ね、ケータ。分かってないみたいだし……この際だから言っちゃうね?」
「……聞きませう」
聞く体勢を取る(マウントポジション)と、のどかはやわらかく笑みながら、すう……っと息を吸った。
「耳の穴かっぽじる暇があるなら今すぐ聞け! 柏木圭太! ───わたしはっ! ちゃんとっ! ケータがわたしに精一杯やさしくしてくれたから好きになったの! 自分はイケメンじゃないとかあいつには俺なんかより誰々の方が~とか言う前にさ! お前なんかが誰々となんて釣り合わないとか思ったり言われたりしようがさぁ! もっとちゃんと“自分”を持ってよ!! なんで傍に居る相手よりも、自分に嫌なことを言う人の言葉を信じるの!? 自分を後ろ向きにさせる人の言葉なんて信じないでよ! 自分で自分を後ろ向きにさせる自分の考えなんかに負けないでよ! わたしはっ! ケータが好きっ! それだけで何が不満なの!? なにに届かないから躊躇するのよ! 言ってくれなきゃわかんないよ! ばかっ! 馬鹿ケータ!!」
きっとこれからの人生において、俺が思い、口にしたかもしれんであろう言葉や不安の数々が、先回りして語られた上で馬鹿であると吐き捨てられた。いやまあ……馬鹿だとは俺も思う。それでも思ってしまうのが陰キャぼっちってやつでして。
でも……そっか。なにに届かないから躊躇をするのか、か。俺が陰キャでぼっちだから? じゃあそれを治す努力を何故しない。そう簡単に治せるなら苦労はしない? 苦労って言えるほど努力したのか? そうだよ、なんで動かない? なんで俺を嫌な気分にさせる人の言葉ばかりを信じるんだ。
俺に頑張れって言うだけ言って突き放す人じゃない、頑張れって、あなたなら出来るって信じてくれて、傍で笑ってくれる人をどうして疑うんだ?
頑張る人に付きまとって笑いものにするんじゃない。頑張ったのに傷ついてしまう人の傍に寄り添って、一緒に傷ついてもくれようとしている。そんな人を突き放してまで、こちらを傷つける人を信じる理由なんてあるのか?
「…………なぁ」
「なによぅ!」
「……信じても…………いいのかな。また、ここから……さ、頑張っても……いいのかな」
「…………ケータ」
「みんなさ、見下すんだよ。笑うんだよ。頑張っても努力しても、望んだ通りにいかなくてもいっても。結果が出せなきゃ見下されて、結果が出せたらカンニングだなんて言われて。……俺だって、自分を信じたいんだ。信じたかった。イメチェンしてさ、俺だってって思ったよ。でもどう足掻いたって鏡の前に立っているのは俺だし、前髪がどんだけ長かろうが自分の顔を見間違えるわけねぇんだよ……。髪切ったらイケメン? 美容院行きゃ小奇麗になる? ははっ、そう思えるやつらって、“お前普段どんなふうに生きてんだ”って話だよな、見違えるわけがねぇんだ、髪で隠れてる程度で自分の顔を忘れる馬鹿なんて居てたまるか。どう足掻いたって鏡の前には俺しか居なかったよ。自信になんて繋がるわけがない。俺は俺のまま、陰キャだって言われるような俺のままでこれからも努力していくしかないって気づかされたよ。でも……」
「……うん」
「もう……気にしないことにした、いや、正直言えば絶対に気にするとは思う。でも……思いつめるのはやめる。考えても自分を追い詰めるだけだし、信じてくれるなら、そんなお前を信じてみたい。俺はたぶん……お前にやさしくするくらいでしか、周囲に貢献できないから」
「うん、わたしはそれでじゅーぶん。ていうかさ、ね、ケータ」
「ぐすっ……ぁ、ぉおう、なんだ?」
「筋肉鍛えよう!」
「───…………」
ワッツ?
「ぇ……ぃゃぁの……えー……あの、今ちょっといい流れ的なアレだったのに、え……? き、筋肉? え?」
「あ、筋肉っていったのはまあ全体的な意味でってことで。つまりは運動しよう。まずね、ケータは後ろ向きすぎる。わたしにやさしくする時は前向きなのに。まあそれは嬉しいけど、後ろ向きはイッツアヨクナーイ」
「……で、なんで運動? 運動ならしてるぞ? これでも結構運動神経には自信があるし」
「筋肉鍛えるとね、前向きになれるよ? むしろ運動全般ね。まず、ジョギングだろうがウォーキングだろうが始めること。で、誰かと一緒に歩いて、笑顔になれる話題をしながら続けること。世の中には脳筋って言葉があるけど、あれって結構な誉め言葉だって知ってた?」
「いや聞いて? っていうか初耳なんですが!?」
え? 脳筋って蔑称っぽく聞こえない? え? 違うの?
「筋肉鍛えてる人は頭悪い~なんてイメージあるけど、あんなの漫画とかの中だけだよ? 筋肉鍛えてる人が真面目に勉強に打ち込むと、驚くくらいに知識を吸収出来たりするんだから」
「……マジで?」
「はいマジで」
言われてみれば……筋肉鍛えている人の、筋肉に関連する知識量って呆れるくらいにあるような。
え? じゃあその意欲がきちんとした勉強に向かった時、いったいどんな力が発揮されるのか……?
「それに運動してると暗い気持ちとか吹き飛んでいくし、心も穏やかになれるよ? だからやろう!」
「……いや俺運動続けてても陰キャぼっちやってて───……ぁあもうこれがいけないんだよな、ん、よし。やるかっ! 俺も言い訳ばっかな自分から卒業したいって思ってたし」
「よーし! じゃあまずは空腹になってからの体力作りから始めよう!」
「なんで空腹から!? 空腹の時に運動すると筋力が落ちるとか言わないか!?」
「筋力はあとからつけるから大丈夫。バランスも考えなきゃね。空腹時に適切な運動すると、体力が増えやすいの。ミトコンドリア先生の謎理論。30秒の強めの運動と、一分間の緩い運動を繰り返すんだって」
「……人体って謎だな」
「で、筋肉が増えればミトコンドリアの数も増えるそうだから、バランスよくやろうね」
「……わからないならわからないなりに、ついていくだけだな。もうなにもせずに“俺なんか”とか考えるのはやめだ」
「うんうん、その調子♪ というわけで、ケータ」
「ああ、なんだ?」
「えっと。……わたしたち、もう恋人同士ってことで……いいんだよね?」
「マウントポジションとってる相手にそれ言われるの、たぶん俺史上最高に複雑な心境。ていうかもう無理矢理にでも抜いていいか?」
「無理に抜こうとすると、わたしのふともも、撫でまわすことになるけど……いいの?」
「ここでそれは言い方が卑怯だと思うなぁ!!」
そんなわけで、俺の自分改革が今、産声を上げ直した。
まずは恋する乙女の顔をしているくせに、姿勢はマウントポジションなこの恋人さんを信じることから始める。体力をつけて、そして───俺は……!
「あ、ところで恋人さんになったことだし、条件をつけていこ? 約束ごとっていうか、ルールって大事だと思うから」
「お、おう。確かに、って言っても俺自身はのどかに不満はないし、そうして欲しい約束事が出来てから言うから、まずはのどかから頼む」
「うん。じゃあそのえっと。まずは……その」
「? もったいぶるなって」
「う、うん。それじゃあ…………セッ〇スは九日に一度だけで、それ以外は前戯とかでお互いを慰め合おう?」
「うんちょっと待とう?」
輝く笑顔でそんなことを言い出す恋人に、俺もひどく穏やかな表情で待ったをかけた。
「ちなみに安全日以外には本番は無しです」
「待てっつのコノヤロウ」
「避妊具だろうが大人のオモチャだろうがケータ以外が中に入るとかわたし嫌だもん!!」
「ねぇ待って? ね? のどかちゃん待って?」
そして早くも泣きそうだった。
あとなんかスゲー愛されてる気がす……いやマテ。じゃあなにか? 安全日はつまりスキンは無しで……?
「………」
ゴキュリと喉が鳴った。それが、なんだかすごく大きく部屋に響いた。
……なんかのどかの両親にすごい謝りたくなった。
「いろいろと待ったをかけたいことがありすぎるけど、まず一つ。……その。なんで九日に一度?」
「えっとね、筋肉をつけるのに重要な成分で、テストステロンっていうのがあってね? それって男の子の場合、オウゴーンから作られるんだって」
「早速訊いたこと後悔してる俺が居る!」
あと黄金言うな。……ああその。睾丸? から作られるそうです。それが?
「でね、そのテストステロンさんは、自慰行為などの果ての発射の前後に大きく消費するらしいの」
「……つまり?」
「筋トレ中の液射は、筋肉を衰えさせます!」
「液射言うな」
なんでちょっとサ○ラ大戦に出てきた降魔っぽいんだよ。懐かしいなぁ、居たなぁ液射。
あ、あと、前後というからには寸止めだろうと減るらしいです。
「でも発射しようがしまいが、そのテストさんが減る時期があって、それがえっとー……九日から十日? らしいの。だから、どうせ減るならその時が狙い目なんだって」
「………」
耐えろと? 恋人さんが出来て、しかもかなーり積極的な恋人さんが出来て、青春ドキワク状態の高校生男子に、自慰行為を最大十日も耐えろと? 安全日が来てもおセッセは十日間は耐えろと?
……ぐびび、と喉が震えるように鳴った。液射さえしなければいい、というわけでもなく、暴発の可能性も考えると下手な刺激も大変危険で、十日も欲求不満を抱えてしまえばいずれは藤巻十三に到ってしまうのではないかと考える俺ですがそれは本当の本当に危険なのではいやしかし我慢を了承すれば俺はこいつとええっとそのう……!!
「と、とととと、いうわけで、ね? ケータ……ね?」
「え、えお、おい?」
「わたしたち、恋人同士なんだし……その。いいよね? だだ大丈夫、怖くない、怖くないから……ね? ぬぬ脱がしていい? いいよね? わたしたち、いままで足踏みして大地を固めてきた分、もっとステップアップするべきだと思うの」
「いやそりゃ俺だって興味がないわけじゃってやめろやめろ脱がすなコラー!」
「だだ大丈夫だから! 脱がせた分、わたしも脱ぐから! ね!? まずは上から……は、はぅぁあ……! ホッ!? ホォォアアアア!!」
「ホアーじゃねぇ! 人のtkb見てなに興奮してんだコラ! いやちょっ……イヤー!? 護身術強ぇええーっ!!」
「だっ、大丈夫! 怖がることなんか、その、ないんだよ? ほら、わたしまだその、安全日じゃないから……ね? ゆっくり……ゆっくり、お互いのコト、知ってコ……?」
「いやうんそれ完全に男のセリフだと思うんだ俺」
「好き合ってるならどっちが言ってもいいと思うんだ、わたし。だって……ケータはわたしに、とってもやさしいから」
「………」
返す言葉もなかった。
なので俺から言って、マウントポジションは解除してもらって───その日から俺達は、来たる安全日へ向けて、ゆっくりじっくりと、自分も知らない自分や、自分も見たこともない場所までもをお互いに知っていく努力をしたのだった。
初めて自分の意志以外で液射した快感は凄まじく、好きな相手に「震えるケータ、カワイイ……!」なんて感動されて物凄い羞恥心を抱き、しかし今度はこっちの番だとばかりに仕返しし、好きな相手の絶頂をこの目で見た。……あ、カワイイわこれ。なるほどカワイイ。あとなんか知らんけどかつてない幸せを感じました。
……そんなわけで初日、俺はかつてない程の回数と量を発射し、立てなくなるほどの快感というものを味わうこととなった。……や、俺も一・二回くらいで終わると思ってたんだけど、好きな相手の裸や、それを好きに触れ、感じさせる喜びがここまでジュニアの面を上げさせるものだとは思わなかった。お陰でご起立なされるたびに襲われ、その……液射。
しかし俺はこんな初日をくたくたな状態で越えた時、悟った。
発射前後にテストさんが減少するというのなら、そういった行為をしなければいい。ようするに、九日から十日経つまで俺のアレに触れるのはアウト。でも俺のテストさんにのどかは関係ないわけで。なので俺は、この際だからとのどかを押し倒しまくった。OK、自慰はしない。触れさせもしない。でも俺はのどかに触りまくる。愛しい人の開発───もとい敏感さを刺激する行為を続け、自分のご立派様がゴキキメキメキと信じられんほどフルボルテージになろうが無視。「不公平ー! 不公平だー!」とぶーたれるのどかににっこり笑顔を返して愛し、時に焦らし、時に本人に相談しながら日々を重ね、筋トレももちろん続け───初日から九日後にどかーんと押し倒された。
「おわー! 馬鹿お前部屋に来るなり押し倒すとか何考えて……ギャアー! 相変わらず護身術強ぇえーっ!!」
「ケータが悪いんだよ……!? 好き勝手に弄繰り回して、焦らして、そのくせ気持ちいいところとか触ってほしいところとか、わ、わたし本人に訊いてきたりして……! どどどどれだけのどかさんが恥ずかしい思いしたと思ってるの……!? 仕返しするから……! 仕返しするからー!」
「ままま待てー! まだ九日目だぞ!? テストさんもまだ減少傾向にないかもしれないし、どうせならあと一日───」
「ならぬ!」
「提案してきた奴が真っ先に欲望に負けてんじゃねぇえええーっ!!」
……ああその、もちろん、お互いに好きを伝え合うことは決して忘れない。想いを伝え続けること。これ、恋仲にとってかなり重要なコトヨ。
だからこれは……まあ、あれだ。
なんのことはない、女子はきっとみんなイケメンが好きなんだと思い込んでいた陰キャぼっちが、幼馴染の女の子にわからされたお話、ってやつなのだろう。
……のちの本番の際、長すぎた前戯開発性活の日々の弊害? として、初めてなのに乱れまくった彼女に枯渇するまで襲われ続けたのは……まあ、うん。男冥利に尽きるのだろう。
幸せにしたいって思ってた女性が、頬を染めてとろんとした顔で自分を見つめるって、なんだか幸せだ。そんな彼女をぎゅうっと抱き締めながら、俺はゆっくりと寝───いやちょやめろこら寝るんだからもうやめろやめてやめてくださいもう無理だかrやめてぇもうおっきしないからもう無理だkおっきしちゃだめぇええ! なんでおっきしちゃうのもう休み給えって何度も言ってるでしょいや待てもう待てほんともう無理だからもう気持ちいいっていうかズキズキ痛いから無理無理無ギャアーッ!!
ちなみに一ヶ月10kgは作者の例です。痩せる際は無理せずのんびり痩せた方が健康的なのでご注意を。
……なんて言ってる奴は大体途中で自分を甘やかすので、絞れる時に絞りましょうね。