貧乏子爵家次男のオープニングセレモニー7
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気絶させた馬を起こしたり、倒れた荷馬車を起こしたりと色々やっている内に周囲の冒険者達は散っていった。
彼らも暇ではないのだろう。
散っていく何人かが「屑拾いにも優しいとは、“炎髪のロングダガー”は天使かな?」等と口にしていたが、それが誰の事なのかは確認する気にもならなかった。
そんな明白な事よりも気になるのは屑拾いに対する彼らの態度である。
「彼らの態度はいつもああなのか?」
車軸から外れた車輪を支えた俺がそう訊いたのは純粋にただもう意味が分からなかったからだ。
疑問を投げつけた相手――さっきまで死線をさ迷っていた冒険者エッズが首を傾げる。
「何の事ですか? ロングダガーさん」
同年代の人間にさん付けされて思わず変な顔になる。
「ロングダガーで、いやシンで良い」
俺の言葉にもう一人の冒険者、パルが馬に馬具を付ける手を止めて、無理無理無理です、と無理の三連打を打つ。
今やロングダガーと言えばヘカタイで最も有名な冒険者だとか何とか。
エリカがその背後で馬を撫でながら満足そうにウンウンと頷く。
反射的に否定の言葉が出そうになるが我慢する。
「じゃあせめてシンで頼むよ、彼女もロングダガーだから」
「妻のエリカ・ロングダガーです」
エリカがそう言って品良く微笑むと、パルがやっぱり噂は本当だったんですね、夫婦の凄腕冒険者だっていうの! と黄色い声を上げる。
「それで」
パルの黄色い声を無視して、気持ち悪い笑顔を浮かべそうになる自分を必死に御す。
「彼らの態度はいつもあんな感じなのか?」
再度の質問にエッズとパルが目を合わせて首を傾げる。
本当に何を問われているのか分からない様子に内心で首を傾げながら言葉を接ぐ。
「周りの冒険者のあの馬鹿にするような態度だよ」
俺がそう言うと、エッズとパルは若干恥じ入るようにして、そしてそうされるのが当然だと思っているのを隠さずこう言った。
「まあ僕らは屑拾いなので」
まぁ仕方ないよね、とエッズに相づちを打つパルも同じだった。
「嘘だろ?」
思わず驚きが口を突いて出る。
「屑拾いと言えば最も勇敢な冒険者だぞ」
俺の言葉にエッズとパルは質問の意味が分からなかった時以上に首を傾げるのだった。
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「屑拾い、というのは他の冒険者が放置した魔石屑を拾う冒険者の事でよろしいのですよね? シン」
首を傾げるエッズ達の替わりにそう問うてきたのはエリカだった。
失礼を承知で言いますが、エリカはそう断って言葉を続ける。
「実力でもって魔物を狩る事が出来ない故に魔石屑を拾い集める、というのは実力をもってして評価される冒険者であれば評価が低くなるのは致し方ない事なのではないですか?」
実にエリカらしい考え方だなぁと思いながらも俺は首を横に振る。
例えその屑拾い本人達がその通りだと同意の頷きを返していてもである。
「違う、それは違うぞエリカ」
俺の否定の言葉に屑拾い二人は首を傾げ、エリカは興味深げに俺の目を見る。
「屑拾いは確かに自分達で魔物を倒せない冒険者がする事が多い。だけどそれはつまり彼らは自分達の実力が足りないのを自覚しつつ魔物がうろつく場所へと立ち入るって事だ」
ファルタールで師匠に連れられて魔物狩りに出かけた時の事を思い出す。
“親切なバルバラ”が狙うような魔物がうろつく場所へ、こちらの邪魔にならないように付いてきていた彼らの顔は極まっていた。
魔物を倒す実力が無い、必定屑拾いは駆け出し冒険者が多い。
冒険者の師弟関係は師匠が弟子の生活の面倒を見るような生ぬるい物ではない、それ故に彼らは自分の食い扶持は自分で稼がないといけない。
自身の実力不足を自覚しながら、魔石屑を拾う事を厭う高ランクの冒険者が行くような場所へと赴く彼らの勇気はファルタールでは賞賛される。
脳筋だらけの冒険者の中で最も勇敢なのが彼ら屑拾いなのだ。
というような事をエリカに説明すると、エリカが成る程と頷き。
一拍遅れてからなぜか若干慌てたように俺の顔から視線を逸らしてエッズ達の方を見る。
「失礼致しましたわ。貴方たちを侮り意図せずとはいえ侮辱した事を深くお詫びいたします」
エリカがエッズ達に頭を下げるのを見た通りすがりの冒険者が何事かと驚くのを尻目にエッズ達が慌てふためく。
その様子を見ながら俺は深刻な疑問に頭を悩ませていた。
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私たちもファルタールに行けば尊敬されちゃうのかぁ、とはパルの言葉。
荷馬車の応急修理をしながらの雑談で分かった事だが単純な話、オルクラでは手軽な魔物が多いが故に低ランクであっても割と魔石屑を放置しがち、というのが屑拾いが馬鹿にされる原因だった。
ファルタールとは違い一手ミスれば挽肉になるような危険と隣り合わせではないらしい。
何なら冒険者でもない普通の人間が、ちょっとした危険を承知でやったりもするらしい。
元ファルタールの住人としてはオルクラの一般人の度胸の据わりっぷりが狂人のソレにしか思えないが、所変わればという事なのだろう。
国を跨いで活動する冒険者の話を聞いたり、書物を読むだけでは分からない事は多いんだな。
まあ当たり前の話か。
俺は礼を言いながら去って行くエッズ達を見送りながらそう思った。
さてと……。
俺は軽く深呼吸をしてから目を逸らし続けていた問題に対峙する事を選んだ。
つまりはチラチラと俺の目に入る黄金の魔力の煌めきであり、そしてその元を辿ろうとすると逸らされる視線の事である。
俺は去って行くエッズ達の背中を見送るエリカを見て覚悟を決めた。
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ここで言い訳を一つ。
覚悟を決めたら直ぐに行動出来ると思ったら大間違いだ。
ああそうだよ、ヘタレましたよ、ヘタレましたとも!
だいたい言葉一つ覚悟一つで人間が行動できると思うのが大間違いだ。
屑拾いが生活の為に勇敢になるように、人が極まるには極まるだけの理由が必要なのだ。
エリカ相手に俺が「ちょっとエリカさん俺の顔をチラチラと見てませんか?」等と訊けるわけがないのだ。
そんな事を訊けるような極まる理由なんてどこに転がっているというのか?
というよりそれは勇敢というより蛮勇の範疇だ。
自分の好意がバレてる相手に、俺の方をさっきから見てるけど何? なんて訊ける奴は頭がおかしいだろどこからそんな自信が湧いてくるんだ、想像するだけで尊敬するわ。
これで俺が絶世の美男子だったりするのなら、視線を集めてしまうのも仕方ないと思えるだろうが。産まれてこの方、自分の顔に自信を持てた事など一度も無い。
つまりは俺からするとエリカが俺の方をチラチラと見てくるとはつまり、何か俺に伝えたい不満があるという事なのだ。
それ以外に無い。
何を言っているのかと自分でも思うが、それ以外に理由など思い浮かばないのだから仕方が無い。
学園で王族からの頼みだろうと、嫌ですの言葉一刀で切り伏せていたエリカかを知っているだけにエリカから示された優しさに感動する。
不満を伝えるタイミングを計ってくれるなど、茶番劇の相手に対して示す優しさとしては最上ではなかろうか。
ふとそれ以外の理由だったら? という疑問が湧いたが、その場合はその時点で詰みだ。
考えるだけ無駄である、清く討ち死にしよう。
そう俺が決死の覚悟を決めて軽く深呼吸した所でだった。
ふと隣を歩くエリカが足を止める。
何だろう? 優しげな微笑みを浮かべるエリカに一瞬だけ目を奪われてからその視線の先を追う。
ヘカタイに幾つかある教会の一つが目に入る。
その入り口の前で家族友人に囲まれた男女がその輪の真ん中で幸せそうに笑っている。
「結婚式ですね」
誰に言うとなくエリカが言う。
魔境から魔物が溢れ出てくるという凶事の後にそれを拭うように吉事をという事なのだろう。
まぁその凶事の元凶は俺達なわけだが。
「良い物ですね」
エリカが言う。
「貴族としての義務でも責務でもなく、自らの意思であのような光景を守る為に戦うというのは、冒険者であるというのは大変良い物ですね」
エリカの言葉にバツの悪さを感じて誤魔化すように頭を掻いてしまう。
「力なき者の為に魔物を狩る、のは冒険者ギルドの掲げる理想だけどまぁうん幻想だよエリカ」
真実、冒険者になりたかっただけで冒険者になった俺としてはつい否定してしまう。
ただ冒険者になりたかった俺も、暴力の他に食っていく術がなかった冒険者も、その根元にあるのは同じだ。
他の手が無かった。
エリカが言うようなキラキラした物など無いのだ。
そんな俺の言葉をエリカが否定する。
「幻想は大事でしてよ? 旦那様。始まりなど畢竟どうでも良いのです。幻想とは到達点です、幻想に至らぬ道など誰も歩みません、その道を歩む一歩が明日のパンの為であったとしてもその事を馬鹿にする者あればわたくしがその者の考え違いを正してみせましょう。道あれど、道があるからこそ、その最初の一歩こそが至高なのです」
俺の幻想が凄いことを言う。
その辺にいる冒険者を集めて聞かせればそのまま全員で魔境に突撃しそうだ。その時は先頭は誰にも譲らん。
「道なき道を歩いてきた人間としては耳が痛い」
俺の軽口にエリカが笑う。
「それはそれで素敵ですね、存分に貴方“らしい”ですわ。きっと花多き道でしたでしょう」
そう言って微笑み結婚式を見るエリカの顔にふと一瞬だけ羨ましげな表情が浮かぶ。
自然と視線《魔力》の先を追った俺はそこで確信した。
何か俺に伝えたい不満のあるらしいエリカがわざわざ足を止めて結婚式を見物し。
そしてその視線の先にソレがある。
俺は理解した。




