貧乏子爵家次男は瞳を探す21
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黒化、狂化、大当たり。
ジュエルヘッドドラゴンが起こした現象を冒険者《俺達》はそう呼ぶ。
学園で習った名称はもっと複雑で説明的でそれでいて本質は表していない長ったらしい名称だったと思う。
倒したはずの魔物が復活する、その際には表皮などが元がどうあれ黒くなり、そしてその魔物が狂ったように強くなる。
だからつまりは黒化で狂化だ、俺達はそう呼ぶ。
え? 大当たりは何だって?
決まってるじゃないか。
そう皮肉で呼ばれる程に稀だって事だ。
冒険者を長くやっていれば一度くらいは目にする程度と言えば、俺がどれほどツイてたか分かるだろ?
更に言えば竜種などの強力な魔物の黒化と言えばファルタールでも騎士団が出張る範疇の話だ。
それが目の前で起きたのだ、おう誰か笑ってくれよ。
愚痴が過ぎた、それはともかくとして。
驚くべき事に、そして当然ではあるが、黒化したジュエルヘッドドラゴンの一撃はオーガナイトよりも重かった。
当然である、俺が曲げ弾いたオーガナイトの攻撃はかの魔物の王からすれば速度を優先させたジャブみたいな物だったのだから。
ジュエルヘッドドラゴンの一撃は速度優先のジャブなどではなかった。
収束していく魔力の線へと打ち下ろした剣が感じたその重みは、オーガナイトのジャブとは比べものにならないほど重く、剣先はそこに込められた殺意を汲み取る。
オーガナイトの拳を、その拳を動かす魔法を曲げられたのだから竜のそれも曲げてみせる。
そう思った自分をアホかと思う。
そしてまだ避けられると思う俺を無視する。
食いしばった歯の間から雄叫びじみた気合いの声が漏れる。
理想は遠く、されど彼女なら背後の見知らぬ冒険者を見殺しにしないだろう。
当然のような顔をして目の前の理不尽を真正面から蹂躙するのだ。
そんな彼女の隣に立つのだ。
食いしばった歯の間から漏れたのが、雄叫びだったのかエリカと名を叫んだのか自分でも分からなかった。
だが俺の一念は勝った。
魔力がへし曲がる感覚と共に剣が竜の鼻っ柱を斜め上から叩き降ろす。
黒い宝石を纏った竜がその突進の威力の殆どを地面に撒き散らしながら、左斜め後方へとその体躯を滑らせる。
腕が痺れる程に重い。
背後の冒険者の気配が遠のく。
誰が何をしたのか声で分かった。
「さっさと逃げんだよ!冒険者だろ!」
頬のこけた男、ディグリスがそう言いながら引っ張っていくのが分かる。
禿頭の男、ホウランが大声を上げて冒険者達に指示を飛ばし、視界の端ではマリシアがドリムに声をかけながら意識の無いドリムを引き摺り逃げていた。
ありがたい!
馬鹿とか脳筋とか言って悪かった!
こんなに人がいる場所では怖くて使えないと躊躇していた身体強化の二重がけを解禁する。
それと同時に地面を三回転ほど転がった竜が飛びかかってくる。
今度は受けない、というよりコイツは遅いのだ、オーガナイトよりも遅いのだ。
細心の注意をはらって一歩を踏み出す。
指の一本まで繊細に動かせ、力は全て無駄にするな、それら師匠の教えを全て破った、守れなかったからだ。
動きは大雑把になり大地に伝えた力はその殆どを無駄に散らした。
だがそれでも速かった。
それでも俺は圧倒的に速かった。
竜の魔力《視線》が俺から随分遅れて追ってくる。
竜の視線が俺に追いついた時には既に俺は準備を終えていた。
俺には理不尽と暴力が人の形をしているような“親切なバルバラ”のような事は出来ない。
俺には特異性と才能で唯一無二な“串刺しエルザ”のような事も出来ない。
ましてやエリカのようになぞ出来ようはずもない。
俺が出来るのはただただ単純に全力で剣を振るそれだけだ。
渾身の力を込めて横一線、竜の腹を裂く。
ジュエルヘッドドラゴンが怨嗟の声を上げ、腹か血を撒き散らしながらも身をよじり爪を振るう。
まばたき三回分ほどの余裕がある、魔境の森での事を考えたら余裕がありすぎるほどだ。
竜の爪は何も無い空を裂き、俺は竜の背後まで駆け抜けていた。
明らかに制御出来ていない速度を剣を地面に突き刺すことで制御する。
竜の背後まで駆け抜けた俺は更に地面を蹴り反転する。
撒き散らされる土塊の不細工さを反省するのは後だ。
竜の視線が俺に追いつくよりも速く、その体躯の脇を駆け抜けながら更に斬りつける。
黒い宝石のような鱗が砕け肉が裂ける。
エリカなら一撃で胴まで断てたのではないかと思いながらも、無い物ねだりだと尻尾だけで諦める。
一撃で断つだけの力が無い事を嘆きながらも足を止めない。
一度で足りないのなら百繰り返せばいいのだ。
削りきってやる、吊り上がる口角はやっとで当初の計画通りの一撃離脱を繰り返して勝つという展開になったからだろう。
なんだ最初に戻っただけじゃないか。
決して黒化した竜とサシで戦えると喜んでいるわけではない。
俺は脳筋族ではない。
理論派なのだから。
俺は更に足に力を込めて速度を増す。
斬って斬って斬るのだ、それしか出来ないのだから。
百にはまだ届かない程度目に斬りかかった際にその違和感に気が付いた。
ジュエルヘッドドラゴンがその首を引き込み、その四肢を小さく畳み、全身の鱗を分厚くし亀のように丸くなっていた。
それは悪手だぞ?
無防備な横っ腹に遠慮無く剣を叩きつける。
砕ける鱗ごしに竜の臓腑がひしゃげるのが分かる。
苦悶の声を漏らした竜の視線が俺に飛ぶ。
反撃か? と思ったが一足で飛び退く俺に竜は何の反応も示さなかった。
飛ばされた視線も本当にただの視線で、そこには何の殺意も無かった。
強いて言うならば――邪魔をするな?
いや違う。
俺はジュエルヘッドドラゴンの傷の治りが遅くなっている事に気が付いて戦慄した。
魔力を貯めている?




