聖女の罪 あるいは王の罪 そして世界は終焉する
「息災であれ」
オリビアはその言葉を聞いて、ほうっと溜息を吐く。
その流麗な声を聴いて、王の姿を思い巡らせる。
王と言葉を交わしてみたい。王に触れてみたい。
叶わぬことだと分かっていながら、一年に一度だけ夢を見る。
その瞬間、塔の外の世界の澱みは浄化される。
聖女の希望は世界を浄化させる力を持つという。
そのためだけに、オリビアは世界で一番高い塔に閉じ込められている。
「聖女に、この醜い世界をお見せすることなどできません」
そうして、神官に目を潰された。
「聖女がこの醜い世界に足を運ぶなど、あってはなりません」
聖女が絶望すると、世界が滅びるという。
だから神官は、オリビアの自由も奪った。そうして世界で一番高い塔に両手両足を鎖で繋がれた。オリビアにできることは、部屋に唯一ある椅子に座っていることだけだった。オリビアは変わらない毎日を過ごし、平穏でいることだけを望まれた。
ここには誰もいない。訪れる者もいない。言葉を交わすこともない。
例外は唯一、王だった。王は一年に一度、新年のその日にオリビアのもとを訪れる。
告げられる言葉はたった一言だけ。
そのたった一言を心の拠り所にして、その日のためだけに一年を過ごした。
オリビアは王が訪れるその日が新年だということだけはわかっていた。肌を刺すような痛みを伴う寒い冬の日が、新年。それから寒さが和らぐ頃にとてもいい香りを纏い温かい空気になることに季節の移ろいを感じ、もうっとした濃い空気の暑さに生きていることを実感し、風が涼しくなり、寒くなる頃に、王の訪れはまだかと待ちわびるようになる。
王の訪れだけが、オリビアにとっての希望だった。
それは恋に似た感情だった。
しかしその年は、様子がおかしかった。ひんやりとした風を感じた季節が過ぎ、肌を刺すような痛みの寒さの季節が訪れても王の訪れはなかった。やがて寒さが解け、万緑の命の香りが世界を渡るようになっても、王はオリビアのもとに訪れなかった。
オリビアは、王がいなくなったことを悟った。
もうあの声が聞けない。触れることは一生できない。
慟哭にも似た叫びが心から溢れそうになるのを堪えた。
オリビアの心は深い悲しみに包まれる。
オリビアの絶望は、世界に滓のような澱みを積もらせて、ゆっくりと星は凍り付いていく。
この星は死に絶えて世界で一番高い塔は朽ち果てていく。
中にはこの世界を呪った盲目の老婆が一人――。