5話
とある牧場に欠けた尻尾と額のほくろが特徴の、大きな豚がいた。それはダグと呼ばれていた。
ダグは牧場の豚の中で最も長生きで、そして賢かった。
ダグがまだ小さいとき、その牧場にテレビの取材が入った。
初めて見る人に興味を持ったダグはその人達について回り、それを可愛がった一人はダグに色んな事を教えた。
ダグはそれを全てマスターした。お手、おかわり、回れ等々。
その様子は放送されて牧場とダグは一躍有名になった。
さながら有名な観光スポットのようになってしまい、牧場の主は頭を抱えた。
ごみのポイ捨てや施設の案内など、片手間にやるにはかかる時間が増えすぎたのだ。
牧場主は来た客からお金を取るようになった。それはダグが牧畜の豚ではなくなることを意味していた。
それから数か月経ち、ダグは観光用の施設内も自由に闊歩することができるようになった。
ダグはそこでお絵描きをしたり、餌やり体験でいろんなものを食べたりして毎日を過ごしていた。
しかし、ダグの楽しい時間はある映像を見たことによって終わりを告げた。
それは食の大切さを教える映像だった。ダグがよく知る顔の豚たちが映し出され、'シュッカ'の意味を知った。
ダグには色んな友達がいた。傍から見たら等しく豚なのかもしれないが、同じ牧場の中で育った彼らのことをダグは覚えていた。
彼らは大きくなるとどこかへ連れていかれていた。
ダグは客に可愛がられていたので、そういった人に引き取られていると思ったので、シュッカは喜ばしいことだと考えていたのだ。
ダグが施設内にいるようになったのは彼らがいない寂しさからくるものでもあった。
この事実を知ってからダグはシュッカの阻止に勤しむようになった。
まず、脱走は無理だとダグは思った。観光客の中で大型犬などを見たときに、自分たちは自然では生きていけないと感じたからだ。
シュッカの条件は大きく成長していることだとダグは気づいたので、豚たちにご飯を食べないように指示した。
これは失敗した。目の前にご飯があるのに食べずに我慢することができないのだ。
次にシュッカされそうな豚たちに施設から持ち出したペンで身体中に落書きをした。
これは効果があったが、一時的なものだった。すぐに身体から跡を落とされ、旅立っていった。
次にダグが彼らに芸を教えようとした。皆がダグのようになればここで愛されて生きていけると思ったからだ。
ダグの熱心な指導の末、簡単なものはみんなある程度できるようになった。
しかし彼らが芸をする機会がなかった。観光客はダグの賢さを見に来ており、それ以外の豚が芸達者とは思わなかったし、そもそも客と触れ合う機会が彼らにはなかったのだ。
ダグがスターになってから1年が経った。
牧場主は再び頭を抱えるようになった。
牧場が観光地として良くも悪くも有名になり、家畜を快く思わない人たちからの非難の矢面となったのだ。
そこにとある動物園からダグを引き取りたいと声がかかった。
牧場主はこれを快諾した。煩わしさがない元々の放牧に戻りたかったのだ。
ダグは事態を把握し、牧場に残る豚たちのことを思案していた。
彼らを助けようとしたが、幾度もシュッカされており、自分が立ち去る前に今いる彼らだけでも救おうとしていた。
引き取り当日、牧場に豚たちの姿がなかった。
いつもは餌場に集まるはずなのに一頭も来ないし、施設内にダグもいないのだ。
引き取りに来ていた動物園や取材に来ていた人たちと共に放牧内を歩いて回る。
施設の反対側の縁のほうに豚たちがいるのが分かるとすぐに駆け寄る。
そこにはなぜか餌が散乱していているので餌場に来なかったのだろう。
彼らは豚を見て回り、そして困惑した。
一頭一頭がダグの特徴――欠けた尻尾と額のほくろを有していたのだ。
騒然とする中、牧場主だけが豚を見て回った。彼はダグの顔や体格も熟知していて、この中からダグを探し出すのは容易だったからだ。
しかし、探してもダグはどこにもいなかった。
このことは記事やニュースに増えたダグ、消えたダグとして大きく話題になった。
彼らのほくろはダグのお絵描きペンで塗られていて、しっぽは最近噛まれていることが分かった。
牧場主のパフォーマンスではないかと疑われたが、欠けたしっぽの歯型がダグのものと一致しており、賢いダグの仕業だと皆は考えるようになった。
彼らはなんと芸をできることが分かり、様々な動物園や人々から"ダグ"を買い取りたいという声がでた。
牧場主は牧畜をやめることを決め、豚たちは彼らに引き取られていった。
彼らはシュッカされることなく、人々に愛されて平穏な毎日を過ごしたらしい。
牧場周辺の捜索があったが、ダグが見つかることはなかった。
森で喰われてしまったとか、引き取られた中に紛れ込んでるとか、牧場主がこっそり飼っているとか。
様々な噂が流れるが、ダグの行方はついぞ報じられることはなかった。
補足
ダグは牧場主や客に愛されており、ダグもそれを分かっていたので彼らに反抗するという考えはないです。