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次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜  作者: 長月京子
第十二章:カバさんの嘔吐

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56:聡明な少女の顔

――AD(全次元)、カウントダウン。


――2。






 カウントダウンは続いている。

 世界の崩壊完了まで、もう二十四時間もない。カバさんが明らかにした現実だった。


 わたし達の周りは保たれているけれど、世界はほとんど原型を留めていない。要塞のガラス張りになった壁面から見える景色も、まるで深い霧に覆われたように遠景が白く霞んで見えなくなっていた。


 世界は失われつつある。

 皮肉なことに瞳子さんの最後の願いである「海でのピクニック」を叶えてくれたのは、カバさんだった。


 わたし達は瞳子さんの作ったお弁当だけを持って、黄昏の海に来ていた。

 午後の気だるげな陽光が、無人の砂浜を照らしている。世界は明るく美しいけれど、不自然なほどに人の気配がない。


 地平線まで波がたゆたっていても、綺麗すぎる海の様子に箱庭のような風情を感じた。

 切り取られた世界。


 大きなレジャーシートを広げて座り、わたしと次郎君とジュゼットは、砂浜を歩く二人きりの人影を眺めている。

 無人でなければ見分けられない距離感。他に誰もいないから、その人影が瞳子さんと一郎さんだとわかるだけ。


 二人は寄り添うように近づいたまま、ゆっくりと波打ち際を歩いていた。


「時間が許すまで、ゆっくり語り合えばいいんだ。何も考えずに」


 向こう側の二人を見つめていた次郎君の視線が、こちらに戻ってくる。

 目があうと、わたしも頷いた。


 一郎さんがどんな答えを出すのかは、はっきりしていない。

 でも、もう答えはわかっている気がした。

 きっと瞳子さんの想いに寄り添う決断をするだろう。


「トーコは悲しくないのですか?」


 ジュゼットの胸には、ピンクのカバのぬいぐるみが抱かれている。

 変わらずポッコリと膨らんだお腹には、この世界の命運を決める世界の欠片が入っている。

 カバさんがそこに居るのかどうかは、ぬいぐるみが動かなくなってしまうとわからない。


「悲しいと思うよ、それは」


「でも、トーコはずっと笑っています。自分だけがいなくなるかもしれないのに……。あんなに大好きなイチローに会えなくなるのかもしれないのに」


 ジュゼットには複雑なことなのかもしれない。

 わたしは瞳子さんの気持ちをわかってほしくて、言葉を選ぶ。


「もしジュゼットが自分のせいで、大好きな人や、大切な家族、全部を失ってしまうとしたら、どうする? もしジュゼットのせいで、世界がなくなってしまうとしたら」


「わたくしのせいで?」


「もしもの話ね」


 ジュゼットのくるりとした癖のある金髪が潮風に煽られて広がる。もしもの話には、きっぱりとした返事があった。


「とても嫌ですわ」


「うん。そうだよね。そんなの嫌だよね」


「はい」


「じゃあ、次は、もしもジュゼットが病気で死んでしまったとするでしょ」


「わたくしが?」


「これも、もしもの話だよ」


「はい」


「自分が病気で死ぬなら、大好きな人にも一緒に死んで欲しいって思うかな」


 今度は即答ではなかった。青い瞳が真剣に何かを考えている。たっぷりと時間をとってから、ジュゼットが首を横に振った。


「いいえ。最後まで手を繋いでそばにいて欲しいですけど、母様に一緒に死んで欲しいとは思いません」


 ジュゼットの大好きな人はお母さんか。少し微笑ましい気持ちになった。

 わたしはジュゼットの頭にそっと手を置いた。


「瞳子さんも、それと同じ気持ちなんだよ。ジュゼットが自分がいなくなってもお母さんには生きていて欲しいと思うように、瞳子さんも、自分がいなくなっても一郎さんに生きていて欲しいの。そして、自分のせいで世界がなくなってほしくないんだよ」


 ジュゼットの口が泣きだす前のように、ぐっとへの字に曲がる。青い目がじわりと潤んだけれど、彼女は強く歯を食いしばってこらえた。

 ここに来る前に、瞳子さんに泣かないでとお願いされていたから。


「――でも、瞳子さんも哀しくないわけじゃないよ」


「……はい」


 ジュゼットが涙をこらえて、ずびっと鼻をすすった。


「わたくしも、もう二度と母様や父様に会えないかもしれないと思った時は、とても哀しかったです」


「うん」


「でも、わたくしはまた会えます」


「うん」


「わたくしは、わがままですわ。帰りたくないなんて」


「……お家に帰りたくなった?」


 彼女は澄んだ海のような青い瞳で、じっとわたしを見た。

 駄々をこねるような幼さがない。聡明な少女の顔だった。


「帰らなければいけないと、今は思います」

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