52:もし明日世界が終わるなら、好きな人と一緒にいたい
昨夜は次郎君と一緒に泣いて、そのまま二人で寝落ちてしまった。やましいことは何もないけれど、次郎君は目覚めると一番に「ごめん」と深く頭を下げた。
事情があるとはいえ、お年頃の女子の部屋で一晩を過ごしてしまったと言う事実に焦りまくっている。わたしは次郎君の寝顔が見られてラッキーだったと言う感想しかないけれど。
「ほっぺた、少しマシになりましたね」
昨夜より腫れが引いて、あまり目立たなくなっていた。
次郎君は自責の念にかられているのか、なんとも言えない表情をして頭をかいた。
「本当にごめん」
「謝ることないですよ。わたしもあのまま一人にされるのは辛かったので……」
素直な気持ちだった。昨夜の哀しみは、消えずに胸底に揺らめいている。次郎君も同じだろう。何も言葉にできず、互いに沈黙してしまう。
先に気持ちを切り替えたのは次郎君だった。
「あやめ」
「はい」
「もしもの話だけど」
次郎君は何かを吹っ切るように爽やかなイケメン顔で笑う。
「もし明日、世界が終わってしまうとしたら、何がしたい?」
「え?」
「だから、もしもの話」
もしもの話。とても含みのある問いにも思えたけれど、わたしは真剣に考えてみる。
「そうですね……」
もしも明日世界が終わってしまうとしたら、何がしたいかな。
「とりあえず美味しいものを食べたり……」
顔をあげて目の前の次郎君を仰ぐ。
素直な気持ちで思うことは。
「えっと、……好きな人と一緒にいたい、です」
自然に湧き上がってきた気持ちだっだけれど、言葉にすると恥ずかしすぎる。
とてつもなく場違いなことを言ってしまった。
あっという間に顔が火照る。
「あ、いえ、これは相手の気持ちにもよりますけども」
取り繕うように付け加えて、横を向いて目を泳がせてしまう。穴があったら入りたい気持ちになっていると、次郎君が溌剌と打ち明けた。
「うん、俺もあやめとデートしたい」
「え?」
驚いて顔をあげると、まるでわたしの心を読んだように次郎君が優しい声で言った。
「もし明日世界が終わってしまうなら、俺も好きな人と一緒にいたいな」
「次郎君……」
同じ気持ちだと示してくれる。優しい人だな。わたしも笑ってみせた。
「はい。わたしも次郎君と一緒にいたいです」
「……嬉しい」
次郎君の顔が柔らかく歪む。でも、まるで泣き笑いのような顔にも見えた。
「あやめ、今日の予定は?」
「え? えっと、別にこれと言って何も」
学院祭の準備も中断しているし、約束もない。
「じゃあ、俺とデートしよう」
「え?」
「美味しいものを食べに行こう」
そう言って笑うと、次郎君は寝起きからの身支度のために、軽い足取りで部屋を出て行った。
部屋に一人になって、わたしはあらためて次郎君の気持ちをたどる。
(もし明日世界が終わってしまうとしたら、何がしたい?)
あの質問の意味。
きっと、次郎君は覚悟を決めてしまったのだ。一郎さんに委ねる覚悟を。
結局、彼は一郎さんを責めることはできない。世界のために瞳子さんとの決別を受け入れろと、追い詰めてしまうこともできない。
一郎さんを説き伏せるために、瞳子さんに打ち明けることは、もっとできない。
そんな残酷な選択肢は選べないのだ。
わたしも同じ気持ちだった。
カウントダウンを始めているという世界を前に、わたしたちには成す術もない。
(もし明日世界が終わってしまうなら、俺も好きな人と一緒にいたいな)
もう仮定だけの話ではない気がした。
好きな人と一緒にいたい。
そして。
わたしと次郎君が導いた最後の望みは、一郎さんの望みと同じなのだ。
――AD(全次元)、カウントダウン。
――3。




