表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜  作者: 長月京子
第十一章:心はいつでも、矛盾を抱えている

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/59

50:七年前の本当の犠牲者

 深夜になってベッドに入ってみたものの、わたしは全く眠れなかった。


 スマホで時間つぶしをしてみようと画面を見てみるけれど、こんな時に限って電波が悪いのかつながらない。何度か電源を落として試してみるけれど、結果は同じだった。


 ため息をつきながら、スマホをベッドサイドに置くと、コンコンと扉をノックされた。


「あやめ、起きてる?」


「次郎君!」


 わたしはすぐにベッドから飛び降りて部屋の扉を開けた。こんな状況でなければ、深夜に次郎君がやってくることに色んな邪推をするけれど、もちろんそんな余裕はない。


「ごめん。こんな時間に」


「どうしたんですか? その顔」


 端正なお顔が少し腫れている。向かって右側の眼の下あたりから頬にかけて。唇も少し切れているみたい。


「兄貴に殴られた」


「ええ!?」


 一郎さんが? いつも穏やかで兄弟喧嘩で手を出すような人には見えないのに。

 だからこそ、わたしは胸に重苦しいものが充満するのを感じた。


 一郎さんが次郎君に手を出す理由。


「冷やした方が良いですよ! 次郎君は座っていてください」


 次郎君に何を聞くべきなのか。どんな言葉をかけるべきなのか。

 わからないまま、わたしはキッチンで深さのあるお皿に氷水を作り、タオルを抱えて再び部屋に戻った。

 次郎君は必要最小限の家具しかない殺風景な室内で、ベッドの傍らにある白い椅子にかけていた。


「とにかく、これで」


 せっかくの男前が台無しとまでは言わないけど、痛々しい。わたしが氷水で冷やしたタオルを差し出すと、次郎君は受け取って頬に当てる。

 わたしは寝台に腰掛けて、覚悟を決めた。


「どうして一郎さんに殴られたんですか?」


 知りたくないことを辿るための道につながっていく予感。次郎君は目を伏せたまま、困ったように笑った。


「うん。――おまえに何がわかる?って。 はじめてだな、こんなにまともに兄貴に殴られたのは……」


 次郎君はふうっと深く息をつく。


「俺の想像は当たってた。カバは嘘をついていなかったんだ。もう駄目かもしれない」


「え?」


「この世界はもう大部分が壊れてしまっている。この世界だけじゃないな、全部」


「全部って?」


「俺たちのいる世界以外も全て。高次元の世界も、ジュゼットのいた元世界も全部、もう壊れてしまっているんだ。管理局では世界が終わるまでのカウントダウンが始まってる」


 世界が終わるまでのカウントダウン?


「どうして、そんなことに?」


「今はあのカバが兄貴に協力して、何とかこの世界の原型を留めるように奔走しているみたいだ。あの奇妙な動画はカバのいたずらじゃなくて、壊れていく世界の兆候だった」


「カバさんのイタズラじゃなくて、世界が壊れる兆候……」


 事情がうまくのみ込めない。違う。のみ込みたくなくて、わたしは亡羊と繰り返す。


「カバの言っていたことは正しかった。発端は兄貴にある」


「一郎さんに……」


 認めたくない事実がこの先に迫っている。わたしは息を呑んだ。衝撃に備えるかのように肩に力が入ってしまう。


「カバの腹の中の世界を、俺も見たんだ」


 ジュゼットの見た悪夢。

 一郎さんが認めなかった過去。


「七年前、鉄骨の落下事故で亡くなったのは、瞳子さんだった」


 目の前が真っ暗になる。ぞっと血の気が引いた。


「あの夏の海が、兄貴と瞳子さんの最後の想い出だった」


 次郎君はこみ上げる感情を殺しているのか、淡々と、平坦な声でここに至るまでの事情を説明してくれた。


 瞳子さんを失った一郎さん。傷心の彼に、カバさんが見せた偽りの希望。

 瞳子さんを死なせないために、一郎さんは何度も過去をやり直す。


 けれど、結末は変わらない。次郎君まで失い、もっと悲惨な世界になることもあった。

 そして、瞳子さんは必ず死んでしまう。


 世界は変えられない。


 無駄を悟った一郎さんに、カバさんはさらなる希望を与える。

 希望。世界を終わりへと導く代償を伴った、最悪の希望。


 瞳子さんの死を取り除いた世界。

 カバさんのお腹の中に切り取られた世界の断片。


 世界にぽっかりと空いた穴。塞ぐことも、復元することもできないブラックホールのようなものだ。

 真っ黒な深淵。


 カバさんに喰われて欠けた世界は、そこから崩壊をはじめる。

 はじめは緩やかに。

 だんだんと波紋を広げるように加速を伴って。


 世界は壊れていく。

 止める術もなく。

 瞳子さんが生きる世界と引き換えに、全てが失われてしまう。


「……一郎さんは、それでいいんですか?」


 何とか言葉を絞り出すまでに、少し時間がかかった。


「だって、一郎さんは知らなかったんですよね? 瞳子さんの生きる世界が、世界の終わりになるって」


 次郎君は無表情だった。頬に当てていたタオルが温くなっていたのか、氷水に浸してから固く絞り、再び頬に当てる。お皿の中で浮かぶ氷は、いまにも溶けてなくなりそうに小さくなっていた。


「兄貴もはじめは知らなかった。でも、もう気づいていたよ」


 感情の見えない顔で、次郎君がわたしを見る。


「兄貴は、瞳子さんが傍にいるなら、世界が終わってもかまわない。そう言った」


「それは、――もう、手遅れだからですか? 世界が壊れるのは止められないんですか」


「……ううん。まだ、手遅れじゃないよ」


「え?」


 意外な答えだった。手遅れじゃないということは――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
▶︎▶︎▶︎小説家になろうに登録していない場合でも下記からメッセージやスタンプを送れます。
執筆の励みになるので気軽にご利用ください!
▶︎Waveboxから応援する
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ