40:本当だったら怖すぎる
里香にとっては作られた映像になるらしい。わたしも次郎君の事情を知らなかったら、同じ感想を抱いていただろうな。
ここは里香に同調しておこう。
「こんなにあると、逆に嘘っぽくなるよね」
「でしょ?」
うんうんと頷きながら、あんみつの焦がしマシュマロを頬張る。
あんみつの上に乗せられた、焼き色のついたマシュマロ。ほんのりと温かい。
はじめはミスマッチではないかと驚いたけれど、今は時折無性に食べたくなる味だった。瞳子さんも大好きで、たまに学食に食べに来ると言っていたな。今度、ジュゼットにもご馳走してあげよう。
喜ぶ顔を思い浮かべながら、マシュマロを堪能しているわたしの向かい側で、園子が寒天をスプーンですくいながら里香に目を向けた。
「私はわりと本当じゃないかなって思ってるよ。だって、うちの大学でもジャングル事件が起きたし」
「たしかにね。でも全部が本当だったら怖すぎるよ」
全部が本当だったら怖すぎる。
里香の率直な感想。きっと誰もが抱いている本音かもしれない。ありえないものが突然現れて消える。この動画の数々が本物であれば、天変地異だと言える。
カバさんのイタズラ。わたしは動画が本物なのだと知っているけれど、世間で受け入れられるはずがない。幸い動画以外には何も痕跡や証拠が残らないようだけど、本来は動画が残るだけでも大問題だ。
大問題。
ジリジリと胸の奥に芽生えていたわだかまりが、頭をもたげてきた。
次郎君が亡くなる鉄骨落下事故は、一郎さんがカバさんの力を借りてなかったことにしてしまった。
口の中でとろけるマシュマロの甘さが、急激に色あせていく。
次郎君が変わらず居てくれることは、わたしにとっては幸運だ。だけど、本当に大丈夫なのだろうか。
大丈夫というより、許されることなのだろうか。
問題がないとしても、何かを大きく歪めて手に入れた結果であることは変えられない。
わたしは胸が塞ぐのを感じる。釈然としない引っかかりの正体。
一郎さんがしたことは、本当はずるいことなのだ。
事故で家族を失っても取り戻すことはできない。それが自然の摂理。
一郎さんによって、世界の法則を破って生きている次郎君。何かを歪めていないと言い切れるのかな。
色あせてしまったマシュマロの味が口に馴染まなくなった。ゆっくりと暗い気持ちごと呑み込んだ。
わたしはわがままだ。歪みに気付きながらも、次郎君にはそばにいてほしい。
もし世界中の人の恨みをかったとしても、絶対に次郎君が生きている世界を選んでしまう。
一郎さんのしたことを責めるなんてありえない。わたしも正しいと思っているのだ。
そう、正しい。
次郎君が生きていることは正しい。
一郎さんの選択は間違えていない。
「あやめ? どうしたの? 深刻な顔して」
里香に声をかけられて、わたしは取り繕うように寒天と黒豆をスプーンですくって笑顔を作った。
「ううん。動画が本当だったら怖いなって思って。いろいろ想像してただけ」
次郎君の事は誰にも相談できない。相談できたとしても、わたしの答えは決まっている。
誰がなんと言おうと、次郎君が生きていることは正しい。
「この動画が本物だったら……」
信じている派の園子が、突然反旗を翻した。
「やっぱりありえないかな。昨日までと比べると今日はこのタグの投稿も減っているみたいだし。面白動画を作って、本当の事みたいに振る舞うのが流行ってただけかもね」
園子のスマホを眺めると、確かに彼女の言う通りだった。「#今日の奇妙な出来事」での新しい投稿は少なくなっている。真新しい内容は、日常の延長に起こりそうなものばかりだった。
昨夜一郎さんが提案していたとおり、カバさんがイタズラを自粛してくれたのかもしれない。
「本当だね。減ってるし、新しい投稿は驚くような内容でもない……」
里香も興味が薄れたと言いたげに、スマホから顔をあげた。
「動画はさておき」
園子もSNSについては作り物で結論が出たようだった。話題が変わるというのが顔色でわかってしまう。わたしは嫌な予感がした。
「で? あやめはどうなの?」
もうSNS動画の話題には何の未練もないみたいだ。口元と目尻にニヤニヤした微笑みが滲んでいる。
「時任教授の特別講義で、弟の次郎様とは仲良くなれた?」
次郎様って。完全に人を肴にして盛り上がろうとしているな。
「……お友達にはなれたと思うよ」
付き合ってますとは、まだ口が裂けても言えない。そもそもジュゼットが戻れば、この世界は復元されて、何もかもなかったことになるのだし。
あれ? そう考えると、SNSの動画の問題も、ここでわたしが次郎君と付き合ってますと打ち明けることも、結局はなかったことになるのでは?
だとしたら、次郎君が彼氏になりました! と自慢してしまうのもアリだったり?
「お友達! それでも憧れの君からは大進展! この時期に特別講義なんて、その位の報酬はいただかないとやってられないもんね」
「たしかに」
勝手に納得する里香と園子を見ていると、少しだけ気持ちが軽くなった。
わたしが胸に芽生えたわだかまりを受け入れるには、もう少し時間がかかりそうだけど。
間違えていない。
心に刻むように繰り返す。
次郎君が生きていることは、正しい。
「ありがとう。里香、園子」
むくむくと芽生えた彼氏自慢の欲を押さえ込んで、わたしは笑顔であんみつを頬張った。




