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次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜  作者: 長月京子
第八章:嘘か誠かイタズラか

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34/59

34:不安な憶測

――AD(全次元)、カウントダウン。


――7。



 とつぜん競り上がってきた憶測に、わたしは一歩も動けなくなった。


 次郎君のそっくりさんが登場する夢。

 真夏に起きた鉄骨事故。


 繰り返し見てきた夢は、本当に一郎さんがなかったことにした過去なのだろうか。


「お嬢ちゃん」


 カバさんの能天気な声にも答えたくない。


 決して全てを語らず、思わせぶりに嘘か本当かもわからない世界を見せてくる無神経さに、苛立ちすら感じる。

 八つ当たりだとわかっていても、わたしは苛立だしさに心を任せる。芽生えた怒りだけが、不安を遠ざけてくれるからだ。


「カバさんの言うことなんて、信じられない」


「……覚えてないから仕方ないわな。とにかく、戻るで」


 住宅街の黄昏は失われ、辺りは暗くなり始めていた。家の中に入ってしまったのか、次郎君と一郎さんの姿も見えなくなっている。


 立ち尽くして動かないわたしに、カバさんは「はぁ」っと、声に出してため息をつく。


「しゃーないなぁ、もう」


 呆れ声と同時に、ガクリと足を踏み外したような衝撃があった。


「!?」


 わたしは思わずその場に尻もちをついてしまう。

 リンと聞き慣れた音がして顔をあげると、エレベーターの扉が両側に開くところだった。手をついた床から金属的な冷たさが伝わってくる。住宅街のアスファルトはどこにもない。


「戻ってきたで」


 視線を向けると、エレベーター内にある案内板の中で、縦に並んだボタンの光が消えるところだった。三階を示すオレンジの明滅が、残像のようにまぶたの裏に残った。ゆっくりと開いたエレベーター扉の向こう側は、要塞の一郎さんのフロアだ。


 見慣れた光景に、ほっと気持ちが緩む。

 立ち上がってエレベーターを出ながら、わたしはカバさんを振り返った。


「もしかして、カバさんはエレベーターの中でわたしに夢を見せていただけ?」


「――そうやな。夢といえば夢になるなぁ。でも、夢は夢でも、ただの夢とはちゃうけどな」


 ガハハとカバさんが笑う。


 夢は夢でも、ただの夢ではない。


 一面がガラス張りのフロアから飛び込んでくる景色は暗かった。既に日が暮れている。わたしが学院祭の準備から戻った時は、まだ日が高かった。


 一時的にジャングルと繋がった教室の衝撃が、あっさりと上書きされている。

 連続していない時間。思わず唇を噛んだ。


 誰に何を聞くべきなのか、頭の整理がつかない。フロア内にあるリビングルームへ戻ろうとすると、カバさんがふよふよと目の前を横切る。 


「ちょっと待ち。次のエレベーターでジローが戻ってくるで」


「え?」


 エレベーターを振り返ると、上部にある案内板の一階の部分が光っている。オレンジの光が二階、三階とゆっくりと移動した。


 わたしは次郎君に何を話せば良いのだろう。何を聞けば良いのだろう。

 何も決められないわたしの心を置き去りに、リンと音がする。

 ゆっくりとエレベーターの分厚い扉が開いた。


「あやめ?」


 次郎君が帰ってきた。目が合うと、彼はすぐにいつもの笑顔になる。


「ただいま。あやめもどこかに行ってたの?」


「うん。――おかえり、次郎君」


 顔を見た瞬間、張り詰めていた気持ちが緩んだ。

 次郎君はここにいる。

 大丈夫だと言い聞かせて、わたしも笑ってみせた。


「あれ? ぬいぐるみが落ちてる」


 次郎君の視線の先に、ピンクのカバのぬいぐるみが転がっていた。全く動く気配のない他愛ない様子に戻っている。


「あ、さっきまでカバさんだったのに」


 抜け殻になったぬいぐるみを抱え上げても、何もしゃべらない。作り物の愛嬌があるだけだった。


「あやめは、あいつと一緒にいたの?」


 エレベーターの前から歩き出しながら、次郎君がぬいぐるみを抱えていない方の、わたしの手をとった。ぎゅっと握られた手に力がこもる。


「何かおかしなこと言われなかった?」


 次郎君と手をつないだまま、奥へと続く扉の認証を済ませ、要塞内の憩いのリビングルームに向かう。


「おかしな事ばかり言ってましたけど、次郎君は何か思い出したんじゃないんですか? 次郎君が出かける前、わたしがジュゼットのことを思い出した時みたいだったって、瞳子さんが言ってました」


 今は落ち着いた様子に見える。わたしはできるだけ動揺を悟られないように次郎君を仰ぐ。目が合うと、次郎君は困ったように笑った。


「そうだね。……俺がどうしてあやめのことを好きになったのか、思い出したかもしれない」


「え?」


 いつもなら舞い上がってしまうはずの言葉が、ひやりと胸に刺さる。


「ただの一目惚れだって思っていたけど、違ったのかも……」


「それはーー」


 どういうことかと聞き返す勇気が湧いてこない。

 カバさんの見せてくれた光景が脳裏に広がっている。本当に次郎君の思い出した過去なのだろか。


 一郎さんによって、失われた過去。

 なかったことにされた過去。


「俺の中には、気持ちがずっと残っていたのかな。……もしかすると、あやめの中にも」


「次郎君?」


 はっきりと問いただすことができないまま、二人で部屋までたどり着いてしまう。扉を開ける前に次郎君がわたしを振り向いた。


「あやめ」


「は、はい」


「世界が復元して、もしそこに――、……ううん、なんでもない」


 わたしに聞き返す隙も与えず、次郎君は扉を開けて室内へ姿を消す。すぐに「おかえりなさい、次郎君」という、瞳子さんの声が聞こえてきた。


「ただいま」という、いつもの陽気な次郎君の声が続く。

 二人の声をBGMのように聴きながら、わたしはぬいぐるみを固く抱きしめた。


 わかってしまった。彼の思い出したこと。

 カバさんは嘘をついていなかったのだ。


「あやめちゃんも一緒?」


 ドアの前で立ち尽くすわたしに、瞳子さんが声をかけてくれる。

 ぐっとぬいぐるみを掴む手に力が入る。

 暗い気持ちに押しつぶされないように、深呼吸をした。


「……大丈夫」


 しっかりと気持ちを整えてから、「ただいま戻りました」と部屋へ入った。

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