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次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜  作者: 長月京子
第六章:カウントダウンを刻む世界
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27:複雑なジュゼットの気持ち

 再びリビングルームに現れた一郎さんは、険しい顔でカバさんに歩み寄ると、無造作につかみあげる。


「おまえの笑い声で眠れない」


 苛立ちを隠そうともしない声音。寝不足のせいなのか、一郎さんの顔色は優れない。


「お〜、こわ。そない怒らんでもええやんか」


「もう黙れ」


「はいはい」


 カバさんはなげやりに返事をしてから、一郎さんにつかまれたまま、労わるようにもう一度ジュゼットを見た。


「姫さん、またな」


 すっとぬいぐるみの気配が変わる。なんの変哲もない、ピンクのカバのぬいぐるみ。騒がしかった室内がしんと静かになった。ジュゼットが鼻をすする音だけが聞こえる。


 ジュゼットを抱き寄せたまま、瞳子さんが戸惑った顔で一郎さんを見る。彼はカバのぬいぐるみをローテーブルに置くと、その場の張りつめた空気感を和らげるように明るい声を出した。


「これは、ばれてしまったかな?」


 まったく深刻さのない一郎さんの様子に、瞳子さんがいつもの気の強さを発揮した。


「いったい、どういうことなの?」


「どうって言われても……。戻せない次元エラーはジュゼットだけじゃないって話だけど?」


 一郎さんは睡眠を妨害されたせいなのか、気だるげにあくびを繰り返している。


「戻せない次元エラー?」


「そう。このぬいぐるみを利用しているのは11D。俺が見つけたのも少し前で、とにかく言動が支離滅裂なのが特徴かな。ジュゼットの方がよほど話が通じるよ」


 言動が支離滅裂。たしかにそうなのかもしれない。

 でも、次郎君をあれほど不安したのは、どういうことことだろう。


「でも、一郎さん。カバさんとの話で、次郎君は何かを思い出したかもしれないです。とても動揺していて、そのまま出かけちゃいましたけど……」


「次郎が?」


「はい。それにカバさんは一郎さんとは昔からの知り合いだって」


「――俺と?」


「はい」


 一郎さんは少し考えてから、わたしを見た。どこか疲労感の漂う眼差し。皮肉なことに睡眠不足による気だるさで、イケメンの色気が倍加している。


「他に何か言っていた?」


「えっと、この世界が終わるって」


「……この世界が終わる?」


 ふうっと一郎さんがため息をついた。


「たしかに11Dもジュゼットもイレギュラーだけど、世界が終わるほどの変異とは思えない。11Dはこれまでにもあらゆる次元を渡る歩いている節があるから、いろいろと混同しているのかもしれないね」


 一郎さんからは深刻さが感じられない。カバさんの話にはなんの信憑性もないみたいだ。たしかにそんなに簡単に世界が滅ぶはずもないか。


 少しホッとするけれど、次郎君のことは心配だ。

 もし何かを思い出したわけではないとしても、あの狼狽の仕方はただごとじゃない。いったいどうしちゃったんだろう。


「イチロー、本当に世界は終わってしまったりしませんか? ここも、わたくしの世界も?」


 ジュゼットが目を潤ませて一郎さんを見ている。


「もちろんだよ、ジュゼット。世界はそんなに簡単に終わったりしない」


「本当に?」


「本当だよ。――もしかして、元の世界に帰りたくなった?」


「いいえ!」


 ジュゼットは濡れた顔を拭うと、毅然とした表情を取り戻した。幼くてもにじみ出る気品のある振る舞い。彼女が公爵令嬢であることを思い出す。


「戻りたいとは思いません。でも……」


 取り戻した威勢の良さを覆すように、ジュゼットはためらいがちに続けた。


「さきほどカバさんに世界が終わると言われた時、とても哀しくなりました」


「ジュゼット……」


 瞳子さんがそっと彼女の頭を撫でる。


「家の者達ともう二度と会えないと思うと、哀しくなりました」


 ポロポロと大粒の涙がこぼれる。ジュゼットの気持ちはわかるような気がする。戻りたくないと言いながら、いずれ戻ることを心にとどめているのだ。


 きっとジュゼットは、年上の王子様との結婚について、本当はとっくに覚悟を決めていたのだろう。彼女の住む世界はそういうところだから。


 だけど、たまたまこの世界にきて、少しだけわがままをいうひとときを手に入れた。

 駄々をこねて抗いながらも、ジュゼットはわかっている。


 今が特別な時間であること。

 戻りたくないけれど、戻れないとは思っていないのだ。

 一郎さんが瞳子さんに寄り添っているジュゼットに歩み寄る。幼い彼女と同じ目線になるように膝をついた。


「ジュゼットは自分が思っているよりずっと元の世界が好きなんだよ。たしかにこの世界は、ジュゼットの世界よりも自由かもしれない。君を咎める人もいない。でも、二度と会えないのは悲しい。そう思う気持ちも正しい。君の素直な気持ちだ。何も間違えていない。とても大切な気持ちだよ」


「イチロー……」


「とはいえ、まだジュゼットを帰してあげられないんだけどね。だけど、いつか君が帰りたいと泣きだすまでには、何とかしてあげるから」


「わたくしは帰りたくありませんわ!」


「うん。今はね。――今はまだ、この世界を楽しんでくれたらいいよ」


 一郎さんは微笑む。ジュゼットもホッとしたように笑った。

 やっぱりジュゼットは笑顔が一番可愛いな。


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