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次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜  作者: 長月京子
第六章:カウントダウンを刻む世界

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25:あやめの不安

 次郎君の蒼ざめた顔が頭から離れない。

 なんでもないと言っていたけど、絶対に嘘だ。


 彼は用事を思い出したと言って、どこかへ出かけてしまった。管理局と関わる不思議な家系に生まれながらも、悲観的ではなく、いつも笑ってくれる次郎君。あんな顔は見たことがない。


 何もかもが不自然に思えて、落ち着かない。

 ピンクのカバのぬいぐるみが笑ってしゃべる。


 たしかに普通の出来事じゃない。わたしも悲鳴をあげるくらいには驚いた。でも、次郎君は管理局と関わってきたわけだし、これまでにも想像を絶する次元エラーをたくさん体験してきたはず。


 ぬいぐるみの異質さに動揺しただけで、あんなに不安げな顔をするだろうか。

 血の気が引くほど、動揺するだろうか。


 絶対に次郎君に何かが起きたのだ。


「アヤメ?」


 ジュゼットがぬいぐるみを抱えていない方の手で、ぎゅっとわたしの手を握る。


「アヤメも泣きそうな顔をしているわ」


 小さな手から伝わるぬくもりで、とめどなく後ろ向きになっていた気持ちが緩む。ジュゼットの宝石のような青い眼にじぶんの影が見えた。


「どこか痛いのですか?」


「ジュゼット、ううん」


 否定してみたけど、わたしは痛みを感じているのだと思い直す。


「あ、でも、すこし痛いのかも」


「どこが痛むのかしら?」


「ーー胸が」


 とても嫌な気落ちがする。心の傷口から血があふれるように、不安がとめどなく流れ出している。

 次郎君が心配でたまらないのだ。


「じゃあ、わたくしが背中をさすってあげましょうか?」


 ジュゼットの手が、そっと背中に触れる。


「わたくしも哀しい時にトーコにこうしてもらうと、すこし楽になりました」


「ありがとう」


 すこしだけジュゼットに救われる。気持ちを切り替えようと、大げさなくらいにため息をついた。お行儀が悪いけど、大きなソファにもたれかかってだらんと力を抜く。


 考え込んでも仕方がない。余計に不安に拍車がかかるだけだ。

 開き直ったのが伝わったのか、黙って見守ってくれていた瞳子さんが話しかけてくれる。


「次郎君、どうしたのかしらね。なんだか、あやめちゃんがジュゼットのことを思い出した時みたいだった」


「わたしがジュゼットを思い出した時ですか?」


 心もとなくて怖くて、不安でたまらなくなったことを今でも強く覚えている。自分の世界がすべて嘘だったと覆るような、嫌悪感と恐怖。


「わたしも顔色がなくなっていたんですか?」


「ええ。真っ青だったわ」


 最高に混乱はしていたけど、自分の顔色のことまではわからなかった。ぞっと血の気が引くような怖さが競り上がってきたような気はするけれど。


「もしかして、次郎君は何かを思い出したのかも……」


「そうね」


 瞳子さんも同じことを考えていたみたいだ。何かを思い出したのなら、とても怖かったのかもしれない。わたしはジュゼットとの出会いを思い出しただけで、あれほど不安定になってしまったのだ。


 次郎君はわたしよりも慣れているのかもしれないけれど、何の助けにもなれないのは歯がゆい。

 夢の中でわたしの手をにぎって励ましてくれたように、わたしも次郎君を支えてあげられたら良かったのに。


「でも、次郎君はいったい何を思い出したんだろう」


 次郎君がわたしのように、記憶が戻る不安定な衝撃だけで、あれほど狼狽するとは思えない。何か嫌なことを思い出してしまったのかな。

 トラウマになりそうなくらい、嫌なことを。


「一郎を起こしてみましょうか? 何か知っているかもしれないわ」


 瞳子さんの申し出に乗りかけたけれど、わたしは首を横に振った。


「いえ、いいです。今朝わたしが起きた時、一郎さんは嫌な夢を見たせいでよく眠れなかったって言っていたし、ゆっくり休んでもらいたいです」


「そうだったの」


 一郎さんは二人きりになっても、瞳子さんにそういう話はしていなかったのか。瞳子さんにしてみればグーパンチで殴っちゃうような状況で、一郎さんが寝不足で疲れているとは考えないだろうし。


「どちらかというと、わたしはもう一度カバさんに会いたいです」


 カバのぬいぐるみがしゃべる現実には違和感を覚えまくっているけれど、カバさんはいろんなことを知っているような気がする。


 なんといっても高次元からやってきた存在なのだ。この次元のことなどすべてお見通しかもしれない。


「アヤメ! わたくしがカバさんを起こしてみましょうか?」


 どうやらジュゼットにとって、動かなくなったカバさんは就寝中ということになっているらしい。


「カバさん! 起きてください!」

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