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次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜  作者: 長月京子
第五章:次元エラーの重なり
24/59

24:胸騒ぎ

「意味なんかあれへんで」


 次郎君がしげしげとピンクのカバのぬいぐるみを眺めている。


「でも、このピンクのカバのぬいぐるみは昔からあったものだけど、11Dはそんな昔からこの世界に紛れていたってこと? それともぬいぐるみの姿を借りているだけ?」


「お兄ちゃん、ワシのことはカバさんって呼んでんか」


「あ、ごめん」


 カバさんって、きっとジュゼットのつけた名前なんだろうけど、気に入っているのかな。

 11Dだと、まるで管理番号みたいだもんね。


「ええねん、わかってくれたら。姿は借りもんや。認識できるようにしただけやで。ワシは高次元やからな。あんたらの次元とはモノがちゃうねん」


 なんだろう、見た目が可愛いからごまかされているけど、ちょっと物言いが上から目線の気がする。


「わたし、このぬいぐるみのこと、知っているような……」


 ぬいぐるみとしての見た目の話ではなくて、方言や声に覚えがあった。どこかで聞いたことがあるのだ。いったいどこだったのかな。


「夢の中やんか」


 ピンクのカバのぬいぐるみ――カバさんがわたしを見ている。

 まるで心を読んだかのように、きっぱりと教えてくれた。途端にわたしの脳裏に蘇る光景。


「あ! そういえば」


 出てきそうで出てこない俳優の名前を思い出した時のように、はっきりとした。

 いつもの悪夢に現れた、ピンクのカバのぬいぐるみ。


「お嬢ちゃんの夢におったやろ。薄情やな、忘れてもうたんか? あ、でも、あれはもう別次元の話になるんやったかな」


「あやめの夢に?」


 次郎君に頷いてみせる。少し端正なお顔が険しくなっている。心配してくれているのかな。


「うん。前に次郎君がきてくれた夢とほぼ同じなんだけど、でも世界が静止していて、カバのぬいぐるみと話すっていう、不思議な夢だったんだけど」


 まさかあのカバのぬいぐるみと、このカバさんが同一だったとは思いもよらない。


「――あの夢……」


 次郎君の顔が、ますます険しくなる。どうしたんだろう。


「カバさんは、今まで私達の前では話したり動いたりしなかったけれど、それはどうして?」


 瞳子さんの問いかけに、カバさんはガハハと笑う。


「この次元ではなんでも理由がいるんかいな?」


「そうね。わかりたいと思うから」


 真摯な答えに、カバさんは笑いをおさめる。ぬいぐるみの愛嬌のある眼で、ひたっと瞳子さんを見た。再びピコピコと尻尾が動いている。


「わかりたいから? ふう〜ん、なるほどやな。でもイチローは逆のことを言うで」


「一郎が?」


「そうやで。知らない方が良いこともある。イチローはそう言うてたけどな」


「兄貴を知っているのか?」


「知ってるに決まってるやんか。イチローとは永い付き合いやねんで」


 次郎君も知らなかったのか、信じられないと言いたげに、ジュゼットの腕に抱かれているカバさんを見つめている。


「この姫さんよりも、もっとずっと昔から知ってるで」


「兄貴と? カバさんが高次元ってことは、ひょっとして管理局?」


「違うがな」


「でも、普通の次元エラーじゃないよね?」


「当たり前やんか」


 なぜかカバさんの声が自慢げに聞こえる。次郎君が言葉を選ぶように、ゆっくりと尋ねる。


「もしかして、……カバさんは、何か知っているのか?」


「なんや?」


「この次元で、ジュゼットが戻れなかったり、金魚が現れたり。そうなっている理由を」


「う〜ん? さぁな、どうやろな」


 わたしにもわかってしまうくらいに、カバさんはごまかし方が下手くそだ。これは絶対に何か知っている。ガハハと笑い声がした。


「やっぱり、ここは面白いわ」


 次郎君がソファから立ち上がった。


「俺、兄貴を呼んでくる」


「やめとき」


 即座にカバさんが止める。次郎君が「どうして?」と言いたげに振り返ると、カバさんは愛嬌のある顔にニタニタと笑みを浮かべた。


「せっかく眠ってるんや。今は寝かしたり」


 全てお見通しと言わんばかりに、カバさんはニタニタと笑う。


「イチローの考える世界は、ほんまに面白いからな」


「兄貴の世界が面白い? 夢のこと? どういう意味?」


「そのままの意味やんか。ワシもちょっと眠ろかな」


 言うなり、ピンクのカバのぬいぐるみから不気味な表情が失われる。まるではじめからそうだったかのように、何の変哲もないぬいぐるみの気配に変わった。

 ジュゼットにとってはどんな様子の時も親しみのある、可愛いぬいぐるみなのだろう。変わらず愛しそうに抱いている。


「次郎君?」


 次郎君の横顔が見たこともないくらい、不安げに見えた。何だろう、嫌な予感がする。


「どうしたんですか? 何か気になることでもあった?」


 端正な横顔が白くなっている。血の気が引いているのだ。見間違いだろうか。


「顔色が悪いわよ?」


 瞳子さんも労わるような目を向けていた。やっぱり顔が青ざめているんだ。ジュゼットが、そっと次郎君のほっぺたに手を伸ばす。


「ジローは、カバさんのことが嫌いですか?」


「――ううん。違うよ」


 ジュゼットに笑ってみせる次郎君の顔が暗い。ざわりと胸騒ぎを感じて、わたしは胸に手を当てた。

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