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次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜  作者: 長月京子
第四章:瞳子さんと一郎さんの事情
18/59

18:真夏の光景の変容

――11D、消息不明、継続。

――D(次元)一部消失、確認。

――D(次元)崩壊開始、確認。

――AD(全次元)、カウントダウン開始。


――10。






 じわじわとセミの鳴き声が聞こえる。蒸し暑い夏の午後。背負ったリュックで背中が群れる。

 足元に目を向けると、白い運動靴が目にはいる。何の面白みもない学校指定の白いソックス。


 ああ、とわたしは気づく。また同じ夢を見ている。

 繰り返し見る、後味の悪い夢。


 大通りで一棟のビルが改装工事をしている。高く組みあげられた足場と、粉塵を巻き散らさないように張られたネット。


「ん?」


 何かが違う。わたしは辺りを見回した。

 さっきまでのけたたましいセミの鳴き声が消えていた。


 耳の痛くなるような静寂。

 通りを歩く人は不自然に動きを止めている。


 静止画のように動かない光景。

 無音で停止した世界。


「お嬢ちゃんにつながってるんか」


「え?」


 突然、背後から声がして、弾かれたように後ろを見た。

 誰もいない。


「おるおる、下におるで」


 導かれるままに視線をさげると、アスファルトの上にぬいぐるみが落ちていた。

 見覚えのある、ピンクのカバのぬいぐるみ。どこで見たのだったかな。

 愛嬌のある笑顔が、今は不気味に見える。


「どこに何をあてはめたか、わからんようになってきたわ」


 ぬいぐるみはまっすぐにこちらを見ていた。愛嬌のある笑顔は縫い付けられているはずなのに、声に合わせて口元が動いているように感じる。


 目元もニヤニヤと動いている。

 ピンクのカバには不似合いなはずの方言。なぜか耳に馴染む。

 ぬいぐるみがしゃべっている異質さが希薄だった。


「あんたらは夢やったら何でもありやろ」


 わたしの気持ちを言い当てるように、ぬいぐるみが笑う。


「夢、だよね」


 ほっと安堵した。どうやら良く見る悪夢とも違うみたいだ。わたしの身代わりになる男の子の惨状を見ることもない。良かった。


「あんたも、ぎょうさん泣いてたなぁ」


「え?」


「自分の腕がもげたわけちゃうのに、何が哀しいんや」


 このカバのぬいぐるみは、わたしが繰り返し見る夢を知っているのだろうか。そういう前提の夢?


「あんたも思ったんか? この世界は絶望でできているとか何とか……」


「この世界が絶望でできてる?」


 さすがにそこまで哀しいことは思ったことがないな。


「哀しいことや落ち込むことがあっても、良い事もあるよ?」


「さよか。ふつうはそうやろな」


 わたしはしゃべるカバのぬいぐるみを抱き上げた。全体的にふっくらしているけれど、お腹の膨らみが不自然に見える。

 思わず、ふよふよとお腹を揉んだ。カバのぬいぐるみがぎゃははと笑う。


「やめてんか! こそばいやろ!」


「あ、ごめんね。お腹の中に何か入っているのかなって」


「入ってるで」


「何が入っているの?」


「そんなん言われへんわ!」


「大切なモノ?」


「そうやな。大切やろな」


「やろなって、自分のものじゃないの?」


「ワシのもんや。今はな」


「ふう~ん」


 ぬいぐるみと話しているのもおかしいけれど、夢の中では何でもありだ。でも、ふと一郎さんの言葉を思い出す。夢は無限にある別次元の一つ。一時的につながって、見ることが許される世界。そう考えると、こんな不可思議な世界に住んでいる人は大変だな。


「ワシから見たら、あんたらの世界も変やけどな」


「え? そうなの?」


「変やわ。でも面白いわ。とりあえずワシは行くで。お嬢ちゃん、ほんだらな」


 急にがくりと足場を失う。

 落ちる! と思った瞬間、私は目覚めた。






 何か変な夢を見たと思ったけれど、目覚めるとよく覚えていなかった。いつもの悪夢だった気もする。でも、涙で顔が濡れることもなく、寝汗もかいていない。


 昨夜、瞳子さんと別れてから再びベッドに横になって、いつのまにか寝入ってしまったみたいだ。午睡の影響は残っているようで、中途半端に目が覚めてしまう。


 カーテンの隙間から漏れる光もなく、まだ夜は明けていない。

 そっと壁の時計に目を向けると、蛍光の針は五時前を示していた。


(まだ早いな)


 それに今日は日曜日だ。学院祭の準備に顔を出す予定だけど、こんなに早起きする必要はない。


(二度寝もできそうにないし)


 ゴロゴロと何度か寝返りをうってから、あきらめて身を起こす。

 カーディガンを羽織って、リビングルームへ移動した。


 室内の隅で、オブジェのような形をした白いフロアランプが、ゆるく灯っている。ソファセットの一角に誰かが座っていた。


(一郎さんも起きてる?)


 彼はわたしに気付かない様子で、目元を手で覆っている。ルームウェアに薄い上着を羽織ったラフな様子。けだるげな様子に見えたけれど、声をかけようかと思った時に、ぎくりとした。


(な、泣いてる?)


 まさかと戸惑っていると、一郎さんに気配がつたわってしまったのか、こちらを向いた彼とばっちりと目が合ってしまう。


「あやめちゃん」

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