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次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜  作者: 長月京子
第四章:瞳子さんと一郎さんの事情
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16:瞳子さんの事情

 瞳子さんは「何を?」と言いたげに、不思議そうに顔を傾けた。わたしは少しためらってしまう。一郎さんとのことは触れにくい。


 だからと言って、次郎君から聞くのもやましい気がして、詳しいことは聞いていない。

 一郎さんの婚約者として、配偶者の特権を与えられている。


 瞳子さんについてわかっているのは、それだけだった。


「ええと、瞳子さんは、一郎さんの婚約者なので、その、どういう馴れ初めでそうなったのかなって」


「ーー馴れ初めって……。次郎君には聞かなかったの?」


「はい。聞くなら、一郎さんか瞳子さんにかなって」


「あやめちゃんは律儀ね」


 瞳子さんが笑ってくれて、私はほっと気持ちが緩む。


「一郎や次郎君とは昔馴染みなの。私の両親と一郎のお父様が学友で、それがきっかけね。幼い頃から家族ぐるみでお付き合いがあって、仲が良かったのよ」


「じゃあ一郎さんとは幼馴染ですね。もしかして、昔から兄妹みたいに育ったから、それでいまだに恋愛感情を抱けないとかですか? だから結婚するのが嫌なんですか?」


 お兄ちゃんみたいに思っていた人が、恋人や婚約者になるのは、やはり無理があるのだろうか。わたしには経験がないからわからないけど。

 瞳子さんはじっとわたしの顔を見た。大きく一つ吐息をつく。


「あやめちゃんも私も、今日のことは忘れちゃうから、打ち明けちゃおうかな」


「何をですか?」


「私の恋バナ。――聞いてくれる?」


「聞きます!」


 食い気味に身を乗り出すと、瞳子さんが笑う。眠るジュゼットの髪を撫でる彼女の指先は綺麗で、優しい。


「本当はね、一郎のことが好きよ、とても。初恋で憧れで、まさにあやめちゃんが次郎君を思うのと同じように」


 なぜだろう。まったく驚きがない。やっぱりそうかと思ってしまう。瞳子さんはノーリアクションのわたしに不服そうな顔をした。


「もう! 知っていましたみたいな顔しているわよ」


 拗ねて見せる瞳子さんだけど、頬が赤くなっている。美人がはにかむと、めちゃくちゃ可愛い。同性なのに顔が綻んでしまう。


「私、そんなに態度に出ているかしら? 完璧に押し殺しているつもりなんだけど」


「はい。いつも一郎さんにだけ辛辣だなぁって。だからですかね、余計に心が通じ合っているように見えます」


「え!? 嘘? 逆効果なの?」


「いえいえ、ちらっと本当に嫌いなのかなとも思いましたけど、でも二人を見ていると微笑ましいというか……」


 瞳子さんはがっかりと肩を落とす。


「駄目ね、私は」


「っていうか、好きならそういえば良いのに、どうして一郎さんに冷たくするんですか? 幼馴染で初恋で憧れで、しかも今も変わらず、ずっと好きなら、結婚してゴールインなんて最高のハッピーエンドですよ?」


 うつむいたまま、瞳子さんは天使の寝顔を披露しているジュゼットの頭を撫でる。


「あやめちゃん」


「はい」


「私の片想いでも、そう思う?」


「片想い!?」


 今度は思い切り反応してしまう。怒涛の勢いで、瞳子さんに物申したくなった。


「片想いってどういう意味ですか? 一郎さんはめちゃくちゃ瞳子さんのことが好きですよ! 毎日、全身で好き好きアピールしてます!」


「ーー残念ながら、全て演技ね」


「はぁ!?」


 ちょっと、何を言っているんですか? 瞳子さん! あんなに毎日熱烈にアタックしても伝わらないって、一郎さんはどんだけ不憫なんですか?

 という心の叫びを飲み込む。


「どうして、演技だって思うんですか?」


「……一郎のことをよく知っているから、かしら?」


「よく知っているから?」


 わたしはさっきまでの勢いが引っ込むのを感じた。昔から一郎さんを知っている瞳子さん。大好きな人のことは、誰よりも見えてしまうのかもしれない。


 知り合ったばかりのわたしにはわからない、一郎さんの気持ち。

 もしかすると、本当に瞳子さんの思い込みは、間違えていなかったりするのかな。


「私はね、両親を事故で亡くしたの。高一の夏だったな。……もう幼くはなかったし、両親の遺産もあって、哀しくても、独りでなんとかやっていける年だった。でも、世間知らずでーー簡単に人に騙されちゃった。幸い身ぐるみをはがされるような悲惨なことにはならなかったけれど、心を病んでしまったのよね。そこで私を助けてくれたのが、一郎のお父様。一緒に生活しながら、カウンセリングを受けたりして。ーー時任の家で彼らと過ごしながら、わたし、やっぱりとても寂しかったんだと思ったわ。たくさん泣いて、辛い気持ちを全部吐き出して、おかげ様で立ち直れたんだけど」


「良かった」


「ありがとう、あやめちゃん」


「でも、じゃあ、一郎さんには誰か好きな人がいたんですか?」


「わからない。もしかしたら、いたのかもしれない」


 首を傾げると、瞳子さんは寂しそうに笑った。


「彼は、昔から妹のように可愛がっていた私の憔悴ぶりが、見ていられなかったんでしょうね。毎晩のように私の夢に現れて励ましてくれた」


「あ……」


「でも、はじめは普通に自分の夢だと思っていたし、もちろん一郎自身もそんなことは語らなかったわ」


「でも、瞳子さんは気づいてしまったんですか?」


「ーーええ。少しずつね。夢の中の一郎しか知らないことを、彼が同じように知っている。そんなことが何度かあって、はじめは偶然かと思ったけれど……」


 瞳子さんはわたしをみて苦笑した。


「あとは想像がつくかしら?」

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