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次元境界管理人 〜いつか夢の果てで会いましょう〜  作者: 長月京子
第四章:瞳子さんと一郎さんの事情
15/59

15:ジュゼットの事情

 今日は一日いろんなことがあったな。ベッドに横になり、ふうっと大きく息をつく。

 記憶の混乱を整えるためとはいえ、半日ほど午睡をしていたせいで全く眠たくならない。


 それに。

 次郎君との初めてのキス。

 うわー! ぎゃー!っと、ひたすらじたばたしたくなる。

 恥ずかしい! でも幸せ!

 などと、感情の起伏を繰り返してしまうので、わたしは眠ることをあきらめた。


 結局、ジュゼットが戻れない影響で、わたしの要塞での生活はもう少し続く。

 ぶっちゃけると次郎君の希望である。一緒にいたい気持ちは同じなので、二つ返事で受け入れてしまった。

 もちろんお付き合いをはじめたので、自宅に戻っても次郎君に会う理由には困らない。でも、要塞内で一緒に食卓を囲んだりできる環境は捨てがたいのだ。


 ちょっと欲望に素直すぎたかな。

 どうせ眠れないのなら部屋を出てみようと、カーディガンを羽織る。要塞内は空調で快適だけど、少し外の空気を吸いたい。


 まだ夏が終わったばかりの九月下旬。秋は学院祭準備で賑やかになり、気候も良い時期だけど、さすがに朝夕は冷えるようになった。深夜ともなれば、外は肌寒いはずだ。


 外に出ると言っても、一階まで降りるわけじゃない。

 要塞の一郎さんのフロアにはバルコニーもあり、通路から出られるようになっている。


 ガラス張りの大きな通用口から、わたしはバルコニーに出た。

 思っていた通り広い。大学が見渡せる眺望で、どうやらL字型に続いている。


「〜〜〜……」


 気のせいかと思っていたけど、話し声が聞こえる。

 こんな時間に誰が? と警戒しつつ、角から向こうをのぞくと、設置されたベンチに瞳子(とうこ)さんが座っていた。隣にはしくしくとベソをかいているジュゼットがいる。

 ああ、帰りたくて泣いているのかな。


「こんばんは」


 わたしは歩み寄って二人に声をかけた。


「あやめちゃん、どうしたの?」


「ちょっと眠れなくて出てきちゃいました。ジュゼットは大丈夫ですか?」


 わたしは空いているベンチにかけてビスクドールのように可愛い彼女を見た。

 突然知らない世界にやってきて、とても不安なんだろう。


「大丈夫だよ、ジュゼット。すぐにお家に帰れるよ」


「嫌です! わたくしは帰りたくありません!」


 びっくりした。励ますつもりが、どうやら逆効果だったみたいだ。


「どうして? 本当に帰りたくないの?」


「帰りたくありません! わたくしはずっとここにいたいのです!」


 いかにもお子様らしく癇癪をおこしている様子。それすら可愛いけど、わたしは瞳子さんと顔を見合わせる。


「ジュゼットはどうして帰りたくないんですか?」


「結婚したくないからですって」


「結婚?」


 ジュゼットって何歳なの? まだ七つか八つくらいじゃないの? と思ったけど、彼女の世界では普通のことなのかもしれない。


「自分より十五歳も年上の王子様との結婚が決まったらしいの。それで逃げ出したいと思っていた時に、ちょうどこちらの世界に来てしまったみたい」


「こんなに小さいのに……」


 政略結婚というやつかな。幼いころから嫁ぎ先が決まっていて、お相手は王子様。まるで少女漫画のような世界。少女漫画なら王子様はイケメンで、ジュゼットが成長するまで見守り、やがて心から結ばれたりするけど、違うのかな。


「帰りたくない、か」


 慰めるのも難しい。帰らなくてもいいよ、ずっとここにいても良いよとは、言ってあげられないし。瞳子さんが泣きじゃくるジュゼットを抱きしめて、とんとんと背中を叩く。


「ジュゼット、元の世界にも、楽しいことはたくさんあるはずよ。王子様はとってもカッコよくて、優しいかもしれない」


「十五歳も年上なんて、オジサマですわ!」


「そんなことないわよ」


 瞳子さんの膝の上に上体を伏せて、ジュゼットはひたすらだだをこねる。


「楽しいことは、自分が見つけようと思ったら、案外見つけられるものなの」


 小さな背中を優しく叩いて、瞳子さんはまるで子守歌を歌うかのように話しかけている。


「ご飯が美味しいとか、おやつが好物だったとか。綺麗な花が咲いているとか。ジュゼットはここに来てからも、そんなささやかなことが、とても嬉しそうだった。だから、きっと、もっと見つけられるはず。王子様の良いところも、たくさん見つけられるはずよ」


 優しい声で瞳子さんが宥めていると、やがてジュゼットは寝入ってしまった。

 瞳子さんの膝の上で、屈託のない天使の寝顔。涙に濡れた顔を拭っても目覚めない。


「眠っちゃいましたね」


「ええ」


「わたしがベッドまで運びましょうか?」


「ありがとう。でも大丈夫よ。それより、あやめちゃんこそ平気? 今日はいろんなことがあったけど」


 いろんなこと。

 思い起こした瞬間、ぼっと顔が熱くなる。バルコニーを照らす控えめな照明でも、じゅうぶんわたしの顔色が伝わってしまったらしく、瞳子さんは目を丸くした。

 ジュゼットを起こさないように気遣いながら、ふふっと可笑しそうに笑う。


「良いことがあったみたいね」


「や、いえ、別に……」


 しどろもどろしてしまう。ああ、見透かされているようで、恥ずかしい。


「羨ましいわね」


 からかうような瞳子さんの声に、わたしは好奇心がもたげた。


「あの、聞いても良いですか?」

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