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12:偉大な恋の力

 わたしが有頂天になっていると、一郎さんが笑う。


「恋の力は偉大だね」


「え?」


「だって、俺達の話をあっさりと受け入れているから」


 う、たしかに。恥ずかしい。

 わたしは熱くなった顔をぱたぱたと手で扇ぐ。


「その、……正直に言うと半信半疑です。でも、自分の記憶がすっかり変わっていたのは本当のことだし。思い出した時の何とも言えない感じが、とても説得力があったので」


「そっか。そうだよね。怖い思いをさせてごめんね」


「あ、いいえ。大丈夫です。ひと眠りしたら落ち着きました」


 一郎さんがようやく手元のコーヒーカップに手を伸ばした。よく考えると、わたしに打ち明ける事に緊張していたのかもしれない。


 次郎君も汗をかいたグラスを持ち上げて、アイスコーヒーをがぶりと一気に飲み干した。


「いまの状態はとてもイレギュラーだから。俺も兄貴も、あやめに打ち明けるのは、一か八かみたいなところがあった」


「わたしが全く信じないかもっていうことですか?」


「それも少しあったけど、次元エラーについては、もし世間に暴露するようなことになれば、俺達の存在ごと修正される可能性もある」


「ええ!?」


「次元の歪みだけは手に負えないようだけど……。この次元内で不都合があれば、容赦なく修正されるみたいだから」


「でも、じゃあ、わたしに教えちゃって大丈夫だったんですか?」


「何も起きていないところを見ると、大丈夫だったんじゃないかな」


「何もってーー」


 そんな簡単な内容じゃないと思うんですけど!

 瞳子さんが次郎君にアイスコーヒーのおかわりを用意している。あまりにも日常的な様子に、わたしは再び室内を見回した。


「やっぱり、ドッキリか何かなんじゃ?」


 思わず疑ってしまう。


 でも、自分がどこにいるのかわからなくなるような、心もとない恐ろしさを思い出すと、途端に次郎君の言っていることが現実感を帯びてくる。


 一郎さんたちが管理局と呼ぶ高次元では、この世界を変えることなど、赤子の手をひねるようなものなのだろうか。


 別次元の住人というジュゼットを見ると、彼女は瞳子さんとピンクのカバのぬいぐるみに、交互に何かを話しかけている。別次元でも子どもがぬいぐるみを大好きになるのは変わらないのかな。


「これがドッキリじゃないっていうのは、あやめが一番感じているはず」


「――はい」


 たしかに、ごまかすことができない。唐突に記憶がよみがえって、世界が覆るような不安。実感を伴って、心に刻まれてしまっている。


「ジュゼットのこの世界での記憶は大丈夫なんですか?」


 一郎さんもジュゼットの手元にあるピンクのカバのぬいぐるみを見ていた。何か気がかりでもあるのか、じっと見つめている。声をかけると、ハッとしたようにこちらを向いた。


「ジュゼットのこちらでの記憶? それは俺たちの管轄外。元の次元に戻れば修正がはいるんじゃないかな」


「修正って……」


 全てなかったことにされるということか。歪みではなくなったジュゼットには、まるで何事もなかったかのように元の世界での日常があるだけ。


 覚えていなければ、何もなかったことと同じなのかな。

 こちらの世界で、一郎さんや次郎君が覚えていても。


「わたしの記憶にもまた修正がはいるんですか? この時間はなかったことになりますか?」


 肯定されるのが怖い気もするけど、答えは決まっている気がした。一郎さんは労わるような目で「そうだね」と頷いた。


「ジュゼットが戻れないのは、俺たちにはどうにもできない。次元が歪んだままの状態だと言えるけど、それはこちらの落ち度じゃないし、結局は歪みが戻れば世界が復元されて終わりだしね。だから、あやめちゃんが俺たちの事情を理解していられるのは、歪みが戻らない今だけの、言ってみれば期間限定の特権みたいなものだよ」


「期間限定の特権、ですか」


 なんだろう、すごく寂しい気持ちがする。

 次郎君の気持ちがわかって嬉しい気持ちや、ジュゼットを可愛いと眺めていた記憶は失われてしまうのか。

 本来はなかったはずの時間。


「一郎さんたちは? 覚えているんですか?」


「わからない。覚えている場合もあるけど、同じように修正されていた場合は気づけないから……」


「じゃあ、覚えている場合もあるんですか?」


「もちろんあるよ。それに、管理局が教えてくれる場合もある。教えてもらっても思い出せはしないけど」


 一郎さんたちにも修正は入るのか。次郎君には今のことを覚えていてほしい気持ちがするけど、ジュゼットが元に戻ったら、きっとまた世界は什器保管室の出会いから復元される。


 さすがに次郎君が覚えているのも難しいかな。

 それにわたしが忘れてしまったことを次郎君だけが覚えているのも、なんだか切ない。


「管理局に関わるためには、なにか資格とか基準があるんですか? 一郎さんたちは、どうやって選ばれたんですか?」


 せめて自分も次郎君と同じ立場になれないだろうか。彼のそばで同じ思い出を築いていけるように。勉強や努力で叶うのなら、励んでみたい。


 次郎君の隣に立って同じ世界を見るというのは、身の程知らずだろうか。

 思わず前のめりになってしまうと、一郎さんが意味ありげに次郎君を見た。


「……おまえの場合は、全てが良い方向に転んでいくな」


「日頃の行いの違いじゃない?」


「俺も品行方正だろうが」


「「どこが?」」


 次郎君と瞳子さんの声がきれいに重なった。ジュゼットの相手をしていた瞳子さんの優しい雰囲気が、一郎さんに向けては、別人のように冷たくなっている。


 ああ、一郎さんが可哀想。どうして瞳子さんは、婚約者をそんな邪険に扱うのかな。

 もしかすると、本当に一郎さんが嫌いだとか? でも、そのわりには細やかに一郎さんのお世話をしているし。二人が一緒にいる光景は、どこか微笑ましい。なぜだろう。よくわからないな。


 一郎さんは大げさにため息をついて、わたしを見た。


「あやめちゃんは管理局に関わりたいんだ?」


「と言うか、その、もっと次郎君のことが知りたいし、助けになれないかなって」


 う、顔が熱い。恥ずかしいけど、素直に打ち明ける。


「なるほど」


 一郎さんはいたずらをしかける少年のような無邪気さで、にっこりと笑う。


「じゃあ、次郎と結婚すれば良いよ」


「え?」

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