11:管理局の恐ろしいやり方
「え?」
華やかなドレスを来て校内にいたのはともかく、それ以外に、いったい、どのあたりが?
「彼女、日本語しかしゃべれないし」
「そんな! まさか!」
「そういう夢見ることない? 登場人物が全員外国人なのに、なぜか映画の吹き替えみたいに全員日本語しゃべっている夢とか」
「……あります、けど」
「ジュセットはそういう別次元の住人なんだと思う」
あっさりと次郎君が結論づけてくれるけど、嘘でしょ。そもそもジュゼットは本当に英語ーーっていうか、外国語がしゃべれないの? 母国語が日本語なの?
わたしが片言の英語を駆使してたしかめると、ジュゼットは綺麗な顔を歪めた。日本語以外の言語が存在していることすら不思議そうな様子。
いやいや、そんなまさか。ただの偶然でしょう。まだ幼いからよくわかっていないだけで。
日本育ちのお嬢様だったら、何も不思議なことはないし。
「あやめちゃんが信じられないのもよくわかるのよね」
瞳子さんが同情的な声をあげてくれる。
「私もそうだったから」
「え? 瞳子さんも?」
「そうなのよ。本当にいま思い出しても最悪だけど、まぁそれは置いておいて」
瞳子さんの今に至るまでの成り行きも、とっても知りたい気がするけど、いまは保留にさせてもらおう。
「あやめちゃん。この一週間で、あんなにインパクトのある出会い方をしたジュゼットのことを、きれいに忘れちゃったでしょ。再会して思い出す羽目になったけれど、それまでは完璧に忘れていたわよね」
あ、そうだ。不自然な記憶。まるで改竄されたように失われていた。ジュゼットに再会して、唐突に抜け落ちた記憶をつきつけられた感じ。あの心もとない、不安定で不安な気持ち。
思い出して、ぶるりと身震いしてしまう。
「他の世界が迷い込んでくることを、一郎たちは次元エラーって言っていて、今はジュゼットの事だけど。もし次元エラーを見た場合、その人は次元エラーを見たことをなかったことにされちゃうのよ。この事実は、あやめちゃんには否定できないでしょ」
「ーーたしかに」
見たことをなかったことにされてしまう。
たしかにそうだった。わたしは忘れてしまっていた。什器保管室でジュゼットに出会ったこと、それからの成り行きを、綺麗さっぱりなかったことにされていたのだ。
「たしかに、そうです。でも、どうやって? 一郎さんにはそんなこともできちゃうんですか?」
記憶の改竄。
でも、だけど。そんなことが可能だとしたら。
とても恐ろしいことじゃないだろうか。
「残念ながら、それは俺達の仕業じゃない。管理局のやり方だ」
「管理局の?」
「俺達が管理局を高次元の存在だと考えているのは、そのせいだよ。エラーに伴う事実が、この世界に何らかの影響を及ぼした場合、管理局は全てをなかった事にできる。俺達は世界の復元、または修正が入るって言っているけど。誰にも抗うことはできないし、とてつもない脅威だ」
「それなら、はじめから管理局が次元エラーを修正したら良いんじゃないですか?」
「彼らの法則はわからないけど、おそらく次元の歪みは、修正することができないんだと思う」
「勝手に人の記憶を改竄できるのに?」
「それは改竄なのかなっていう、そういう話になるんじゃないかな?」
「どういうことですか」
「次元エラーがなければ、起きなかったアクシデントだから。管理局はこの次元を復元しているだけで、あやめちゃんの記憶を改竄した世界こそが、本来の筋道かもしれない」
「でも、それなら一郎さんや瞳子さんに出会って、次郎君とも親しくなって……。それもなかったことにならないとおかしくないですか」
辻褄が合わないと思うのだけど、違うのだろうか。そういうことは管理局にとっては些末なことなのだろうか。
「あー、それはきっとジュゼットの事がなくても、俺達は親しくなったんじゃないかな」
「どういうことですか?」
「世界が復元されるって考えると。例えば、寄り道をしたあやめちゃんの道が、どうやって元の道に戻って来るのかっていう話だよ」
「元の道ですか? でも、全然元の筋道じゃないですよ? だって、この一週間がなかったら、わたしは次郎君と仲良くなることも、お付き合いする事もなかったと思います。あっ! ということは、この後すぐに振られちゃうってことですか?」
あははと一郎さんが声をあげて笑った。瞳子さんも笑っている。次郎君はバツが悪そうにそっぽを向いているけど、なぜか顔が赤い。
「逆だよ、あやめちゃん」
「え?」
「次郎とあやめちゃんは、今回の事件がなくても、いずれお付き合いしていたってことじゃないかな? そして同じように俺達とも知り合う。なぁ、次郎」
次郎君の顔がますます赤くなった。それって、まさか!
「そもそも、あやめちゃんをここに連れてくる時点で、次郎の意志がかなり働いていたからね。まぁ、きっかけにしたくなる気持ちもわかるけど」
「次郎君の意志!? きっかけ?」
本当に! 次郎君はわたしのことを憎からず思ってくれていたのだろうか。今回のことが始まりだったのではなくて? もしかして、学食に忘れたお財布を届けてくれた出会いから?
ええ? 信じられないけど。でも本当だったら、ものすごく嬉しい!
「そうだよ。だって俺、いつあやめに声をかけようかって、ずっと考えていたから」
あらぬ方を向いたまま、次郎君がはっきりと示してくれる。
端整なお顔が真っ赤に染まっていた。
「じ、次郎君」
ふにゃりと心がとろけてしまいそうになる。嬉しい。そんなに前から気にかけて下さっていたとは!
もういい、なんでもいい。このさい、記憶の改竄だって何だって受けて立つ。
だって、何があってもきっと次郎君は傍にいてくれるのだ。
とにかく、よくわからない得体の知れない世界があることだけはわかった。