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10:ジュゼット=エカテリーナ=ランカスター

 はじめてこの部屋に来た時と同じように、わたしは大きなソファセットの一角に座った。


 瞳子さんがそっと飲み物を提供してくれる。わたしの前に置かれたのは、丁寧に淹れられたロイヤルミルクティー。ふわりと香りが立ちのぼる。お料理だけでなく、瞳子さんはお茶を淹れるのも上手だった。きっと飲む人の好みを考えて用意してくれているからだ。


 一郎さんには気の毒になるほど素っ気ない面があるけれど、彼女はとても思いやりのある女性だった。一週間を一緒に過ごして、何度もそう感じた。


 今もさりげなくわたしの隣に座ってくれる。きっと混乱していたわたしを気づかってくれているのだろう。でも、瞳子さんの親切は押しつけがましくない。彼女がいるとほっとする。


「トーコの淹れてくれるお茶はとっても美味しいわ」


 そして、それはどうやらお姫様も同じようだった。


 くるんとした癖のある金髪は、可愛らしくツインテールに結われている。わたしと反対側になる瞳子さんの隣に寄り添うように座って、とびきりの笑顔を輝かせている。


 腕にはやっぱりピンクのカバのぬいぐるみを抱いていた。

 洋画にでも出てきそうな美少女で、ぬいぐるみを抱いているだけの仕草もほんとうに可愛い。


 でも、わたしはまだ彼女の素性を知らない。


 コーヒー派の時任兄弟は、一郎さんがホット、次郎君がアイスと、好みが分かれている。瞳子さんは二人にも当たり前のように相応しい飲み物を用意していた。


 わたしの向かい側のソファに、一郎さんと次郎君が隣り合って座っている。兄弟は顔を見合わせると、互いに小さく頷きあった。


「さて、じゃあ、あやめちゃんも落ち着いたようだし、俺達の話を聞いてもらおうかな」


 一郎さんの初対面の印象は全く変わらない。近寄りがたい美貌とは真逆の、気さくな笑顔。

 ああ、やっぱりイケメン。ちょっとした仕草に大人の色気がにじみまくっている。


 心の片隅で、そっと瞳子さんへの気持ちが通じると良いのになと場違いな気持ちがわいた。


「とはいえ、俺達から何かを話しだしても、ものすごく嘘くさい話になりそうだし、……そうだな。例えば、あやめちゃんは何が知りたい? 何を教えてほしいかな?」


 たしかにわたしの質問に答える方が効率が良いのかもしれない。


「えっと、そうですね。……じゃあ、彼女の素性を聞いても良いですか?」


 私は瞳子さんの向こう側に座っているお姫様に目を向けた。マグカップを持った美少女とばっちり目があってしまう。吸い込まれそうな青い瞳。


 いまは普通の洋服を着ているので、お姫様には見えないけれど。

 美少女はすくっと立ち上がると、ローテーブルにカバのぬいぐるみを置いて、まるでドレスのようにジャンパースカートをつまんで優雅に会釈した。


「わたくしはランカスター公の娘で、ジュゼット=エカテリーナと申します」


 幼いのにこちらが戸惑うほど、きちんと挨拶をしてくれる。おもわず私も立ち上がって名乗ってしまう。


「わたしは早坂あやめです。この大学の学生です」


 向かいに座っている次郎君は、可笑しそうに小さく肩を震わせている。やっぱり、わたし、なにか変だったかな。いや、この美少女につられてしまっただけなんだけど。


 なんとなく気恥ずかしくなって座ると、美少女ーージュゼットは再びカバのぬいぐるみを抱えて、にこにこと屈託なく笑っている。


 笑うと天使のように、さらに可愛い。う、眩しい。

 でも、本人に名乗ってもらっても、よくわからない。ヨーロッパ辺りの貴族令嬢といったところかな。


「ジュゼット嬢と一郎さん達はどういう関係なんですか」


「どういうって言われると、赤の他人だね」


「え?」


「結局、嘘くさい話になっちゃうけど、彼女はこの世界の住人じゃない。別の世界からやってきたお姫様」


 う、うん? 一郎さんはいったい何を言い出したのかな。


「別の世界って……」


「パラレルワールド、みたいなものかな。決して交わらない世界。いや、本当は俺達の目には見えないだけで、交わっているのかもしれないし、横切っているのかもしれない。そんな次元の異なる世界がある。それこそ無限にね」


「あ、はぁ」


「異なる世界には干渉できない。それが法則みたいだけど、でもたまに問題が起きてしまう。例えば、このジュゼットのように」


 わたしはマグカップでミルクティーを飲んでいるジュゼットを見た。これといって何も不自然じゃない。でも、たしかにはじめて見た時は、不自然極まりなかった。派手なドレスを着て、特殊棟の什器保管室にいたのだから。突然そこに現れたと言われたら、そうなのかもしれない。


「次元の(ひず)みだね。俺達は、そういう(ひず)みを元に戻す役割を担っている。突拍子もないものが現れたら、きちんと元の世界へ戻す。そういう役割がある」


「極秘の組織みたいなものですか」


「そうだね。俺達は簡単に管理局と呼んでいるけど。でも、実体はない。誰にも見えないし知られることもない。言ってみれば、管理局は高次元の存在だから、俺達には理解できない法則で成り立っている。それに、きっと管理局に利用されている人は、外にもいるんじゃないかな」


「え? そうなんですか?」


「確かめたことはないけど、たぶんね。だって、どこで何が舞い込むかわからないし、この世界でどのくらいの頻度でエラーが起きているのかもわからないから。俺達は管理局が示したものを解決するだけ」


「管理局はどこにあるんですか」


「夢の中に、時々あらわれる」


「夢の中?」


「この世界の人間が、別次元を可視化できるとしたら、夢の中だけだよ。無限にある世界から、人々は自分に相応しい世界を選んで見る」


「夢って、自分の記憶や心の洗濯じゃないんですか?」


「そうだね、夢は記憶や心の片鱗だよ。それを形にするために相応しい別次元へつながる。無限の世界から、少しだけ現実と違う世界を見たり、同じ過去を見たり、突拍子もない世界を見たり。ーー白状すると、俺達は人の夢に入ることができたりもするんだ」


「ええ!?」


「あやめちゃんも、さっき、夢の中で次郎に会わなかった?」


「っ!」


 びくっと飛び上がってしまいそうなほど驚いた。たしかに会った。いつも見る後味の悪い夢の結末が、今日だけは違っていた。


 でも、まさか、そんなことできるはずがーー。

 ない、とも言いきれなくなっている。


 次郎君が「ごめん」と頭を下げた。


「心配だったから。でも、もう二度と勝手に入ったりしないから!」


 大丈夫と手をにぎってくれた次郎君。あれは本物だったのか。嫌悪感よりも、じんわりと胸があたたかくなった。とても心強かったから。


「ううん。ありがとう、次郎君」


 って、わたしってば、完全に一郎さんの荒唐無稽な話を信じてしまっている流れに。


「でも、本当に? 本当にそんなことできちゃうんですか?」


「俺はこの特権を仕事にも利用させてもらっていたりする」


「え?」


「もちろん内緒だけど。カウンセリングの一環としては、その人の心の状態を知る助けにはなるかな」


 なるほど。いや、なるほどじゃない。


「いきなりジュゼット嬢が、別世界の女の子って言われても」


「でもさ、あやめ。彼女も充分おかしいよ。わからない?」


 次郎君が追い打ちのように、謎かけをしてくる。

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