第86話:報告
リアース歴3236年 8の月1日。
話は少しだけ遡る。
エターナの町から放り出されたイスカル達一行は、無事に首都ザーンに辿り着いていた。
イスカルとマルタはバニング伯爵に報告すべく、到着次第すぐに伯爵家に来ていた。
「イスカル、マルタ、ご苦労だった!」
「イスカル、ご苦労だったわね!」
バニング伯爵と伯爵夫人が応接間に入って来た。
先に応接間に通されて待っていたイスカルとマルタは椅子から立ち上がり敬礼をする。
「伯爵様、お忙しい所を大変申し訳ありません!」
「気にする事はない!してどうだったのだ?」
イスカルが形式的な挨拶をするも、伯爵の方がそんな事はせんでも良いと云う様に片手でそれを制して、すぐ本題に入る。
「ま・誠に残念な事ですが、従姉殿の子ではありませんでした。
エターナのご老公の証言により、アイシャ嬢の本当の母親の事も分かりました・・・」
イスカルが頭を下げる。
アイシャの名を口にして彼女の顔が思い出される。
心臓がキュウと締め付けられる。
失恋から癒えたと自分では思っていたが、まだ未練がある事を自覚する。
「なっ!・・・そ・そうであったか・・・」
「そんな・・・」
伯爵と夫人はガクっと崩れ落ちる様に3人掛けのソファに座る。
伯爵は天井を見上げしばし物思いにふける。
夫人は下を見つめながら放心状態となっている。
「期待させて起きながら、誠に、誠に申し訳御座いませんでした!」
マルタが土下座をして謝る。
自分の妄想から余計な事を喋ってしまった事で、伯爵と夫人に大変辛い思いをさせてしまったのだ。
マルタは如何なる処分も受ける覚悟でこの場に来ていたのだ。
「気にするなマルタよ・・・お前のせいではない!」
伯爵は優しく声を掛ける。
その優しき声がマルタにとっては返って辛かった。
「アイシャ嬢が私達の孫でなかったのは残念であったが、こちらに来て頂く事も出来なかったのか?」
「ハイ。アイシャ嬢の想いは英雄殿一途でありまして、我々が入り込む余地など全く・・・」
自分に振り向かす事が出来なかったイスカルが拳を握りしめて答える。
拳を握りしめる姿を見て、イスカルの想いを知るマルタも悔しくてならない。
「イスカル、悔しそうだな!そのアイシャ嬢に心奪われたのか?」
「ハ・ハイ!一瞬にして恋に落ちました・・・オーレ殿の気持ちがよく分かりましたよ」
恋は盲目とよく言ったものだ。
イスカル自身、自分がここまでアイシャに惚れ込むなど思いもよらなかった。
普段は冷静沈着で思慮深いと自分でも思っていた。
しかし、アイシャを見てそうではいられなくなった。
アイシャはすでに英雄殿しか見ていない。
嫉妬や焦りからどんどん我を忘れて行った。
きっとオーレ殿もそうだったのではないだろうか?と同情すらしてしまっている。
「それほどにか・・・」
「ハイ!」
「英雄殿には会えたのか?確かルークと云う名だったかな?」
ルークの名を聞くと再び心臓が締め付けられる。
自分より年下の少年ルーク。
彼は物怖じする事なく自分に向かって来た。
目は鋭く瞳には光りが宿っており、身体は自信に満ち溢れているかの様であった。
一触即発の状況でも余裕の様だったし、豪胆さが窺われる。
たぶん全てにおいて彼には敵わないだろうと直感した。
だからこそ、全てにおいて敵わないからこそ、アイシャだけはと思ってしまったのだ。
「ハ・ハイ、お会いしました!聞きしに勝る英雄かと・・・」
そう答えるのでいっぱいいっぱいだった。
彼の事はもう思い出したくない。
自分が惨めになるだけだから・・・
「マルタは英雄殿を見てどう見た?」
「若いながらも才気に溢れ、かつ豪胆であり、流石英雄殿と言ったところでしょうか」
「ほう!」
「お顔は奥様の様な感じの方で、銀髪藍目・・・ってあれ?」
「ティーゼに似て銀髪だと!」
「た・確かにそうで御座います!」
「英雄殿は確か刀が武器で土の加護持ちだったな?」
「そうで御座います!」
「銀髪、ティーゼ似、土の加護か・・・まさかと思うが・・・」
ここで少し誤解を解いておこう。
世間ではルークの事は刀術を使い、土の精霊術を駆使してスタンピードを押さえたと噂が広まっている。
冒険者ギルド長ベルクーリからの報告書では聖の精霊術を使って怪我人を治療した事実の事はしっかりと書かれていたが、敵の変異種の特攻を防いだ土の精霊術のインパクトはあまりにも大きかったため、国王が民に公にする時、そちらの方を大きく取り上げられた事となり、聖の精霊術の事は触れられなかったのだ。
実際に報告書を目にした者は極一部であり、故にルークが聖の加護持ちと云う事は、エターナの住人以外はほんの一握りの者しか知らないのだ。
もし、聖の加護持ちの事がもう少し世間に知られれていたとしたら、伯爵が考えている事はかなりの信憑性を得る事になっていたのだが・・・
「ラティーナが行方知れずになったと同時に騎士団から姿を消したロデリックは、確か土の加護持ちであったかの?」
「確かそのはずで御座います!」
「ロデリックって確かラティーナと駆け落ちした可能性が高い若い騎士の名だったかしら?」
今まで空気の様な存在だったバニング家の執事オットーが伯爵の問いに答える。
それに続いてしばらく放心状態だった伯爵夫人が娘のラティーナの名が出て我に返る。
「う~ん・・・しかしのう・・・だからと云って・・・」
伯爵は腕組をし天井を見上げ考え込む。
「貴方、まさか・・・」
「所詮、可能性の問題だ!アイシャ嬢と同じ様に幾つかの条件が揃う程度のな・・・」
「そ・そうね・・・」
「オットー、確かロデリックも消息不明のままだったはずだな?」
「そうで御座います!」
「オットーよ、エターナの英雄殿の事を出来るだけ詳しく事細かに調べよ!」
「御意!」
「マルタよ、お前もオットーを助けて一緒に調べてくれ!」
「確かに承りました!」
オットーとマルタは頭を下げ慌ただしく部屋を出て行く。
イスカルはそれをただ黙って見ているだけであった。
「イスカルよ!お前はこれから私から出された課題のみに集中せよ、良いな!」
「ハ・ハイ!」
この時、イスカルは一抹の不安を覚えた。
自分は今唯一の後継者候補である。
しかし、伯爵が本当に欲しているのは伯爵の血を直に受け継ぐ後継者。
私の存在価値とはいったい・・・
「エターナの小さな英雄か・・・是非一度会ってみたいものだな!」
伯爵の思いはまだ見ぬ英雄ルークに向かう。
それを察したイスカルは、ルークへの黒い思いが沸き上がるのであった・・・
後日、ルークの詳細を調べていたオーレとマルタであったが、特に新しい情報は何も見出す事は出来ずにいた。
本人に直接聞くべく、3度目のエターナの町へ赴いたマルタであったが、時すでに遅く当のルーク達はすでに旅に出た後であった。
ルークとバニング家が相見えるのは、もうしばらく先の事となる・・・
次回『第87話:ダリア一家』をお楽しみに~^^ノ




