第174話:天下一精霊武術大会14 万感の思い
今日から最終話まで毎日投稿となります^^
リアース歴3238年 大母神テーラ感謝祭5日目 10時15分。
ザーン闘技場 第1試合会場にて・・・
「勝者、ナナシ殿!」
「「「「ウワァ~~~!」」」」
観客席からドっと歓声が上がる。
勝者した父さんには拍手と称賛が送られ、敗者の俺にも拍手と労いの声が聞こえて来る。
何故だろう?心が痛い!
父さんにアッサリと負けてしまった事は正直言って悔しい。
だけど、何処か清々しい気分だ・・・(本当は少しだけ泣きたい気分けど)
この歓声がとても心地良く感じられるのだ・・・(家族からの視線は痛いけど)
それはたぶん、父さんが生きていてくれた事への喜び。
強くカッコ良く昔のままの自慢の父さんである事への誇り。
父さんの背中の偉大さを感じ、再びその背中を追い続けられる事への嬉しさ。
俺の心にはそんな想いが沸き上がっていたのだ・・・
「英雄殿、有難う御座いました!」
「こ・こちらこそ!」
父さんから出された右手を、俺は右手でゆっくり握り返す。
親子なのにこのぎこちなさ・・・
残念なのは父さんの記憶を戻せなかった事。
昔の父さんであるなら俺を強く抱きしめてくれたであろう。
それが無償に寂しくて辛くて・・・切ない。
「英雄殿、試合が始まる直前に、ベッドで横になっているひ弱そうな女性・・・その横で眠る赤子・・・それから、ある少年と剣の稽古をしている場面が頭に浮かんだのだ・・・」
「え!?」
それって母さんと俺の事?
「顔はモザイクが掛かり、名前は思い出せない・・・だが、たぶんあれが私の妻と彼方なのだろうと推測する」
「父さん・・・」
記憶の片隅に母さんと俺がいるんだね。
それだけで充分嬉しいや。
「出来る事なら早く記憶を取り戻したい!
だが、私には今、守るべき人達がいる・・・」
「守るべき人達?」
「そうだ!私の命を救ってくれた優しい女性とその娘さんだ。
その娘さんは私の事を父と呼んで慕い、私に新しい『ナナシ』と云う名前をつけてくれた・・・」
そ・それってまさか?
「父さんはその方達を愛していらっしゃるのですね?」
「そ・そうだ・・・」
そうだよな。
人は1人では生きられない。
ましてや父さんは記憶を失っている。
誰かに縋り、癒されたいと人を求めるのは普通の事だ。
俺にはイナリやジーク、教会の仲間やルタの村の皆が居てくれた。
だから何とか乗り越えて来れたんだもんな。
そして今ではアイシャやバーン、リンが何時も傍に居てくれる・・・
「父さん・・・俺、結婚して子供が出来たんだ!」
「え!?」
「妻は怒ると怖いけど、優しくて美人で俺には勿体ないほどの妻なんだ。
養い子のバーンは俺に似て悪戯好きでヤンチャだけどとても可愛いんだぜ。
従者のリンは食い意地ばかり張ってどうしようもないけど大事な家族なんだ。
それに、妻のお腹にはもう一人子供がいるんだ・・・父さん、爺ちゃんになったんだぜ!」
「俺が爺ちゃん!?」
いきなり爺ちゃんになったと言われても実感が湧かないよね。
「そうさ!だからさ・・・だから今度、俺の家族を紹介しに行くよ。
だから・・・だから、父さんの新しい家族も紹介してくれよ、義母と義妹をさ!
そしてさ、皆で又家族に成れば良いさ・・・それで良いんじゃね?」
「え・英雄殿・・・」
これで良いんだ、これで・・・
「本当はさ、早く記憶を取り戻して欲しいと思っていたけどさ・・・無理しなくて良いからね!
俺さ、父さんが生きて居てくれただけで充分嬉しいんだ・・・それだけでさ!」
「済まない・・・済まない英雄殿!」
父さんは泣き崩れる。
俺は父さんの左肩に右手を添え、それから優しく抱きしめる。
(あんなに大きかった父さんの背中が、今では小さく感じるな。
昔はあんなに大きかったのに・・・)
俺の頬にも涙が伝う。
一度あふれ出した涙はもう止まらない。
俺は天を見上げ、ある人に話しかける。
(母さん、これで良いよね?
母さんには俺が居るからさ・・・ね、母さん!)
今、万感の思いを込めて歓声が上がる・・・
今、万感の思いを込めて拍手が鳴り響く・・・
ルークの思い!
それは割れんばかりの歓声と拍手と一緒に天まで届く・・・
次回『第175話:天下一精霊武術大会15 閉会式』をお楽しみに~^^ノ