第172話:天下一精霊武術大会12 父と子と
リアース歴3238年 大母神テーラ感謝祭5日目 10時5分。
ザーン闘技場 第1試合会場にて・・・
「観客の皆様、お待たせいたしました!
これより準決勝第1試合、ナナシ殿と英雄ルーク殿の戦いを始めます」
「「「「ワァ~~~!」」」」
審判員が大きな声で観客席に語り掛け、観客席からドっと歓声が上がる。
「英雄殿、私も彼方と同じで未だ気持ちの整理が付きません。
ですが、今はそれを忘れ良い試合を致しましょう」
父さんが改めて右手を差し出して来る。
「分かりました、父さん!
思いきり行かして頂きます」
俺はあえて「父さん」の言葉を強調して言いながら右手を差し出す。
「望む所だ!」
父さんはニカっと笑って俺の右手を強く握る。
チクショー、その笑顔は反則だぜ。
その笑顔は昔の父さんまんまじゃないか!
涙が出そうになるが何とか堪える。
「では、両者宜しいですな?」
俺と父さんは審判員に頷く。
本当は宜しくないけど仕方がない。
こうなったらどうにでも成れだ!
「では、試合始め!」
審判員の掛け声と共に俺と父さんはお互いに距離を取る。
父さんは鉄人君と同じ大きさのゴーレムを1体生成し、シャムシールの二刀流の構えをする。
俺もそれに倣って太刀と脇差を鞘から抜き二刀流の構えをする。
(鉄人君はゴーレムだけを頼む。父さんの相手は俺がやる)
『了解した!主の気持ちは分かるが意気込み過ぎるでないぞ』
(分かっている、行くぞ!)
「ウォリャーーー!」
俺は父さん目がけて走り出す。
昔、父さんが俺に剣の訓練をしてくれた時と同じ様に。
(身体は覚えているって言っていたよな。
だったら戦いの中で俺の事を思い出させてやる!)
ルークの父であるロデリックは冷静な装いを見せながらも、実はかなりテンパっていた。
ルークと握手を交わした時、ルークの手を触れた時、何とも言えない懐かしさを感じたからだ。
(愛しているわ、貴方!)
頭の中にある女性の声が響く。
頭の中はフラッシュバックしたかの様にある場面が映し出された。
顔はモザイクの様なものが掛かり誰であるか分からないが、ベッドから手を差し伸ばし自分の右手を弱弱しく握る女性。
その横には赤ん坊が寝ている。
顔にモザイクが掛かった赤ん坊が・・・
(この子の事を・・・愛おしいこの子の事をお願いね!)
(分かっているさ$%#&!)
苦しそうに話す女性に答える自分。
しかし、彼女の名前の呼ぶ場面でノイズが入る。
クソー、彼女は誰なんだ?
思い出せない!
何故思い出せないんだ?
愛おしい彼女の事がどうして思い出せない・・・
愛おしい!?
愛おしい彼女の事って、俺は彼女の事を知っているのか・・・
そしてこの赤ん坊の事も・・・
クソっ、このモヤモヤ感はなんだ!
どうして顔や名前が分からないんだ。
俺は、俺は・・・
その時、審判員から試合開始の合図が耳に入り我に返る。
ダメだ!今は試合に集中せねば。
俺は慌てて対戦相手の英雄殿との距離を取る。
彼の視界の後ろにゴーレムが入った。
「新しき従者よ出でよ!『ゴーレム!』」
俺は彼に合わせる様にゴーレムを詠唱する。
そして、腰の左右にある二剣のシャムシールを手に取る。
「ウォリャーーー!」
英雄殿が私に向かって走り出して来た。
(行くよ父さん!)
俺の頭の中に子供の声が響いた。
先ほどと同じ様に、頭の中はフラッシュバックしたかの様にある場面が映し出される。
今度は幼い子供と剣の稽古の様な事をしている場面だ。
木刀で必死に自分に向かって来る子供を二度三度と軽く捌く。
子供の顔は勿論モザイクが掛かっていて分からない。
(どうした%&$!そんな振りじゃゴブリンも倒せないぞ)
(クソ~、まだまだだ~!)
又もや子供の名前を呼ぶ所でノイズが入る。
チクショー、どうしてだ!
どうして、どうしてこの子の名前が分からない。
愛おしいこの子の名前が。
俺は知っているはずなんだ。
この子の事もあの女性の事も。
知りたい!思い出したい!
俺は過去を思い出さなければいけないんだ、絶対に!
俺は左手の脇差を前に突き出して牽制しながら父さんに突っ込む。
そして丁度太刀の間合いに入った時に右手の太刀で大きく袈裟切りをする。
父さんは俺の袈裟切りを右手のシャムシールで弾く様に捌く。
俺の右手の一撃は大きく弾かれたので連続技を出せずに終わり、1歩半後ろに下がって構え直す。
父さんは追撃をして来ず、お互いに睨み合いになった。
父さんは右半身の姿勢で右手に持ったシャムシールを前に突き出して俺を牽制しながら、左手のシャムシールを天高く上げて上段の構えをしている。
本来の二刀流の姿は父さんの構えが一般的だ。
俺の二刀流の左半身の逆姿勢は邪道だろう。
俺の構えが一般と逆なため、ボクシングで言う右利きと左利きが対戦する様な形となってしまった。
俺の左手の脇差と父さんの右手のシャムシールの剣先がお互いを牽制し合いながら左右にじゃれ合う様に交差する。
昔、父さんに稽古をつけて貰った時の事が頭の中で蘇る。
あの時は二刀流でなくて一本の構えでの稽古であったが、今の様にお互いの木刀の先が左右に交差させながら、次の一手をどうしようかとよく考えていたっけな。
(まるで昔に戻ったかのようだな!)
試合の最中だと云うのに、俺は懐かしさで胸がいっぱいになっていた・・・
次回『第173話:天下一精霊武術大会13 父さんの背中』をお楽しみに~^^ノ