第171話:天下一精霊武術大会11 記憶喪失
リアース歴3238年 大母神テーラ感謝祭5日目 9時55分。
ザーン闘技場 第1試合会場にて・・・
ザーン闘技場の観客席が騒めき出す。
俺がナナシさんを父さんだと叫び、殴りかかり、そして泣き出しんだから無理もない。
試合場では、父さんはブルブル震え、俺は号泣し、この状況をどうして良いか分からない審判員はただオロオロするだけであった。
そんな状況に待ったをかけて現れたのは、我が師匠クロード様と、自称義兄のフォッカーさん、そして同じく自称義妹(義弟)のジークであった。
3人共この会場で唯一父さんの事を知る者達である。
「あ・彼方達は何ですか?関係ない方が試合場に上がられては困ります。
どうか速やかに出て行って下さい!」
我に返った審判員が、駆け寄って来る師匠達の止めに入る。
「申し訳ないが一応関係者でござる!
少しだけ話をさせて欲しいでござるよ」
「ですがこれから試合です!」
「そこを何とかお願いするでござるよ」
「嫌しかし・・・」
「このの方は、剣聖クロード様でルークの師匠だぞ。
それに俺はルークの義兄だ。文句はあるまい!」
師匠と審判員さんの押し問答が続き、これでは埒が明かないとフォッカーさんが切れた。
「け・剣聖様で御座いましたか!
これは大変申し訳御座いませんでした」
審判員は慌てて頭を下げて謝罪をする。
そしてジークが加えて一言・・・
「私は兄さんの義妹です!」
「「「義弟だ!」」でござる!」
師匠とフォッカーさんと俺から速攻で訂正する。
「え!?え!?え!?」
審判員さんは困惑するばかり。
ジークよ、お願いだから黙っていてくれ。
お前が口を開くと話がややこしくなるばかりだ。
「騒がして申し訳ないでござるよ。こっちのバカは無視して下され」
「ハっ、ハイ・・・」
「先ほども申したがちと大事な話ゆえ、少しの間だけで良いから我らに時間を預けて欲しいでござるよ」
「分かりました!ですがお早めにお願い致します」
「分かったでござるよ!」
審判員との話がついて、師匠達が俺達の傍までやって来た。
「ロディ、お主は本当にロディでござるか?」
「ロディおじさん、生きていたんですね。僕です、孤児院のジークです」
「ロディさん、フォッカーです。生きておられたのですね・・・ウゥゥゥゥ」
3人共父さんに詰め寄り思い思いに話し出す。
フォッカーさんは最後に泣き出す始末だ。
「ち・ちょっとお待ち下さい。ど・どうか落ち着いて下さいませ!」
いきなり3人に詰め寄られた父さんは慌てふためく。
まぁ、そうだよな。
「あぁ、これは申し訳ないでござる」
「ゴメンなさいです」
「ス・スイマセン!」
「嫌、こちらこそ申し訳御座いません。
あ・あの~、彼方達は私の過去をご存じなのですね?
私は本当に英雄殿の父親なのでしょうか?」
「「「「え!?」」」」
俺の師匠達から驚きの声が上がる。
父さんはやはり俺の事が分からない様だ。
しかも自分の過去を知っているのかと聞いている。
これはまさか・・・
「ロディ、お主まさか記憶がないのでござるか?」
たぶんこの場に居た者が思っていた事を師匠が代表して口にしてくれた。
こう云う事は年配者にお任せした方が良さそうだ。
「ハ・ハイ!その通りで御座います。
私はある時期から前の記憶がサッパリないのです・・・」
「やはりそうでござったか・・・」
まさかと思ったが、やはり記憶喪失か。
「私はいったい何者なので御座いましょうか?
第5時ルザク戦役前の事が何も分からなくて・・・」
「其方の名はロデリック。ルタの村の孤児院で育ったと聞いておる」
「ロデリック・・・」
「其方はルークと同じ様に12歳で冒険者見習いとなり、その後すぐに拙者と出会い拙者の弟子となり二天一流を学んだのだ」
「と云う事は私のお師匠様と云う事で御座いますか?」
「そうでござる!拙者達は3年ほど旅をしながら其方に二天一流の全てを授けた。
免許皆伝となった其方は何処かの騎士団に入団すると言って拙者の下から巣立って行ったでござる。
その騎士団が何処であったかは知らぬが、その後は其方の息子であるルークから聞いた話だと、妻を娶り騎士団を辞め、冒険者として暮らしていたそうだ」
「私が冒険者・・・そして英雄の父親・・・」
「その後、其方はエターナの冒険者ギルド長であるベルクーリの頼みで第5時ルザク戦役に参加し、死んだと思われていたのでござるよ・・・」
「そうで御座いましたか・・・」
「して、其方はどうだったのでござるか?
何処までの事を覚えているでござるか?」
父さんの過去の事をあら方説明し終えると、今度は父さんの方の今までの経緯を聞き出す師匠。
話の流れがスムーズで助かる。
俺だったら感情的になってここまで会話が進んでいないであろう。
師匠、有難う御座います。
「私が目を覚ました時、そこは死人の群れの中でした。
辺りは薄暗く小雨が降っていて肌寒く、血の臭いで吐き気がしそうでした。
まるで地獄絵を見ているかの様に・・・
後から聞いた話だと、第5次ルザク戦役の最中だったんでしょうね」
「私は彼方の部下としてあの場に居た者です。
周りにリの国かナの国の兵士はいなかったのですか?」
あの場を経験しているフォッカーさんが父さんに尋ねた。
「あぁ、彼方もあの戦に参加しておられたのですか。
私が気が付いた時には、兵士の人達は居なかったですよ。
死人狩りって言うんですかね?
死人から物を漁っている人でしたら何人か見かけました」
「小雨が降っていたと云う事は戦の初日で間違いないか。
薄暗くと云う事は、両軍が1度撤退した後の夕暮れ過ぎか・・・」
「たぶんそうなんでしょうね。
私は怖くなってその場から必死で逃げ出しました。
何処へ向かうと云うのではなく、ただひたすらその場から離れようと・・・」
「そうだったんですか。俺があの時、諦めずの捜索にでも行っていれば・・・
クソっ!悔やまれるぜ」
フォッカーさん両手の拳を握りしめて悔しさをにじませる。
それは仕方がないですよフォッカーさん。
「その後はどうして居たのでござるか?」
「何とか大きな街道まで辿り着いたのですが、空腹と怪我からそこで一旦意識が途絶えました。
再び気が付いた時には、馬車の中でした。
ムーア侯爵家のお抱え商人の荷商隊に助けられたのです。
助けられて名前を聞かれた時、私は自分の過去の事を何も覚えてないと分かったんです」
「そうでござったか・・・何も覚えていなかったでござるか。
しかし、生きていただけでも運が良かったでござるなぁロディ!」
「えぇ、幸運でした。
エレノア様は、あっ、エレノア様とはロンガ商会の代表の方なのですが、エレノア様は見ず知らずの私を、過去の事も覚えていない様な怪しい私を助けてく下さいました。
記憶は無くても身体は覚えているんですね・・・幸いにも私には剣の心得がある事が分かり、私はこの御恩を一生を掛けて返そうと誓いました」
「なるほどの・・・」
「ロンガ商会のお抱え護衛として働いていると、私の剣の腕がムーア侯爵様のお耳に入り、今回の天下一精霊武術大会へのお話を頂きまして、エレノア様からも後押しもあって参加させて頂いたと云う事です」
簡単ではあったが、駆け足でお互いの事情を説明をし終えた。
ここで短い沈黙が続く。
審判員さんはこの話に興味を持ちつつも、時間が気になってソワソワしている。
「なるほど、其方の事情も簡単ではござるがだいたい分かったでござる。
後は試合後、嫌、大会後にもう1度詳しく話を聞かせて欲しいでござる。
そろそろ審判員殿にお返ししないと痺れを切らしている様でござるのでな」
「ハハハハハっ、そうで御座いますな!
では、もう1度後でゆっくりとと云う事で」
「ルークもそれで良いでござるな?」
「ハ・ハイ師匠!」
「うむ!審判員殿済まなかったでござるの」
「いえいえ・・・」
師匠達3人はイナリを連れて会場に向けて何回も頭を下げながら試合場から降りて行った。
イナリがギャーギャーと騒いで居たが、今は我慢してくれ。
済まないが今は自分の事でいっぱいいっぱいなんだ。
先ほどは急に師匠に振られて思わずハイと答えてしまったが、どうにも納得行かない。
嫌、納得いかないと云う表現は違うか。
受け入れられないと言った方が良いかな。
あまりにも急な事で頭と気持ちが着いて来ていないんだろうな。
チクショー、こんな状況のまま戦えって言うのかよ。
俺は情緒不安定なまま父さんとの試合に臨む事となったのである・・・
次回『第172話:天下一精霊武術大会12 父と子と