第162話:確信
バニング伯爵視点です^^
バニング伯爵と伯爵夫人は、執事であるオットーが仕入れて来るルークの情報を聞く様になってから、彼の英雄として魅力やミステリアスな部分に惹かれる様になっていた。
ルークの話を聞く度に彼への思いは募って行き、孫であって欲しいと云う思いが強く成って行く。
だが、大会前にルークに接触する事は無理であった。
焦れれば焦れるほどその思いは更に強く成って行くものだ。
天下一精霊武術大会1回戦。
ようやくルークに会える瞬間が来る。
それが例えこれからイスカルとの戦う場であったとしても・・・
リアース歴3238年 大母神テーラ感謝祭4日目 8時45分。
ザーン闘技場 第2試合会場傍の観客席にて・・・
話は1回戦開始15分前まで遡る。
各会場に選手達が現れ始めた。
この第2会場も1回戦を戦うべく、まずイスカルが先に入場して来た。
「「「キャ~~~、イスカル様~~~~!」」」
観客席のあちらこちらで黄色い歓声が上がる。
「イスカルは女性達から凄い人気だな」
「そ・その様ですね!」
ソワソワと落ち着きがない伯爵夫人。
気持ちは彼女の甥イスカルよりもルークへと向いている。
「「「「ワァ~~~!」」」」
先ほどより一際大きな歓声が上がった。
伯爵夫婦が居る観客席の左下から、とある人物が現れた様だ。
真っ黒に近い皮の防具を身に纏い、銀髪をなびかせながら足早に歩いて行く。
その後ろから2mほどのゴーレムが着いて歩いている。
「あ・あれが英雄殿か!?」
「ラ・ラティーナ!?」
入場して来たルークの姿を見て、バニング伯爵と伯爵夫人は驚きの声を上げた。
嫌、伯爵夫人に関して言えば悲鳴に近い声であった。
入場して来たルークの横顔は、娘のラティーナの横顔によく似ていたのだ。
「あぁ~、ラ・ラ・ラティーナ~」
「落ちつけティーゼ!あれはラティーナではない。英雄殿だよ」
取り乱す伯爵夫人をバニング伯爵が必死で押さえる。
「貴方、あれはラティーナよ!ラティーナの子に間違いないわ」
いつも穏やかな伯爵夫人がヒステリックな様子で叫ぶ。
伯爵夫人は直観でルークがラティーナの子だと確信したのだ。
それは女の直感か、あるいは同じ血が流れる奇跡の力かどうかは分からぬが・・・
「落ち着くんだティーゼ!まだ英雄殿がラティーナな子と決まった訳ではない。
何度も言ったであろう。まだその可能性があると云う事だけだ」
「でも貴方・・・」
「頼むから落ち着いておくれ。
もう同じ過ちを繰り返す訳には行かないのだ。同じ過ちは・・・」
それ以後、2人は黙り込んでしまう。
願望、落胆、焦り、不安、いろいろな感情が2人の心の中で渦巻いていた。
その沈黙を破ったのは後ろに控えていた執事のオットーであった。
「伯爵様、奥様、取りあえずは英雄殿とイスカル様の試合の応援を致しましょう。
英雄殿の事は試合後にゆっくりと考えれば宜しいではないですか」
主人を気遣う彼の優しい声は2人の気持ちを落ち着かせる。
「確かにお前の言う通りだな。済まないオットー」
「その通りね・・・」
ルークとイスカルの試合が始まった。
序盤はルークとイスカルの対戦と言うよりも、ゴーレム対イスカルの対戦と言った方が正解であろう。
ゴーレムとイスカルが小競り合いをしている間に、ルークは後方でその小競り合いを何やら眺めているだけで、面白みのない時間が過ぎて行く。
事が動いたのは試合が開始して10分ほど経過した時であった。
突然、ルークが土の精霊術を行使したと思ったら、ミニボーガンの弾丸を放ち、それに合わせるかのようにゴーレムがイスカルに突進したのだ。
見事な連携によりイスカルは5mほど吹っ飛ばされた。
続いて何かが起こるかと思ったが、ルークはイスカルが立ち上がるまでしばらく黙って見ていた。
すると、今度はゴーレムを試合場の端に待機させ、ルークとイスカルの1対1が始まる。
イスカルの怒涛の攻めが始まった。
ルークはその攻撃を難なくかわして行く。
その光景が10分近く経過したであろうか。
両者の力の差は歴然であった。
イスカルはすでにフラフラであり、ルークはまだまだ余裕の様で、何時でも攻撃出来ると云う余裕っぷりがアリアリと分かる。
「ここまでの差があるとはな・・・」
バニング伯爵が不機嫌そうに言い放つ。
イスカルは仮にも伯爵の命を守って本選トーナメントへの出場を決めた男だ。
もはや強者と言っても良いであろう。
だが、ルークにいい様に弄ばれている。
屈辱的だと伯爵は思った。
イスカルではバニング家に明るい未来はないと・・・
「これが英雄と言われる方の実力なのでございましょうか?」
「そうなのかもしれないな・・・」
オットーの問いに力なく答える伯爵であった。
イスカルは一度ヒールの術で体力を回復するも、結果は先ほどと同じであり、ルークとの力の差を見せつけさせられるだけである。
こんな惨めな試合はもう見たくない。
伯爵は夫人を連れて帰ろうと思った時に事は起こる。
体勢を崩したまま攻撃したイスカルの一撃がルークの左腕を掠めた。
苦し紛れの一撃であったが、バニング家の誇りを守る一撃にも思えた。
ここからの反撃をと願った時、ルークの左腕の辺りから何や淡い紫っぽい光が起こる。
「こ・これは!?」
「聖の精霊術ですわ!ラティーナと同じ聖の光よ」
伯爵夫人が勢いよく座席から立ち上がる。
この光の現象により、周囲は騒めき始める。
あの光は明らかに聖の精霊術による光であったからだ。
「英雄殿が聖の精霊術を・・・」
「だから言ったでしょう!あの子はラティーナの子だと」
伯爵夫人の目が自信に満ち溢れている。
先ほどの確信は間違いではなかったと。
ルークが自分の孫、ラティーナの子であると云う事を。
ルークが聖の精霊術が使えると分かった事により、バニング伯爵夫妻の孫である可能性は格段に上がった。
これだけ条件が揃えば充分だとバニング伯爵は思った。
「これから陛下にお会いして、事の次第をお話して来る!」
伯爵は立ち上がり歩き出す。
ルークの知らぬ所で、歯車がついに動き出したのであった・・・
次回『第163話:天下一精霊武術大会5 友としてライバルとして』をお楽しみに~^^ノ