第160話:天下一精霊武術大会3 殺意
天下一精霊武術大会の試合は直径40mの丸い円の中で戦われる。
予選では8会場にて試合時間の制限ありで行われたが、本選では4会場にて試合時間の制限は無しで行われる。
勝敗は対戦相手が気絶をさせてしまうか、もしくはギブアップで負けを宣言、あるいは円の外に出て反則負けをしてしまうかである。
開催4日目、本選トーナメントがいよいよ始まろうとしていた・・・
リアース歴3238年 大母神テーラ感謝祭4日目 9時少し前。
ザーン闘技場 第2試合会場にて・・・
(うわ~、俺の事をメッチャ睨んでいるよ!)
試合開始前に試合場の真ん中で審判員のルール説明を聞いているんだけど、イスカルが横目でジッと俺を睨んでいる。
凄まじい殺気が感じるんですけど・・・。
「睨んでいないで審判員の話をちゃんと聞けよ!」と言ってやりたいが、更に彼の怒りを煽りそうなので黙っている。
俺は彼が睨むのをすっ呆けて審判員の話を聞いているフリをしているしかなった。
『主よ、この対戦相手から凄まじいほどの殺気を感じるのだが、何かしたのか?』
イスカルの異様さを感じ取ったのだろう。
俺の後ろに控えている鉄人君が念波を送って来た。
(昔、アイシャとの事でちょっとな)
『色恋沙汰の話かの?』
(そうだよ。ハァ~、横恋慕のくせにこっちとしては迷惑な話だよ全く)
『奥方は罪作りなお方じゃの~』
(全くだよホント!)
『だが、凄まじいまでの負のオーラを感じるぞい』
(あぁ、それは俺も感じている)
『主よ、ワシもフォローはするが、充分に気を付けるんじゃぞ!
たぶん奴は本気で殺しに来るぞい』
(分かった!)
殺しに来るか。
アイシャの事でそこまで恨まれているとはな。
そっちがその気ならこっちも手加減はいらないよな・・・
イスカルは夢にまで見た絶好の機会に狂喜していた。
イスカルがこの2年の間に死に物狂いで剣の鍛錬をして来たのは、バニング家の後継者として認めて貰う為と、ルークを亡き者にするためであった。
バニング家の後継者となる条件の1つである本選トーナメント出場と云う課題は、昨日無事にクリアする事が出来た。
昨年、バニング家の縁者の女性を妻に迎えた事でもう1つの課題もクリアしてより、これで晴れてバニング家の跡継ぎと成れる・・・はずだ。
心配なのは、ルークがバニング伯爵の孫かもしれないと云う点だ。
ルークが本当にバニング家の孫であるかどうかは未だ確証を得ていない。
違っているならば問題ないが、もし仮に孫であったならば、伯爵様はたぶん自分ではなく、ルークを跡継ぎにと思うであろう。
愛するアイシャ嬢を持って行かれただけでなく、バニング家の跡継ぎの地位までもルークに持って行かれる訳には行かない。
そのためにはルークを亡き者にしなければならない・・・という思いに憑りつかれていた。
ルークを亡き者にする事によって、もしくはアイシャを手に入れる事も出来るかもしれないと。
イスカルはルークを亡き者にする手段を考えていた。
仮にもルークは英雄であり、二つ名を持つ凄腕の冒険者だ。
不意打ちでも卑怯な手を使っても何でも良いからルークを殺す事が出来れば良いが、ただ自分が殺した犯人だとバレる訳にはいかない。
そこが大変難しかった。
だが、その問題をクリアする絶好の機会が訪れたのだ。
天下一精霊武術大会の試合中に人が死ぬ事は多々ある。
自分がルークを公の場で殺したとしても差ほど問題はないのだ。
間違って殺してしまったのだと言えば済むのであるから。
後は、自分の剣の腕次第。
そのために死に物狂いで鍛錬をして来たのだから。
(目の前のこいつを亡き者にすれば全てが上手く行く・・・フフフフフっ、アイシャ嬢よ待っていておくれ。必ず貴女を迎えに行くからね)
イスカルは自分が勝つと信じて疑わず、何故か自分が負ける事はこれっぽっちも考えていなかった・・・
「キャーーー、イスカル様素敵~♡」
「こっち向いて~~~!」
「あれが英雄殿だぜ!初めて見たな」
「あのゴーレム見ろよ。強そうだなぁ」
審判員の話を聞いている間に観客席からいろいろな声が聞こえて来る。
イスカルには女性客から黄色い歓声が上がり、俺には英雄と言う肩書の物珍しさの声が聞こえて来る。
女性にモテモテじゃねぇかイスカルの野郎。
ウゥゥ~、別に羨ましく何かないんだからね!
審判員の長い話がようやく終わった。
俺は試合開始に向けて、イスカルから少し距離を取ろうと歩き出そうとした瞬間、イスカルから声を掛けられた。
「オイ貴様!まさかそのゴーレムも一緒に戦う訳ではなかろうな?」
ハっ!?何を言っているのだイスカルは。
何で当たり前の事を聞いて来るのかね?
「勿論一緒に戦うぜ。ゴーレムは精霊術の類いだから何も問題ないだろうが」
俺は不機嫌そうに返事をしてやった。
「君には騎士道精神がないのか?正々堂々と1対1で戦い給え」
「ハっ!?騎士道精神だって?
俺は騎士でも何でもなく、一介の冒険者なんだがな。
別にわざわざ騎士道精神とかなるもので戦う必要もなかろう?」
何を言い出すんだこいつは。
「君は仮にも英雄の端くれだろう。
だったら騎士道精神で正々堂々と戦えと言っているのだ!」
「「「「キャー、イスカル様素敵~」」」」
「「「そうよそうよ!正々堂々と戦いなさいよ~」」」
うわぁ~、何だか悪者みたいになっていない俺?
「英雄だろうが何だろうが、何故騎士道精神とやらで戦わねばならんのだ。
俺は冒険者だと言っただろう。好きで英雄になった訳じゃないんだ。
お前の理屈に何故付き合わねばならんのだ。
バカバカしいったらありゃしない」
「「「そうだそうだ!英雄殿の言う通りだ」」」
「「「鉄壁殿には俺達が付いているぜ~。そんな優男やっつけろ~」」」
む・空しい!
応援してくれるのは有り難いが、むさい男連中ばかりと云うのが・・・
「「「イスカル様をやっつけろですって!」」」
「キャーキャーと煩い女共は引っ込んでいろ~」
「「「そうだそうだ!」」」
「エセ英雄何かやっつけちゃってイスカル様~」
「「「そうよそうよ~」」」
エセ英雄だなんてあんまりだわ!
泣いてやる~。
もう、こうなったら悪役でも何でも良いんだもん。
「さぁ、サッサと戦おうぜ!それとも俺のゴーレムが怖くて戦えないってか?
だったら早く負けを宣言してくれないかな?」
こうなったら煽ってやるぜ。
「き・貴様・・・」
「俺は騎士道精神とやらで戦う気はまったくないからな。
もう子供みたいにグダグダ文句垂れても無駄だぞ!」
「私を侮辱するのもいい加減にしろ!」
おっ、イスカル応援団の女性達が睨んでいる睨んでいる。
へへへ~んだ!
悪役大いに結構。
お尻ぺんぺんだもんねぇ~。
「だったら早くやろうぜ!」
「良かろう!二度と大口を叩けない様にしてやる」
「殺してでもか?」
「・・・・・」
どうやら図星のようだな。
俺の天下一精霊武術大会1回戦目が始まろうとしていた・・・
次回『第161話:天下一精霊武術大会4 力の差』をお楽しみに~^^ノ