第106話:1年の始まり
リアース歴3236年12の月30日 23時59分。
「5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・新年明けましておめでとう~!」
「「「「おめでとう~!」」」」
新しい年、3237年の始まりだ。
俺達は今、ラウの町の居酒屋で年越し大宴会に参加中であります。
大宴会と言っても、偶然居合わせた知らない者同士の適当な宴会だけどね。
俺達はカウンター席の端に座っている。
リンがまだ人族の人混みに成れていないからね。
この場所なら他人との接触を極力抑えられるし、尚且つ宴会の雰囲気を楽しむ事が出来る。
あちこちの座席で乾杯が繰り返されている。
皆で新年を祝って騒ぐのは楽しいな。
そう言えば、こうやって新年を騒ぎならお祝いするって俺も初めてなんだな。
成人するまではルタの村の孤児園でひっそりとした年越しだった。
師匠やジーク、孤児園の皆は今年もひっそりとした年越しなんだろうなぁ。
去年、成人した事で俺の生活は一変してしまった。
アイシャと一緒に住むようになってからは何もかもが変わってしまった。
激動な1年だったよ!
俺が1年をしみじみと振り返っている間もリンはひたすら口をもごもごと動かしている。
始めて見る料理が沢山目の前にあって食べる事に夢中なのだ。
「リン、美味しい?」
「ハイ、主様!何もかもが美味しくて感激です」
「良かったねリンちゃん!」
「ハイ、奥様!」
「お!嬉しい事言ってくれるねぇお嬢ちゃん。料理人冥利に尽きるってもんだ。
美人さんだし、この唐揚げサービスしちゃおう!」
カウンターの前で料理を作っていた店主が俺達の会話に加わって来た。
リンの食べっぷりと感激振りが嬉しかったんだろうね。
それにしてもサービスまでして貰えるとはなかなかやるなリンよ。
「え!良いんですか?」
「おぉ、どんどん食ってくれ!」
「有難う御座います!」
リンは笑顔いっぱいで店主にお礼を言う。
俺達と出会った時もそうだったけど、昨日この町に来た時のリンは人族にかなり敏感になっていた。
街中を歩く時は俺やアイシャの外套の裾を掴み、影に隠れて歩いていたくらいだ。
それが1日でこうも笑顔で人族と話せる様になるとは。
仲間として俺は嬉しいぞ。
あれ?そう言えば今笑顔で話している店主って料理人だよな。
ハっ!まさかアイシャの時と同じで餌付けされたのか?
お前は美味しい料理をくれる者に無条件で懐くのか?
これからしっかりと教育せねば・・・
「それしてもよく食べるなぁ。そんな細い身体の何処に入るんだ?」
「#$%&$#*!」
「何を言っているか分からん。ちゃんと飲み込んでから話なさい!」
「%&$#!・・・ゲホゲホ!」
「み・水を飲め!」
「・・・ふ~助かった!ス・スイマセン主様!」
ん~、この子はやはりどこか残念な子だよ。
まぁ、見ていて飽きないけどね。
「そこの貴女!貴女はもしかしてダークエルフかしら?」
振り返ると、そこにはエルフの女性が立っていた。
流石エルフ族、この人も美人さんです。
この時のリンは頭にバンダナの様な物を撒いており、長い耳を隠していた。
ダークエルフと一目では分からない様に。
「ヒっ!」
リンはエルフを見て急に青い顔になり、ガタガタと震え出す。
「リン、どうした?」
「エ・エルフ族・・・」
いや、そう云うリンも一応エルフ族だよ。
「やはりダークエルフの様ですね!
私は貴女をどうこうするつもりはないから安心してくれ・・・と言っても無理な話なのだろうかな?」
あっ、そうか!ダークエルフってエルフ族の中で迫害を受けていたんだっけ。
人族に追われ、同族のエルフからは迫害を受けて・・・ダークエルフって可哀想だな。
「俺はこの子の仲間だ!申し訳ないがこの子の何の用事だ?」
「仲間?」
「あぁ、そうだ!大切な仲間だ!」
「そうか仲間か・・・」
「だから、この子に何の用事だ?」
「あぁ、済まない!けして脅かすつもりはなかったのだよ、信じて欲しい。
私は彼女に一言『頑張って』と言って上げたかっただけなんだ」
「頑張って?君達エルフはダークエルフを迫害しているんじゃなかったのか?」
「確かに里の年寄り共はそうであろうな!」
「年寄り共?」
「そうだ!エルフは長寿の種族だって知っているだろ?」
「あぁ、勿論!」
「長く生きている長老や年寄り達は、悪い意味で閉鎖的で頑固。
里が何かによって変わるのを嫌うのさ。
だから自分達と少しでも違うダークエルフや人族との間に出来たハーフエルフを特に忌み嫌うんだ。
彼らによって里が変えられてしまうんじゃないかってね」
「そ・そんな理由で!」
「そうさ!そんなバカげた理由さ。
だけどね、皆が皆そんな風に思っている訳じゃないんだよ。
私の様に里が窮屈だと思う様な奴らは、こうやって人族の町に出て来て気付くんだ。
彼らを忌み嫌い迫害している事の愚かさにね・・・」
「気付くって?」
「私達エルフ族はこの人族の町では色目で見られ余所者扱いされる事が多い。
ダークエルフ達の様な迫害とはちょっと違うかもしれないけど、そう云う風にされて初めて気付くんだ。
私達は彼等に対して何て酷い事をして来たのであろうかと・・・
だから、この子を見た時は驚いたんだ!同族から忌み嫌われ、ナの国の人族からは追い掛け回されて隠れて暮らしているはずのダークエルフが笑って食事をしている姿にね」
「そうだったのか・・・」
「だから何となく頑張ってと言って上げたくなって・・・この子にしてみたら余計なお世話よね!
ゴメンなさいね、忘れて!」
「待って!」
エルフの女性が立ち去ろうとすると、今まで青い顔で俺達の話を聞いていたリンが、タ立ち上がって彼女を引き留める。
「あ・あの・・・わ・私頑張ります。心配して下さって有難う御座います!」
リンは深々と頭を下げる。
この子なりに彼女の気持ちが嬉しかったんだろうな。
エルフの女性は片手を上げて笑顔でこの居酒屋から出て行った。
リンはその後姿を何時までも見つめていた。
リンはこれから今までにはない経験をいっぱいして、沢山の事を学んで行くだろう。
今日は新たな1年の始まりであり、その第一歩の日だ。
頑張って行こうね、リン!
次回『第107話:休日の感謝祭』をお楽しみに~^^ノ