第一章6『魔法使い(30歳)が現れた▽』
ミューの悲鳴を聞いて駆け付けた俺と伊集院は、目の前の光景に唖然としていた。
「いいいいいいいいいいいいやあああああああああああああああああああ!!」
「ハハハハハハハ!待て待てー!」
「なあ、伊集院。俺この世界に来たばかりでよく知らないんだけど、もしかして二足歩行で汗だくになりながら女の子を追いかける豚って普通にいるのか?」
「動物と人間の中間みたいな獣人族はいるけど、あれは多分違うと思う」
「だよな、ていうことはモンスター?」
「いや、あんなモンスター見たことないぞ……」
「ちょっと!冷静分析してないで助けてくれない!?私今大ピンチなんですけど!」
今にも泣きそうな顔でミューが喚くので、俺は溜息を吐いて豚を止めることにした。とは言ってもやることは簡単、ミューしか見てない豚の足を払うだけ。突然転ばされた豚は壁にぶつかるまで転がり続けた。
「あつひとぉ!」
「あーはいはい怖かったな――って、お前なんか濡れてるぞ?」
「アイツの汗よ!人がジュースのおかわり貰いに行こうしてたところに突然現れて、私の全身を頬擦りし始めて……!あーもう思い出しただけで寒気が!」
王道展開でも寒気がしたり、変態行為に寒気がしたり、こいつはいつも寒がってる気がする。
「おい、見ろあの豚、様子が変だぞ?」
伊集院に言われて豚を見ると、身体の至る所から穴が開き始め、煙を出しながら萎み始めていた。
「なにこれ?」
「魔法よ」
「魔法!?そんなものがあるのか?」
「言ったでしょ?ここはよくあるファンタジーの世界だって。だったら当然魔法も存在するわ」
魔法、誰でも一度は使ってみたいと思うあの魔法が普通に存在するのか!うん、やっぱりこの世界に来て良かった!早く俺も使いたい!
そんなことを言っている間に豚の体はみるみるうちに変化していき、まあまあ太目の人間の男へと姿を変えた。
「人間の魔法使いだったのかこいつ……」
「ん?ていうかあの手の紋章、まさかこの豚も勇者なのか?」
「いたた……あ、ああ!ししまった、元に戻ってる!」
「ちょっとそこのデブ!女神であるこの私によくもあんなことしてくれたわね!絶対に許さないんだから!」
と、俺を盾にしながらミューが啖呵を切る。そう思うんなら出てくればいいのに、相当嫌だったんだな。
すると男は、凄まじい速さの膝歩きで俺の目の前まで迫って来た。その勢いに俺は思わず後ろに下がった。
「ああ!いた、やっと見つけた!」
「は、はい?」
「あぁ〜可愛い……可愛いな……マジカワユス〜」
男の全身を舐め回すような視線に、俺は堪らず鳥肌が立った。こいつ伊集院以上にヤバイかもしれない!
「おいチャーシュー、俺のレディたちにあまり近づかないでもらおうか?」
そう言って伊集院は剣を抜いて男の首元に突きつけた。いつからお前のレディになったんだ俺は。
「チッ、これだからイケメンは……」
「何ブツブツ言ってんだ?何か言いたいなら大きな声で言え」
「……………」
「聞いてるのか?」
「お、おいあんまり刺激しない方が……」
「こんな豚野郎煽ったところで何も出来ないさ。それより刺激するなら君の――」
また何かろくでもないことを言おうとした伊集院だったが、それを遮るように背中のマントが突然顔を覆いつくした。唐突なことに驚きながら伊集院はマントを引き剝がそうとしたが、それを止めるように衣服が伸びて全身に巻き付いた。まるで服そのものが生きているようだ。
「伊集院!」
「ぐふふっ、僕を侮辱するからいけないんだ」
豚男は膝の埃を払いながら不敵に笑い始めた。
「何したんだよ!」
「僕が使える魔法の一つ、コーディネートバインドだお、この魔法は服に金を掛けてあればあるほど拘束する力が強くなるんだ。こういう男は見てくれにお金を掛けると思ってたけど……ぐふっ、ぴったんこカンカン!」
俺は男の話を片耳に入れながら、拘束している服を脱がそうとしたが、布はまるで鉄のように固くビクともしない。どうやら奴の言っていることは本当のようだ。
「頼む、その魔法を解いてくれ!馬鹿にしたことは俺が謝るから!」
「うひょ、上目遣いありがとうございます!でも……ん~、そう簡単に解くわけにはいかないかなー?」
「うっ……」
この不利な展開、そしてこいつの俺に対する反応……間違いない、解放することを条件に何か卑猥なことをさせるつもりだ!ふざけんなよマジで、俺は男だぞ?正真正銘の男子高校生(元)だぞ?それが何が悲しくてこんな豚オタクなんかに凌辱されなくちゃならないんだ!絶対にこんなやつの言うことなんて聞かない!
……でも、
「ち、ちなみに何するつもりなんだ?」
「それはもう、オークも羨むようなあーんなことやこーんなことに決まってるじゃないか!」
「オークも、羨む……ッ!」
オークと言えば女騎士を捕らえて良からぬこと有名だ、それが羨むってことは………こ、こんな漫画とかアニメでしか見れない展開。この先あるとは思えない。ここは我慢して――っていやいやいや!何を揺らいでんだ俺は!
「おほー困った顔も可愛いですな~」
「う、うるさい!別に揺らいでなんかないからな!」
「えっ、噓でしょアツヒト?揺らいでるの?揺らいでるの!?」
「さぁさぁ、どうする?急がないと呼吸困難になっちゃうよ?」
「わ――わかった、言う通りにする。だから伊集院を……」
「キター!幼女とイチャコラできるなんて、外に出てみるもんだねー」
男は嬉しそうに舞い踊りながら伊集院の魔法を解いた。
ん?でも今解いたら――
「くたばれこの豚野郎ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「うわあああああああああしまったああああああああああああ!!」
服が元通りになった瞬間、伊集院は剣すら持たずに飛び掛かった。豚男の断末魔が虚しく響き渡る。こいつ、完全に目の前のご馳走に目が眩んだな。
「はいはい、もう気は済んだだろ?見ろ、食材にされる前の豚みたいになってるぞ」
「へ、へへ……難しいこと知ってるんだね、君は……」
「で?なんなんだお前は」
「ふ、ふふ……戦いには負けてもお、お前の言うことは聞かない、絶対にだ」
「この豚……ッ!」
「まあまあ抑えて。さっき俺のこと見てやっと見つけたって言ってたけど、それってどういうこと?」
「実はね?生活費を稼ぐため、久しぶりに外へ出たんだけど、その時君とそこのクソイケメンが戦ってるところを見かけて……これはそう、言わば一目惚れというやつですはい」
「俺の言うことは聞くんだ……」
豚男の態度に苛立ちを隠せない伊集院の横で、俺は苦笑いを浮かべた。女の子(中身男)に弱いのは伊集院と同じようだ。
「お前も勇者なんだな」
「死ねイケメン」
「ぶっ殺す!」
「落ち着いて伊集院!それで、勇者なんだよな?」
「その通り、僕は篠原勇。ハードモードの人生に絶望してニート生活を続けてたら知らないうちに死んでこっちに世界へとやってきた。夢はもちろん、勇者になってハーレムを築くことです!」
知らないうちに死んでたってどういうことだよ、ていうか地味に目的被ってるのがなんか腹立つ。
「あれ?でもさっき久しぶりって」
「そう、異世界転生すればラノベ主人公みたいに女の子にモテモテになると思ってた時期が僕にもありました……僕の扱いは向こうと一緒、それがショックでまたニート生活に逆戻りしたんだお」
「な、なるほど……」
「ふ、ふーん?そんなやつもいるのね」
「……少し気に入った?」
「そんなわけないでしょこんな変態!」
「ブヒィ!幼女からの罵声ですぞぉ!」
「ひぃ!やっぱこいつキモイ!」
少し調子を取り戻したミューは、篠原の気持ち悪さに再び俺の後ろに隠れた。こいつがいればミューも余計なことしないんじゃないか?
「それでギルドに向かったら広場に君たちを見かけて、こんな可愛い幼女二人と旅がしたいなって思ったのです」
「なるほど、ミューを捕まえようとしてたのはそういうことか」
「お願いします!僕をパーティに入れてください!何でもするので!」
篠原は床に正座して頭を下げた、まさか土下座されるとは、ミューや伊集院たちも少し動揺してるみたいだ。
「ど、どうする?」
「どうって、私嫌なんだけど」
「俺も反対だ、こんな豚盾にもならない」
「本音は?」
「俺以外に男はいらない」
「ですよねー」
二人の意見を聞いてから、いまだ頭を上げない篠原に顔を向ける。
「……知らないだろうから始めに言っとくけど、俺ほんとは男だからな?女の子になってるのはブレイバーの影響だぞ?それでもいいのか?」
「例え幼女が男でも愛さえあれば関係ないです!」
お前もそのパターンか、と俺は大きくため息を吐いてから篠原に背を向けた。
「まあ、いいじゃねぇの?入れても」
「はぁ!?」
「なんで!?」
「理由はどうあれ俺たちの中で魔法使えるのいないし、何より俺のブレイバー知っても嫌な顔一つしてない。言動はちょっとアレだが、こういう奴の方が一緒に行動しやすい」
「た、確かにそうだが……」
「はい、文句は無し。ということで、よろしくなしのは――」
「ありがとう幼女ちゃん!」
飛びついてきた篠原に捕まり思いっきり抱きしめられた。なんだかその歳特有の汗の臭いがして気持ち悪い、ていうかそうじゃなくても鳥肌が立つわ!
「やめろ離れろ!」
「んぅ〜……ハァ〜……やっぱりいい匂いするね?デュフ」
「ひぃいいいいい!やっぱ無し!こいつ仲間にするの無しぃ!」
「仲間にするってアツヒトが言ったんだから責任持ちなよー?」
「ささっ、ミューちゃん。向こうと俺と一緒にジュースでも飲もうか」
「おいちょっと待てどこ行くんだお前ら!行くな、頼むから行かないで!俺今パンツ履いてないんだから!」
「なん……だと……!これは見るしかないであります!」
「ぎゃあああああああああ!!だ、誰か――誰か助けてぇええええええええ!!」
俺の断末魔の声が店内に響き渡る。
もう絶対ブレイバーは使わないと心に誓い、舐められながらもブレザーの裾を全力で抑えた。




