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1章第7話 花見せよ女装乙女。

 ――昼休み。

 杏樹さんと2人でベンチに座って、お弁当を広げる。

 運動遊びの講義が予定時刻よりも早く終わって、間近で桜が見られる特等席を確保することができた。


「今日もお弁当を作っていただいてありがとうございます、杏樹さん」


「どういたしまして。でも、同じオカズでいいなら、1人分作るのも2人分作るのも手間は変わらないから、あんまり気にしないの」


「気にしない、ですか」


「食費は割り勘だしさ。そのお礼で勉強面に関してはね?」


「このままでは、お勉強に関してだけ杏樹さんに甘くなってしまいそうですね」


「ふっふーん、甘々でいいんだよ?」


「では、いただきますね。ふふ、美味しそう……」


「スルー!?」


 お弁当のラインナップは、だし巻き卵とタコさんウインナー、レタスとハムを挟んだサンドイッチだ。

 ふっくらとした感触のだし巻き卵は甘くて美味しかったし、サンドイッチは手作りマヨネーズが挟んだ具とマッチしていて絶妙な味わいだった。

 女の子のお弁当だけに軽食で、すぐに食べ終わっちゃうのが難点だけど。あととても可愛らしいタコさんウインナーは、食べにくかったです、はい。


「量、少なかったかな?」


「いえいえ、丁度いい量でした。食べすぎては、かえって講義中に眠くなってしまいますし」


「真面目だね、恵唯ちゃん」


 本音をいえば、足りなかった。

 大盛りとはいかないまでも、もうちょっと……。だめだめ、女の子として生活していくんだったら、それにあわせた方がいいもんね。


「でも、腹が減っては戦ができぬってことわざもあるし、タコさんウインナーもう1個どう?」


「どう、といいますと? え……?」


「はい、あーん……」


 杏樹さんから箸で摘んだタコさんウインナーが運ばれる。

 急なことで、なぜか桜の樹を見上げてしまう。


「綺麗……」


 桜の雅な美しさに心が吸い寄せられた。桜を愛するのは、日本人の大和心。迫るタコさんウィンナーを尻目に、桜で心を落ち着かせる。


「んふぅ……」


 舞い落ちる花弁を頭の上に乗せて、物思いふける。


「あーん……」


 どうしたらいいの!? 食べたらいいの!? 女の子に食べさせてもらう展開なんて、予想してなかったよ!


 赤くテカるタコさんウインナー。タコさんウインナーのチャームポイントである黒ゴマがボクを見つめる。


「食べて、恵唯ちゃん食べてよー! あーん」


「えっと……」


 チーズで型どられたタコさんウインナーの口が、喋った……?

 たぶん杏樹さんから発せられた言葉だと思うんだけど、タコさんウインナーに釘付けだったボクはそれに気づかない。


「タコさんを食べることは、よくないことだと思います!」


「さっきまで食べてたよね!?」


「あちらはウインナーです。タコさんウインナーとは別種のものです」


「よくわからない、雑な言い訳だね……もう意地でしょ? 頑固だなあ……」


「どうしてそこまで食べさせたがるのですか?」


「恵唯ちゃんが助けてくれなかったから、その鬱憤をね。恵唯ちゃんに食べさせてあげて、恥ずかしい思いをしてもらう罰っ!」


 子ども遊びでの罰ゲームを根に持っている杏樹さん。

 でも、これは建前で、優しい杏樹さんのことだから、量が少ないお弁当を作ってきてしまった申し訳なさとボクに満腹になって欲しいという気持ちで行動してくれているんだと思う。

 杏樹さんは、本当に優しいんだから。でも、それはそれ。女の子からのはいあーんは絶対阻止するよ!


「わたくしからすれば、ご褒美ですよ!? そのようなことで杏樹さんの鬱憤は晴れるのですかっ!」


「きみが照れる姿でお腹いっぱいになるから」


「恥じらいはありません!」


 恥じらいは、スカートを履いたときに捨ててるからね!


「あっ……タコさんウインナーが落ちる!」


 摘まんでいた箸が緩み、タコさんウインナーが宙を泳ぐ。

 そう視覚が捉えたのも束の間、タコさんウィンナーがボクの口元に――。


「え、あ、ぱく……んっ……!」


「隙を晒すから、えへへ」


 喉を通る物体。甘い雰囲気に当てられて、咀嚼さえ忘れる。


 く、箸を緩めたのはフェイク……!


「ん、んく……ふぁ……」


「美味しかった……かな?」


「突然、口の中に入れられて、味なんてするはずないです! 窒息死するかと思いましたよ……んぅ」


「大丈夫? か、顔が赤いよ!? ごめんね、ほんとに大丈夫……?」


「これは窒息してしまうのとは、また別の理由です。体に異常はないのでご安心を」


「あはは、照れてたんだね」


 視線が下がり、両手でカーディガンの裾を握りしめながら赤面するボク。杏樹さんには、筒抜けだったみたい。


 春の風が火照った頬を冷ます。

 ここは乙女の花園、はいあーんはまだ序の口。握手や抱擁……か、間接キスもあったりして……。あ、杏樹さんが使ったお箸ではいあーんをしてもらった時点で――。


「これ間接キスしてますよね……。はじめてのお相手がわたくしでしたら、ごめんなさい」


「……?」


 どうか苦難がこれっきりでありますように――。

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