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エピローグ

 ――清白女子大学に入学してから、5度目の春が訪れた。


 ボク――佐々宮 恵唯は、勉学やピアノの練習に励み、幼稚園での実習をして、無事に卒業式を迎えることができた。右手に握られた卒業証書がその証だ。


「もう卒業なんだね。4年間って長いようで、短かくて……3人で過ごす楽しい時間は、いつもすぐ終わっちゃうから、あっという間に感じたよ」


「3人の時間は、しばらくお預けかしら。3人でいることが当たり前になりつつあるから、これからは違和感を覚えることもあるでしょうね」


「そう、ですね……」


 杏樹さんと聖さんのやりとりを隣で聞いていて、ボクも寂しい気持ちになる。大学での4年間は、1人でいるよりも3人でいる時間の方が長かったから。

 けど、これからは、ボクは聖さんのお母さんが園長をしている幼稚園に、杏樹さんは地元の幼稚園に就職して、聖さんは子どもにピアノの手ほどきをする指導者になる。

 3人ともそれぞれの道に進んでいく――それは始まりでもあって、いまの楽しい時間の終わりでもあった。


「あー恵唯ちゃんが涙目になってるよ!」


「え!? えっ……う、嘘ですよね!?」


「あら、本当ね。涙が出る寸前じゃない。恵唯、大丈夫なの?」


「うぅ、っ……そんなことはありません。ありませんから……大丈夫、です……」


 2人に指摘されて、ポケットからハンカチを取り出し、涙を拭う。

 泣いちゃう前に気づけてよかった。


「お別れが寂しいのはわかるのだけれど、恵唯って泣き虫よね。そんなことで自分の教え子が卒園するときはどうするのよ……」


「ほらほら、聖ちゃん、恵唯ちゃんをいじめないの。また泣いちゃうかもよ、あはは」


「恵唯の泣き顔を見るとついね、いじめたくなるのよ。反応も可愛いし、いじりがいがあるわ」


「いじりがい、いじりがいかぁ……」


 よくわからないことを呟き、ボクの全身をくまなく見る杏樹さん。なにかを発見したみたいな笑顔を見せて、


「恵唯ちゃんって、なに着ても似合うよね。袴姿の恵唯ちゃん、すごく可愛いよ! 」


「ふふっ。美しさと可愛さを兼ね備えているわよね。これで……の子なんて、信じられない。嫉妬してしまうわ」


 せっかくの晴れ舞台だからってことで両親が準備してくれた、白地に桜牡丹を描いた淑やかな柄の小振袖とコスモスピンクの袴を着たボクを褒めてくれる杏樹さんと聖さん。

 嬉しいけど、いじるためのネタにされている感じがする……。


「ほんとだよね。それにわたし、その……胸が大きいからさ、2人が羨ましいよ」


「あら、杏樹、ケンカを売っているのかしら? いいわよ。その脂肪を切り取って、犬の餌にしてあげるわ」


「あ、あはは……」


 杏樹さんと聖さんのやりとりに乾いた笑いが漏れる。胸のお話になると、いつもケンカになるんだから。それくらい仲が良いってことなんだろうけどね。


 白地に紫の矢絣模様の小振袖と紺色の袴に身を包んだ聖さんと、赤と白の市松柄の小振袖に赤薔薇を連想させる袴を纏う杏樹さん。大和撫子を思わせる気品で清楚な雰囲気を漂わせている。

 2人の方が似合っているって思うんだけど……。


「その、2人の袴姿もすごく綺麗ですよ。わたくしなんて足元にも及びません」


「そうかなぁ……? へへ、嬉しい。ありがとね、恵唯ちゃん」


「はぁっ、え、ちょっと……!? は、あぁ……そ、そういうのは、その……あれよ、2人きりのときに……」


 ボクの月並みの感想に2人の顔が紅潮する。聖さんにいたっては、唇を震わせながら言葉に詰まっていた。


「ちょっと照れないでください。わたくしまで恥ずかしくなってくるではありませんか……」


 2人の赤みがボクにも伝染した。見て思ったことを褒めたはずなのに異性にそういう反応をされちゃうと照れくさくなる。

 熱い、熱いよ……。


「お前たちは、社会の荒波にもまれることになるというのに余裕があるな。卒業で浮かれ過ぎてはいないか」


「今日くらいは楽しんでもいいじゃないですかー。ねー美少女くんっ」


「え。あ、はい……」


 話題を変えたいって思った矢先、ボクたちのところに谷口学長とやえ先生が駆け寄ってきた。


「駄目とは言っていないだろう。ただ節度を持って欲しいと釘を刺しただけなんだが」


「ははーん、この子たちが卒業しちゃうのが寂しいんですよねー。だから、構っちゃうんだー素直になればいいのに。谷口先生はね、美少女くんたちのことをめーっちゃ可愛がってたんだよー!」


「うるさい、黙れ、消えろ。……ふぅ。こうなるとわかっていたから、藤波にはついてきて欲しくなかったんだ」


「えへへーごめんなさーい」


「それでだ。女装乙女ーー佐々宮 恵唯よ。卒業おめでとう」


 学長の言い方は、やや無愛想に聞こえる。でも、その祝辞からは温もりが感じられた。


「おめでとう、美少女く……ん、んん――!?」


「茶々を挟まないの」


「いま学長先生と恵唯ちゃんは真面目なお話をしてるから、静かにしてようよ、やえ子先生」


「……。んっ」


 聖さんと杏樹さんは、学長の真摯な態度からボクと学長の邪魔をするべきじゃないって察して、やえ先生の口や手足を押さえる。その甲斐あって、ボクもシリアスな雰囲気に切り替えることができた。


「ありがとうございます、谷口清一郎学長。あなたが入学を認めてくれたから、同じ夢を目指す学友と関わり、たくさんのことを学んで、わたくしは幼稚園教諭になることができました。本当にありがとうございました!」


「チャンスは与えた。それをものにし、この4年間を有意義なものとしたのはお前だろう」


「それはやはり学長の助言があったからですよ」


「ふん。煽てられたところで、これ以上の祝辞を送るつもりはない。……ただま、お前を大学の共学化のテストケースとしとして招き入れたことに間違いはなかった。その役目を十二分に果たしてくれたことを心より感謝する」


「大学の共学化!? ということは――」


「ああ、いつの日か男性幼稚園教諭がいることが当たり前になる日がくるだろうよ」


「はい、その日を楽しみにしてます」


 ボクの行いが、幼稚園教諭になりたい男の子の力になれたんだったら、それは喜ばしいこと。学長には、是非、将来の男性幼稚園教諭のために頑張ってほしい。


「ああ」


 用件が済んだみたいで、ボクの返事に短く相槌を打つ学長。彼の口元が一瞬だけ緩んだように見えたけど、それを隠すようにその場を去った。


「お待たせしてごめんなさい。お話終わりましたよ」


 と杏樹さんに聖さんに声をかける。


「卒業式はもってこいの良い機会じゃなーい? 伝えなくちゃ!」


「私は別に……恵唯をそういう……その、対象として見てないわ」


「そうだよね、今日が最後のチャンスだよね」


 けど、女性陣は、和になって内緒話をしていたから、ボクの声は全く耳に入っていなかった。


「恋する乙女たち、頑張れー! センセー、応援してるからねー。あと恵唯くんもね! って谷口先生!? あ、待ってくださいよー」


 女性陣の方も話が終わって、やえ先生は学長を追いかけていった。


 話の内容が気にならないわけじゃないけど、聞くのは野暮だよね。


「これからどうします?」


「あの恵唯ちゃん……!?」


「ね、ねえ、恵唯……?」


「えっ、あ、あ、はいっ!」


 名前を呼ばれただけなのに杏樹さんと聖さんの鬼気迫る勢いにたじろぐ。2人の決意が宿った瞳がボクを注視し、謎の緊張が走る。


「……わたしね、恵唯ちゃんが好き。たぶん初めて会ったときから、ずっと。一目惚れだったんだと思う。だから、よかったら、結婚してください!」


 杏樹さんの大胆な告白に唖然とする。

 それでもそんな予感はあった。彼女は、ボクを男だって知っても友達として接して、それ以上の好意をぶつけてくれたから。


「私も……。私、も――私だって、恵唯のことが好きよ! 大好きなんだから! くっ……うぅ、わ、悪い!?」


 恥ずかしさを隠すように声を荒げる聖さん。

 彼女に関してもそうだけど、彼女の好意にも薄々感づいていた。ボクにだけ素直な感情を露わにし、甘えてくれたから。


「いいえ、悪いなんてことはありません。とても嬉しいですよ」


 2人がすごく慌てているから、ボクだけは冷静でいられた。


 ボクの返答を待つ2人の強張った表情。一世一代の勇気を振り絞った告白ってことをありありと感じとれた。

 だから、ボクはその好意と勇気に答えなくちゃいけない。たとえその答えが彼女たちの望むものじゃなかったとしても、これ以上、友達に嘘はつきたくない。


「……ごめんなさい! いまは2人の気持ちにお答えできません」


「知ってたわ」


「やっぱり……。そんな感じはしてたんだよね」


「え、あの……」


 2人の潔い反応にボクの方が困ってしまう。


「だってさ、恵唯ちゃんの夢は幼稚園教諭なることなんだから、それが叶ったいまは彼女を作る余裕なんてないかな、って」


「それにあなたは幼稚園教諭になってやるべきことがあるのよね? あなたがそれに納得するまでは、待っていてあげるわよ」


 そうボクにはやるべきこと――「ボクが先生みたいな先生になって、先生とちっちゃい子を幸せにする!」ってやえ先生に約束をした。だから、いまは子どもたちのことしか考えられない。


 それを見抜いた2人は、ボクのことをよく理解してくれていると思う。


「私は、恵唯が母の幼稚園で働いてくれている間は、いつでも会えるし、問題ないわ」


「あー聖ちゃん! 抜け駆けはよくないと思います。ずるい、ずるいよ!」


「恵唯に好いてもらいたいじゃない。は、はじめて好きになった人……なのだから」


「それは……そうなんだけどね。じゃあ、どっちが先に恵唯ちゃんを振り向かせられるのか勝負だね」


「ええ、絶対勝つわ……!」


「当の本人を置いて、お話を進めないでくださいよ、もう……。ふふっ」


 ボクたちは、いつまでも談笑した。

 花のように儚い人生を大事に悔いなく謳歌するように。そこにどんな壁が待ち受けていても、ボクたちは乗り越えられる。


 だから、ボクの夢物語は、終わらない。

 これからも――女装してでも夢物語を追いかけ続ける。それが夢を叶えるために女装したボクの人生だから。

これにて恵唯ちゃんたちの物語は完結です!

ここまでお付き合い頂きまして、ありがとうございます。

幼稚園教諭や保育士のお仕事に興味を持ってくれる人がいたら、すごく嬉しいです。


では、またどこかでお会いしましょう!

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