3章第4.5話 協力せよ恋する乙女たち。
恵唯が父が電話しているのと時を同じくして、杏樹と聖は鴫野宅の一室――聖の私室でパジャマパーティーを開催していた。
パーティー名が示す通り2人ともパジャマを着用しており、杏樹は花びらを飾ったピンク色のパジャマで、聖はシンプルなデザインの紫色のパジャマを纏っていた。
「それで? 急にお泊まりって用があってのことなのよね」
訝しい表情で質問する聖に、杏樹はいつもの明るい口ぶりで、
「もちろんあるよ。でーもー友達なんだから、用事がなくたってお泊まりにくるよっ」
「友達なら……ま、くるかもね。だからって、私の家で行う必要はないけれど。ストケシア寮には空き部屋が多くあるのだから、その空き部屋に私が泊まればいいじゃない」
一瞬、小さく穏やかな笑みを浮かべるも、すぐに真顔になる聖。友達と言われて嬉しかったが、恵唯以外に素直に感情を晒すのがまだ気恥ずかしいようだ。
聖自身は、杏樹に対しても恵唯同様の対応したい。しかし、やはり弱音を見せたか、見せていないかの差は大きく、そう上手くはできなかった。
「その、恵唯ちゃんがさ……」
杏樹が恵唯の名前を出すと、聖はより一層に真剣な顔つきになる。
「やはり恵唯のこと……杏樹も知っていたのね。恵唯が男の子だってこと」
「え……?」
杏樹は自分だけが秘密を知っていると思い込んでいたが、実際は違っていたことに驚く。
「彼のことで集まったのなら、たしかに私の家がベストとは思ったけれど。違った?」
「違わない、違わないよ! でも、いつから気づいてたの!?」
杏樹からすれば、恵唯の女装は非の打ち所がないほどに完璧で、男であることを悟らせる要素など皆無。同じ寮で、裸の付き合いをしたからこそ杏樹は知ることができた。
だというのに聖も気づいていた。いつ、どこで、ほかの人ももしかして気づいているの、と不安になる
「今日の朝よ。感極まって話してしまったみたいね。って、そう心配しなくてもいいわよ、杏樹。彼の口から聴かされなければ、男の子なんて気づけるはずないじゃない」
「そ、そうだよね。あー……聖ちゃんはどう思う?」
ホッと息ついたのも束の間、杏樹は矢継ぎ早に質問した。
気になるのだ。自分以外の人間が彼をどう思っているのか、男の子でありながらも幼稚園教諭を目指す彼を認めてくれるのかを。
「なにについて質問かしら?」
「ええと、恵唯ちゃんが女装していること」
「私は可愛いと思う。正直、私がいままでの人生で会ってきた女の子の中で1番ね」
「可愛いよね! あれで男の子って、絶対、おかしいもん。……じゃなくて!」
焦りから言葉足らずになる。
だから杏樹は一度、落ち着き、言葉をしっかりまとめてから口にした。
「女装して女子大に通ってること。私は、恵唯ちゃんが純粋に幼稚園教諭になりたいって気持ちで頑張ってるから、卒業まで大学にいてほしいって思ってる。……それに恵唯ちゃんのこともっと知りたいし、もっと一緒にいたいよっ!」
「私も同じよ。彼以上に幼稚園教諭になるための努力をして、彼以上に本気で幼稚園教諭になりたいと考えているのは、うちの大学にはいない。だからこそ、彼がなるべき。男だからとか、女だからとか関係ない。……あ、あと彼には私の弱いところを見られたのよ。見られたからには責任をとってもらわないと」
お互いに同じ気持ちだった。
だからこそ、杏樹も、聖も、相手の言葉から、ある感情が言葉の端々に混じっていることを感じることができた。
杏樹は、恵唯のことが――
聖ちゃんは、恵唯ちゃんのことが――
好きなんだ、と。
「うん、わたしもそう思ってたの。だから聖ちゃん、友達のために力を貸して」
「ふふん、当然よ」
同じ人を好きになった。
しかし、対抗意識も、敵対心も湧くことはなく、いまは好きな人を助けたい。その一心で、2人は力を合わせる。
「聖ちゃんがいれば、百人力だね! やったね!」
「いやいや、あなたからの申し出なのだから、妙案くらいはあるのでしょう?」
「な、ない……です」
力なく落ち込んだ杏樹。
しかし、そんな無策の彼女に対して溜め息を吐き捨てた聖は、自信ありげに語り出す。
「別に男性の幼稚園教諭が法律で禁止されているわけではないの。ただ資格を取得できる大学が男子学生を募集していないだけ」
「たしかに! それでそれでっ!」
「最後まで言わせるのね。大学に男子学生を募集するよう交渉すればいいのよ」
「さすが天才聖ちゃん! 伊達に孤高の天才って呼ばれてないね。いまはわたしと恵唯ちゃんが友達だから、孤高じゃないけど」
「孤高に戻りたくないから、恵唯を助けるわよ。まずは交渉材料を、ね?」
恋する乙女は、"好き"を原動力に動き出す――。
その夜は、明日の段取りを打ち合わせし、夜が更けていった。




