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3章第1話 取り調べを受けよ女装乙女。

 発表も含めた濃密な1日を過ごし、ストケシア寮に帰宅してひと休み――っていきたいところけど、そうは問屋が卸さない。


 その原因は、今日の昼休みに起きたトイレでのできごとにあった。そう、男の大事な部分をマジマジと観察されて、ついに性別が露呈してしまったんだ!


 ストケシア寮のリビングは、重々しい空気が漂っている。主にボクから。


 しかし、杏樹さんはこの好機を待っていましたって言わんばかりの笑顔を向けてくる。


 もしかしてボクがこの状況を大袈裟に受け取ってるだけ?

 いやでも、女子大学に男子学生が――しかも、女装して紛れ込んでいたんだよ!? これを知ったら、すぐ110するって普通。


「まずはお名前から! どうぞ」


 杏樹さんは渋い表情と声色で、取り調べのような質問をしてきた。


 性別を知られてしまった以上は、杏樹に隠しごとは意味がない。聞かれたことは極力答える。それが彼女を騙してきた贖罪だって思った。

 もちろん、この程度で許されるとは思っていないけど。


「佐々宮恵唯です。ってわたくしの名前、知ってますよね? それなのに名前から……?」


「偽名かもしれないでしょ? だから、最初に質問したんだけど、もともと女の子っぽい名前だったんだね。呼び方はいままで通りでいい?」


「杏樹さんさえよければ」


「おけー恵唯ちゃん。じゃあね次はね、誕生日はいつ?」


「4月10日です」


「もう過ぎてるじゃん! なんで言ってくれなかったのー」


「聞かれませんでしたし、教える機会もなかったので」


「自分で誕生日を宣言してくれてもよかったのに!」


「わたくしたちが知り合ったのは入学式で、誕生日はその数日後ですよ? 知り合ったばかりの方に近々誕生日があるので、祝っていただけませんか? なんてお願いできませんよ」


「まあねぇ……。しょうがないけど、恵唯ちゃんのお誕生日会は来年に持ち越しかぁ。でも、来年はぱぁーとお祝いしてあげるからね」


 来年――ボクが男であること知ってもまた会ってくれる。お誕生日会を開いてくれる。そのことがすごく嬉しかった。


「その際はよろしくお願いいたします」


「えっへん、任せてよっ!」


 そういえば、基本、会話は受け身で、能弁になるのはつまらないギャグとツッコミ、そして学長や聖さんに語った頭がお花畑な妄想だけだったような気がする。

 だから、誕生日は認知してもらえていないし、杏樹さんはこの機会に気になることを質問しようと張り切っているのかもしれない。


「彼女はいる?」


「え?」


「彼女はいるの?」


 意表を突く質問に首を傾げるも、聞き間違えではないみたい。杏樹さんは興味ありげな様子で見つめてくる。

 女の子は恋バナが好きなイメージがあるけど、彼女もその例に漏れないらしい。


「い、いないです」


「一度もいたことないの?」


「なかったですね。お、女の子と話すのが苦手で。大学に入学するまでは、あまり関わったことがなかったので……」


「やっぱりね」


「やっぱりってなんです。失礼なことを考えてませんか!?」


「恵唯ちゃんって、女の子と会話するときとか、体が接触したとき、しどろもどろするじゃない? だから、女の子が苦手なのかな? 女性恐怖症なのかな? 恵唯ちゃんすごく可愛いのに彼女いないんじゃないかな~って思って」


「女性恐怖症とまではいきませんけれど、名推理ですね」


 そこまで露骨に出ていたんだって、自分の演技力のなさと女性に対する免疫の低さに落胆した。


「男の子なら普通に話せるんだよね? 彼氏はいた? 恵唯ちゃん男の子にもすごくモテそうだけど」


「それこそいません!」


 そっちのけがあると疑われたくなかったのからら今度は吃らず、すぐ否定することができた。

 さらに杏樹さんの「恵唯ちゃん男の子にもすごくモテそうだけど」の一言に苦い記憶が蘇り、そのことまで言葉にして発してしまう。


「この中性的な容姿のせいで道行く男性にナンパされましたし、親しくしていた友人に告白された日にはどうすればいいのか悩みに悩みましたよ!」


「ええと、それは友達だからも当然あると思うんだけど……告られた相手が男の子だったからが一番の原因なんだよね?」


「ええ、わたくしはノーマルですから」


「そっかそっか、んーんっ、一安心っ!」


 一安心?

 男が好きな女装性癖の変態じゃくて安心したってこと? 男好きの方が襲われる心配がないと思うんだけど、安心してくれたんだったら、とやかく言わなくていいよね。


 それよりも質問の内容がおかしい。だって、ボクに彼女がいるいないは、今回の女装バレに絶対関係ないんだから。


 ここはボクから切り出す必要があるかもしれない。


「あの、わたくしにどうして欲しいなどのご要望はありませんか?」


「え、とくにないけど。あ、大学にいるときはしょうがないけど、寮にいるときくらいは本来の恵唯ちゃんを見せて欲しいかも」


「わたくしは――ボクはここにいてもいいということでしょうか?」


「うん」


「し、しかし、女子大に男が紛れ込んでいたのですよ。許される行為ではありません。警察に通報されても文句を言える筋合いではありませんっ……」


「まあねー」


 本当は杏樹さんの優しさに甘えたかった。でも、素直になれなくて、簡単に許されちゃいけないと思うからこそ彼女に拒絶されたいとも思った。


「それにわたくしが男であることを知っても、驚かれていなかったですよね?」


「寮にきた初日、一緒にお風呂に入ったでしょ? そのときに恵唯ちゃんの……見ちゃったから。あとは恵唯ちゃんのお部屋を掃除したときに生理用品が見つからなかったのが決定打だったよね」


「生理用品ですか、それは盲点でした。いいえ、初日の時点で、わたくしの大学生活は綱渡りの状態だったのですね」


「だね、強引にお風呂に誘ってごめんね」


「なぜ黙っていたのですか? 女装してまで女子大に通うような変態と同じ屋根の下で暮らすのですよ。自分でも変ですけれど、どのような危険があるかわかったものではありません……」


「でも、そんな大事はなかったし、これからもしないでしょ? だって、恵唯ちゃんの日頃の行いを見てたら、幼稚園教諭になりたい、女装してまでなりたいんだ、ってビンビン伝わってくるもん」


「杏樹さんっ……」


「恵唯ちゃんが自分から辞めるって言い出さない限りは、わたしは一緒に卒業したいと思ってるから。だから、どうするかはきみが決めて――」


 杏樹さんは、ボクに選択を委ねてくれた。それはボクに対する信頼の証であり、友人と認めてくれているからこそ、ボクが男であると知っても一緒に卒業をしたいと思ってくれてる。


 たしかに幼稚園教諭になりたい――それがボクの夢だから。

 でも、男であることが露見し、男であることを黙認されてまで――。

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