2章第11話 夢見がちなままではいられない女装乙女。
「あんあん、あんあん、梢もビュティキュア好きなのん」
「わたしも好きだよ。今回のビュティキュアすんごく面白いよね!」
「倉賀野さん的に今期はなにがおすすめ?」
「そうだねーやっぱりミラクル幼稚園かな。今期の覇権候補筆頭だよ!」
話に花を咲かせる乙女たち。その中心には、やっぱり杏樹さんがいた。
上手くことが運んだ――そのことに安堵し、教室を後にする。
廊下から感じた、心を騒つかせる威圧。それと対峙するために。
「面白い見世物だった。これはお前の差し金か、女装男子――いいや、女装乙女。未だ露呈していないということは、清白女子大学に男子学生はいないということになる。女装乙女と呼称しても問題あるまい」
「お聞きになっていたのですね、谷口清一郎学長」
長年生きてきた証の白髪に、貫禄のある佇まいの清白女子大学学長――谷口清一郎。
去年のAO試験でボクの性別に気づいて、女装での入学を許した張本人だ。
「高原から、学生の成長が見られるかもしれないとの報告があってな。学長の立場としては、どんなにつまらないものでも立ち会わないわけにはいくまい」
「多忙の中、わずかなお時間を割いていただきありがとうございました。いかがでしたか、倉賀野杏樹さんの発表は」
「悪くない。――アニメは、良い意味でも、悪い意味でも子どもに多大な影響を与えている。したがって、彼女が調べたであろう論文や研究結果は、彼女がいままで抱いていた印象を軽く覆しうるものだったのは想像に難くない。しかし、それを受け入れ、伝えたい部分だけを抽出している。粗削りで、感情が先走ってしまっているのは玉に瑕だが、磨き続ければ愉快な卒業論文を期待できそうだ」
「友人を評価していただけているのは嬉しいのですが、子ども学基礎での鴫野聖さんとの討論に比べて、優しいといいますか……」
子ども学基礎の初回授業で、学長と聖さんが"幼児の気持ちを理解できるか"について討論していたときのことだ。学長は、聖さんの「幼児の気持ちを理解できる」という意見を頑なに否定して、彼女を納得させていた。
そのときに比べて、今回の批評は甘い気がする。
「自分の意見を持てている。それだけでも評価に値する。成否は抜きにしてな」
「では、倉賀野杏樹さんの発表にも、納得できない点がある……ということですか?」
「当然だ。しかし、この発表は俺が課した問いでもなければ、俺が担当する時間でもない。これ以上の批評は必要あるまいよ」
「なるほど、そういうことでしたか」
どんなに甘い評価でも、友人が褒められるのは嬉しい。学長の前ではあるけど、一瞬だけ笑みがこぼれてしまった。
「女装乙女よ。ふぅ……」
学長は重たい溜息を吐き捨て、ボクをひと睨みする。
「他人を気にする余裕があるみたいだが、お前は自分の意見を持てているのか。自身が想い描く幼稚園教諭の夢物語を語るだけでは、規律を揺るがしてまで学ばせている意味がない」
「わたくしの意見――当然持って……いま、す」
言い淀む。それは図星を突かれたから。
ゴールデンウィークに開催されたゲーム大会で、ボクが聖さんに伝えた幼稚園教諭の在り方。それはボクが想い描く幼稚園教諭の夢物語でしかない。
ほかに意見らしいものがあるのかって聞かれたら、とくにない。
「まさかここまでの体たらくとは。夢見がちな乙女だった去年のAOから、全く成長していないと見える。これでは首が冷えてしょうがない」
「未だ精神論しか口にできない有り様で申し訳ございません」
「4年というのは、長いようで短い。妄想も結構だが、何に対することでもいい――自分の意見を持て」
「はいっ!」
杏樹さんと聖さんは変われた、答えを見つけ出せた。なのに自分だけなにも成長できずにいることが腹ただしくなった。
みんなの力になりたい――それも大事だ。
けど、他人のこと以上に自分のことに打ち込まなかったら、女装してまで通う意味がない。
周囲に迷惑をかけている。それを肝に銘じて、もしもの場合には、夢を諦める覚悟をしておく必要があるのかもしれない。
学長の言葉は、緩みかけていたボクの気持ちを引き締めてくれた。
「ま、間に合ったっ……」
女子トイレの個室に駆け込み、すぐさまパンツを下ろしてスカートをたくし上げる。
学長の圧力にあてられて、膀胱が爆発寸前になるまで緩んでいた。
いますぐ杏樹さんを祝福したい気持ちはあるけど、生理現象には抗えない。さっさと済ませて、教室に戻ろうそれがいい。
「あふぅ……」
緊張から解き放たれたおしっこは勢いよく便器を叩きつける。
あまりの気持ちよさに全身がふにゃりと脱力し、一気に締まりのない表情へと変化する。我慢から解放されて自由になるっていうのはとてつもなく心地いい。
もし性別や女装のしがらみから解放されたら、いまと同じ気持ちになれるんだろうか。性別を偽らずに男として幼稚園教諭を目指すことができる自由――そんな夢を見てみたい。
いやいや、夢見るばかりでは意味がないと指摘されたばっかりじゃん。はぁ……なんでボクの頭はこうお花畑なんだろう。
現実から目を逸らしちゃう自分が嫌になる。
「はあぁ……」
ギギギ……。
「え?」
ドアが開く鈍い音がする。しかも、ボクがいる個室のドアから。
ドアの隙間から見えたのは、でかいおっぱい?
「あ、ごめっ……鍵がかかってなかったから、誰もいないって思って……」
「杏樹、さんっ……。どうしてトイレに? 皆さんとお話していたはずでは……!」
「そうなんだよ。発表中ずっとトイレに行きたくて我慢してたんだけど、発表が終わったら今度はみんなに囲まれちゃってさ。で、やっと抜け出すことができたんだけど。あ……久しぶりだね、マンモスさん」
「マンモスさん? あぁーこれはそのですね!?」
杏樹さんの頬に赤みがさす。さらに彼女の視線は、露出した股間に向いていて――。
あ、ああ、杏樹さんに性別がバレたあぁ!?
ちょっ、待って! なんで鍵がかかってないの!? もしかしてかけ忘れた!?
終わった。
鍵のかけ忘れで終わるボクのキャンパスライフ。そして、ボクの人生は終演を迎えた。
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