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2章第9話 不真面目な女の子に甘くなる女装乙女。

「恵唯ちゃん、あともうちょっとだよ……!」


「は、はいぃ……」


 2限が始まるまで残り1分。

 杏樹さんと手を繋ぎながら、廊下を駆け抜けていく。


 ストケシア寮からずっと走りっぱなしでボクの脚はもうパンパン。でも、杏樹さんがボクを引っ張ってくれているおかげで、幾分か楽をできている気がする。


 それにしても杏樹さんすごいなぁ。

 全く息切れしてないし、疲れているボクを励ましてくれたり、階段で躓きそうになったときは助けてくれるし。


 それに比べて男のボクは――はぁ……。


「到着っ! 間に合ったね」


「たしかこの講義は席自由でしたよね? 一番後ろの2席が空いているのでそこにしましょう。少し体を休めたいですし……」


「真面目な恵唯ちゃんが一番後ろの席を提案するなんて意外だなー。でも、それくらい疲れてるってことなんだよね? 面倒ごとに巻き込んじゃってごめんね?」


「疲労困憊であることは否定しませんけれど、これはわたくしが杏樹さんの力になりたいという自己満足からお手伝いしているだけです。杏樹さんの気にするところではありません」


「恵唯ちゃん……恵唯ちゃんは優しすぎ。わたし恵唯ちゃんがいないと生きていけない女の子にされちゃうよ。ありがとうね」


 杏樹さんがにっこり笑う。


 ボクとしては、杏樹さんに気を遣わせないために立ち回るつもりでいた、普段通りのボクを振る舞うつもりでいたんけど、やっぱり無理だった。


 昨晩オールして、やっとの思いで発表の準備を仕上げて、そのままのノリで今朝は34人分のお弁当を作り上げた。だから、身体から気力が抜けて、自分の思い通りに動かないのも当然といえば当然だった。


「恵唯、杏樹、もう少し余裕をもってきなさいよ。寮が大学の近くにあるんだから、なおさらね」


 後列に着席したボクと杏樹さんを見つけた聖さんは、筆記用具や参考書を手提げにまとめて、ボクの隣の席に移動してきた。


「ごめーん。ほら、今朝はみんなの分のお弁当を作ってたから、それで思ったより時間がかかっちゃって。1人分も2人分も変わらないっていうけど、限度があったみたい」


「当たり前じゃない。34人分を作るってどこのお弁当屋よ。もう……病み上がりなんだから、無茶はほどほどにしなさい」


「あー昨日のお休みは寝坊っていうか、ズル休みっていうか……えへへへ」


 説明しあぐねて、杏樹さんは笑顔で誤魔化す。

 聖さんは「なによ、こんなに心配させてといて……」と吐き出すも、杏樹さんの元気な姿を見れたことで口角が少し上がっていたの気のせいじゃないはず。


「まあ、元気ならいいわ」


 1日休んだだけの同級生を心配することができる。休み明けの同級生の元気な姿を見て安心することができる。聖さんは不器用なだけであって、友達想いのいい子だって再確認できた。




 やっぱりっていうなんというか――2限の講義中に杏樹さんが寝落ちした。


 たしかにボクにも睡魔が襲ってきて、いまにも寝ちゃいそうだけど、学生の本分を疎かにするのはどうかなって思うんだ。


「恵唯、杏樹を起こしてあげなさいよ」


「でも、昨日今日と寝てらっしゃらないので、寝てしまうのも仕方ないといいますか……この時間だけは休ませてあげてください」


 思っていたことと口に出した言葉があべこべになる。


 頑張っていた杏樹さんを思い出すと、厳しい対応ができなかったのかもしれない。幸い、いまは先生から出された課題を進める時間みたいだし、来週提出だからそれまでに済ませていたら大丈夫だと思う。


「昨日も休んだのによく庇おうなんて思えたわね。恵唯は、本当に杏樹にだけ甘い顔をするんだから」


「聖さんにもしたいのですけれど、いかんせん真面目な方ですから、してあげる隙がないのですよ」


 それに聖さんの性格上、他者に弱味を晒すことを嫌っている。だから、窮地に陥ってたとしても、甘えること、助けを乞うことはしないんだろう。


「実際の先生たちも不真面目な生徒ほど、手塩にかけて指導するものね。なんで真面目な生徒が割を食わなくちゃいけないのよ」


「あ……。わたくしも損をしていると思ったことがありまして、日本の学校教育は集団生活の意識が強いですよね? ですから、1人が悪さをすると連帯責任でほかの生徒も怒られるという……そのときは、真面目に学校生活を送っているわたくしたちの貴重な時間を返してほしいと思いました」


「真面目な者同士、思うことは同じね。でも、いまだけは不真面目な私になってしまうのだけれど……ま、時間を無駄にされたと思ったら、後ほど遠慮せずに言って。お詫びはするから」


「ひ、聖さん!?」


「しー。うるさくすると、杏樹が起きるじゃない。静かにしてなさい」


「そこは先生に気づかれてしまうことを気にしてください……っ、うぁ……」


 ボクの太ももに頭を置き、椅子と椅子を架け渡しにして横になる聖さん。

 膝枕されている聖さんは、机が壁になって先生の視界から見えなくなり、気分よく鼻歌を奏でていた。ボクはっていうと、スカートから露出した生脚に彼女の艶やかな髪が触れて、こそばゆさを我慢するので精一杯だった。


 って、ぁ――ボクの股間辺りで、頭を動かさないでっ……!


「ひ、聖さん、課題を進める時間なのですから、しっかり座って――」


「課題はもう終わっているの。だから、なにしてようが問題……はあるけれど、今日は不真面目な私でいるから、いいのよ」


「よくありませんからぁ……」


「ふぅ……あふぅ……恵唯の太もも、ぷにぷにしてて、気持ち、いい……」


 聖さんの紡ぐ言葉が途切れ途切れになって、虚ろだった瞳も完全に閉ざされた。ボクの膝枕で寝てちゃうって、聖さんも眠かったのかな……。


「はふぅ……可愛いなぁ、もう……」


 寝顔があまりにも可愛らしかったから、今日は多目に見ることにした。聖さんにはピアノを教わったご恩もあるし、これくらいのお返しなら、いくらでもしてあげたい


 煌びやかに舞った髪を整えてあげる。細くしなやかな、指通りのいい髪で、不覚にもずっと触っていたいと思ってしまう。気持ちいい。


 女装している身としては、どのメーカーのシャンプー、リンスを使っているのかってとても気になる。


「ぁ、んん……」


 生脚をくすぐる静かな寝息が甲高い声を出させた。

 なにこの生殺しな状況は……! 我慢するので精一杯で気が気じゃないよぉ……。


 でも、聖さんがボクに甘えてくれた。その事実がすごく嬉しかった。

 だって、ボクにだったら、弱味を見せてもいいっていうことだから。だから、聖さんに困ったことがあったら、今回の杏樹さんの件と同様に手助けしてあげたいな。

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