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2章第8話 完徹覚悟の夢見る乙女たち。

 夕方。

 1日のタイムテーブルを終えて、ストケシア寮に帰宅したボクは、杏樹さんのお部屋に直行した。


「ふぅ……」


 緊張した面持ちで、杏樹さんのお部屋の前に立つ。


 大丈夫。お節介だとしても、そう思われてからやめればいいんだ。

 それよりも必要されているのに、見て見ぬフリをして後悔する方が嫌だから。杏樹さんが落ち込んでいたら、慰めよう。杏樹さんが悩んでいたら、相談に乗ってあげよう。

 うん、いつも通りのお節介なボクらしくなってきた。


「いくよ」


 手を力強く握り、ドアを叩こうとする――。

 けど、その前にドアが開かれて、勢いよく開かれたドアとボクの拳がぶつかった。


「いたっ……!」


「え、なになに。め、恵唯ちゃん、大丈夫!?」


「大丈夫、です」


「でも、すごく赤いよ? あっ、そうだ……」


 赤くなった手の甲が、冷んやりとした柔らかい物体に包まれる。

 小さくてか細い、守ってあげたくなるような女の子の手。子どもの手にすごく似ている。


「わたくしの手を握って、なにをなさるのですか?」


「魔法の言葉を唱えるんだよ」


「魔法の言葉ですか?」


「そう――痛いの、痛いの、飛んでけっ」


 手の甲を撫で、子どもが怪我をした際に用いる言葉かけをボクにしてくれた。


「すごい……」


 魔法の言葉が痛みを癒していく。


「えへへ、すごいでしょ?」


「ええ、もう全く痛みを感じません」


「もっと褒めてくれてもいいんだよ? えへへへへ」


 いい意味で気持ち悪いほど機嫌が良くて、大学を休んだ人物とは思えない清々しい表情をしている杏樹さん。


 もう悩みを解消したんじゃあ……。あれ、ボク必要なかった感じ? ありえますね!


「わたし、アニメやマンガは魅力的なコンテンツだって知ってもらえるように頑張ってみようって思ったんだ」


 ありえました。


 杏樹さんのお部屋に招かれて、お菓子とりんごジュースをご馳走になる。


 杏樹さんのお部屋は、可愛い動物の人形たちに囲まれていた。さらに大半の家具がピンクカラーで占められていて、とても女の子らしいお部屋になっている。

 だけど、本棚にはマンガやライトノベル、収納ボックスにはCD類を入れるメディアケースやゲームカセットが入った大きな箱が綺麗に整頓されているため、本棚と収納ボックスがある一角とそれ以外とでは、全く別の人のお部屋なんじゃないかって錯覚してしまう。


 って、初めてお部屋に入れてもらったからって、ジロジロを見るのはよくない。

 うん、お話に集中集中。


「伝えたい内容は、考えてあるのですか?」


「もうバッチリ。今日1日使って、色々なことを調べたから。あとは文章にまとめるだけかな」


 神原楓さんが、図書館で杏樹さんを見かけたっていうのは、図書館でアニメやマンガに関することを調べていたからなんだね。


「なるほど……。どのように伝えるかはお決まりで?」


「全然なにも全く考えてなかったよ!」


「杏樹さん、そこはドヤ顔する場面ではないです。ふむ……」


「一番知ってもらえそうな方法は、みんなの前で発表することだよね」


「そうですね。ただ資料をまとめてるだけでは、みなさんに知ってもらうことはできませんから。杏樹さんにあった発表形式……。そうだ、紙芝居形式での発表はどうでしょう? 杏樹さんの得意な絵を最大限に活かせます」


「紙芝居形式?」


「画用紙にイラストと文章を載せて、それを見せながら発表するやり方です。パソコンのパワーポイントの代わりに画用紙を用いるというイメージですかね」


「わかりやすい。それでいこう!」


 深く悩むこともなく簡単に決まった。


 発表形式は手段であって、目的はアニメの魅力をみんなに伝えること。杏樹さんの中では、目的が達成できれば手段は問わないんだろう。


「わたくしにできることはありますか?」


「もち! 恵唯ちゃんは、わたしがまとめた文章に読みにくいところとか、変な表現がないかとか確認してもらっていい? あれば、直してくれていいから。わたしはその間にイラストを描いちゃうね」


「了解です。厳しくいきますからね」


 杏樹さんは机の引き出しから画用紙と色鉛筆を取り出し、作業を始める。


 用意周到なおかげで、買いに行く手間が省けたね。

 普段はあの画用紙に絵を描きこんでるんだろうな。その証拠に、机の上に美少女のイラストが描かれた画用紙が散乱していたし……すごく上手い。


「あ、あのね、見つめられると照れるんだけど……?」


「あぁ……! ごめんなさい。いますぐにやりますから!」


 ぺこっと謝罪。


 杏樹さんはまず鉛筆で下書きしてから、そこに黒ペンで縁取りをして、仕上げに色鉛筆で塗っていた。


 杏樹さんはいつになく真剣な顔でイラストを描いていく。

 それのに机に散乱したイラストが綺麗だったから見惚れていたなんて言い訳はできない。自分から手伝いをするって申し出たからにはやる。


 杏樹さんがまとめた文章を添削するよ!


「……。…………。ん……。んん……? これは大がかりな添削になりそうですね」


「大がかり……?」


「杏樹さんは、イラストの方に集中してください。わたくし頑張ります。頑張りマンモスですから」


「はーい」




「この赤ペンってなに?」


「修正した後ですね。誤字脱字と文章のねじれが多かったものですから」


 赤ペンで埋め尽くされた紙を見て、肩を落とす杏樹さん。


「勉強だめだめなわたしが文章を作れるはずないもんね。うん、わかってた」


「そんなことはありません。杏樹さんの気持ちがつまった素晴らしい文章だったと思います。杏樹さんの好き、という気持ちがよく伝わってきました」


「褒められてるんだよね……?」


「はい。しかし、大学生活を送る以上は、文章力の上達が必要ですね。このままでは、レポートで単位を落としてしまいます」


「今後頑張るから、今日は許してっ!」


「仕方がないですね、ふふふ」


「笑ってるように見えて、顔がぜんぜん笑ってないよね!? ちょっと怖いかも」


 笑顔が怖いって、少し傷つくなぁ。まあ、脅すような感じでわざとそういう微笑みを浮かべたんだけど……効果はあったみたい。


 ボクの黒い笑みにビクビクと震える杏樹さん。小動物のみたいで、とても可愛い。


「あ、あの……ね?」


「なんです、杏樹さん」


「せっかく作ったからには、発表したいじゃん?」


「したいですね。その前に完成させなくてはいけませんが」


「そ、そうだね、まだ完成してないね。でも、明日発表したいなーなんちゃってねんっ」


「ふぇ、明日ですか!?  時間や場所はどうするのですか? ここまでなさっているのですから、皆さんに聞いてもらった方が――」


「それはもう完璧っ! ほら」


 自信ありげにスマホの画面を見せられる。

 そこには、クラスのグループに「明日のお昼は、わたしがみんなの分のお弁当を作っていくね」と杏樹さんが送信していた。それに対してクラスメイトから、「マジか!? 無料で飯食わせてくれるとかありがてぇ」、「ご馳走になります」、「庶民のお弁当……うふふ、楽しみですわ」など、ノリのいい返事が届いていた。


「なるほど。これなら杏樹さんの振る舞うお弁当パーティーという名目で皆さんのお昼休みをいただいて、発表を聞いてもらうことができますね。それと場所は、3限で使う教室を確保すれば問題ありませんね。お昼休みが終わってそのまま3限の講義を行うことできますし。ふむ、たしかに完璧です」


「そゆこと。じゃあ……今日は徹夜どころかオールになる可能性も考えられるけど、発表の準備をして、みんなのお弁当を作るってことで。頑張るぞ!」


「「おー!」」


 笑顔で拳を空に掲げる杏樹さんに合わせて、大きく振りかぶって天に拳を放った。


 始めは励まそうと思っていただけなのに、発表の準備をして、みんなのお弁当を作ることになった。しかも、これらを明日の朝までに終わらせなくてはいけないんだ。そう考えるとすごく追い込まれているような気がする。

 でも、杏樹さんの前向きな気持ちが不可能を可能にしてくれそうな気持ちにさせてくれる。力を引き出してくれる。


「すごいな杏樹さんは」


 ――やはりボクは、笑顔を振りまく前向きな杏樹さんが一番大好きだって思った。

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