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2章第7話 迷える女装乙女。

 杏樹さんがお休みのため、今日の昼食は珍しく1人。


 もちろん杏樹さん手作りのお弁当がないわけで、購買で買ったパンをかじる。

 1人で昼食を食べることも、購買を利用することも、大学に通い始めてから初めての経験だけど、全くもって嬉しくない。


「寂しいですね……」


 独り言をぽつりと呟く。

 傍から見れたら、友達がいない寂しい女子大生なんだろうなあ……。杏樹さんという友達がいてよかった、ってしみじみ思う。


「1人だとやっぱり寂しい?」


 語りかけるみたいに優しい声かけ。


 顔をあげると神原(かみはら)(こずえ)さんと瓜二つの愛らしい顔が目に入る。でも、女性らしいグラマラスな体型と落ち着いた雰囲気が神原梢さんじゃないと告げている。


 べ、別に彼女の妹の神原梢さんが幼児体型だと言いたいわけじゃなくてですね……!


「……あ、楓さんでしたか」


「ふふ、途中まで梢と勘違いしていたね。双子だから……まあ、仕方がないことだけれど」


「楓さん、楓さん、楓さん、楓さん、楓さん」


 梢さんと大きく違う部位を見つめながら、楓さんの名前を5回口にする。


「なにかな、恵唯ちん」


「覚えました。完璧です」


「私の胸をじっと見ていたら、それは覚えるよね」


 神原(かみはら)(かえで)さんは、ふふと軽く微笑んで、その柔らかそうなお尻をボクの隣に落とした。胸の大きさに関しては僅差で杏樹さんに劣るけど、お尻はどちらも負けず劣らずの大きさ、ハリ、弾力を持っていると思う。

 いやいやいや、胸とかお尻とかピンク色な話はどうでもよくて……そういえば、


「梢さんは一緒ではないのですか?」


「梢? 梢は花代ちんとご飯を食べるみたいだ。昨日の調理実習で仲良くなったんだって?」


「はい、アニメのお話ができる同士を見つけたようで」


「そうか。梢は無邪気で誰にでも仲良くできるように見えて、本当に懐いているのは私や恵唯ちんくらいだったから不安だったんだ」


「そうなのですか? 誰にでも懐くものだとばかり……」


「それが人見知りをするんだよ。しかも、懐く対象はかなり限られている。もちろん、懐いていない相手でも、それを隠して上辺だけの付き合いをしているみたいだけれど」


「では、わたくしや鈴木さんはお話が合うということですかね」


「話の合う合わないは大事な要素になるだろうね。花代ちんは、梢が好む話題を持っているし。その点、アニメが好きな杏樹ちんにも懐くと思うよ」


「あれ……? でも、わたくしにはアニメなどのお話をする前から懐いていたような……?」


 それも子ども遊びの講義のときに、ほぼ初対面の状態で抱きつかれたような……?


「恵唯ちんには、梢を夢中にさせるなにかがあるんだろうね。屋敷に帰っても君の話をよくするから。君になら、安心して私の妹を預けられそうだ」


「どんなに懐いていたとしても、姉である楓さんには敵いませんよ」


 信頼されていることは嬉しく思うけど、その信頼を勝ち取ったのは女の子のわたくしであって、男のボクじゃない。もし神原梢さんを預けられて男だと発覚してしまったら、神原梢さんはもちろん、ボクを信頼して預けてくれた神原楓さんも傷つけることになる。


 だから、理由をつけて断った。

 決して、神原梢さんが嫌いなわけじゃない。それどころか友達として仲良くしていきたいと思っている。


「せっかちだったね。また、日をおいてお願いすることにするよ」


「また……? えっと、はい、わかりました」


「あ、そういえばね、」


 神原楓さんは思い出したみたいに話題を変える。


「そういえば?」


「図書館で調べものをしている杏樹ちんを見かけたよ」


「あら、今日は大学をお休みされているはずですけれど。午後から講義に参加するということでしょうか?」


「たぶん、それはないかな。本や書類を携えて、すぐに大学を後にしていたから」


「ふむ……」


「もしかすると、やりたいことのために動いているのかもね」


「やりたいことのため、ですか?」


「恵唯ちんはどうだい? やりたいことのためなら、苦労や手間を惜しまず行動できる?」


 どうのような意味で問いを投げたんだろうか。

 幼稚園教諭のためだったら、自分の社会的地位を捨てでも行動することができると断言する。

 でも、杏樹さんの問題について聞かれているんだったら――。


「いいえ。いま悩んでいることについては、行動できないかもしれません。本当に彼女のためになることなのか、余計なお世話ではないかと。もし失敗しようものなら、仲違いする可能性もありますから」


 友達のためだったら、ボクは苦労や手間を惜しまない。ただ杏樹さんにとっては、大学を休んでしまうレベルの問題で、ボク1人が力になれるかどうか。

 そういう風に迷い、行動に移せていない時点で、彼女の問いにはNoと答えるしかなかった。


「私は、王子様に窮地の状況を救ってもらえるなら、すごく嬉しいけどな」


「わたくしは、王子様のようななにに関しても完璧で、正解だけを選んでお姫様を助けることはできませんから」


「まあ、いま私たちが語る王子様は、創作物の王子様だからね。でも、恵唯ちんには、なににも縛られないモラトリアムがある。一度行動を間違えたくらいで、お姫様を救い出せなくなるわけじゃないよ」


「なににも縛られないモラトリアム……」


 大学を卒業するまでの自由な期間、か。

 大学を卒業してしまったら、社会に縛られた生活が待っている。それに比べれたら、自分のしたいことを好きにできる大学在学中は、社会人になるまでのモラトリアムといえる。


「だから、思い立ったら吉日。なにもないのなら、自分で行動を起こせばいいんじゃないかな」


「……まるで自分の言葉を聞いているようです」


 ゲーム大会の当日にあった女子トイレでの会話を思い出す。

 ボクも、聖さんに同じことを口にしてたなぁ……。


「ただ犯罪に関しては話は別だけれど」


「警察のお世話になる行動は遠慮したいですね」


 ボクが杏樹さんのために行動で失敗しても、何度だって挑戦できる。彼女に嫌われる行動をとったとしても、仲直りする期間がある。後ろ向きな考えをする前にまずは行動。

 神原楓さんの助言を受けて、なにを今更うじうじ悩んでいるんだろうって疑問に思った。聖さんのときは、自分から首を突っ込んで問題を解決しようとしていたのに。


 大学生活に慣れて、自分が行動したことによって発生するメリットとデメリットを考えられるようになったってことかな。

 ――いや、それも1つの要因だけど、いつも元気で、周りの人間に笑顔を振りまくあの杏樹さんが悩むほどの問題をボクなんかに解決できるはずがないって気持ちが大きな理由だったのかもしれない。


「あ、あの……。君には、ということは、楓さんにはモラトリアムがないということでしょうか?」


「察しがいいね。……なくはないかな。制限が多いせいか、モラトリアムがあるという実感が湧かないけれどね」


「理由を聞いてもいいでしょうか?」


「恵唯ちんが私の王子様になってくれるのかな? 随分と可愛らしい王子様だね」


「あ、申し訳ございません」


 お金持ちの家には、色々あるんだろうな。神原楓さんにとっては、聞かれたくないことだったと思うし、失礼だった。


「ふふ、ふふふ」


「その……怒ってらっしゃいます……?」


「ふふ、素直に可愛いと思っているんだ。だから、気にしないで。でも、悩む前に行動できている。いい傾向だ」


「そうでしょうか?」


「恵唯ちんは、解決能力が高いんだから、強引なくらいがちょうどいいよ」


 なぜ解決能力が高いと結論づけることができるのか。ボクが問題を解決する姿を見ていない限りは、そうは言い切れない。


 っていうことは――。


「トイレでの、わたくしと聖さんのやりとりを盗み聴きしてらっしゃいましたね」


「さっきの言葉は、恵唯ちんの受け売りだし、本人にはバレるよね。ごめんなさい、わざとではないんだ」


「構いませんよ。おかげで自分の言葉を思い出すことができましたから。他者にアドバイスをしておいて、自分ができないなんて恥ずかしいですし」


「ふふ、期待しているよ」


 意味ありげな含みのある笑み。

 神原楓さんは物腰の柔らかい落ち着いたイメージを持っていたけど、言葉を交えてみると不思議な娘だって感じた。

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