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2章第6話 友達のことで悩めよ女装乙女。

 次の日の朝。


「杏樹さん、朝ですよ。おはようございます、恵唯です。佐々宮恵唯でございます。本日もお日柄がよく、絶好の大学ライフ日和です。一緒に手を繋いで、仲良しカップルのごとし大学に行きましょう!」


 何度呼びかけても、杏樹さんが自室から出てくる気配はない。

 昨日の件とは関係なくて、ただ寝ているだけだって思いたい。けど、ボクのために準備してくれた一人前の朝食がテーブルに並べられていた時点で、杏樹さんは一度起きている。

 昼食のお弁当は見当たらなかったけど、作り忘れたのか、それともその余裕はなかったのか。前者は杏樹さんの性格上ありえるし、そうあってほしいと思う。


「二度寝なんてダラシないですね、倉賀野さん家の杏樹さんは。先に向かってます、急いで追いかけてくださいね。杏樹さんの足の速さなら間に合いますから」


 優しく語りかけるように促す。

 たぶん聞いてくれているはずだから。友達の言葉を無視するような娘ではないと信じて。


「今日が駄目でしたら、明日にしましょう! 明日は一緒に通学して、一緒に講義を受けて、一緒に帰宅して……夜は一緒に寝るのもいいですね。楽しかった1日の締めとして! だから、あまり気にしないでください。わたくしは、あなたの味方ですから」


 行きたくないんだったら、無理をする必要はない。ただ明日、または明後日は行きたい――そう思えたら、いまはそれで充分だ。




 先生の抑揚のない声と鉛筆が紙に擦れる音が教室を支配する日常的な風景。

 普段は隣から聴こえる杏樹さんの微かな寝息がないだけで、ボクにとっては日常から切り離された感覚に陥ってしまう。


「Ms.倉賀野は、お休みかしら?」


 前方にある白銀の髪がふわりとなびき、ボクの方へ振り返る。

 銀髪碧眼の彼女は、国内屈指の大金持ち――天上院グループのご令嬢、天上院(てんじょういん)(まい)さんだ。


「はい、今日はお休みするみたいです」


「昨日の件が原因ですわね」


「あ、はい、そうだと思います……」


「私、庶民の娯楽には疎いので、アニメオタクという存在が世間体でどのような評価をされているのかはわかりかねますけれど……周囲の目をあまり気にする必要はないですわ」


「どうしてです?」


「どうせ他の皆さんも庶民の娯楽には詳しくありませんもの」


「では、アニメオタクが子どもを襲うという噂が世間体で流れているとすれば……?」


「さきほどそのような噂を鵜呑みにする恥晒しがいらっしゃいましたわね」


「やはりいらっしゃるのですね……」


「嘆かわしい。根拠のない噂話ほど信じるに価しないものはありませんわ」


 この世界には、嘘が蔓延っている。その嘘を見極めることは難しくて、だからこそそれを信じちゃう人間がいる。

 でも、天上院舞さんはすべての噂を嘘と仮定する。これほど心強い味方はいないだろう。


「ですね。その噂を拭える根拠があれば、解決するのですけれど」


「難しいよねぇ……」


「西野村さん。やはり難しいですか」


 後列から会話に混ざる、肩にかからないくらいの短髪と褐色肌が特徴のボーイッシュな女の子。彼女は子ども遊びの講義で、運動が得意な杏樹さんといつも競り合っている西野村(にしのむら)沙彩(さあや)さんだ。大愚稀な身体能力とバレーボールで培った運動能力の高さは目を見張るものがある。

 そんな人と競り合う杏樹さんって……かなりすごい?


「あたしも、スポーツを題材にしたマンガを読んでるし? だから、変なイメージ持たれるのはちょっと嫌だなぁ……とは思うけど。解決法解決法ねぇ……」


「時間が経てば解決するでしょうけれど、早期解決に越したことはありませんし。Ms.倉賀野の気持ち次第ですわね」


「ああ、たしかに。あたしも舞さんと同意見かな、うん。あたしたちには、どうしようもない気がするし」


「ふむ……」


 なににしても杏樹さんがどうしたいかってことかぁ。一度、杏樹さんとお話をした方がいいよね……。


「天上院さん、西野村さん、ありがとうございました」


「いえいえ、こちらこそだよ、恵唯さん。なにかあれば手伝うからさぁ、いつでも頼ってよね。うちら友達じゃん?」


「友達……」


「なにその反応。友達じゃんかぁ」


「そうですね、友達ですね。ふふっ、西野村さんって頼りになりそうで、かっこいいです……」


「男らしいってよく指摘されちゃうからねぇ……はぁ、美少女に生まれたかったなぁ。恵唯さんが羨ましいや」


 女の子にかっこいいは禁句だったみたい……。でも西野村沙彩さんは、かっこよさと可愛さの両方を持ち合わせたボーイッシュな美少女だと思うけどな。


 天上院舞さんはっていうと、


「周囲の皆さんの対応に腹が立っただけですわ。愚痴を聞いていただいてありがとうございます、Ms.佐々宮」


「いいえ、愚痴だなんて……そんなことはありませんよ。わたくしの方からすれば、相談に乗っていただけて、とても助かりました」


「そう言っていただけると助かりますわ」


 これを最後の言葉に先生に視線を戻した。


 でも、どうやってこの件を切り出せばいいんだろう。

 どんなことにも前向きで、笑顔を絶やさない杏樹さんが悩んでいる。

 しかも、彼女にとっては、大学を休んでしまうほどの大きな問題ってことだし……。ボクが手を出していい問題なのかな? 嫌われたりしないかな……?

 じゃない。じゃない。まずはボクも講義に集中しなきゃ……。

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