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2章第4話 受け入れてもらえない夢見る乙女。

「なぁ、あんたたちに聞きたいことあるんだけど、ちょっと面借りていい?」


「お? お? あのことを聞くんすね!」


「なにかな、雲母ちゃん。お昼休みだし、全然大丈夫だよ」


 2限を終えてすぐのこと、厚化粧の2人組――大ヶ峰(おおがみね)雲母(きらら)とその舎弟(ごめんなさい。名前がわかりません。)がボクたちの座る机の前までやってきた。


「そのよ、うちの舎弟が偶然あんたらをアキバで見かけたらしく、何の目的があって行ったのか聞いて欲しいってうるせぇんだわ。コイツ黙らせるためにも教えてくんねえ?」


「うちはもちろん家電製品を買いに行ったっす。最近までアナログテレビで、やっと地デジに買い換えたっす」


 舎弟の疑問を代わりに大ヶ峰雲母さんが質問しているみたいだ。


 杏樹さんは、自分がアニメオタクだってことを隠していた。それは同じ寮で暮らすボクにもバレない限りは、打ち明けるつもりもなかったはずだ。

 けど、周りに知ってもらえる機会が訪れた。打ち明ける、打ち明けないの判断は彼女自身に委ねるべきだよね。


「お答えは、杏樹さんにお任せします」


「えーっと……ね」


「……」


「「……」」


 ボクは静かに見守る。

 この機会が杏樹さんの周囲の環境を変えることになることを信じて。


 大ヶ峰雲母さんとその舎弟も急かすことはしない。それくらい杏樹さんの纏う雰囲気が大事な決断をしている場面だってことが肌で感じ取れる。


「っと、アニメのグッズね……買いに行ったの。恵唯ちゃんはその付き添い。わたしがアニメが大好きで、アニメオタクっていうのかな? たぶん……」


 自分の趣味をはっきり伝えながらも、ボクを庇うような配慮もしてくれる。杏樹さんは、強固な精神を持った、心優しい人だ。


 しかし、その杏樹さんの人柄を覆すほどのイメージがみんなに根づいているわけで――。


「アニオタってやつっすね! あ! でーもーアニメとマンガの違いがわからないんすけど、そのどっちかの話を真似して犯罪に及んだってニュース最近ありましたよね」


「あっ……たね」


「それになんでしたっけ? アニメかなんかのせいで子どもを襲うロリコンが増えてるっていう」


「そういう、人もいる……よね」


「もしかしてロリコンってやつじゃないっすよね? そんな人が幼稚園教諭って恐ろしすぎっす」


「言いすぎだ馬鹿」


「あぎょーん。んへへ、痛いっす、へへっ」


 舎弟の脇腹を殴る大ヶ峰雲母さん。反応からして本気で殴ったわけではないみたいだけど。


「雲母さんはアニメオタクのことどう思う……?」


「アニオタの誰もが犯罪者じゃないってのはわかってる。あんたがそういう人間じゃないってぇのも。でも、ま、いいイメージはないわな」


 2人の何気ない言葉が杏樹さんの心を抉っていく。

 大ヶ峰雲母さんはオブラートに包んで言ってくれるけど、その舎弟は悪気がないとはいっても思ったことをそのまま口にしているから余計タチが悪い。


「邪魔した。いくぞ、飯だ飯」


「うぃ。あ、ただ気になって質問しただけなんで、あんまり気にしなくていいっすよね」


「なんでその配慮をアニオタ云々のときにできねぇんだ。馬鹿」


「あぎょーん。んへへへっ」


 そんな愉快な会話を交わしながら、厚化粧の2人が離れていった。


「杏樹さん?」


「……」


 杏樹さんに目を向ける。

 暗い表情をし、目線は床に釘づけだった。目に見えて落ち込んでいる。


「大丈夫ですか……?」


「……ん。まあ、わかってたことだから、大丈夫っ」


「本当に?」


「も、もちろん……。こういう意見をポジティブに受けとめることで、わたしは成長できるんだ!」


 拳をぎゅっと握りしめて、喝を入れた杏樹さんだったけど、落ち込んでいるのは明白。それでも、彼女たちは、杏樹さん本人にじゃなくて、アニメオタクに悪い印象を抱いていただけ。杏樹さんがアニメが好きだからってだけで、いじめに繋がることもなさそうだ。




 3限の心理学。


 隣に座る杏樹さんはさっきの会話を忘れるみたいに真面目な表情でプリントの空欄を埋めていく。埋めているけど、書いては消して、書いては消してを繰り返している。

 先生の指示通りに空欄を埋めるだけの作業なんだけど、なにをそこまで消しゴムを使う必要があるんだろう。

 気になって、杏樹さんのプリントを覗き込む。


「……」


「……。……違う」


 黙々と書いては消してを繰り返しているから、ボクの視線には気づいていない。


「なるほど……」


 杏樹さんは、アニメのメリット、デメリットを書き出していたんだ。

 ポジティブに受けとめた結果、アニメの有意性を考察する機会を得たみたい。でも、それを講義中に行うのは言語道断。講義中は、先生の言葉に集中するべきじゃないかなぁ。


 つつん。肩と肩を接触させ、こちらに気を引いてもらう。


「杏樹さん、少しよろしいでしょうか?」


「はぅ……!? あー恵唯ちゃんか、びっくりしたぁ……。どうしたの?」


「驚かれるほど、夢中になっていらしたのですね」


「まあね。さっきのことが頭から離れなくて、だから悩むくらいなら考えてみよう! と思ってさ」


「実に杏樹さんらしい前向きな行動です。しかし、講義の最中です。講義に集中するべきではありませんか?」


「たしかに」


「くふっ、真顔はやめてください。吹き出してしまいます」


「もう吹き出してるよね!? 手で上品に隠してもバレバレだから」


 真面目な表情から急に真顔に変化したから、つい不意打ちで笑っちゃう。


「あーもう! わたし1つのことに集中すると周りが見えなくなるんだよね。はぁ……悪い癖だ……」


「いいえ、それは短所かもしれませんが、時と場合を選べれば長所にもなりえますよ。まあ、わたくしも同じようなことがありますし、そう思いたいだけかもしれませんが」


「うん、悪い癖でも時と場合を選べるようにします……」


 書き出していたものをすべて消して、杏樹さんは先生の言葉に耳を傾けた。


 そのときだ――。


「エー、低年齢であればあるほど、子どもはアニメやマンガの影響を受けやすいです。そのため、エー……アニメやマンガの真似をして事故が起きる場合があります。さらに、エー……アニメやマンガに誘発され攻撃的な言動をとって、他の子どもを怪我させてしまうなんてこともあります。エーアニメやマンガは、時として子どもたちに悪影響を及ぼすということですね」


 杏樹さんに追い打ちをかける事実。

 大ヶ峰雲母さんやその舎弟、心理学の先生――だれも悪意を持って口にしているわけじゃない。でも、悪意のない言葉でも、1人の人間を傷つけるには充分すぎる。

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