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1章第1話 女子大に入学せよ女装乙女。 ☆

「ついにこの日がきた」


 今日は清白女子大学すずしろじょしだいがくの入学式。

 父さんと母さんは仕事の都合で入学式に参加できないらしいけど、息子の晴れ姿を拝めないことに残念がってないかな。


「しばらく帰って来ないと思うと寂しいな。いまのうちに我が子のニーハイに頰ずりでもしておこうかね〜」


「次に帰ってくるときにはきっと彼女も連れてくるはずだわ。それも綺麗で可愛くて、大金持ちのご令嬢よ! 玉の輿、はい!」


「玉の輿しかねーよな! はい、玉の輿!」


「玉の輿よおぉぉ……!」


 当の本人を置き去りにして大はしゃぎ。残念がるなんて心配は、杞憂に終わった。


 ボクが女装してでも清白女子大学に通いたいと決心できたのは、両親の変態力と妄想力の遺伝によるものかもしれないって考えると悲しくなる。でも、両親の遺伝子のおかげで、女装することを閃いたって考えたら、2人に感謝しなくちゃいけない。


「彼女なんて連れて来れるはずないでしょ? 一応、ボクは女の子として通うんだから。あと父さんに嗅がせるニーハイはないよ」


「女の子同士でも問題ないっていってくれる大金持ちがいるかもしれないし? 女子大なんだから」


「大金持ち限定なんだね。どれだけお金が欲しいの母さんは」


「幼稚園教諭の給料はやっすいんだからよ、幼稚園を経営してる家に嫁ぐきゃねーべ。それにIPS細胞で同性でも、子どもを作れるだろー?」


 父さんまで……。

 この両親は、ボクがなにを目的に清白女子大学に行くのか忘れてるね、絶対。


「ボケに付き合うのも疲れたよ……。ボク、もう行く。行ってきます」


「ほいほい。あ、荷物は寮に持って行っとくから、お前は安心して入学式に行ってきな」


「恵唯、礼儀作法をしっかりね。でないと、大金持ちが、」


 ――っていうのが、2時間前にあった家でのできごと。


「ふぅ……」

 

 静かな吐息が漏れる。


 ホテルの小ホールを借りて開催される清白女子大学の入学式。200人は入場できる小ホールは、未だ空席が目立つ。

 

 いやね、ボクの隣も空席で心細いんだけどね。女の子ばっかりだし、緊張するし、友達ができるのか不安だし……。

 考えれば考えるほど負の連鎖は止まらない。意識を別に向けよう。


「んー……」


 ふと、 通路を挟んで反対側に座る女の子の集団の声が耳に入る。


「なにあのレベルの高い美少女! 可愛い! ねえ、可愛くない!?」


 ボクの方を向いて、お話をしているみたいだけど。


「あのショートポニーテール、呼吸のたびに小さく揺れてて可愛くない? それにあの控えめな胸っ!」


「控えめだけど、だからこそ愛しく感じるよね。母性本能をくすぐるみたいな」


「「「わかる。わかる」」」


「目の下にある泣きぼくろは、可愛さよりも大人しく真面目な印象を引き出していて好きですわ。吸い寄せられそうで」


「あたしは、透明感のあるキメの整った肌にびびっときたよ! しかも、化粧を全くしてない娘って清楚なイメージがあるから、絶対男の子からモテるタイプだよね」


 たぶん彼女たちは、ボクの容姿を褒めてくれてるんだろう。

 手で口元を抑え、小声で会話しているつもりなんだと思うけど、こちらまで聞こえてくる。


 ボクというこの場にそぐわない存在が不自然に映らないのは嬉しいけど、そこまで女の子としての部分を褒められると少し複雑だなぁ。


「隣いいかな?」


「は、はい!」


 自分にかけられた言葉だと認識した瞬間には、返事をしていた。


 緊張しないでボク! 相手は女の子だけど、同じ人間なんだから。これくらいで緊張していたら、大学生活を謳歌することができない。大学に通っていれば、必然的に女の子と話す機会が訪れるわけだし……。

 すぐ落ち着きを取り戻し、入学式を始まるのをじっと待つ。


「あ、あのー……子ども学部の1年生だよね? って、ここにいるんだから聞くまでもないかぁ。わたしは倉賀野(くらがの) 杏樹(あんじゅ)っていいます。よろしくね」


「あ、く、倉賀野さんですね。わたくしは――」


 自己紹介されたら、名乗り返すのが礼儀――そのために倉賀野さんに目を合わせたんだけど、


「…………」


 時が止まったように、彼女の魅力に目を奪われた。


挿絵(By みてみん)


 潤いのあるぷるぷる唇。瞳はぱっちりとしていて、笑顔は愛らしく爽やかなイメージを与えてくれる。ウェーブがかかったミディアムヘアーは、触って癒されたいと思わせるほど、ふわふわっとした質感。

 素直に可愛い女の子だな、って思った。

 とくに目を惹くのは、両手に収まりきらない大きな胸。母性力の塊って例えていいかもしれない。

 男だったら、一度は――いけない。男としての本能は抑えなきゃ。


「どうかしたの? もしかして具合が悪いとか!? 係員さん呼ぶから、少し待ってて」


「い、いいえ、ご心配なく。わたくしは健康体ですから!」


「そう……なの? きみがそういうんだったら……」


 未だに心配してくれる倉賀野さん。

 自己紹介をしっかり決めたら、安心してくれるんだろうか。


「申し遅れました。わたくしは、佐々宮(ささみや) 恵唯(めい)と申します。これからよろしくお願いいたします」


「こ、こちらこそ! 礼儀が正しいっていうか、そこまですると固苦しく感じるよね……」


「そ、そうですか!?」


 自己紹介のあとに、深々とお辞儀をしたのは失敗だったかもしれない。これだと距離を感じられちゃうかも。


「固苦しいけど、恵唯ちゃんがいい家の娘ってことはよくわかったよ。でも、慣れてきたら、敬語をなくしてくれるとうれしいな」


「ぜ、善処させていただきます。……あ、ではなくて――うぁ、じゃなくて!」


「ふっ……あはは、すぐ実行してくれるなんて、優しいんだね。気長に待つから、急がなくてもいいんだよ? さすがに仲良くなっても、敬語のままなのは嫌だけどね」


「倉賀野さんもお優しいですよ。では、慣れるまでは敬語で」


「それ! 苗字呼びだけは絶対に嫌だなぁ……。どこか他人行儀な気がするし」


 敬語はよくて、苗字は駄目なんだね。女の子は知り合ったばかっりでも名前で呼ぶみたいだし、その距離感が当たり前なのかな?

 ここは彼女たちのテリトリー。ルールに従った方がいいよね。でも、ほかの人からは馴れ馴れしいって思われちゃうかもしれないし、様子を見て人によって変えていこう。


「4年間よろしくお願いします、杏樹さん」


「うんっ、こちらこそだよ、恵唯ちゃん」


「…………」


 話がひと段落したところで、ホールの照明が落ちていく。

 いよいよ入学式が始まる。


「――失礼」


「はい、どうぞ」


 入学式開始直後、髪の長い女の子がボクの隣に着席する。

 杏珠さんとの会話で女の子への耐性がついたみたいで、自然に対応することができた。女の子2人に挟まれても、無問題(モーマンタイ)

 でも、手入れが行き届いた艶のあるロングストレートの黒髪に目を惹かれちゃってたは秘密です。


 ……。

 …………。


 なにが問題なしだあぁぁぁぁぁっ!

 下半身に当たる杏樹さんのぷっくりと膨らんだお尻と、髪の長い女の子から漂う柑橘の香りが、集中力を削いでいく。

 杏樹さんのお尻から逃げるために髪の長い女の子の方に寄ったら、甘い香りの餌食になる。逆に杏樹さんの方に寄っても、大きくて、それでいて柔らかいお尻の虜になる。


「あうぅ、どうしようもないね……」


 入学式中にいやらしい妄想全開で、これから大学生活を謳歌できるのか不安になる。


 一度、体勢を立て直したいところだけど、


「清白女子大学子ども学部。新入生、起立!」


「「「「「はいっ!」」」」」


 返事とともに一斉に立ち上がる新入生たち。


 チャンスだ。次に着席するときには、両側に配慮して座ろう。


「新入生代表挨拶。代表――」


挿絵(By みてみん)


 入学式での代表者は、試験で最高成績を叩き出した者が務める。

 清白女子大学はAOと推薦でしか募集してないから、その代表者は高校から持ち寄った成績とピアノ、小論文、集団面接の合計点の結果で決まる。


「全部、完璧にできちゃう人ってことだよね。純粋にすごいと思うなあ……」


 ボクも杏樹さんと同じ気持ちだ。正直、感心する。


「……鴫野(しきの) (ひじり)


「はい」


 自分の周囲で聞こえた返事――っていうより耳元で聞こえたような……。通路側を見ると、髪の長い女の子がいない……?


「もしかして……」


 壇上で、学長と対峙する鴫野聖さん。

 後ろ姿ではあるけど、腰まで伸びた黒髪が特徴的な女の子。やっぱり隣にいた髪の長い女の子だ。女の子にしては高身長な――ボクよりも少し高い気がする。

 いや、別に嫉妬してるわけじゃないよ!? 羨ましいとは思うけど……。


「桜の満開が春の訪れ感じさせるよき日に、私たち34名は清白女子大学の一年生として入学式を迎えることができました。新しい環境での生活は、多くの希望――」


 アンプ越しではあるけど、はっきりと聞こえるアルトボイス。


「私たちは、幼児の気持ちを理解できる幼稚園教諭を目指して――」


 緊張感が漂う会場に気負わない堂々とした立ち姿。


「びっくりしたね。あんなに綺麗で、成績もいいなんて。立っている姿勢もすごくぴんとしてるし」


「現実にあのような方がいらっしゃるのですね。彼女の言動からは育ちの良さが伺えますね」


「陰口かしら?」


「あ……ひ、聖さん」


 いつの間にか戻ってきていた聖さん。本人のいないところで、話していたせいで誤解させちゃったみたいだ。


「陰口じゃないよ。聖ちゃんって、すごいよねーって話をしてたの」


「そのきめ細やかな髪。日々怠らずに手入れされていますよね。わたくしも見習いたいです」


 乙女の園に侵入する以上、真似たいって思った。女の子になりきるには、内面はもちろんだけど、目に見える外見の身嗜みにも気を使うべきだから。


「そう」


 聖さんは、どうでもいいと吐き捨てるようにボクたちから視線を外した。


「ふむ……」


 間近で見ると――顔のパーツが整ってて、黒く澄んだ瞳に関してはやや目じりが上がっている気はするけど、黒髪とともに可憐で清楚な印象を受ける。容姿端麗は彼女のために作られた言葉じゃないかって勘違いするくらい美人だ。


「何? 私の顔をじっと見つめて。サークル紹介の真っ最中よ」


「サークル、紹介……?」


 ホール全体に響き渡る太鼓の音。

 サークル紹介ということは、太鼓を使うサークルが演奏を披露しているんだろう。指摘されるまで、まったく気づかなかった。


「それで私に何の用? 理由もなしに人を見つめていたなんて言わないわよね。はっきり言って不愉快よ」


 お、怒っている?

 これは嘘でも理由をいった方がいいよね。これから同じ大学に通う同級生になるわけだし。


「聖さんは、どこのサークルに入るのかなと思いまして……」


「わたしも知りたい! せっかく知り合えたんだから、同じサークルに入りたいよね。太鼓サークルも悪くなさそうだし、その前のボランティアサークルやアウトドアサークルも楽しそうだよ!」


 ボクが聖さんに気を取られている隙に、入学式と2つのサークル紹介が終わっていたみたい。


 おっ、次はラクロスサークルだ。スティックを持った数名の女子学生が壇上に上がる。


「運動系のサークルもあるのですね」


「たしかラクロスサークル以外には、フットサルサークルしかなかったはずだよ。まあ、ラクロスとフットサルは女の子たちの間でも人気だからね、勉強の息抜きに遊ぶ人が多いのかも」


「なるほど……」


「正直、興味がない。サークルのために、この大学に入学したわけではないのだから」


「でも、先輩たちと仲良くなるチャンスだし……仲良くなれたら、試験のこととか教えてくれるかもしれないし。恵唯ちゃんはどう?」


 杏樹さんがいったのは、サークルに所属するメリット。

 しかし、ボクからしたら性別を隠さなちゃいけない関係上、デメリットの方が大きい。その理由は、交友関係を広げ過ぎると後々面倒になりそうだから。できるだけ顔見知りは最小限に留めたい。


「大学に慣れようという気持ちでいっぱいいっぱいで……まだそこまで気が回りません。でも、2人と友達になれたことで、だいぶ楽になりました。大学生活を頑張れそうです!」


「わたしも初日から、友達ができてよかったよ! うっはー……明日が楽しみだっ」


「私は別に。友達になったつもりはないわ」


「えー友達だよぉ」


「あなたたちが勝手に友達扱いするなら、それでも構わない。それくらいは認めてあげるわ」


 距離を作るような素っ気ない態度。でも、口から出た言葉は本心ではないような、孕んでいた不安が掻き消えたような――安心しきった表情を聖さんは浮かべていた。


「じゃあ、わたくしたちは今日から友達ですね。これから仲良くしていきましょう」


 それは杏樹さんも――。

 女装という枷を抱えるボクも同じで――。

 これから始まる大学生活に夢と希望を抱くことができた。




 すべてのタイムテーブルを終えて、小ホールをあとにするボクたち3人。外に出る人の混雑が緩和するまで待機していたから、簡単に抜け出せた。


 ボクは、このまま電車で寮に直行するけど、2人はどうなんだろう。


「あの」


「――えっと」


 考えていたことを尋ねようとすると、不意に紡がれた聖さんの言葉。


「なにかな、聖ちゃん」


「……」


 いいあぐねてるのか黙り込んでしまう。

 ボクの台詞を遮ったことで、先に言うか、それとも譲るか――そんな些細なことに頭を悩ませてるのかもしれない。会話をしていたら、いつでも起こることだし、変なことに気を回さなくてもいいのに。


「あまり大したことでもないので、聖さんからどうぞ」


「ありがと。私、迎えの車を待たせているの。だから、今日はここでお別れよ」


「そっか……まだまだお話したかったけど、仕方ないね。じゃあ、またね、聖ちゃん!」


「また大学でお会いしましょう?」


「ええ。め、恵唯……とあ、あん――杏樹。さようなら……ね?」


 杏樹はダイナミックに、ボクと聖さんはぎこちなく手を振り合った。

 聖さんの横顔が少し赤く照れてたのは、見間違いなのかな。まあ、ボクも人のことを言えないくらい、赤面してるし、詮索はやめとこう。


「電車ですよね? では、駅まで参りましょうか」


「むむ……」


 返事はなかったけど、杏樹さんの歩みは駅を向いていた。ボクもそれについていく。


「杏樹さんは、どちらの方まで乗られるのですか?」


「うーん……」


「あ、ごめんなさい。まだ知りあったばかりだというのに。いまのはプライバシーの侵害ですよね……」


「知りあったばかりじゃないよ。友達! えっとね、どこまで乗るんだったかなーって。大学がある最寄り駅なんだけど」


「大学というのは、清白大学のことですか? ということは、降りる駅は一緒ですね」


「恵唯ちゃんは、大学まで徒歩で通うの?」


「大学が運営している寮を借りているので、そこから通います」


「わたしもなの! 地元が長野県だから、毎日通うには遠くて。だから、お母さんに無理をいって、寮に住むことにしたの」


「ぇ」


 たしか寮に住む人は、ボク以外いなかったんじゃあ……。


 一昔前までは、地方から来た生徒が住んでいたストケシア寮。けど、いまはお金をかけてまで、幼稚園教諭の資格を取得する需要がないために在籍人数は0名。今年度、ボクが入学して1名になるという認識だった。

 もしかしたら、ほかにも寮があるのかな。


「奇遇ですね。わたくしも今日から、寮住まいなのです。ちなみに杏樹さんが暮らす寮のお名前は……?」


「たしかね、ストケシア寮って名前だったかな」


「がーん……」


 詰みました。

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