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2章第3話 胸のお話で盛り上がる夢見る乙女たち。

 ゴールデンウィークが明けて、今日からキャンパスライフが再開となる。


 自分の女装姿を鏡でチェック――。

 白を基調とした清楚なワンピースよし。腕の露出を避けるアームカーバーよし。少し太めの脚を引き締めるニーソックスよし。黒髪を一房に結ったポニーテールよし。白い肌を守る日焼け止めよし。

 身だしなみは完璧。どこからどう見ても女の子だ。


「恵唯ちゃん、準備できた?」


「ええ、いま終えました」


 豊満な胸と肉付きが妖艶さを醸し出す美少女。

 杏樹さんの今日のファッションは――胸元の谷間が見え隠れする襟ぐりの広いリボンブラウスとふとももの肉感が強調されるホットパンツからは、爽やかさの中に大人の色気が感じられる。

 杏樹さんも準備完了みたい。

 

 寮に鍵をかけ、大学に続く通学路を進む。


「久しぶりの大学だね」


「ゴールデンウィークでお休みでしたからね。どうでしたか、ゴールデンウィークは」


「なんだろう……。ゲーム大会で子どもと交流する機会をもらって、はじめてわたしは幼稚園教諭を養成する大学に通ってるんだって実感したかな」


「なにも知らない状態で触れ合うのと、知識を踏まえて子どもと触れ合うのとでは、心構えといいますか……着目する点が違いますよね。それを感じるためにも、子どもと触れ合う機会はとても貴重でした」


 学長から出された課題があったからこそ、聖さんは子どもとの関わり方について思考を深めることができた。それによって、子どもや幼稚園教諭に対する思想は大きく変化したと思う。彼女の口から聞けた「幼稚園教諭の魅力を教えてくれてありがとう」がなによりの証拠だ。


「あとはねーやっぱり昨日の秋葉原デートだよね。あれ、すごく楽しかった。高校のときは、一緒に秋葉原に行くのもそうだけど、趣味のお話ができる友達もいなかったからさ。大学でも無理だろうなって諦めてたし」


「通っている学部が学部だけに厳しいかもしれません」


「それにこの大学って生粋のお嬢様がばっかりでしょ? 梢ちゃんと楓ちゃん、舞ちゃんとか……あとは雲母ちゃんもかな」


「名前で言われても……すみません」


「フルネームはたしか……神原(かみはら)(かえで)神原(かみはら)(こずえ)天上院(てんじょういん)(まい)大ヶ峰(おおがみね)雲母(きらら)だったかな」


 顔と名前は一致しないけど、そのような名前のクラスメイトがいたことは思い出せる。


「ふむ、そうですね。お嬢さまというのは、庶民の娯楽――アニメカルチャーに疎いイメージはあります」


「そゆことっ!」


「うーむ、猫を被ることはこの際、仕方がありません。受容してくれる人、くれない人がいるのですから。しかし、本来の自分を理解してくれる人を見極める必要がありますね。猫を被ったまま生活していては、息が詰まってしまいます」


 ボクの猫被りは、もちろん例外。女装してまで女子大学に通う変態を受け入れてくれる人がいるとしたら、非常識な人間、はたまたボクの中身を好いてくれる人間のどっちかだと思う。


「恵唯ちゃんがお話相手になってくれるなら、しばらくはそれで充分。それに隠す必要もなくなったから寮の大きなテレビでアニメ見放題。恵唯ちゃんも一緒に見てくれる?」


「拙い知識しか持ち得ていないにわかでもよければ」


「卑下しすぎ。まあ、最初は寛容な恵唯ちゃんで慣らしていって、最終的には――」


「趣味のお話ができる友達が増えるといいですね。杏樹さんはコミュ力が高いですし、余裕のよっちゃんだと思いますけど」


「あーあはは、うん。気温を下げてくれてありがとう」


 苦笑を浮かばせて、自身の両肩を抱き締める杏樹さん。夏のようなジメジメした暑さの中、彼女の周りにだけに銀色世界が訪れたみたいだ。

 杏樹さん寒がる演技上手いなー。いや、うん。ごめんなさい。


「そのボケ、子どもになら受けたかもね。恵唯って子どもに関することにステータス全振りよね」


「あ、おっはよー聖ちゃん」


「おはようございます、聖さん」


 キャンパスの中に入っていくと、艶やかな黒髪の美人がボクたちの隣に加わる。

 胸の部分が膨らんだように見える水色のYシャツに、タイトスカートからすらりと伸びる脚線美。聖さんのファッションからは、全体的に清純な大人を連想させる。


「子どもに関することにステータス全振りは、褒め言葉として受け取っていいのですか? それともそれ以外はからっきしという悪口ですか!?」


「想像に任せるわ。ふふん」


「前者でお願いいたします、聖さん……」


「だめだめな自分を受け入れられなかったんだね、恵唯ちゃん。不憫な娘」


「お勉強がだめだめな杏樹さんには、言われたくありませんでしたー」


「なにをー」


「なんですかー」


「はい、茶番はそこまでよ」


「そうは問屋が卸さないっ」


「なにか言ったかしら?」


「あぅ……」


 聖さんのややつり上がった鋭い瞳が、杏樹さんを怯ませる。


「茶番は終わり。私が話を振っておいてなんだけれど、あの言葉だけで夫婦漫才ができるなんてどれだけ仲良くなのよ……」


「スーパー仲良しだよ。ね? ゴールドウィークはデートもしたし」


 腰に腕を絡めて抱きついてくる杏樹さん。背中にのしかかってくる柔らかい重みに顔がにやけちゃうよ……。


「う、離れて……。デートではなくて、ただのお出かけでしたから」


「聖ちゃんの前だからって照れなくても、いいんだよ」


 杏樹さんからしたら、女の子同士の軽いスキンシップかもしれないけど、ボク男だから! ううん、女の子同士でも、これは変な気持ちを抱くよ……。だって、女の子の中でもとくに大きくて、ハリの柔らかさも一級品の魅力的な胸なんだもん。杏樹さんにはそれは自覚して欲しいな。


「ふふ、馬鹿ね杏樹。胸を押しつけた程度で、恵唯は籠絡できないわ。恵唯と私は貧乳同盟なのよ」


「いつ結成したのですか!?」


「一番最初の講義で杏樹が爆睡していたときよ」


「あ、あー」


 聖さんが小さい胸のことを気にしていたため、ボクも貧乳であることをコンプレックスにして会話に乗っかったあれか。たしかに「なら打倒、巨乳ね。互いに頑張りましょう?」と聖さんは口にしていたけど、それが貧乳同盟の結成理由になるなんて。


「わたしも混ぜてもらっていいかな?」


「あなたのたわわに実った胸のどこが貧乳なのよ!?」


「だって、1人だけハブられるのは嫌だし……」


「だからってその胸を認めるわけにはいかないわ。削ぐか、貧しい者にわけるかしてからになさい」


「そんなぁ〜……聖ちゃんのけちん坊っ」


「あなたが大きい胸をぶら下げているのが悪いのよ」


 朝からどうでもいい話で盛り上がる杏樹さんと聖さん。もう2人のやりとりが漫才のそれじゃないかな。

 運動遊びのときにも薄々思ってはいたけど、女の子しかいない学び舎とはいっても、女の子が胸の話をしているのはなぜか受け入れにくい……。

 っていうか、女の子に抱いていたイメージが崩れた……。


「まあ、こちらが勝手な印象を受けているだけで、彼女たちにとっては当たり前のことなのでしょうね」


 ステレオタイプのままでは、気づけない。相手の土俵に足を踏み入れたからこそ気づけることもある。その一歩を踏み出すことを難しいんだと痛切に感じる。

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