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2章第1話 女性専用車両に乗車する女装乙女。 ☆

挿絵(By みてみん)


 ピアノの実技テストは合格。すずしろキッズゲームたーいーかーいぃーは子どもたちに惜しまれながら閉幕し、学長のレポートも提出できた。

 これで晴れて自由の身になってゴールデンウィークを過ごすことができる。


 猛暑日となった子どもの日。日本の季節が夏と冬だけになったんじゃないかって感じちゃうくらいの暑さだ。ストケシア寮のリビングにエアコンが設置されていることが唯一の救いだ。


 ふかふかソファで快適に過ごしていると、急いだ様子の杏樹さんが2階から駆け下りてくる。


「いま何時!」


「9時半ですけれど」


「あーヤバいよヤバいよ。着替えなきゃ!」


 何か用事でもあったんだろうか。休日だからと起こさなかったことが裏目に出ちゃったかな。


「あ、杏樹さんっ!?」


 ネグリジェを脱ぎ捨て、下着姿でリビングをうろつく杏樹さん。

 どんなに急いでいたとしても、女性の尊厳を捨てちゃいけないと思う。だから、早く服を着ようね。ボクも男の子だからさ、対応に困るよ……。

 杏樹さんが私服を着用するまで、顔をソファに埋める。


 それから5分。

 杏樹さんがお出かけの支度をしていたので、ボクもそれに釣られて理由もなく準備してしまう。

 まあ、寮で過ごすだけのゴールデンウィークだと味気ないし、1日くらいはお出かけしたいよね。


「お邪魔にならないようにしますから、ご同行してもいいでしょうか?」


「えっ」


 露骨に困るという表情をする杏樹さん。

 嫌なんだね。顔が引きつってるし、駄目オーラを全身から放ってるんだもん。


「もしかしてなのですけど、彼氏とデートだったりします……?」


「なんでそうなるかなぁ!? 限定グッズを買いに行くだけだよ」


「限定グッズですか?」


「そう! 今期の覇権ミラクル幼稚園の限定グッズなんだけど秋葉原でしか販売されなくて、とくにわたしが狙ってるのはあんちゃんとひーちゃんとめーちゃんのキーホルダーあ……」


 高速で再生された日本語に似て非なる言語が停止する。


 たぶん大人になってまでアニメが好きなんだと冷やかされるって思ったんだろうな。

 でも、ボクには、そんな偏見はないから安心してほしい。それにミラクル幼稚園は、漫画であれば読んだことがある。


「とても素敵な作品ですよね。わたくしも好きですよ。あの作品に登場する男性の幼稚園教諭はわたくしの尊敬する人物ですし」


「わかるわかるよ。フツメンなんだけど、すっごく優しくて園児から慕われてる、理想の幼稚園教諭だよね」


「ふふ、よくご存知で」


「あのさ、恵唯ちゃん。恵唯ちゃんは……わたしとお出かけしたいんだよね?」


 趣味の話ができる相手だとわかった杏樹さんは、ボクの顔色を伺いながら尋ねる。その瞳の奥は輝いているようにも見えた。


「はい。友達として、杏樹さんの趣味を理解したいですし、もしかしたらわたくしが好む作品が見つかるかもしれませんから」


「あーあ、恵唯ちゃんってズルい。だって、わたしが欲しい言葉を言い当てちゃうんだもん。妖怪の覚みたい」


「杏樹さんの心だけ読めてしまうのかもしれませんね」


「じゃあ、わたしが思ってること全部筒抜けだね」


「当然です。優しい杏樹さんが次に口にするであろう言葉は――」


「「ありがとう、恵唯ちゃん」」


「「……ふっ」」


 お互いが見つめ合い、我慢しきれず大笑い。

 楽しい。まだ出かけてもいないのにすごく楽しい。

 でも、大事なことを忘れている。杏樹さんの欲しいグッズは限定販売らしくて、売り切れちゃう可能性があることに。杏樹さんがそのことに気づいたのは、不意に時計が視界に入った瞬間だった。


「いっそげー」


「戸締まり、鍵を閉めて……」

 

 急いで最寄り駅に向かう。最寄り駅から秋葉原まで、乗り換えなしの1本で行ける。行けるんだけど、


「満員ですね……」


「ゴールデンウィークだから、仕方ないよね。あ、恵唯ちゃん、こっち!」


 何かを見つけた杏樹さん。彼女に手を引かれ、車両の最後尾に足を踏み入れるんだけど――そこはぎゅうぎゅう詰めの女性専用車両だった。


「あの杏樹さん、隣の車両に乗りません?」


「どうして? 隣の車両もこの車両も混雑具合は違わないよ。それなら女性専用車の方がいいでしょ? 安全だし」


 ボクが乗車することで、周囲の安全が脅かされてるんだけどなー。そして、無情にも扉が閉まりましたとさ。


 いや――女性にさえ触れなければいいんだ。それなら、普通の車両に乗車するときと何も変わりないはず。


 扉を背に陣取る。左手は杏樹さんと手を繋いでいたので、右手だけで手すりを掴んだ。

 これで女性と接触することはないよね……?


「恵唯ちゃんって、女性恐怖症ってわけじゃないよね」


「? ……ないです! それはないです!」


「女の子を避ける節があったから……」


「気のせいですよ、ふふ、うふふふふ」


 不気味な笑い声が出てしまった。

 女性恐怖症に関する事実はないけど、女の子を避けているって指摘が的を得ていたからつい。女性の勘は鋭いから、いつ性別がバレるか気が気じゃない。


「なら、もっとわたしに近づけるよね?」


「ふぇっ、え……!?」


 その言葉が引き金とは思いたくはないけど、電車が大きく揺れた。


「恵唯ちゃん……!」


 バランスを崩して勢いそのままに前のめりになるが、杏樹さんが体を張って受け止めてくれたおかげで倒れることはなかった。なかったんだけど、顔が彼女の胸にすっぽりはまっちゃった。

 ふわふわで暖かい。お母さんにあやされている感覚になる。

 穢れた魂が浄化されていくぅ……。優しさで心が満たされていくぅ……。


「息が苦しいかもだけど、次で秋葉原だから我慢してね」


「それ、より……」


 前屈みの体勢が背中と腰にくる。ツラい。

 しかし、抜け出そうにも車内がおしくらまんじゅうの状態になっちゃっているから抜け出せない。


「恵唯ちゃんって、意外に肩幅が広くて、胸が硬いんだね……」


「あはは、女の子にしてはガタイがいいと、よく言われます。あ、は……はは……」


 どうにか笑い声を絞り出しているけど、胸に埋まっている顔は笑っていない。


「手もわたしより大きいし、支えてあげたくなる……」


 杏樹さんの握る手が一層強くなった。

 手を通して伝わる女の子らしいハリのある肌。女の子姿で生活していることもあって、自分が男であることを忘れつつあったけど、彼女の手の温もりから、自分と彼女は、性別が異なる人間であることを意識してしまっていた。

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