1章第14話 子どもと奏でる夢見る乙女。(鴫野 聖視点)
私と恵唯は保育実習室に戻ってきた。
子どもと関わる努力とは――子どもと関わるには、どうすればいいのよ?
手遊び?
馬鹿。手遊びなんてできないじゃない。
絵本?
阿保。抑揚のない絵本なんて、誰が聞いてくれるのよ!
実習室を見渡す。保育実習室には、幼稚園で実際に使われている道具がある。
それを使えばあるいは。
黒く光る楽器に視線が吸いよせられる。
私と子どもを繋げることができる物はただ1つ――。
「ピアノ……」
孤高の天才と呼ばれた私でも、ピアノを通して友達と喜びを分かち合うことができた。
「聖ちゃん、ピアノを教えてくれてありがと」
「聖さんのおかげで、無事合格できました」
2人に感謝の言葉を言われたとき、とても嬉しかった。3人で弾くことが、演奏の合間に駄弁ることが楽しかった。1人では味わえない気持ち。みんなとだから感じることができた気持ち。
3人でも感じ取ることができるのなら、子どもたちとも……。
ピアノの鍵盤蓋を開き、椅子に腰掛ける。
さあ、何を弾く。
子どもが好む歌なんてわからない。童謡も弾いたことがない。
子どものことを語っておきながら、私は何も知らない。何も、何も何も何も知らない。口だけの存在。無知だった。
ふぅ……。
悩めば悩むほど泥沼にはまっていく。
私の悪いくせだ。
あ、だから、恵唯は、「あなたはまだ行動に起こしてもいないというのに、あれこれ悩まないでください。まずは子どもと関わる努力をしてください」って助言をしてくれたんだ。
的確過ぎて心を見透かされている感覚になる。
恥ずかしい。恥ずかしいけど、自分を理解してくれる人が近くにいてくれることが確かな支えとなっている。
ありがとう、恵唯。
私は、まず行動を起こすことにするわ。
何を弾くのかって?
聞かないでよ、馬鹿。
私の実力なら、即興でも曲になるわ。だって、みんなが私のピアノの腕を買ってくれているのよ? それを信じなくてどうするの!
椅子に座る。
いま子どもたちはゲームを楽しんでいる。したがって、そのBGMになるような明るく、盛り上がる曲である必要がある。
「……ッ」
1音目を響かせる。
高い音域を拾い、アップテンポな曲調を意識する。しかし、速すぎず、子どもが不快に感じないように滑らかさを忘れない。
くっ……楽譜を創造しながらだと、指がお粗末に……!
滑らかさを保つために、前の音が減衰している間に次の音を鳴らす。
――私の俊敏で鋭敏な指捌きをご覧なさい。
「すごいです、聖さん!」
「ふんっ」
恵唯の驚いた表情にドヤ顔で返す。演奏しているうちに、それくらいの余裕が生まれていた。実習室で遊ぶ子どもたちの表情を伺うだけの余裕ができた。
遊びを続行する子ども、手拍子をしてくれる子ども、音色に聴き入る子ども。それぞれのやり方で私のピアノを受け入れている。
でも、どの子どもにも一致している点がある。
それはみんな笑顔だったこと――。
私のピアノ、ひいてはすずしろキッズゲームたーいーかーいぃーを楽しんでくれている証拠だ。
「子どもと関わるってこんなにも――」
音色の余韻が漂う。
パチ……。
チパチ……。
パチパチパチパチパチ。
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
1人の保護者の拍手が起爆剤となり、1人、また1人と増え、最終的には大波となって迫ってくる。
子どもたちも、ゲームそっちのけでピアノを囲むように集まってきた。
「おねえちゃん、ピアノじょうず!」
「きれいなおねえしゃん、すごーいっ」
「おれにも! おれにも、それできる!?」
子どもたちの覇気に圧倒される。
元気で、うるさくて――でも、不思議とそれが不快に感じない。心地よいとさえ思う。
――これが幼稚園教諭の魅力?
「いかがでしょう? 子どもと関わるというのは」
ウィンクを決める恵唯に感謝する反面、さきほどのドヤ顔の仕返しだと考えると少しイラっとくる。
しかし、感謝の気持ちの方が勝っていて――。
「幼稚園教諭の魅力を教えてくれてありがとう」
子どもの気持ちは理解できないかもしれない。だからといって、子どもの気持ちを理解しようとする姿勢は止めてはならない。
学長はそのことに気づいて欲しくて、私の母の理念を強く否定したのだ。
その答えを見出せのは、子どもをもっと知りたいと思えたから。
そして、私の背中を押してその機会を作ってくれた佐々宮恵唯――あなたは、幼稚園教諭になるにあたっての目標に相応しい。
これにて、1章は終了です。
さて、次の2章ですが、杏樹ちゃんに焦点を当てた物語を予定しています。
さらに杏樹ちゃんや聖ちゃん以外のクラスメイトたちも物語に絡ませていく予定です。
どうかお楽しみに!




